2017年02月14日

W杯記念ナンバープレート

国土交通省が2019年ラグビーワールドカップの
ロゴマークをあしらった車のナンバープレートを交付するらしい。
受け付けは昨日から始まっています。

自分のナンバーをそのままに、7〜9千円の交付料とか。
白地にブルーのラグビーボールのナンバープレートは
私の車のブルーに合うのではないか、、、
とHPを検索すると、、、、、

なななんと!
軽自動車の黄色のナンバープレートが
この記念プレートになると白地になる!とわかりました。

これはすごい事ではあ〜りませんか。
次の車は軽自動車でもいいかな、、、と思いつつもしなかったのは
ひとえにナンバープレートのあの毒々しい黄色のせいであります。

最近の軽自動車は性能もよく広くなかなか素敵であるのに、
それをすべてぶちこわすあの黄色、、、
どんなボディカラーにも合う事はない!!(と断言)

息子にそう言うと、あの黄色を普通車と同じ白にすると
日本中軽自動車だらけになる、
などとほんまかいな、と思うようなことを言っていたけど、
さて軽のユーザーはどうされるだろうか。私なら替えますわ。

もう少し待ったらもっといろんなグラフィックナンバープレートが出るかも、、
と、どなたかが変更されたクルマに出会う事を心待ちにしています。

デザインのラグビーボールのところに赤があるんですけど、
日本てことなんでしょうけどあれがなくてブルーだけなら、
即、替えますわ、非国民かしら。
それとピンクの公式ロゴマークもいらんなあ。
となるとW杯アピールという大義名分がなくなってしまうけど。

15年に道路運送車両法改正で認められた
「イラスト入りプレート」の第1号らしいです。


posted by えるか at 20:58| 一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月13日

ゾマーさんのこと

『ゾマーさんのこと』 パトリック・ジュースキント著

1991年の年の瀬、ドイツで出版されたこの本は、
クリスマスプレゼントとしてお互いに重複するほど売れて、
その翌年までベストセラーだったそうだ。

パトリック・ジュースキントは
『香水 ある人殺しの物語』を書いた人で、
その作品は映画化もされた。
どちらも佳作で難解だった覚えがある。
シリアスな作風からがらりと変わったこの作品は、
大人向けの児童文学かもしれない。

12×19cmという少し小ぶりのサイズで
フランスでは知らぬ人が居ないという
ジャン・ジャック・サンペが挿絵を描いているが
水彩画の漫画が人殺しの話を書いた人の作品からはかけ離れていて、
余計に意表をついた。そばに置きたい本です。


主人公のぼくは子どものころ、ほとんどを木の上で過ごす。
お母さんのお小言からもお兄さんの用からも逃げられて、
食べるのも宿題も眠るのも木の上だ。
その木の上の描写がすばらしく、
すっきりとした木の香りが漂ってきそうだ。
(やはり『香水』を書いた人だ!)

そこにゾマーさんという、
一日中外を歩き回っているだけの
青い静脈瘤だらけの枯れ枝のような足のおじさんが登場する。
喋らず、ゾマーさんが何者なのか誰にもわからない。

ゾマーさんは何年間も一日も休まず雨の日も雹の降る日も
何10キロもただひたすら長いステッキをついて歩きまわっている。
すこし暗い影を落としながらも物語は
ぼくの少年時代の思い出として進んでいく。

「あんた、月曜日はあたしと帰ろう」
あこがれのカロリーナに誘われて、
ぼくはとっておきのの6か所を回るデートコースを考える。
そのいじらしいことといったら!

そしてピアノの先生とのおぞましいレッスン。
先生の鼻水の飛んだ鍵盤をぼくはどうしても叩けず、
「わざと間違えたね、いけすかないガキじゃないか。
 好きなようにはさせないよ。思い知らせてやる!
 このまま帰しゃしないよ、、この手で、、、」
先生はピアノ蓋を叩きつけリンゴを壁に投げつけるのだ。

人生を憂いたぼくは木の上に登り自殺を考えた。
そこにゾマーさんが現れて、、。

やがて、、、、、、


素晴らしい作品であることはもちろんであるが、
ゾマーさんのこと、と共に
歳取った独身女性ピアノ教師フンケルさんの描写が
何ページにもひっ迫して書かれており、
ピアノを教えていた私は、親に言われ嫌々習いにきていた男の子には
こんな風に私が見えていたのかも、、と少々情けなかったのだった。

ところで、ぼくはピアノをやめてしまったわけではなく、
その後もフンケルさんに習い続け、長じて
ベートーベンやショパンも弾けるようになっていた。

反してうちにきていた少年は「もう止めさせたら、、?」
と親(友人)に私が話してそのままピアノはやめてしまった。
私はフンケルさん以下なのか、とちょっと悲しかったです。

最後にゾマーさんを目撃したぼくはどうしたか、、、、
子どもだった大人にぜひ読んで欲しい本だと思います。
posted by えるか at 22:02| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月12日

空想大河ドラマ 小田信夫

この面白いドラマをご覧になっているでしょうか。
NHK『空想大河ドラマ 小田信夫』
土曜 夜11:35〜11:50

最近のNHK総合とEテレは面白い。
歳をくったせいかもしれないが民放より革新的だ。
民放ドラマは筋書きは想像できるし、出演者も子どもより若い。
もはやそれを喜ぶほどはこちらも幼稚ではないのである。

世は団塊の世代をターゲットにし始めたようで、
コンサートなども彼らが若かりし頃に流行った歌手がわんさかだ。
1回売れると2回売れるなあ、、、などと思ったりするけど、
熟年層に目を向けられることは喜ばしい。

若ければいいという恥ずかしい日本文化もようやく目を覚ましたか、
お金に対してだけではないことを願う、
などとひとりごちている。
最近ではBS番組を新聞が堂々とトップ紹介したりして
頭のいい若輩者である新聞記者も目を向けているよう。

それで『空想大河ドラマ 小田信夫』は
脚本は岸田國士戯曲賞・三島由紀夫賞・向田邦子賞受賞の
前田司郎さん。面白くないはずがない。

そして主演はネプチューン。
小田信夫はもちろん織田信長のもじりです。
これがホリケンこと堀内 健。
意外にはまっていて想像するより下手ではない。

柴田勝夫(柴田勝家)に原田泰三。
明智充 (明智光秀)に名倉 潤。

これに
時代考証・風俗考証・建築考証・衣装考証
『なし』(!!!)と流れる。

ちゃんと兜をかぶり家臣数名もおり平屋の城もあります。
原田泰三がさすがの演技力でひきしめている。
名倉さんは好きだけど演技者としては素人そのもので
いったいどこが違うのだろう、と見入るけど、

原田泰三は言葉が明瞭で声が通る、
目線は泳がず腰がすわっている。
などと素人批評しつつも楽しく観ている。

最近NHKによく出るココリコの田中さんももはや俳優?
と認識してしまいそうだけどお笑いの人は芸達者が多い。

この番組は4回で終わりらしくもう2回終わった。
(再放送あるそうです)
後番組は何なんだろう。シリーズ化して欲しいなあ。




posted by えるか at 20:14| テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月28日

免許更新リターンズ

5年振りに免許更新に行った。
となれば書くことは決まっている。

免許証の写真うつりの酷さだ。
更新のお知らせハガキには写真の持ち込みもOKとは書いてあった。
しかし笑っていてはダメ、など決まり事が多く、
そこまでせんでも、、とまあ忘れていたのである。

当日JRが遅れ、受け付け時間に滑り込みで駆けこんだ。
あっちへこっちへ流れ作業で、
「ハイッあなたはこちらへ」と並んでいた場所から違う場所に誘導され、
椅子に座ったとたんにシャッターは切られ、
そのまま講習会場へ。

最後に受け取った免許証の写真を見て、
ショックのあまりよろよろとし茫然と駅まで歩いた。
そして茫然と家に帰りやけ食いをした。
5年前もひどかった。

しかしあれから公安委員会も反省し、
少しはまともに撮れる機械に替えたかもしれない、
スマホなど最近はきれいに撮れるではないか、
などとは、甘い考えであった。
あれから5歳老いたのだから
よりいっそうヒドくなっていよう事は考えてみたら当然だ。

いつもよりは濃い目に化粧していったのに、
目も鼻も口もな〜んも写ってはいなかった。
写っていたのはホウレイ線だけであった。

こはどうしたことぞ!
500円をけちって交通安全協会に入らなかった仕返しなのか。
シャッターを切っていた女性は私に恨みでもあるのか。
ただでさえ頭の形で覚えられていたことに傷ついて以来、
どうにも自分の姿に自信がなくなっているのである。

自分が毎日みている鏡はうぬぼれ鏡である、とよくいうけれど、
私って目や口が無かったの、、、。

本当の姿が目に入らない病気なのか、
どっかおかしいのではないか、、、
と意気消沈も甚だしく、もうアデランスでも買いに行こうかしら。

過去ブログのアクセス記録に『免許更新』なるものがあった。
何だったろう、、とクリックしてみたら、
なんと5年前に書いた拙文であった。

5年前にも同じことを書いている。成長しない私、、、、。
そして5年前の文章の方がよほどパンチが効いている。
ああ、老化だ、、、辛い、、、、、。





『免許更新』(2012年1月26日)

 運転免許の写真の写りがよかったという話は
 ついぞ聞いたことはないけれど、
 どうして皆反乱を起こさないのか。

 お金をむしり取られてその上
 自分とは認めたくないような写真を
 また5年間も毎日携帯して
 時には人に見せなければならないというのは
 なにかの罰なのか。

 しかも誰も
 「これはあなたではありませんね」
 と疑問を呈してきた人が、
 今まで一度も居なかったとは
 いったいどういうことであろうか。
posted by えるか at 20:42| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月24日

リップヴァンウィンクルの花嫁

『リッピヴァンウィンクルの花嫁』 岩井俊二 監督
 出演  黒木華 綾野剛  

前から気になっていたけどキネマ旬報6位になったので、
DVDで借りた。
予備知識なく観たので3時間もあると知らなかったけど、
時間を感じさせなかった。
この映画をひと言で評することなどとても出来ないが、
傑作ではないだろうか。

現代の希薄な人間関係、でも表面はきれいに流れていく。
高校の非常勤講師をしている主人公は生徒に馬鹿にされている。
ネットで知り合った男性と結婚。
これまたネット経由で紹介された男(綾野剛)に
主人公はどんどん落としこまれていく。
でも彼女なりに一生懸命なのだ。
どこが悪いのか実は見ていてもよくわからない。

ひょっとして自分もそうだったんじゃないか、
という既視感。
見ていてとても不安な気持ちになる。

自分の居場所がない不安感、
もがいてももがいても穴に落ちていく。
なんかわかるような気がする。

主人公のあまりの情けなさに、しっかりしてよ、、と
あきれつつ目が離せない。
主人公はどうなってしまうのか。
綾野剛がうさんくささ全開ではまり役。
「大丈夫ですよ〜」
の言葉が全然大丈夫じゃなくて怖い。

黒木華さんは充て書きだそうですがぴったりすぎる。
こちらはふわふわとした恐怖を感じながら
どんどんと映像に引き摺りこまれる。

リップヴァンウィンクルは西洋の浦島太郎と習ったが、
このハンドルネームである真白(ましろ)の母として、
最後りりィが出演しているがこの場面は圧巻。

私の年代ではりりィは「私は泣いています」の歌手だったが、
迫力ある女優として活躍されていたのに、昨年、亡くなってしまった。
この映画に出演していた時は紛れもなく生きておられたのだ。
いろんな意味でなんとも心に残る映画である。

リップヴァンウィンクルことCoccoがカラオケで歌っていたのが
ユーミンの『何もなかったように』。

♪ 人は失くしたものを胸に 美しく刻めるから
  いつも いつも
  何もなかったように 明日をむかえる ♪

                荒井 由美





posted by えるか at 17:29| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月23日

頭のかたち

「すぐにあなただとわかったわ、頭の形で」
「えっ?、、、、後ろから?、、座高が高かったからじゃなくて?」
「い〜え、頭の形ですぐあなただと分かったわ」
「頭の形?」
「そうよ。うふふふ」

過去一回しか会った事ない人に頭の形で覚えられていた。
その場では笑って別れたけどショックだった。

どう考えても褒められたとは思えない。
数多くのコンプレックスの中に頭の形がある。
普段はもう諦め、忘れていることだ。

私の頭は横に張っていていて後ろは絶壁。
スキンヘッドは絶対に似合わない。
多分美容師さんはいつも誤魔化すようにカットしてくれているだろう。
しかしながら朝起きたら横も後ろもぺしゃんこだ。

どんどん老化して、
顔に塗り壁を作ったり服を着たりで、もう精いっぱい。
頭頂部はへたってきたし白髪は出るし、
もう自分で見えるところだけで力尽きているのである。

背が高いとかそういうことで見つけられることはあるけれど、
今の時代、皆さんそんなこと口にはしない。
あの人は私に悪意があったか、そういう無神経な人なのか、
はたまたそうでなく、元々私は頭の形で見つけられる人間で
他の人は、優しく今まで黙っていたのか。

ごくたまに酷い事を言われると、家に帰ってから心の中で
「じゃあ、どうしてあなたはそんなに足が短いの?
 どうしてそんなにブサイクなの?
 どうしてそんなに趣味が悪いの?」
と毒づいている私だが、悔しいことにその人は若く美人だった。

もう忘れよう、と思いながらも何日も忘れられなくて、
あれ以来、うしろ髪に手が行って仕方が無い。
いつまでも根に持ってウジウジしている私が悪い、のね。




posted by えるか at 20:01| 一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月14日

シン・ゴジラ その2

昨日の続き

予備知識のないまま映画を観はじめた私は、
海から上がってきた怪物をはじめゴジラの幼生とは
わからなかった。

目は死んだ深海魚のようで幼子のようにグロテスクに這っている。
自分が何をしているのかわかっていない怪物。
これとゴジラが闘うのか、と単純に思っていたら、
これがゴジラの第2形態だった。

ゴジラは自分でも予想のつかない変異を繰り返し
自己分裂を繰り返して完全形態へと向かう。
変異途中のアスファルトが裂けたような肌は、
火山のマグマのような傷口に見えて痛々しい。

ピラミッドの頂点にいる完全生物ということで
敵はおらず、だから自分を防御する瞼も耳もないそうだ。
目が小さく死んだようで何も考えてないように見えたのは、
そう意図して作られたそうだ。

手もとても小さく、ほとんど動かず役にたっているようには見えない。
今までのゴジラは手のひらが下向きだったのに対し、
シン・ゴジラは手のひらが上を向いている。
これも萬斎の動きだそうです(←これは教えてもらいました)。

ゴジラは昔と違い今はCGで作られている。
キャラクターもイメージも綿密に練られたようだ。

ゴジラ素人の私が思ったのは尻尾がものすごく長くてデカイということ。
じっと立っているゴジラだが尻尾だけはゆらゆら揺らしているのだ。
それがなんとも心許なく少し可愛らしくまたいっそう憐れである。

人間が存続する限り、
ゴジラもまた存在するのだと思う。
posted by えるか at 19:12| 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月13日

シン・ゴジラ

『シン・ゴジラ』は4回見てはじめて見たと言えるそうですが、
やっと1回見ました。

キネマ旬報でベストテンの2位になっていたので、
今頃ですが近所の小っこい映画館でまだやっていたのですべりこみ。

ゴジラは特にファンという訳ではないのですが、
ほとんど同世代なのでそれなりには知っている。
うちには小さな玩具のフィギュアがあるし、
大きい動くゴジラが発売された時はちょっと欲しいと思った。
猫が怖がるだろうとやめたんだけど。

『シン・ゴジラ』よかったです。
いつも思うんだけど人間の核廃棄物のせいで生まれたゴジラ。
出てきてただ歩いているだけなのにいつも爆撃されて可哀相だ。
私はずっとゴジラを気の毒に思いながら見ていた。

ゴジラに壊された街は、まさに被爆国であり
震災被害国である私たちには見覚えがある。

主演、長谷川博巳 
この人は線が細そうで主演タイプじゃない、と思っていたけど、
毎回違う顔を見せる人で結構骨太芸達者だ。
『漱石の妻』では見事に漱石にハマっていたのでおおいに見直した。

でまあ、國村隼は色っぽくて好きだなあ、
と自分の趣味の良さに感心したり、
高橋一生はクセのある独特感で残っていく人だなあ、、とか、
そんな事を思いながら見ていたんだけど。

最後、ゴジラの尻尾の先にあるのは、
あれは人間ですか?!え?、、、と思った時には
終わってしまいエンドロールになってしまった。

これから日本は世界は地球はどうなっていくんだろう、、、
と思いつつエンドロールを眺めた。

ゴジラのテーマ曲はいつも思う事だが素晴らしい。
ドシラ♪ドシラ♪とたった3音でドキドキわくわく
恐ろしさから哀しみまで全てを表現し耳に残り、
誰が聴いてもゴジラの音楽とわかる。
エンドロールに流れたテーマ曲は昔ながらの音だった。

と、出演者の一番最後に、大きく
「野村萬斎」と出たのである。

えっ?出てたの?!とキツネにつままれたような気持ちになり、
制作秘話を読みたいと思い滅多に買わないパンフレットを買った。

読み落としかもしれないけどその事は載っていなかったが、
3回見た、という人に教えて貰ったことによると、
「シン・ゴジラ」の歩き方は野村萬斎なんだそうだ。
シン→神ともとれるこの言葉で日本の古典芸能を使うとはすごい。

検索してみたら舞台挨拶の時に、
ゴジラは野村萬斎と発表があったそうで、知らなかった〜〜!
そうと知っておればそういう風に見たのに〜〜。
もっと早く観に行っていたのに〜〜。

萬斎はこんなに人気になるよりも、
ずっと前からのファンなのだ。狂言も劇もよく見た。
にもかかわらずなんたること!
世間の話はちゃんとチェックしておかなあかん、、
と反省したのでした。もう1回見たいです。

ベストテンに入った中で見ていた映画は
「オーバー・フェンス」と「怒り」だけで
「永い言い訳」は見たかったのに見られなかった。
外国映画に関しては「ルーム」しか観ておらず、
今年はもう少し映画を見よう。



posted by えるか at 20:11| 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月08日

武豊さん

新春競馬対談で武豊さんは、
「ルメールは日本語はうまくなったけど
 空気読めないですね(笑)」
 
と自分の騎乗するキタサンブラックを最後抜いていった
C・ルメール騎手の事を言っていた。
(前回ブログはこちらです『有馬記念』)

今後のりたい馬は?と聞かれ
「サトノダイヤモンドですね」
(C・ルメール騎乗の馬)

弟さんが騎手から調教師に転向したことについて、
「まさか調教師試験に受かると思わなかった」
と言っていました。
ポーカーフェイスで面白い人ですね。

抽選会で全騎手が揃ったところをテレビで見たけど、
武豊さんは騎手としては背が高いんだと気がついた。
私でさえ知っている有名な騎手だけど、
歳男で今年48歳になるのだとか。
世の中にはえらい人が沢山いるもんだ。

友人と、もう待ってられない歳になったから、
やりたいと思ったらすぐにでもやらなければ、
今日が一番若いのだ、などと喋っていて、
最近20年振りに乗馬熱が再燃しております。
やはり競馬より乗馬、、、、

金額も問題だがなにより体が大丈夫なのか、、、
むりくりやって落ちて寝たきり、、、とか、、ネガティブだわ。




posted by えるか at 22:03| テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月06日

コンビニ人間

『コンビニ人間』 村田沙耶香 著

最近これほど意表をつかれた本はなかった。

子どもの頃からまわりから浮いてしまう、
自分が人とどう違うかわからない。
コンビニのマニュアル通りの会話や作業でのみ生きられる主人公。
その中で彼女はとてもいきいきとしている。

服装や化粧は同じ店員の持ち物のラベルを盗み見て
同じブランドのものを買いに行き、話し方もまねる。
そうやって18年、彼氏なし。

そこへある時、
不平不満だらけの使えない店員が入ってくる。
彼はコンビニ店員を見下しているが明らかに欠落者で、
当然クビになる。

が、ある時、
結婚しないことにまわりから白い目で見られている主人公は
彼に同居生活をしないかともちかける。
そして、、、、、。

一気に読んで、
希望なのか絶望なのか、ちょっと茫然としたけれど、
考えてみれば
「そこでしか生きられない」ということは、
誰しもそうではないか、と思った。

ちょっと自分の事も肯定できる世界観と思い
妙な安堵感がめばえた。

いったい作者はどういう人なのだろうかと
何冊かの著作を読んでみた。

『殺人出産』
子どもを10人産めば1人殺してもいい。
男も人口子宮を埋め込んで出産できる時代、
セックスで子どもを産むことは無くなった。
殺された人は人類のためになったと称賛される。

これは短編集であと3篇あるが
とにかく生殖行為が無くなった世界の話だけど、
まさに今、そういう時代を迎えようとしているということに
おいて現代の申し子のような作家だと思うのであるが、
とても読みやすくものの見方にひとりよがりな癖は無い。

今後どのように時代を見、変わっていかれるのか
何年か先の作品をまた読みたい。




posted by えるか at 21:38| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする