2017年06月15日

モリアオガエル

モリアオガエルのオスです。
3〜4センチくらいでメスよりずっと小さいそうです。
奈良県長谷寺の山の中で。

アマガエルよりいっそう濃い鮮やかな緑色で
平べったく手足は体に格納してる感じ。

どこかの池で孵ってこうやって山の中でいきているんですね。
昼寝の邪魔をしてしまいすまぬ。


サイズが違っていたようで切れ端画像になってしまいました。
すみません、、、。
  • 20170615212632794.jpg
posted by えるか at 21:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月11日

Tシャツ禁止令

この春、自分にGパンとTシャツ禁止令を出した。

全く似合わない。
前から似合ってなかったんだろうがようやく自覚したのだ。
やっと自分が初老に近い中年であることに気がついた。
あれは若者のものだ。

皮下脂肪が付かない体質の私は、
ふっくらと肥ることが出来ない。

肥っていくのは腹だけで、一番怖い内臓脂肪が溜まるタイプ。
外見は貧相で頬などはこけていくのに、
腹だけが出て尻は肉がげっそり垂れ下がり、、、、、、以下略。

首が長く、なで肩なので写真を取ったら
まるでろくろっ首であった。
鎖骨を出したファッションが素敵だったのは
いったい何時の事だったのか、夢か。

貧相なことこの上なくスカーフでも巻いて、
ボリュームを出せばいいのだが暑い、汗で臭くなり加齢臭が心配。
去年までの服が全部、みごとなまでにイタイ。
ご無沙汰していたデパートに行っても店員も寄って来ない。
もはや客でもなさそうだ。

先を思うともうあんまりお金使いたくない。
似合っていると思い込んでいた自然系ファッションが、
一番恥ずかしくて着られない。

とりあえず何でもいいと安物を買ったら
やっぱり安物にしか見えず、
中身がないだけによけい貧相でみじめだ。

流行のガウチョパンツはウエストゴムというのに
吐き気がしてくるほどゴムがきつい。

もう自分で作るしかない。
ミシンを新調してからちょうど1年たつというのに、
いまだ自分のものが作れていない。

これからは自作するぞ!と意気込みつつも
生地を選び、水通しし、アイロンをかけて、
製図を写し、布を断つ、
ということを何ヶ月かけてやっているのだろう、、、

ああ夏が来る。



posted by えるか at 14:46| ファッション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月10日

イソヒヨドリ

最近の楽しみといえば、
毎日向かいのマンションの屋上アンテナにやってくる、
イソヒヨドリのきれいなさえずりを聴く事だ。

そこには以前は夕方になるとカラスがやってきて、
私の唯一のバードウォッチングであったのだが、
近くの木にあった巣を撤去されてしまってからは、
来なくなってしまって寂しい限りであった。

そこへもって新たなお客さんの出現で喜ばしいことである。
双眼鏡でみるとお腹はエンジ色で背中は紫がかった青。
結構きれいな鳥だった。
図鑑で調べ、色からイソヒヨドリであるとわかったが、
名前の通り磯にいるはずの鳥がなぜ山側の住宅街に、、、
とほんとうにイソヒヨドリであるか自信がなかった。

聞いてみると、今やイソヒヨドリはどんどん住宅街に
進出して、なんとツバメの雛を襲ったりする、
あまりよろしくない鳥と化しているらしい。
(本来は海岸に住み、昆虫を食べていた)

環境の変化に伴い、鳥の生息地もどんどんと変わり、
なにより鳥はけっこう人間の生活を利用して暮らしているので、
可愛い、などと鳥を愛でている私たちをちゃんとわかっているのである。

都会に住むカラスやヒヨドリやドバトなどは人間に敵視されているけれど、
それ以外の可愛い鳥はわりと得しているのかしら。

ところでイソヒヨドリだけれどヒヨドリ科ではなく、
ヒタキ科の鳥らしい。でも大きさはヒヨドリくらい。
ヒヨドリと違ってそれは綺麗な声で鳴くので、私としては大歓迎なのである。
ツバメを襲うのはやめてほしいが。

うちの近所を縄張りとしているらしく、買い物途中、
さえずりが聴こえ、見上げると電線にとまっていたりする。
パトロールしているのかも。
彼のなわばりの中に我が家があってさえずりが聴けてよかった。

野鳥観察に行くようになって色々教えて貰うと、
気がついてないだけで野鳥は身近にいるのだとわかる。
うちのマンションの駐車場でさえ、
私はヤマガラやジョウビタキを見つけた。
特に冬は山には木の実もなくなり住宅街に下りてくるようだ。

隣には邸宅があり、そこの木に来るメジロやシジュウカラ、
はては話には聞いていたが、巣籠りで尾に寝ぐぜがつき、
尾が曲がった「寝ぐせエナガ」まで発見したりと、
きょろきょろと挙動不審の毎日。

今は巣立ちの季節で、西宮ガーデンズ近くの植木では
シジュウカラの巣立った子どもが騒がしく親に餌をねだっていた。
親は青虫を咥え忙しそうだった。

あの電線に一匹止まっているのはイカルではないか、、、、
こんな街中でなにを?、、、なんて気がつくようになったのも
若い頃には考えられなかったことである。

人は歳とると木に気持ちが行くようになり
最後、石に興味が出ると聞いた事があるが、
そのうち「この石は、、」などと言い出すかもしれぬな。

それはさておき、
身近な鳥についてさえ知らなかったことが色々ある。
・ウグイスはほとんど姿を見せない。色は実はウグイス色ではない。
 皆はメジロと間違えている。
 梅には来ない。来るのは甘みの好きなメジロである。

・ウグイスはササ藪に住んでいる。山から下りてくるのではなく、
 住宅街でも冬はササ藪にいて低い地鳴きのチャッチャッと鳴いている。
 (その地鳴きを冬に聴いたときはちょっと感激。姿は見えず)

・ホーホケキョは毎年練習し直し。ベテランウグイスも春先は下手。
・スズメはクチバシが短く桜の蜜が吸えないので桜の花をちぎる。
 メジロはクチバシが長いので上手に吸う。

・巣箱の穴は3センチも開けるとスズメの巣になる。
 (スズメは意外に大きい)
 シジュウカラを入れたいなら28ミリの穴にすべし。 

・ホウジロはほっぺた白くない。白いのはシジュウカラ。
 ホウジロは顔は白黒シマシマで体はスズメ色。    
                         等々

バードウォッチャーがこんなにも世に多かった、
ということにもびっくりだ。
珍しい鳥がいると高そうなカメラを構えた人の多い事。
大阪城公園はアマチュアバードカメラマンのメッカなそうな。

万博記念公園が大阪万博博覧会のパビリオンの跡地に
植樹された森であることを知らなかった。
木は40年経つとそれなりの森になるそうだ。

これから暑くなり鳥も北や山へ帰ってしまうし、
とっくに帰ってしまった鴨のいない池を通るたび、
かなりガックリ。
来たるべき関西の酷暑に恐れおののく私。



posted by えるか at 16:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月28日

あひる

『あひる』 今村夏子 著

先日の新聞の片隅にこの作品が
第5回河合隼雄賞を受賞した、とあった。

今村夏子さんが『こちらあみ子』(「あたらしい娘」改題)で、
太宰治文学賞と三島由紀夫賞を受賞されたことは
その内容からしごく納得したけれど、
はて、河合隼雄賞?とちょっと驚いた。

しかし子どもの頃の不安感、理不尽さを表現しているこの作品に
深く共感していたので、
敬愛していた心理学者・河合隼雄さんの賞を受けたことは
意外にちゃんと選んでいるんだ、などとえらそうな事を思った。

この人の作品は社会の片隅と捉えていいであろう
弱者のただ一点の目をもって描かれている。
当の本人は自分の置かれている状況がかなりやばかったり
可哀相であることを全く認識していない。
子どもなんてその最たるものだろう。
子どもは親も境遇も選べない。その中で生きていくしかない。

この人の作品に出てくる人物は自分を人と比べる余裕もない。
読んでいくと、ちょっと危ないんじゃないか、ということが
こちらの過去の澱のような不安をかきたてる。
何か起こる、何か起こる、、、怖い。

ある日、家にやってきたあひる。
あひるを見にくる小学生たちのために父母は
おやつやジュースを用意する。
追いかけ回されだんだん元気を無くしていくあひるは
ある日いなくなる。
ところが親はまたあひるを手にいれて、、、、やがて、、、。

この人の作品は繋がっているところもあって
ぐれてしまう兄ちゃんや離れに住まわされている婆ちゃんも、
ただ主人公の一点だけの目で語られる。

こういう風に書けるんだなあ、と次回作が楽しみな人だ。


posted by えるか at 22:41| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月24日

みんな他人

そんな事を言いながらもふと思い出したことがある。

母がちょうど私くらいの歳の頃、
私が嫁に行き、弟にも嫁さんが来て、孫もそれぞれ出来た。
その頃の母は、
どうやら自分がひとりっ子で
兄弟が居ないことに随分と悲哀を感じていたようである。

そして母の友人がその娘さんと仲良く旅行したりしているのが
とても羨ましかったらしく、
恨み事を書いた長い手紙を娘の私に何度も寄こした。

自分がいかに親の言う事をよく聞いたか、
いかに自分の父親が素晴らしい人であったか、
自分がどれほど苦労したか、どれほどいい人で賢い人間であるか、
そして懐かない娘である私への恨みごとが書いてあった。

筆圧の強い便箋に書かれた何枚もの手紙を、
私は最後には読まずに捨てた。
そして、
「お母さんには仕事がありたくさんの友達がいて、
お嫁さんもいるやないの。
もう私のことは諦めて」
と電話口で言う私に母は
「みんな他人や!!」と金切り声をあげ、わ〜〜っと泣いたのである。

その時はあきれ果てため息をついただけだったけど、
今、少しだけその時の母の気持ちがわかる。

母はなんでも口に出す人で、外面は良く、
家で私と父に当たり散らす人だったけど、
そんな母を見て育った私は、家では無口に育ったけど
多分、中身は母と同じなんだろう。

そういうことを繰り返しながら、
ある時母は私をバッサリと切った。
ある日を境に父も切り、完全に弟一家にシフトした。

海外ではハワイが一番良かった、という母に
「いつか一緒に行こうよ」と何気なく言ったら
「あなたは友達が好きなんでしょう?
 友達と行けばいいじゃない!私は友達と行くわ」
とえらい剣幕で返され、
そこまで大人げない母に唖然としたものだ。

実際、何度も友人と海外旅行していたと知ったのは、
母が倒れてからだった。
父が倒れてから、再度またすり寄ってきた母に
もちろん、何を今さら、とうんざりしていたけど、
今、無い無い病に罹っているいる自分の中に母を見る。

あれほど嫌で似たくないと思っていた母と、
結局は私は同じ人間なのだろう。女王様の母は、
実際は不満で充満しつくした人であった。

自分がどれほどに嫌で出来そこないの人間であることか、と
今さらながらに気がついて茫然とする。

気をつけたい。
もう落ち込むのはやめにして、
また明日から頑張ろう。


posted by えるか at 23:28| 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

無い無い病 リターンズ

さて、
ここにきて家人が無いのが堪える。
「どないなってんねん、これ」とか
「なんやねん、あれ」とか
家庭内のくだくだを言う相手がいない。

過去のことも未来のことも、
一人だけで受け止める事に疲れてしまった自分がいる。

春からずっと不調で、朝起きてもやる気が起きず、
それはもう病的なほどで、
またまたやってきました「無い無い病」
無い無いどころか今回は「ひとりで背負う有る有る」まで、
「無い無い病 plus」に進化。
今期は重症なり。

母の友人、
私と同い年の息子さんを長男に3人の息子を持つ82歳。
私ほどではないけれど早くにご主人を亡くされたので、
どことなく共感を感じていた。

「子どもが男の子だけと分かった時、
 あ〜、将来ひとりになると覚悟したの」

「あ、私もそう思いました」

「友人も呆けちゃったり亡くなる人が増えてね。
ほんとにもうひとりになっちゃったわ。

でも私には姉と妹がいてね、
ずいぶんと慰められたものよ。」

「私にはそういう姉妹もいません。
時々、天涯孤独だと思う時あります」

そう言うと
「ほんとねえ、、、」と
その人は深く頷いてくれたのだった。

人は、息子しかいないというと
「カワイソ〜、気の毒〜」といい、
おまけに姉も妹も居ないというと
「ああ、、、、」と掛ける言葉を失うらしい。そして、、以下省略。
どうやら私はとんでもなく可哀相らしいのである。

確執のあった母親と、
その母親が呆けた事でやがて和解し、
苦しみから解き放たれる話は時にある。
(そういう本がたくさん出版されている)

しかしいきなり倒れてしまい、
意思疎通の出来ない寝たきりになった母と
どう対峙すればいいのだろう。
1つの文句も言う事もできない。

想いのたけをぶつけることは永遠に叶わない。和解もない。
(黒い感情を腹の中で練りまわし去年は倒れたっけ)
一番気の毒な形で生き残ってしまった母に、
自分の将来の姿を見、胸がはりさけそうになる。

そんなどうしようもないことが2つ3つ4つ5つ6つ(以下略)、
私には人よりずっと多いような気がするのは
私の精進が足りないせいなのか、感じ方が偏っているのか。

自分では考えてないつもり。
良いところ、明るいところを見て、
失くしたものより今あるものに感謝して、
なんでもいいように捉えよう、、、、、

んなもん出来るか〜〜〜っ!!!

そもそも私は8つ出来ても、
出来なかった後2つに落ち込むタチなのだ。
人に受けた仕打ちは忘れない執念深い性格で、
いつまでも根に持っている嫌〜な奴。

大嫌いだった中2の時の担任に通知簿に書かれたっけ、
「激しいものを持っているが、理性で抑えることは出来る」
そうそう、あんたの事大嫌いだったけど、
実は私の事よく見てたかもね。

もうね歳とって理性無くなってきたわ。
そして自分を騙す知性ももう限界よ。
明るく自分を騙している事実って、
気がつくと実はものすごく悲惨や〜ん!

とまあこの春はある日騙している自分の事実に愕然とし、
気力を無くしていったのであった。

と言いながらも前回の記事にあるように
結局は「のほほ〜〜ん」に
落ちつけようとする堂々巡りの私。
posted by えるか at 20:47| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月15日

お墨付き

先週一週間は空白の日々となった。
結局、風邪と黄砂アレルギー(症状は花粉症)を併発
していたようだ。

血が混じる大量の鼻水、くしゃみ、
症状が進んで痰がなかなか切れない咳の苦しさ、
こんなに分かり易い症状は何年ぶりであろうか。

私の花粉症は目と皮膚に現れるし、
歳を感じてからは、
寒い冬、夜は外出しない、が功をそうしてか、
分かり易い症状が出る風邪は10年以上(20年?)ひいていない。
花粉症だけどマスクしたことない。
今回も熱は出なかった。

だるい、節々が痛い、喉が痛い、
これが私の風邪の初期症状で、
たいてい葛根湯と市販の風邪薬で一晩で治った(過去形)。

ところがここ10年「だるい」という症状が延々続く事が多く、
私としては風邪の初期症状なのだけれど、
咳を出ず熱も出ない、という事で、
医者からは不定愁訴と片付けられているように思う。
(はっきりと口には出さないけど抗生物質をくれない)

あるいは喉が腫れていても熱は出ず、
ただひたすらだるさが続き、
「なにかストレス抱えているんじゃないの?」
などと言われたこともあった。
「ストレスでは、」と言われると無いわけじゃないから
言葉をひっこめるしかないのである。

そんなに私はストレスだらけなのか、心が弱いのか、
と益々ウジウジとし、
最近では漢方医にさえ「だるい」と訴えなくなった。

そんなところに今回は大手を振っての症状である。
もちろん医者は抗生物質をくれたし、
私は心おきなく病気であることを確信しヘロヘロできた。

症状の辛さだけで、普段の心の辛さがふっとんだ。
ひたすら体の辛さに意識は集中、
今回は医者のお墨付きがあるのだ。
どうだ私は病気なんだ。なんと有り難いことであろう。
人間は1つのことしか考えられない感じられない、
という事を再認識。

一年中、体の病気ならいいかも、と
ばちあたりな事を考えたけど、
チェロも弾けず森にも行けず何も出来ないのだ、と思うと、
心は病んでも動けた方が有り難いということか。

どうして気がつけば同じことばっかり考えてしまうのか、
考えない振りしてても調子が悪くなってしまうのか、
「のほほんと生きる」
という事が出来る人をうらやましく思うのである。

のほほんと生きる。
憧れであり、これからの目標である。







posted by えるか at 15:27| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月09日

空気清浄機

突然、花粉症を発症したのは20年も前だ。
夜シーツの上に横になった途端、呼吸困難になった。
あれはびっくりした。

夫の勤めていた会社の空気清浄機なるものを早速備え付け、
生き返るようだと言った私に、花粉症のかけらもない夫は
ほんまに効くんやなあ、、、と感動していた。
身を持って効能を証明した出来た嫁であった。

それから果物アレルギーも発症し、
大好きなリンゴがある日突然食べられなくなった。
以来、柑橘類以外、果物は全部ダメ。

好きな食べ物は果物、を自認していた私には受難の日々が始まった。
やがて「一年中、抗ヒスタミン(アレルギー剤)を飲んでるよ」
という人が何人か現れ、以来、私も少量を一年中飲んでいる。

それがいい事なのか悪いことなのかわからないけれど、
確かに花粉症は楽になり、アレルゲンであるカモガヤ(イネ科雑草)
の横を通ってもマスクは要らず、イチゴは「とよなか」は食べられる、
(「あまおう」はダメ)ちょっと口腫れるけど、、。

今回、連休で次男一家が滞在、洗濯ものを油断した。
普段、自分のものは花粉が怖く、外には干さない。
しかし息子たちは花粉症でないゆえ、彼らの洗濯物を
タオルからなにから外に出したのが悪かった。

取りこんだパジャマを着た孫が横にきた途端、
ウッ、、、となった。が、
その時はまだそうとは気が付かなかったのだ、
何年もマシだったから。
彼らが帰ってから、一気にやってきて、、、、。以下省略。

昨日は連休明けで医者が混んでいるのは分かっていたが
我慢できるようなものではなく待合室は一杯で、
受付けはエラそうで感じ悪く3時間待った。

医者も疲れていたのだろう。常連でもない患者の私に
「たいしたことない」
としぶしぶ(そう見えた)抗ヒスタミンをくれた。
いやいや、そんなものは家にある。
症状は風邪に似ており、私は抗生物質が欲しく、
喉にルゴールを塗って欲しかったのだ。

だるい、頭痛い、鼻水とくしゃみが酷く、
喉がものすごく痛いのだ。
風邪かもしれん、とにかく早く治りたい。
しかし不機嫌そうな医者を前にそれをいう気力はなく、
すごすごと家に帰った。

薬局で3時間も待ったのにたしたことないと言われた、というと
気の毒そうに「黄砂アレルギーかもしれませんよ」
と薬剤師さんは言った。
そうだ、忙しすぎてニュースを見ておらず、
黄砂注意報が出ているのを知らなかったのだ。

そういうと
「娘がね、
 お母さん、黄砂注意報が出ているから洗濯物干したらだめよ、
 と言ってくれたから干さなかったの。
 ほら、私ひとり暮らしでしょう?」
と言っている人がいた。

なんだなんだ私もひとりだけど息子は私をこき使うばかりで
そんなこと言ってくれんぞ。が〜〜ん。

そして症状はどんどん酷くなりゆうべは咳で眠れなかった。
夜中の3時に薬箱をひっくりかえし、10年前に処方された咳止めを
見つけ出し、なんとかちょっとだけ寝た。

気付けば、一年中つけっぱなしの空気清浄機は
どうやらランプがついて音はしているけど機能していなかったようだ。
まんの悪い事に加湿器まで壊れた。

今日は朝から茫然としていた。
風邪なのか黄砂なのかもわからん。
とにかく壊れた空気清浄機と加湿器を買いに行きたい。
しかし空気清浄機は重い。
このだるさでとても持てそうにない。

今日は空気清浄機はあきらめて、せめて薬をゲットしたい。
再度あの医者に行って、また薬もらえなかったらどうしよう。
医者替えようか、でもどこにいっていいかもわからない。

午前中をどんよりと過ごし、
結局、また昨日の医者へ行き、
やっと抗生物質、咳止め、去痰剤、痛み止め、を貰えた。
ルゴールは塗ってくれなかった、
最近は塗らんのか?あれ一発で効くのに。

しかし貰った薬はあんまり効かない。
風邪なのか黄砂アレルギーなのかなんかわからんが今夜は眠りたい。
そして、明日こそ空気清浄機を買いに行きたい。


posted by えるか at 21:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月28日

望み

『望み』 雫井脩介 著 角川書店

建築デザイン家の父親と、校正者の妻、
高校一年の息子、と私立受験を控えた中3の娘。
平穏で幸せなであったはずの一家は、
ある日を境に奈落の底に突き落とされる。

怪我でサッカーをやめてしまった息子は、
ある日、顔にあざを作って帰ってくるが、
父親も母親も思春期にはありがちな事と注意を払わなかった。
ところが夏休み明け、息子は2日連続帰って来ず、
そのまま連絡は途絶える。

息子の友人が惨殺死体で発見され、
行方不明の少年が3人。
そのうち犯人と目される少年は2人。
1人は殺害されている可能性が濃厚となる。

息子は犯人側なのか。
もし犯人なら殺人者だが、生きている。
被害者なら犯罪者ではないが、死んでいる。
結果がどちらに転んでも地獄のような日々が待っている。

母親は犯罪者でもいいから生きていて欲しいと願う。
有名私立高校の受験を控えた妹は被害者であることを願う。
殺人者の妹になりたくない。
父親は自分の息子が殺人を犯しているとはどうしても思いたくない。
しかしそれは同時に息子はもう死んでいる、
ということを望むということだ。

家のまわりにはマスコミがつめかけテレビカメラに追い回され、
ネットでも情報はあっという間に拡散し、娘は学校に行けなくなる。

世間からは息子は犯罪者として扱われるようになり、
父親は取引先を失う。
建築家としての人生はひっくり返ってしまった。

やがて真相があきらかに、、、、。

しょせん作りもの、と
このところ小説に食傷気味だったけど、
途中から入り込んで一気に読んだ。

被害者の家族だけでなく、加害者の家族もまた苦しみ何もかも失う。
深い哀しみと苦しみを背負って生きていくことになる。
家族はどうするべきだったのか、どう望むべきだったのか、、、
答えのない問いに衝撃的な結末が訪れる。
そして家族はそれを抱えて生きていくことになる。

他人事でない、普通の人たちに起こりうる事として
世間である読者は問われている。


posted by えるか at 21:32| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月26日

二上山 

久しぶりに会う友人が、
金剛山か生駒山か二上山にハイキングはどう?と言う。

早速調べてみたが、
二上山が「ふたかみやま」では検索にひっからず
やっと「にじょうざん」で出てきた。(古代では「ふたかみやま」)

二上山は標高517メートルしかなく初心者むけの小山のようだ。
とはいえいくら初心者むけでも、
登山はギックリ腰あがりにはキツイかも、、と迷っていたのだが、、

ところがちょうどそのころ
「近藤ようこ」さんの漫画にハマっていて、
『死者の書』という折口信夫(おりくちしのぶ)原作の
上下巻のマンガを名前に惹かれて買っていたのだった。

民俗学者である折口信夫のことは知らないのであるが、
原作は難しくて絶対に読めないと想像出来た事と、
チベット密教の「死者の書」は読んだことがあり、
関係あるのかないのかわからなかったけど、
近藤ようこさん渾身の作という作品を読みたかったのだ。
(チベット密教とは関係なかったです)

その漫画の舞台がなんと二上山だった。
(これは縁がある、行くしかなかろう)と
行き先は二上山に決めた。

二上山はあたりの山と比べると丘のような小山で、
雄岳と雌岳が馬の背で横に連なり、なんか楽勝、という感じで
当日はりきって奈良県二上山駅に降り立った。

ところがいざ登り始めると小さいだけに、
かえって平坦な所が全く無く、
ひたすら急な登りがずっと続いて、青息吐息もいいとこだった。
「下りは苦手だけど登りは大丈夫」
なんて、もう言えませんわ。ヒィ〜〜ッ!!

頂上についたものの、この急こう配をまた下って行くのかと思うと
山頂のうれしさどころか、無事に下りられるのか、
膝は大丈夫か、不安と緊張で倒れそうだった。
(ひぃひぃ言いながらなんとか無事下山)

二上山は、彼岸には雄岳と雌岳の間に太陽が沈むところから
古代から神聖な山と崇められ、死者と現世の境の山であった。
奈良時代、天武天皇崩御の際、
謀反の疑いで殺された悲劇の皇子、大津皇子(おおつのみこ)の墓が
山頂付近にある。

その墓は宮内庁管轄のわりに、
無念の死であった悲劇の皇子の墓らしく簡素な墓で、
なにやら怨念の気配が漂っていたような気がしたのは、
漫画「死者の書」の読み過ぎか。

その時、友人が、
「たしか五木寛之が二上山の本を書いていたよ」
と教えてくれたのである。
『風の王国』(1985年発行)という題名を私は知らなかった。
(次男が産まれた年でこの頃ははやり歌も何もかもすっぽり抜けている)

帰ってから早速読んでみた。
(読んでから行けばよかった)と悔やまれたが、
フィクションながら
二上山が意味深長な山であったことがよくわかった。
登場人物の一人が「二上山だけには行きたくないんだ!!」
と吐き捨てるところは(行っちゃったよ、、)と青ざめたけど。

そんなわけで前回に続き、漫画、ハイキングのお誘い、小説、と
二上山がたまたま3つ重なって面白かった。
BSの五木寛之さんの番組を見たりしてちょこっと拡がりました。
この人は歳をとっても相変わらず素敵で絵になる人だ。
(五木寛之の百寺巡礼 BS朝日 木曜夜9時)

ちなみに地元出身の人に聞くと、
小学校の初めての登山は二上山で、
そのあと生駒山、金剛山とステップアップするそうである。
小学生低学年レベルでへたった私。








posted by えるか at 17:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする