2016年12月24日

クリぼっち

クリスマスをひとりぼっちで過ごすことをこういうそうだ。
『クリぼっち』
なんかユーモラスですね。
悲哀より開き直りすら感じられ気に入りました。

家族4人で暮らしていたころからずっとクリぼっちだ。
夫は忘年会三昧で12月になると顔をみることもなく、
子どもたちは友だちと出かけてしまい、
家族全員でクリスマスをした思い出など
子どもが幼児だった頃だけだけど、
でもまあ、そんなもんよ。

クルマの中でFMなんか聴いてると
「イブは家族で過ごしま〜す」
なんてホンマかそれ?
日本中、家族家族と言ってるけどそうなの?
まわりにはあんまりそんな人はいないけど。

相も変わらずクリぼっちだけど全然平気。
さすがに夕方になってケーキくらいは、、、と駅に行ったけど、
売り場はすごい行列だったので帰ってきた。
家にあった鳥肉をハーブ焼きにしてキャンドル灯すと
まあそれなりよ。

昨日、車を停めようとしたら、
ボソボソの野良猫が向こうから歩いてきた。
やせ細り長い毛足にもかかわらずお腹はべっこりへこんでいた。
寒気が体中に凍みこみ冷えきってそうだ。

猫は少し足を止め、私の車の様子をうかがった。
自分に害が無いとわかると、またトボトボと歩きだした。
大きな病院の横、土手はあるけれど
充分にエサを獲れるような場所でもないだろう。

あの痩せようでは、
病院に出入りする多くの人の誰も餌を与えていないだろう。
それどころか多分じゃけんに扱われているだろう。
猫はこちらに一切の期待をしていなかった。
ただ前を見て寒空をとぼとぼと歩いていった。

あわてて駐車して猫を追い呼びかけてみたけれど、
猫は立ち止まることも、チラと振り返る事もしなかった。
それほどまでに人に心を閉ざしていた。

腹をすかせた野良猫を見るたびに心が痛む。
野良猫に餌を与える事は悪いことである、
という正論がまかり通っているけれど、
それって餓死するのを待つってことよね?
目の前にそんな生きものがいてそれでも
顔をしかめるだけの人間てなんなのだろう。

そういう私もいつも通りにいる猫を横目にみて通り過ぎるだけだ。
人家も多く怒られるのが嫌だ、
餌をやってその後ずっと気になっていくのも底がないような気がする。
気になるけどどうしていいかわからない。

今度こそカバンの中に少し餌を入れて、
おいていざという時には差し出すぞ、
と思っていてもなかなかうまくはいかない。

夕方歩いてるとこちらを見ている猫がいた。
人がいたので帰り道でやろうとおもっていたのに、
戻ってきたら猫の姿はなくなっていた。


posted by えるか at 22:26| 一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

冬の好きなもの

暑い暑い夏が過ぎ、10月も終わる頃、
やっと北へ帰っていた冬鳥が戻ってくる。

車で通る近所の池に、いるいる、鴨さんたち。
一番鳥はヒドリガモだったと思うけど、
その後キンクハジロやハシビロガモもやってきた。

これからしばらくの間は電車に乗っても川を越える時に
鴨が浮かんでいるのを見つけることができる。

鳥って意外と身近にいる。
カラス、ハト、キジバト、ヒヨドリ、スズメは
まあどこにもいると思うけど、
メジロ、イソヒヨドリ、ジョウビタキくらいはうちのマンションにも来る。

もうひとつ、昨年から加わった冬の楽しみは
キャンドルに火を灯すことだ。

オール電化で火に飢えていることは以前も書いたけど、
KIVI(キビ)のキャンドルホルダーの小さな灯と
ホルムガード社のランタンの灯りは、
冬の暮らしにかかせないものとなった。

たいていは夕方から灯すけど、
どんよりと曇った日や雨の日は朝から灯している。
天気に左右されやすい私の心は大いに癒される。
まさに「心に灯を」という感じ。

鴨がいてよかった。
ろうそくの灯りがあってよかった。
この2つが好きな私でよかった。
好きなものがあってよかった。

若い頃には気がつかなかった事に気持ちが行くようになり、
気にもかけていなかった事が好きになる。
いろんな事があって、いろんな経験をして今があって、
今の私が心癒され好きなものはこの2つ。

でもねえ、春になると鳥は北へ帰ってしまい、
花見などしているうちに陽射しは強くなり暑くなり、
灯りも出番がなくなる。
また秋がくるまで酷暑にあえぎ続ける日々。

夏に何かなあ、
好きなものができるといいけど。


posted by えるか at 00:24| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月21日

雑事諸々

夏に忽然と姿を消したバターナイフが出てきた。
食洗機の底に落ちていた。
洗浄羽の下で毎日洗われていたバターナイフはピカピカだった。
うれしい。

この調子で失せ物が出てきてくれないものか。
前回失せ物が何だったかも思いだせないと書いたが
グレーのハンカチであったことを
年末の店先で同じ物を見つけて思いだした。
ショートヘアの私は首がむき出しで、
夏の日除けにハンカチは欠かせないのだ。

ちょっと巻いては洗い巻いては洗いを繰り返すには
ハンカチはスカーフよりずっと使いよい。
グレー地のハンカチは主張せずほん良かった。
また出てきてくれることを期待。

銀の輪っかも忽然と無くなった物のひとつ。
(こちらです『輪っか友の会』)
これは腕から外してバッグに入れたまでは覚えているけど、
それっきり家中のバッグの底をかき回しまわっても現れない。
輪っかは以前も無くなり、3回買い直した。
失せ物常習犯。

思いきって買った椅子だけど、(こちらです『お椅子さま』)
結局は猫の寝どこになっている。

座面が布地で猫の爪とぎにされることは
ある程度覚悟はしていたけれど、
なんといってもその生地はミナペルホネンである。

いまではすっかり爪とぎ場と化しているソファの二の舞は避けたく、
仕方なくスカーフ代わりに重宝していたウサギ柄のバンダナを上にかけたけど、
あっという間に爪ではがされミナペルホネンをガリガリやるので、
重しのために絨毯地の座布団を上から掛けた。

絨毯で爪とぎするのが大好きなハナ猫がたいそう喜び、
自分の椅子と決めたようで、
寄ってくるユウ猫に椅子の上から猫パンチで撃退している。

なんだかとっても不格好な色模様の椅子となってしまい、
猫の毛だらけなのでいちいちコロコロするのも面倒臭く
今やハナの独占椅子である。ハナよその椅子がいくらしたか知っておいでかえ?

同時に買ったロックミシンは酷暑のため全く稼働しなかった。
(こちらです『えらいこっちゃ』)
仕組みが分からずどうしようもなくその姿で私にプレッシャーをかけ続けた。
ちょっとしたウツになりそうだった。高かったのだ。
こんなことではとても元を取れそうにない。
近年の無駄遣いナンバーワン間違いなし!!

私なりに努力はしたのだ。
図書館でロックミシンの本を何冊も何回も借りてきたし、
使用DVDも観た。ロックミシン教室探してみたり、
廃版になった本を手を尽くし手に入れたりはしたのである。
しかしどうにもやる気が起きなかったのである。
暑いせいもあったと思う。夏は大嫌いだ。

しかし、どうやら昔に比べてめちゃくちゃ歳をとっている、
ということなのだ、ということがやっとわかってきた。

産着を作ると約束してしまったので、
さすがにノロノロと勉強はじめたけど、
わからん!ロックミシンわからん!なんのことか全くわからん!
一日はあっという間に終わってしまい、
年賀状もまだ買っただけだ。掃除はもちろんやってない。

予定では、
産着なんかチョチョイのチョイで自分の服を作りまくり、
もう今後、服は手づくりで被服費大幅削減、のはずだった。

こんなに役立たずになっていようとは思わんかった。
昔は小さい子どもを育てながら製図をし服をいっぱい作っていたのである。
そんな事はもう過去よ!過去なの自分なのよ。

そんなわけで遅々として進まないが、赤ちゃんも退院してきそうなので、
お尻に火がついているのである。
『屏風畳み縫い』なるものがなんのことかわからん、、、

で、ネットで調べようとパソコンを開けて
いつも間にか結局このブログを書いているのだ。
苦手なことに向かっていく根性が無くなってるわ〜〜。


posted by えるか at 22:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月13日

失せもの

夏の終わりから物が忽然と消えます。
さっきここにあったのに、なぜか無い。
私しか居ないので犯人は私です。

一つ目はバターナイフです。
冷えて固まったバターがするすると削れる優れ物。
毎朝使っていました。
それなのに、それなのに、、、、、
間違えて捨ててしまったのでしょうか、
毎朝思いだして悲しいです。

あとの二つもかなり大事なものだったのに、
ここに書こうと思いつつ4ヶ月もたってしまい、
それが何だったのかすら忘れてしまいました。
ひょっとしたら一回書いていたかもしれないです。
恐ろしいことです。

posted by えるか at 23:52| 一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月12日

祝!OKノートン

前回、自分のブログがノートンに認識されておらず、
検索するとグレーの「?」マークが出ることに気付き、
すっかりうちひしがれていた私。
(こちらです『昨夜のショック「OKノートン」』)

その後、ノートンに電話して直談判が出来ると、
ある方の記事で知ったのですが、色々たてこんでいたので
なかなか電話できませんでした。

先日、ついに電話をしたけど、自動音声が長く流れ、
営業時間が終わりそうになったので、
『チャット』ボタンがあることに気がつきエイヤと。

「お客様、ネットで自分で申し立ててください」
「試みてみましたが専門用語ばかりで出来ませんでした」
と返すと担当部署に回しておいてくれる、とのお返事でした。

待つ事4日、ついに認められました!!!!
私も今日からOKノートンです。

グレーの?マークがついてもそれは認識されてないだけで
実は大丈夫なんだそうです。
赤の「×」マークや黄色の「!」がついてしまうと
危険らしいですがそんなこと誰も知りませんよね。
自分だけが検索結果でグレーマークって辛かったです。
アクセス数もえらく下がってしまいショックでした。
なんで取りこぼされたのか、わかりませんが未だにwindows7だからでしょうか。

検索するとまれにまだグレーの人がいますけど、
危険なわけではないのでクリックしてあげてください。


posted by えるか at 22:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月10日

猫度

野良猫の平均寿命はたった3年だ。よく生きて5年。
家猫の寿命が15年くらいあるのに比べ極端に短い。
飢え、病気、交通事故、と理由はいくつもある。
寒さに弱い猫にとって冬は本当に辛い季節だ。

目の前で凍えた飢えた猫がいて、
それでも「ここでエサを与えないでください」
当然のように看板を出す町ってどうなんだろ、、、
といつも思う。心が寒い。
動物がきらいな人はとことん嫌いだ、ということは、
理解しているけど、やっぱり私にはわからない。

昔はここまでじゃなかったと思う。
日本中こんなに清潔症じゃなかったし、
子どもは人には挨拶をしなさい、と教えられたものだ。

内心、迷惑だなあ、、と思いつつも
野良猫にエサをやっていることを容認している地域も
ごくたまにはある。
私はそういうところへ引っ越したいなあと時々思う。
もうすこしおおらかな人情があってもいいんじゃないか、
と思うのだ。

ペットブームといっても自分の飼っている犬猫だけって
それってすごく悲しい。利己的だ。

そう思っていたら
写真家の藤原新也さんがトリーノという日本野鳥の会の季刊誌に
「猫度」という言葉を出されていた。
藤原さんは不動産を探す時に、立地や生活条件の採点項目の一つに
「猫度」を入れたそうだ。

猫が勝手に生きている隙間があるゆる〜い土地を探した。
人を見ても逃げない、ということはその界隈の人間さまが、
猫などに目くじらをたてないおおらかな人であることを、
表しているからだ。
30年暮らされている房総の土地は猫度は満点だそう。

東京で仕事部屋を探す時は部屋を探す前に、
土地の猫をみてまわった。
谷中はすっかり観光名所となってしまいがっかりだったそうだが
新大久保で公園にたむろする猫を数え、
猫の導きでその界隈に仕事部屋を持ったとのこと。

Toriino『トリーノ』という季刊誌はフリーマガジンで
こういう雑誌があちこちに置かれていたらいいのに。
写真が多くとても美しい雑誌です。
日本野鳥の会の会長さんは柳生博さんなんですね。







posted by えるか at 22:07| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月09日

でんでんむしのかなしみ

先日長男夫婦に子どもが産まれた。一卵性の双子。
小さかったのでNICU(新生児の集中治療室)に入っています。
一気に孫が4人になった。全員女の子。
男の子しか育てたことのない私にはピンクピンクの別世界である。

「子どもが結婚しててええね」
「もう上がりやね」
「これで安泰やね」
私よりよほどいろんな物を持っている人たちに
そう言われてしまうと言葉をのみこんでしまう。

上がりや安泰などとという意識は全く無いので返す言葉はないが、
そう思わない自分はおかしいのか、、と思ったりする。

むしろ小さなでんでんむしの殻を背負って生まれてきた孫や
でんでんむしの殻を背負っている息子たちやお嫁さんたちに
幸多かれと願うのみである。

『でんでんむしのかなしみ』新美南吉

 でんでん虫はある日、自分の背中の殻に、
 悲しみが一杯つまっていることに気付く。
 もう生きていけないと思い、
 友達のでんでん虫のところに行って自分の背負っている不幸を話すと、
 「それはあなただけではない、私の背中の殻にも、悲しみは一杯つまっている」
 と言われる。

 どの友達からも返って来る答は同じだった。
 でんでん虫は、「悲しみは誰でも持っている」と気付き
 悲しみをこらえていかなければならないと思ったのだった。

この話は美智子皇后がインドのニューデリーでの
国際児童図書評議会・基調講演で紹介された、
子どものための本の1つであったが、
皇后陛下の苦難の道のりを思うとえらく心に残る話で、
1998年、当時ニュースでもさかんに放映された。

以来、
私にも人の背に哀しみの殻がみえるような気がすることがある。
またそう思う事で、
必要以上に悲嘆にくれることも無いような気もするようになった。

私はこれからも一人で生きていくことになんら変わりはないけれど、
一家離散のようになり幾度となく正月やお盆を一人で迎えた事を思うと、
家族で迎えるのが当たり前である人々に比べ、
その有り難さがいかほどのものか私はよく知っている。

ちっとも順調に生きてこなかったので、
子どもが親になり紡いでいくことを有り難いことと思う。
幾多の困難が降りかかろうとも生きていってほしいと思う。




posted by えるか at 20:02| 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月07日

0655 ご当地再発見ソング さらばシリーズ

Eテレ0655(月〜金あさ6時55分〜)で時おり流れる
『さらばシリーズ』が面白いです。

『さらば高円寺』に始まり『さらば豊橋』、
恋人に振られた男性が、もうこの町にも来ないから、
最後にうろうろしていると、
高円寺にはほんとに高円寺というお寺が、
豊橋には豊橋という橋が場所があるというもの。

歌詞は大まかなところはいつも同じ。

♪ もうこの街にも 来ないだろ(来ないだろ)〜
  そんな最後の思い出に〜
  見知らぬ道を ただ歩く
  ふっと見上げた その先に(その先に)〜

  ほんとにあるのね ○○○○ 
  ほんとにあるのね ○○に ○○○○〜 ♪

歌っているのがなんと昭和ムード歌謡グループの
ロス・プリモスであります。

夜のネオンが似合うこの歌が
NHKの教育番組の朝に流れるというのが面白いです。
粗い演奏に粗い音源がまさに昭和で、
バックコーラスの「ジュワッジュワッ」
も懐かしくこのミスマッチに敬意を表したいです。

続編「さらば宝塚」はご近所でもあり、
おお〜〜と思ったものでしたが
最新作の「さらば八戸」に私はとても驚きました。

地元の人には当たり前なのでしょうが
八戸だけでなく、
当地には一戸、二戸、三戸、(四は無くて)
五戸、六戸、七戸、八戸、九戸があるというではありませんか。

これにはびっくりしました。そうなんですか。

振られる男性はいつも同じ人なんですが
この人が結構気になります。伊藤淳史に似ているけどちょっと違う。
どうやら映像作家で映画監督、脚本、演出もする人らしいです。
自分で出ちゃったんですかね。
なかなか素敵な人なのに毎回振られています。

「さらば宝塚」では、
ここで物を拾うと幸せになるという伝説のある塚の前で
鳩のマスコットを拾います。

その鳩は、最新作「さらば八戸」では
車のフロントガラスに吊り下げられています。
にもかかわらず、また振られてしまった彼は、
番外編でおみくじを引きます。

そこには
『恋愛 再出発せよ』
と書いてありました。

今週は「さらばシリーズ」を放送しています。
明日明後日とやると思うけど、見逃しても
ちょこちょこやると思います。
大晦日の『0655・2355 特別版』では絶対ながれるな〜。


posted by えるか at 21:22| テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月05日

はしっこに、馬といる

『はしっこに、馬といる』 河田 桟(かわた さん)著

東京で編集をしていた著者はある時、沖縄県与那国島で、
野生の群れからはぐれたメスの仔馬と出会う。名はカディ。
その仔馬と暮らすため著者は東京の家をひきはらい、
与那国島に移り住んだ。

馬との会話の仕方を著した『馬語手帳』の3年あと、
この本は出版された。

河田さんは乗馬をしたことも、
大きな生きものと暮らしたこともなく、
人生は後半に入り、力仕事をしたこともない。
おまけに大病を患ってからはさらに力が無くなってしまった。

そんな河田さんが馬と寄りそって生きるうち、
いろんな事を自分に問い紆余曲折を経て感じた事が
この本には書かれている。

非力で病後で社会的な常識にどことなくなじめなく、
いつも自分を「はしっこにいる」と感じていた河田さん。
群れをつくり縦社会を構成する野生の馬である
与那国馬と暮らしていくうちに、

・何も求めないこと
・ただそばにいる
・見るだけでもいい

・心の体の言葉が一致している馬 
・すき間の大切さ

・受け入れ変化していく能力が高い馬
・はずれたいびつな馬のおもしろさ

など、いろんな事を感じていきます。

そして
「だれもがはしっこにいる、
 今真ん中にいると思っている人たちも
 ひょっとしたらそこははしっこかもしれない

 『はしっこ』とは今ある世界と異なる世界をつなぐ際であり
 常に生成されつつある瞬間ではないか」

馬に対して、強い人になれなくて、
命がいつまでも続くものではないと知っている河田さんは
こう思うようになりました。

この本を読んで、
これって馬に対してだけでなく、
人や物事に対しても、自分自身の悩みに対しても、
人生やいろんな事にたいしても言える、

生き方の寄りそい方の指南書でであり、
哲学書でもあると思った。

イラストも河田さん。本の中の彼女はいつもうしろ姿で
帽子をかぶり長靴をはいて、少しうつむき加減に歩いている。

実際に与那国島に行きカディに会ってきた人に紹介してもらった本です。
私もいってみたいなあ。そして馬と暮らしてみたい。
それは叶わなくても河田さんの精神は普段の暮らしでも
習えるところは多いと思う。

栗東トレーニングセンターから帰ってしばらくしてから
この本を読み、なんとなく腑に落ちたのでした。
posted by えるか at 21:36| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

JRA職員

JRAの職員がえらく格好良かったと書いたところで
名前くらいチェックしておけばよかった、と
今さらですが検索してみました。
「JRA職員」

するとJRAに就職することが難しい、という記事が
いっぱい出てきました。
JRA職員は高給取りなんだそうだ。
東大はじめ旧帝大卒でないと難しい、、とか。

そうなんですか。
あの人はエリートだったんですね。

そして採用されるために必要な事に、
美人であること、イケメンであること、
人当たりよく体育会系であること、とありました。
そうだったのか、、、、
イメージを変え華々しい躍進のJRAの秘密がわかったような気がします。

人の顔を覚えるのが苦手な私がいまだに覚えているんですから、
そりゃそうですわ。
写真くらい撮っておけばよかった。
posted by えるか at 00:21| 一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする