2017年05月15日

お墨付き

先週一週間は空白の日々となった。
結局、風邪と黄砂アレルギー(症状は花粉症)を併発
していたようだ。

血が混じる大量の鼻水、くしゃみ、
症状が進んで痰がなかなか切れない咳の苦しさ、
こんなに分かり易い症状は何年ぶりであろうか。

私の花粉症は目と皮膚に現れるし、
歳を感じてからは、
寒い冬、夜は外出しない、が功をそうしてか、
分かり易い症状が出る風邪は10年以上(20年?)ひいていない。
花粉症だけどマスクしたことない。
今回も熱は出なかった。

だるい、節々が痛い、喉が痛い、
これが私の風邪の初期症状で、
たいてい葛根湯と市販の風邪薬で一晩で治った(過去形)。

ところがここ10年「だるい」という症状が延々続く事が多く、
私としては風邪の初期症状なのだけれど、
咳を出ず熱も出ない、という事で、
医者からは不定愁訴と片付けられているように思う。
(はっきりと口には出さないけど抗生物質をくれない)

あるいは喉が腫れていても熱は出ず、
ただひたすらだるさが続き、
「なにかストレス抱えているんじゃないの?」
などと言われたこともあった。
「ストレスでは、」と言われると無いわけじゃないから
言葉をひっこめるしかないのである。

そんなに私はストレスだらけなのか、心が弱いのか、
と益々ウジウジとし、
最近では漢方医にさえ「だるい」と訴えなくなった。

そんなところに今回は大手を振っての症状である。
もちろん医者は抗生物質をくれたし、
私は心おきなく病気であることを確信しヘロヘロできた。

症状の辛さだけで、普段の心の辛さがふっとんだ。
ひたすら体の辛さに意識は集中、
今回は医者のお墨付きがあるのだ。
どうだ私は病気なんだ。なんと有り難いことであろう。
人間は1つのことしか考えられない感じられない、
という事を再認識。

一年中、体の病気ならいいかも、と
ばちあたりな事を考えたけど、
チェロも弾けず森にも行けず何も出来ないのだ、と思うと、
心は病んでも動けた方が有り難いということか。

どうして気がつけば同じことばっかり考えてしまうのか、
考えない振りしてても調子が悪くなってしまうのか、
「のほほんと生きる」
という事が出来る人をうらやましく思うのである。

のほほんと生きる。
憧れであり、これからの目標である。







posted by えるか at 15:27| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月19日

祝1000個

この拙文で記事数が1000個目になります。
もう少し先だろう、と思っていたけど、
このところ画像投稿が増えたせいもあり意外に早かったです。

2008年2月9日にから始まったこのブログ。
始めの頃は書く事で、
なんとか自分を確認するという精神安定剤だった。
一生懸命書いていた。

途中から自分を書くことが嫌になり始め、
書いてまで言うことか、、と
やめようか、、と思う事多々。

実際にしたこと思ったことを書くことは、
極力避けるようになり、面白かった本の紹介とか
当たり障りのない内容になったと思うけど、
それでもそれなりに私らしさは出したつもりだったけど、
どうだったろう。

読んで下さった方々に心からお礼申し上げます。
コメント欄もなくてリンクも無く、
それでもアクセス数はちゃんとチェックしていて、
減るとがっくり増えると嬉しい。

ちょっとでも検索に引っ掛かるようにと
途中から題は平易なものに変更した。
ひねりの無い題をつける自分にちょっと嫌になったりはしたけど、
確かにアクセス数はちょっと増えました。

始めた頃はどんなこと書いてたんだろうと探してみました。
よろしければ読んでみてください。
『to U』 『変人?』 耳栓』

1番始めの文章はほんとは違うものだったと思うが、
あまりにも赤裸々だったため削除した記憶がある。
これらの記事が同じ日に投稿されているので
たぶん自分であれこれいじったんだろう。

あれから9年たち、
乗り越えられたことも諦めてしまったこともあるけれど、
なんだか人格に贅肉がつき
随分といい加減な人間になってしまったような気がする。

それでいいのかよくないのかは、
分からない。




posted by えるか at 14:20| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月28日

免許更新リターンズ

5年振りに免許更新に行った。
となれば書くことは決まっている。

免許証の写真うつりの酷さだ。
更新のお知らせハガキには写真の持ち込みもOKとは書いてあった。
しかし笑っていてはダメ、など決まり事が多く、
そこまでせんでも、、とまあ忘れていたのである。

当日JRが遅れ、受け付け時間に滑り込みで駆けこんだ。
あっちへこっちへ流れ作業で、
「ハイッあなたはこちらへ」と並んでいた場所から違う場所に誘導され、
椅子に座ったとたんにシャッターは切られ、
そのまま講習会場へ。

最後に受け取った免許証の写真を見て、
ショックのあまりよろよろとし茫然と駅まで歩いた。
そして茫然と家に帰りやけ食いをした。
5年前もひどかった。

しかしあれから公安委員会も反省し、
少しはまともに撮れる機械に替えたかもしれない、
スマホなど最近はきれいに撮れるではないか、
などとは、甘い考えであった。
あれから5歳老いたのだから
よりいっそうヒドくなっていよう事は考えてみたら当然だ。

いつもよりは濃い目に化粧していったのに、
目も鼻も口もな〜んも写ってはいなかった。
写っていたのはホウレイ線だけであった。

こはどうしたことぞ!
500円をけちって交通安全協会に入らなかった仕返しなのか。
シャッターを切っていた女性は私に恨みでもあるのか。
ただでさえ頭の形で覚えられていたことに傷ついて以来、
どうにも自分の姿に自信がなくなっているのである。

自分が毎日みている鏡はうぬぼれ鏡である、とよくいうけれど、
私って目や口が無かったの、、、。

本当の姿が目に入らない病気なのか、
どっかおかしいのではないか、、、
と意気消沈も甚だしく、もうアデランスでも買いに行こうかしら。

過去ブログのアクセス記録に『免許更新』なるものがあった。
何だったろう、、とクリックしてみたら、
なんと5年前に書いた拙文であった。

5年前にも同じことを書いている。成長しない私、、、、。
そして5年前の文章の方がよほどパンチが効いている。
ああ、老化だ、、、辛い、、、、、。





『免許更新』(2012年1月26日)

 運転免許の写真の写りがよかったという話は
 ついぞ聞いたことはないけれど、
 どうして皆反乱を起こさないのか。

 お金をむしり取られてその上
 自分とは認めたくないような写真を
 また5年間も毎日携帯して
 時には人に見せなければならないというのは
 なにかの罰なのか。

 しかも誰も
 「これはあなたではありませんね」
 と疑問を呈してきた人が、
 今まで一度も居なかったとは
 いったいどういうことであろうか。
posted by えるか at 20:42| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月24日

冬の好きなもの

暑い暑い夏が過ぎ、10月も終わる頃、
やっと北へ帰っていた冬鳥が戻ってくる。

車で通る近所の池に、いるいる、鴨さんたち。
一番鳥はヒドリガモだったと思うけど、
その後キンクハジロやハシビロガモもやってきた。

これからしばらくの間は電車に乗っても川を越える時に
鴨が浮かんでいるのを見つけることができる。

鳥って意外と身近にいる。
カラス、ハト、キジバト、ヒヨドリ、スズメは
まあどこにもいると思うけど、
メジロ、イソヒヨドリ、ジョウビタキくらいはうちのマンションにも来る。

もうひとつ、昨年から加わった冬の楽しみは
キャンドルに火を灯すことだ。

オール電化で火に飢えていることは以前も書いたけど、
KIVI(キビ)のキャンドルホルダーの小さな灯と
ホルムガード社のランタンの灯りは、
冬の暮らしにかかせないものとなった。

たいていは夕方から灯すけど、
どんよりと曇った日や雨の日は朝から灯している。
天気に左右されやすい私の心は大いに癒される。
まさに「心に灯を」という感じ。

鴨がいてよかった。
ろうそくの灯りがあってよかった。
この2つが好きな私でよかった。
好きなものがあってよかった。

若い頃には気がつかなかった事に気持ちが行くようになり、
気にもかけていなかった事が好きになる。
いろんな事があって、いろんな経験をして今があって、
今の私が心癒され好きなものはこの2つ。

でもねえ、春になると鳥は北へ帰ってしまい、
花見などしているうちに陽射しは強くなり暑くなり、
灯りも出番がなくなる。
また秋がくるまで酷暑にあえぎ続ける日々。

夏に何かなあ、
好きなものができるといいけど。


posted by えるか at 00:24| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月04日

変な人?

カイツブりという水鳥は、
秋になると北から渡ってくる鴨たちとは違い、
一年中日本に居る留鳥だ。(留鳥は本州以南)

小さな水鳥で全長26センチあるらしいが、
見たところ20センチくらいにしか見えない。
色も地味。

他の大きく鮮やかな色の鴨たちとは混じることはなく
人にも寄って来ない。
池の向こうの方で潜っている池の中の孤高の存在。
目立たない水鳥ナンバー1?

春になり鴨たちが北へ去った後も、
公園の池にひっそりとつがいで暮らしている。

初夏に蓮を見に行った時、
カイツブりの雛がイノシシのウリ坊柄の縞々で
親の後を泳いでいるところがたいそう可愛らしかった。

先日、
秋になり戻ってきた鴨たちを見かけた。

やっぱり離れたところにカイツブりがいたけど、
どういう訳か水面の上で座っている。回り込んでよく見ると、
枯れたホテイアオイの上の水面に巣をつくり、
雌が座りこんで卵を温めていた。
よくもまあこんな遮るところのない吹きっ晒しの水面に、、、、。

雄はまわりをぐるぐると泳ぎ回り、
時おり潜っていた。しばらくすると、
雌が食事に出るらしく、雄が巣近くに戻った。
とその時、雄の後ろに豆粒のような鳥の影が、、、、
泳いでいるようにも見えるがよく見えない。

目の錯覚かと見つめているとその豆粒は雄の背中に飛び乗り、
羽毛の中に入り込み頭だけ出していた。
なんと!子どもを背中に乗せて親鳥は泳いでいたのだ。

こういう光景はテレビでしかみたことが無かったので
あわててスマホを取り出し、
なんとか撮れないものか四苦八苦していたら、
そこにランドセルを背負った中学年くらいの男の子2人が現れた。

僕ちゃんたちもカイツブリを見に来たのかな、、と思いきや、
あろうことか彼らは両手に握りしめた沢山の小石を、
カイツブりの巣と親子にぶつけ始めたのだ。

巣は池の柵のすぐ近くにあり距離は短く、
投げつけられた小石はバラバラと命中し、
池には沢山の石の水の輪が出来た。

慌てて逃げる親鳥に小学生は2度3度4度、
たくさんの小石を投げ付けヒャラヒャラ笑っていた。
巣にはまだ孵っていない白い卵が一個残された。

私は彼らとは10メートルも離れていなかった。
大人の私が見ているのに彼らは意にも介していなかった。
「何やってるの!やめなさい!」
その言葉が出なかった。

あまりのことに呆然としたことと、
注意して「なんだこのクソババア」と言われるのが嫌だった。
なんといっても彼らは小石を持っているので、
こちらに投げつけられる可能性もあった。
とにかく自分が傷つくのが怖く声が出なかったのだ。

その時頭の中に浮かんだことは、
これが普通の子どもの姿なのだろうか、皆そうなんだろうか。
大きくなった時、そういうとそんなことしたなあ、、と
普通の社会人に育っていくのだろうか。
こんな事にびっくりする私の方がおかしいのだろうか、
ということだった。

彼らは始めから石を用意していたようだった。
もしかしたら毎日やっていたのかもしれない。
いたたまれなくなった私はその場を離れたが
その私を彼らはヒャラヒャラ笑いながら楽しそうに追い越して行った。

カイツブりは池の真ん中に避難して、
長いこと戻ってこなかった。
見ている私の事も警戒していたろう。

「雌が食事の時にはちゃんと雄が巣を温めているんよねえ」

と後ろを歩く老婦人たちがと話ながら通り過ぎていったから
巣は付近の人たちには認知されているんだろう。
ここは人も車も多い都会の池なのだ。
カーちゃんカーちゃんその後)←(カーちゃんは今もいます)

家に帰ってからも彼らに注意出来なかった自分が情けなく、
そしてこのままでいいのだろうかと思い、
こんなことを気にする自分はおかしいのだろうかとも考えた。

次の日になってもまた次の日になっても、ふと気がつくと、
石を投げつけられて逃げていく小さなカイツブりの事を考えていた。

近くの小学校に電話して注意してもらおうか、
市役所に電話して声掛けして貰おうか、
でも絶対変な人だと思われるよな、、、、
そう、変な人にはなりたくないのだ。

でもカイツブりは可哀相だ。
可哀相な事など世には億とあるが。

以前、自然公園閉鎖の時に(『ギフチョウ』はこちらです)
「『ギフチョウはどうなるんですか?』
と市役所に電話するだけでも役所は動くのよ。
市民の声が一番効くの。
私たち(公の人)が何を言ってもダメなんだから」
と聞いたことを思い出したが、市役所に電話して
胡散臭そうな声を聞かされるのは、これまた落ち込みそう。
落ち込むのも嫌なのだ。

意を決して電話番号をしらべようとHPをひらくと
市役所の公園緑地課にメールフォームがあることがわかった。
これだ!これなら声の調子で傷つくことはない。
どこまでも傷つくのは怖いのである。

地図で池の名称を調べ、メールフォームに名前住所アドレスをうちこみ、
市外の者で申し訳ないけれど声掛けなどしてもらえないか、
と打ち込んだ。

とりあえず何かはした、のだった。

次回見かけたら今度こそ注意しよう、、、、、




posted by えるか at 21:26| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月25日

見えない

寝室にやってきた孫が、
ベッドと壁との隙間にあったクッションを引き上げた途端
「汚〜い」
というのでびっくりして「どこが?」と聞くと
「ここに猫の毛がついてる」と言う。

な〜んも見えんよ。
私にはきれいなクッションにしか見えない。
確かにそこは猫のケンカ場であるにもかかわらず、
うす暗く掃除機が届きにくいので、
いつも掃除ぬけてるわ。次回から掃除重点地域に。

ところで、うちのユウ猫はフケ症だ。
ブラッシングをしようものなら毛の間から湧いて出るフケ。
初めて見た時は度肝を抜かれ医者にも相談したけど、
そのうち慣れてしまった。

「フケだらけだねえ」と毛を掻いてやると、
なんとなく悲しそうな顔をする。
ブラッシング嫌いなので毎日かけることはなく、
気がつくとフケはあまり目立たなくなる。

たぶん(絶対)家の中に全部落ちてるんだろうなあ、、
とはわかってはいてもどうしようもないので気にしないようにしてた。
ユウ猫は背は茶色だが腹はまっ白だ。外に出る訳ではないので、
パッと見は「きれいな猫ね(顔以外)」と言われている。

ところがユウをしばらく腹の上に乗せていた息子の
濃紺のシャツにはたくさんの白い毛と共に白いフケが点々と、、、、。
ギャーッ!

そうだったのか、この調子で家中にまき散らしていたのだ。
ベランダのホコリ溜まりの上に寝そべって、
そのまま私のベッドの上でのびのびしている猫よ、あんたは、、。
そういえば寝ている間にダニらしきもの嚙まれた事が何度かあったよ。

うちのカーペットやシーツの色は薄いベージュ。
見えないって恐ろしい。
慌てて掃除機とコロコロを転がして。

「年寄りの家は汚い」という。
パッと見はきれいでもあちこちに埃が溜まっている。
もう見えないのだ。

見えない方が有り難い事も。
皺やシミや毛穴やムダ毛、今となってはもう見たくない。
見え過ぎてダニまで見えたらノイローゼになり生活は不可能だ。

だんだん見えなくなっている事は
悲しいことではあるけれど、ある意味有り難い。
見える人からみたらため息をつかれそうだけど、
もう見たいものしか見たくないのだわ。


posted by えるか at 18:17| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月20日

外面

前回の承認欲求の話の続きです。

私は人に紹介されると占いも行ってみる。
そこで言われたことを総合すると結構同じことを言われている。
ホロスコープや四柱推命は生まれた日と時間の統計学なので
占いというよりは、そういう星の元ですよ、、という感じ。

私は人に合わせて顔を変えるそうだ。
他者に求められるものに合わせ過ぎるきらいがあり、
評価され公平で魅力的で人気者でありたい人。
人に感謝されることで自己表現する。

たしかに当たっていると思った。
人が喜んでくれるなら頑張りますとも。
生まれた時にそういうことまで決まっているのかとかなり驚いた。

しかし、今年新たに「見える」という人に
会うなり「あんた、外面がええな」
と言われて愕然。
「外では愛想よく家で家族に当たる、
あんたは子どもの頃からそうやったはずや」

そんな、、、、、、、
当たられてきたことはあっても当たるなんて、、、
外面だけがいい人が大嫌いなのに、それは私なの?!
こんな人にだけはなりたくないと思っていた母に対して思っていた事を、
「それはあんただ」と言われたのだ。

あまりのショックになんだか、、、
全てがもうあほらしくなってしまって、、、、。
いったい私ってなんなんだろう、、と思った。
小さい頃からの思いがすべてひっくり返ってしまったのだ。
もうどうでもよくなり、かえって元気になってしまった。
なぜか最近よく眠れる。

友人は全然当たってないって言ってくれたけど、
紹介してくれた人は
「あの人はものすごく見える人なので
思い当たることがあるのでは」と譲らない。
「人に喜ばれたい」というところと繋がっていくと言うのだ。

占いでなく「見える人」というところで、
本当はそうなのかもしれない、と自分でも思うように。

見える人によると、私を構成しているのは
「外面」その後ろに「気分」がありその後ろには「深読み」
なんだそうだ。
確かに私は気分で動くし、ものすごく深読みする癖がある。
(結構当たってるんだけどね。でもそのせいで余計な思いをすることが多い)
外面以外は怖いくらいに当たっている。

ただその後に言ってくれたことはホロスコープや四柱推命と
不思議なことによく似ていた。
「人の言うことなど気にせず
自分のしたいことをすればよい」
「人が何を考えているかはわからない」

これは森の生活者ソローのいう
「『みんな』はどこにも存在しないし、
 『みんな』は決して何もしてくれない」
とつながっていく。

そんなわけで生まれながらに
人一倍「承認欲求」の強い自分を知ったので
今回のEテレがとっても腑に落ちたのだった。

以下、次回に続く。
もうすこしお付き合い願います。




posted by えるか at 20:31| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月12日

猫と音楽

哲学者であり神学者であり医者である
ノーベル平和賞受賞のシュバイツァー博士は、

「人生の惨めさから抜け出す慰めは2つある。
 音楽と猫だ」

と言ったそうだ。
そう聞いて(どっちも持っている、、)
と嬉しいような情けないような気持ちになった。

惨めだから持っているのか、
持っているから、なんとか暮らせているのか。
偶然にも両方持っている何にも持ってない私。

ここには書いてないけどチェロ真面目に続けてます。
心の慰めだったチェロも最近はプレッシャーになってるけど、
それでもチェロがなければ私の一日は成り立たない。

それとこの頃おもうのは、
無条件に好きなものがあって本当によかったということ。
森と動物。
このふたつはどんなにか私を慰めてくれるだろう。

自分でも異常かなと思うほど、
動物がますます好きになっている。
見ると心が高鳴る。森は落ち着く。
公園のスズメやカラス、
その辺の雑草やよそのお宅の木々でも十分。

でも気付くのは全部ひとりで出来ること、
人と話さないで出来ること、ということ。

最近のマイブームはキャンドルの炎を見ること。
人に話すと「怖〜っ」って言われたけど。
自分でも大丈夫なのか私、と思う。

このところ今日が何日かわからない。
曜日はわかるゴミを出さないといけないから。

ひとり暮らしが長くなり、
人の価値観に触れることが無い。
これがおそろしい。

価値観が自分のみ、それに異を唱える人がなく、
自分がどの程度偏っていっているのかわからない。
これが目下の悩み。
元々偏屈なのに偏屈老人まっしぐら?

世間のニュースがわからない。
テレビついてるのに聞いてない。新聞とってるのに読んでない。
野球のチーム名がわからない、サッカーもどうなってるのか知らん。
自分に興味のないことが意識から抜けている。

嫌な出来事の気分をいつまでも持っている。
家人と話して頭が切り替わるという事が無い。

でもそういう時、
音楽や猫、森や読書はかけがえのない存在。
そこに買い物が加わるのが困ったところ。

posted by えるか at 21:07| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月18日

見える?

遠くにいる白鷺の写真を撮っている人に
「ほら、あそこに2羽もいますよ」
と指さしたら、白い杭でした。
posted by えるか at 22:16| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月20日

素直?

「家も家具も息子もすべて断捨離しました。
 あるのはお皿一枚と電球一つだけです」

と会ったなり教えてくれた人は、
しょっちゅう海外旅行しているそうだ。
南極にも行ったとか。

「机も無いんですか?」

テレビや机はあるそうだ。
なんでもすぐ言葉通り真に受ける私。
posted by えるか at 00:16| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月01日

かわいそう?

十数年も前、
誰とも話したくなく会いたくない時期があった。
その間に3回引っ越しているからそれなりの期間だ。

閉じこもっていたわけではなくて、
僅かな友人とは連絡をとっていたしメール交換したり、
私のことを全然知らない人たちに混じって講座を受けに行ったりはしていた。
それなりに明るくふるまったりして。
ただ心は堅く閉じていた。そうでなければ生きていけなかった。

それからジタバタと右往左往したけれど、
最近また閉じた世界に行きたい。

結局現実は何も変わってない。
以前は何か見えてくるのかもしれないと漠然と少しは
希望をもっていたのかもしれない。

でも気がついたら歳を取っていた事と金が減っていた。
この先もっと歳を取るし金も無くなっていく。
すばらしく楽しい毎日が待っているとはもう考え難い。

この夏、古くからの友人に相次いで慰められた。
「ひとりで本当によく頑張っているなって
 いつも思ってるんよ。
 我慢強いなあって思って」

「ひとりでよくやってるよ。
 私には出来ない。
 たったひとりで立ち向かわないといけないことが
 ほんと可哀そうだと思う」

友人たちはそういってそれぞれ遠くへ帰った。
これらの言葉が後になってえらく堪えた。打ちのめされた。
友人はもちろん褒めてくれたり慰めてくれたりしたのだ。

我慢強い?
言っていくところが無いだけだ。
どうしようもないからじっとしているだけだ。
誰よりも泣きたいし悲鳴をあげたい。

可哀そう、、
ひとりで可哀相だと思われていたことに、
そんな当たり前のことを気付かずに普段いたことに
いたたまれなくなって愕然とした。
ふらふらいいご身分だと揶揄されているのではと危惧していた自分は
全くもってお目出度い。

いったいいつから可哀相だったんだろう。
生まれた時から可哀相だったのかもしれない。
可哀相でなかった時なんてあるのだろうか。

そんな事をぶちぶちとつぶやける歳はとっくに過ぎたというのに
情けないことだ。
若ければよよと泣けばまだ絵になったのに
こんなにしょぼくれてしまいどこで泣けばいいのだろう。
この先しょぼくれていくばかりだというのに。
いったい何をしてきたんだろう、、、、、
と思う毎日。

「前世に何か悪いことしたんじゃないの?
 何代も昔とか、、、、」

何代も前の事をなんで私が、、と思うけど、
私の人生、全部が自分のせいだと思うより
そちらの方がまだ救われるような気がする。
posted by えるか at 18:57| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月18日

シワ図鑑

化粧を始めた頃からずっと不思議に思ってた。
「口紅をぬってもあっという間にすぐ取れる」
どうしてなのか!?

若い頃は口紅どころかファンデーションもすぐ落ちてしまい、
がんばってるわりに化粧してないように見られてた。
月日は流れ商品技術は進みファンデーションは、
なんとか残るようになったけど、
それでも口紅は塗ったと思ったら取れている。

落ちにくいという商品を塗ろうが何しようが口紅は
一瞬にしてどこかに消えていくのだ。

知らず知らず舐めているんだろうとは思ってた。
(生涯で何本分の口紅がお腹に入ったのか、、)
食品添加物まみれで育った世代なので、
口紅くらいなんちゅうことも無いのだが。

そしてここ数年、冬にはリップクリームがかかせない。
ポケットに忍ばせ、こっそりとのべつまくなしに
塗りたくらないと唇の乾くこと乾くこと!

リップクリームを忘れて出かけようものなら
オーマイガッ!
仕方なく店に飛び込んで買い求めいったい何本持ってんの。

『シワ図鑑』 土門奏 著 
「シワ・たるみの作られ方がわかれば直し方もわかる」
という本を買った。

読んで恐ろしいことが分かった。
・薄いくちびる     乾くといってよく唇を巻いている(真一文字にすること)
・くちびるの縦ジワ   口から食べ物が出ないように口先が力んでいる

この癖により私の口の周りには皺が出来、唇には縦ジワが、
唇を巻いているから口紅が取れるのだ!!

そういえば喋る時にすごく唇に力が入っていると思う。
テレビで喋っている人を見ると力など入っていないようだ。

一体いつからこんなだったろう!!子どもの時からずっとだ。
恐ろしいことに母も祖母も口元はそっくりなのだ。
癖の遺伝なのである。

以来、気をつけてはいるものの気なんて一瞬で緩むので、
相変わらず口紅は一瞬なりとも留まっておらぬ。

母と祖母に目立った唇の上の皺が、
自分の唇の上にも現れるのを見つけ恐怖のおののき
クリームを塗ったくっていた私だが、
そのクリームもあっという間に舐めてるし。

ダウンタウンDXで東幹久が
「リップクリームを手放さない」と言われていたけど、
番組中、東幹久は確かに唇を何度も舐めて巻いていた。
本人は無意識であろう。私もああなのだ。ショック〜

小学校の林間学校の朝、
歯磨きする私の口からは歯磨き剤がダラダラこぼれ
口の周りは白いおじさんのよう。
友達がきれいに口をゆすぐのが不思議で
どうして私には出来ないのか、と疑問におもいつつ何十年も経った。

思いきって歯科技工士さんに聞いてみたら、
「そんな事聞かれた事は初めてなので
次回までに考えておきます」
とのこと。

整体師さんに「歩き方がわからない」
というと私の歩き方を動画に撮ってくれたけど、
その挙動不審ぶりに腰が抜けた。

無くて七癖というけれど人間はすべからく癖で出来あがっていると思う。
食べ方、喋り方、思考、嗜好、からだの動かし方、
痛みが出てきたり病気になったり、癖ってDNAよね?
癖を直したらきっと別人の私がいるだろう。

健康で明るくて性格も良くて、、、、美人。



posted by えるか at 21:39| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月03日

事実を知る

この一週間、いろいろあって忙しく、
食事もままならなかった。

これは少し痩せたのでないかと何ヶ月か振りに
体重計に乗ってみた。

びっくりしました!
生まれて初めて減っていてびっくりしました。
なんと若い頃の体重に戻っていました。

しかし、、、
この体重なのにこのお腹、、、、
背中からわき腹臀部と崩れたライン、、、、、、

体重が戻ったことがなかったので腹が出ているのは
太ったせいと思っていたけど老けていたのでした。

痩せてもこんなラインだったら、
美味しく好きなものを食べてふくよかな方が
ずっといいと分かりました。

食べなあかん!
posted by えるか at 21:31| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月31日

背負い投げ〜

今年もあんまり更新しなかったけど、
止めることなくなんとか終わった。

始めた頃は私的内的な事を書いていたけど、
やがて極力そういうことを避けるようになった。

もう閉じようかな、、と、
迷いながらも記事数が800を超えました。
日常の生活のカウントをすることなんてまず無いので
自動的に数えてくれるのは有り難い。

テレビを見ていたら「ディグラム診断」というのがあった。
20の質問に答えると自分の性格を教えてくれるというもの。
(ご興味ある方はどうぞ

私の診断結果は、
「ストレス抱えたマリア様。
 NOと言えない腹黒人間」と出た。

う〜〜ん、、、腹黒ですか、、、、
いやむしろ当たっていて怖い。

今年後半は、
恨みと憎悪で体から黒い霧が立ち昇りそうだった。
気がつけば風呂で独りで文句言っていた。
気が狂ったかもと似た状況の友人に言ったら「私もよ」
と言ってくれたのでかなり慰められたけど。

以前の私は詳しい心理テストなどすると、
自分でも意外だったが、
いつもバランスのとれた結構いい人と出たのだ。

その事を人に言うと、
「あんたはそういうことに詳しいから
そういう風な答え方をしたのでは?」
と今から思うといい人を否定されていたのか?

口は悪いが根はいい奴、と自分では思っていたけど、
いやほんま、最近ほんまに性格悪い。気をつけよう。
こんな時、IKKOさんの、
「どんだけ〜」「背負い投げ〜」「まぼろし〜」
って言葉がうんちくあっていいと思いました。
色々あってもそうやってガス抜きしないとね。

今年もブログに来て下さった皆さま、
ほんとうにありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。

よいお年をお迎えください。


posted by えるか at 15:46| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月25日

9730回

私がこの10年で洗濯機を回した回数である。

ある時、脱水中に突然止まり、
スンとも動かずメーカー修理を頼んだのだった。
修理部品保存期間も過ぎているとのことで、最悪買い直しを覚悟した。

結局、サーモスタットの部品交換で直ったのだが
修理した人がこれまでに回した回数に大変驚いていた。

メーカーの人には洗濯機が今まで何回回ったかわかるそうだ。
だいたい6年をメーカー側は買い換えの目安としているらしく(早っ)、
1日1回、回すとして365×6で2190回。
まあ3000回くらいで買い変えるという試算らしい。
6000回も回っていたら「えらく持ったな」ということなんだそうだ。

私の9730回はあり得ない数字だそうな。
1日に回す頻度は老人ホームや美容院並だとか。
最後まで回さないとカウントしないので、
実際は脱水だけなどでもっと回しているはず、とのこと。
私の洗濯機はえらく優秀な洗濯機であったのだ。

そしてはたと気がついた。
自分が大変洗濯好きであることに。
ひとり暮らしなのに1日3回は回している!

人に言うと「ちょっとでも汚れるのが我慢ならないの?」
と聞かれるけど、そんなことはない。
食器洗いが嫌いで食洗機まかせ(それも深夜電力料金になる夜一回だけ)、
掃除機も猫が2匹もいるというのに週何回かけてんだ?

家事の中で洗濯が一番楽だ。
放りこんでおけばあとは機械がやってくれる。
その辺のもので一回。
手洗いコースで一回。
シーツやマットなどを順繰りで一回。

自分がボ〜っと新聞など読んでいる間に洗濯は勝手に進んでいく。
なんとなく家事をした気分。
そして乾燥機は使わず、乾かなかったものは
家の中であっちに動かしこっちに動かしなんとか乾かしていく。
電車を遅らしてでも洗濯は絶対干して行く私。

最近、友人たちが意外にも家事をしていないことに気がつく。
これくらいの歳になると、
子どもはもう家を出ていない。
夫が単身赴任になってしまったり、
あるいは夫がいても自身が仕事を持っていて疲れていくと、
臆することなくはっきりと「ご飯作ってない」と言う。

「冷蔵庫なんか空っぽよ」、
もちろん洗濯も毎日はしないそうだ。
こは如何なることぞ!

私はひとりなのにこの10年間、
4人で暮らして居た頃とあまり変わらない生活をしていた。
風呂も毎日沸かすしご飯も超いい加減だけど作っている。

普通に人数が減り、
自然に家事をしなくなった友人たちに比べ、
昔と同じ生活を無意識のうちに頑なまでに送っていた自分を
すこし憐れに思ったのだった。








posted by えるか at 18:51| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月01日

おそろし

BSプレミアムで先週土曜日に始まった
『おそろし〜三島屋変調百物語』 宮部みゆき 原作
第一話「曼珠沙華」を見た。

三島屋主人が佐野史郎さん(妖怪好き)。
主人公おちかに『植物男子ベランダー』から忽然と姿を消した波瑠さん。
こんなところに来ていました。

原作がたいそう面白かったのでここに書いた記憶があり探した。
(こちらです)
こんなこと考えてたのか、、と6年前の自分を思う。

今回、物語の聞き手である主人公の
おちかのような存在を切望している自分を想う。

誰かに聞いてもらいたくて悶々とするんだけど、
話すとその時は相槌は返ってくるだろうけど、
結局は呆れられたり、
すぐに打ち捨てられるだろうと思うと口に出来ない。

そうされたと感じたらその人を嫌いになるだろうと思うと
それもおそろしく哀しくて誰にも言えなかった。

「なんということだ、、、、」
ただそれだけを共感してもらうだけでいいのだけれど。
聴き手が見つからずこの夏ずっと病気だった。
posted by えるか at 21:41| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月26日

大雑把

ホロスコープを見てもらいました。
そこで衝撃的な事実を教えてもらいました。

私は大雑把な性格なんだそうです。
おまけに男性的。

仰天しました。
友人からは「真面目すぎるんよ」などと言われ、
自分でもそう思うし神経質であると思ってた。

そういう自分が嫌だったので、
出来るだけ神経質なところを隠し、
大雑把に見えるように努めてきたつもりである。

ところが大雑把そのものだったのだ。えぇ〜〜っ?!
晴天のへきれき。

しかし考えてみれば、
部屋の中にまっすぐに並んでいるものなんて無い。
服をきれいにたためない。
机の中はぐちゃぐちゃだ。
髪を100円ハサミで切ってしまう(もちろん失敗)。
人の議論はたいてい(そんな事どうでもええやん)と思っている。
死ぬほど悩んで落ち込むが、ある日突然どうでもよくなる。

これらはすべて血液型がB型のせいだと思っていた。
本来はやぎ座で真面目なのだ、と。
ホロスコープではやぎ座や血液型はなんの関係も無かった。

そうだったのか。
もう明るく大雑把なふりをすることなんてない、
本当に大雑把とわかったのだ。

ばんざい!私は大雑把なんだ。

しかし、男性的って、、、、、、、、
そういうと右脳派だと思っていたのに左脳派だったし、、

人のことも分からんが自分のことも分かってない。
神経質どころか無神経だったりして、、、すみません、、

posted by えるか at 23:50| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月03日

超・主観的

「これ何、、猫?、、」
と小さい頃に言われたうちの変な顔の猫ユウだが。
ニュウッと伸びた顔はそのままで4歳になった。

毎日見ているのでスフィンクスのような顔にも慣れ、
今では普通の顔の先住猫ハナ(美猫)の方が
ぺっちゃんこの顔に見えるほどだ。

ユウの体はゴツゴツしている。
筋肉質のその背中に触ると岩のようである。
(さすがはオス。
 フニャフニャしてすぐ太るハナとは全然違う)
と感心していた。

ユウはハナより大きくなったような気がするが顔が細長く、
また拾ってきたころの小ささがそのまま記憶に残り、
私の中ではユウは未だハナより小さな小坊主なのだった。

2匹の食事の仕方はまるで違っており、
ユウはちょっとずつ何回も食べるムラ食い。
対してハナは一度にムシムシと全部食べる。
食い意地がはっているのでユウが残したフードも全部食べる。

どんどんとハナが肥っていくので見張っていたり、
少量ずつをユウに与えたり私なりに努力をしていた。

ユウは頭がいいのか性格が悪いのか、
物事を要求する時は私の嫌がることをする。
机のものを落としたり観葉植物をガシガシしがんだり。

ハナはハナで片方の猫だけが何度もフードを貰えるのが
面白くなく眉間に皺をよせて不貞腐れている。
可哀相なので少しハナにもフードのおすそ分け。

ハナはみるみる肥満体に。

筋肉質のユウの方は全然肥らず「体質とは恐ろしいものだ」
と思っていたのである。

ハナはついに獣医で「肥り過ぎ!」と叱られダイエットすることになった。
とても高いダイエットフードをわざわざ注文しハナに与えることに。
すべては私の不徳のいたすところ。身銭を切るしかないのである。

今度はユウがハナだけ違うフードを貰うことが面白くないらしく
ふてくされ気味に。
元々悪い目つきに拍車がかかる。ますますその辺を荒らすようになり、
私は日々本当に猫育てに悩んでいる。

仲の悪い二匹は片方が撫でられるだけで面白くない。
名前を呼ぶだけでも腹立たしいらしい。
なぜこの歳になって猫にまで気を遣って暮らさねばならぬのか情けない。

問題はここからである。
久方ぶりにユウを見た友人が言う。

「まあなんと大きな肥った猫!」

大きい?、、、肥ってる?、、、

友人によると、
筋肉質でいくら食べても太らないと思っていたユウは
かなり大きな猫でお腹はブヨブヨ、立派な肥満猫だと言う。

は?ハナじゃなくて?

しげしげとよく見れば、
確かに肥っているかも。

抱き上げるとなんか重いなあ、とは思っていた。
しかし筋肉は重いものだ。
ハナよりかなり大きいような気もしたが、
前は小さい仔猫だったのである。
壁の爪とぎ跡が高いのは気のせいに違いない、と。

私は物事を客観的に見られてない自分を発見したのである。

最近人と接触することが少なくなっており
自分を客観視出来なくなってきていて、
このままではひとりよがりに拍車がかかり、
いや、もはや巷では変な人ということになっているのかもしれん、、、
と実は悩んでいるのである。

(自分のお腹がなんかブヨブヨしている、、)
は、完全に相当肥っているということであり、
(なんか老けたように思う、、、、)
は、想像以上に相当老けているということだ。

どうするよこのお腹!
たまたま猫だから教えて貰えるが
人間には面と向かって本当のことは言わないであろう。
いったいどんな状態に私はなり果てているのだろう。

見目だけでなく人間性が心配だ。
個性っちゃあ個性だろうけど私は普通の人がいいです。

そんなわけでひとりでいることが最近とみに恐ろしい。
posted by えるか at 21:33| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月31日

年の瀬

明日、新しい年がやってきます。
充実した日を送った人にはそれが続きますように。
大変だった人には灯りの見える年となりますように。

今年私は大殺界に入ったことで、
前半はその事に負けてしまいかなりへこたれてしまったけど、
後半は持ち直しそんなことも忘れていました。
それなりにまあまあよかった年だったと思います。

「私はこの先どうしたいんだろう」
そういう事を前半はずっと考えていました。
慣れないマンション暮らしもいつの間にか9年になり、
何もせず何も出来ず何も成さないこんな生活をまだあと何十年も
続けて行くなんて拷問のようだと思っていました。

この10年は安心して存在していたことがない。
実体がなくひとり違うところで足が地に届かない。
いろんなものを捨てまた抱え込んだ日々。

そして何事もall or nothingで捉えてしまう私は、
「稼いでない生産してない自分は価値がゼロである」
という価値観から逃れられませんでした。
子育ても終わり家族もおらず私が居なくなって困る人は
誰も居ないのです。

でもある時、
「『電車に乗る』それだけでもあなたは社会貢献しています」
という言葉を知りました。

確かに生活し消費するという事は誰かに利益をもたらし、
それで社会が動き人が育つことです。
たとえそれが塵のようなものであってもそうであるなら、
生きていてもいいのかな、と思うようになりました。

少し相反しますが服飾にかなり興味が薄れました。
ほんとうに服は好きだったけどもうキリが無いというか、
一年立つと流行も自分の好みも変わってしまい、
そして着て行く所もたいして無いのです。

流行服を纏った人たちの雰囲気に元々違和感があったし
そういう人たちがたくさん集まっている所に買い物に行くことが嫌になり、
そういう場所に教室があったフランス語講座は止めてしまいました。

森に入る講座に入ってからはビニール袋から出された魚のように
元気になりました。
少しずつ方向転換しつつやっていきたいと思います。

何かを捨てたんだと思う。
老いたり思うように進めない自分を受け入れたという事かもしれない。
捨てた分、何かを得たような気がする。

今年一年ありがとうございました。
よいお年をお迎えください。
来年もよろしくお付き合いください。
posted by えるか at 21:07| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月18日

ピグライフ

誰か止めてくれんか最近の私。

古い友人から伸びた魔の手パソコンゲーム。
友人にポイントが入るとて登録は承諾したのだが
全くやる気なんかなかったのにあっという間に魔窟の住人。

何度も言っているようにパソコン画面が苦手だ。
一日一時間半がいいとこ。
生気を吸い取られるような気がする。
猫どもは飼い主がパソコンに魂を抜かれている事を敏感に察知し、
悲しみでどんよりとしておる。

昔モテなかった男が中年になってから女に狂うように
私はゲームにハマっております。免疫がないのです。
プログラムされたものに踊らされているだけと分かっているのに止められない。
麻薬のようです。

気がつけばパソコンの前に座っている。
草木を植えて収穫しお菓子や服を作り牧場で動物を飼う。
パソコン上の動物に餌をやるためにせっせと収穫する私。
横で本物の猫が泣いています。

しかし私なりに抵抗もしているのだ。
絶対にゲームにお金を遣わないこと。
うまいことお金を遣わせるようにプログラムしてある。
これからという時にパワーが切れるようになっているのだ。

一度どうしてもレアアイテムが欲しくて
夜中にカードを持って部屋の中をウロウロしたことがある。
が、なんとかパソコンを閉じた自分を褒めた私。アホである。
他に褒めることが無いのであろうか。

無課金だとパワーが溜まるまで約2時間かかるので、
その間に家事(という程のものでもないが)をこなしていると、
意外にもけっこう規則正しい生活になる。早起きになったし。

でもこんなことやっている人は基本的にあまり宜しかろうはずはない。
何人かに話すと思いきり引かれた。当たり前だけど。
私の場合著しく思考力が無くなる。
一番困ったのがブログを書く余力が無くなったこと。

のめり込むタイプなので思考力低下で頭の中が重く真っ黒に。
疲れてパソコン画面に向かうことが出来ない。
面白いネタがいくつかあったのに賞味期限切れで書けなかった。
無料ゲームではあるが時間と体力の浪費はお金に換算すると相当なもの。
こんな事やっていてはいけません若い人よ。

息子より若い整体の先生に言われました。
「行くところまでいって早く止めてください!!!
 いい事なんて何一つありませんから!!!」

はい、すみません。
雪の動物小屋が手に入るまでもう少し待って下さい。
posted by えるか at 20:42| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月31日

休館日

『行ったら休館日だった』
若い頃は絶対やらなかったのに、
今はしょっちゅうやります。

ショック順に

一位(ダントツで!!)
・横浜美術館『松井冬子展』

 北風吹きすさぶ極寒の中、
 知らない土地で風邪ひきで、
 迷いながらかなり歩き無理をして行ったのに。

 あまりのショックにしばらく茫然とした。
 なんと休館日が木曜なのです。
 月曜じゃない!

2位
・西宮市大谷記念美術館『とら虎トラ展』

 こちらは関西なので小ショック。
 こちらも休館日は水曜日。
 月曜じゃない!
 

3位
・市民図書館

 休館日は火曜とよくわかっているのに、
 「月の最終日は休館」はすぐ忘れる。
 どうも月末になると行きたくなるらしく、
 数えられないほど門前払いされております。

 今日もされました。
posted by えるか at 22:49| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月03日

もはやこれまで

ここ一年ばかり、
いつ行っても美容院の鏡には
知らない人が映ってる。

デパートの鏡にも素敵な人が映らない。
どっか知らんオバはんが居る。

これだけ続けばさすがに気がつく。
ついにその日は来たのだ。

もう思ったことを正直に言うのはやめよう。
面白がってもらえる歳は終わったのだ。
心にも無いことも頑張って言おう。
そして若い人を褒めよう。

若かった頃「可愛いね」といってくれたおばさんたち。
私もあなたたちの歳になりました。
席を譲ってくれた優しさと無念さに頭が下がります。

服が似合わなくなった。服に着られてる。
頑張ってまで素敵を取り戻したいと思わない。

韓流歴史ドラマを見るようになって
現実逃避は幸せだった。
テレビの前で動かずお菓子をポリポリやって、
CMに出られそうなお腹になった。
全然元に戻らないし!

このままではいかんとすら思わなくなった。
生涯で一番だぶついてしまったお腹。
ブラジャーなんてFカップだ。
(いや安心して、腹はGカップですから)
わき腹と背中がだぶついてカップが大きくなるのは中年の証。

(こんなんになるんや、、)
信じられなくない、現実だ。
この現実を受け入れつつ、
またそろそろとそれなりにやっていくしかあるまい。
がんば、、、らなくては、、大丈夫か、、、

似合わないものに金を出そうとは思わない。
こうやって物欲は無くなっていくのだろうか。

posted by えるか at 00:28| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月12日

サイ

小中高とニックネームはサイだった。
そう言うと人はたいていびっくりする。
動物のサイを連想するらしい。

名字からきたあだ名なので本人は違和感ないのだけれど、
「可哀そうだからライノサルスちゃんと呼ぶわ」
と余計な事を言ってくれた同級生も居た。
それってまさにサイですから!サルスって恐竜?

それでも動物園でサイを見ると関係ないと思いつつも
もう少し素敵な姿の動物だったらいいのに、、
ガッカリしてしまうむくつけきお姿。しかも地味。

動物園のサイはあんまり動かないし人気もいま一つ。
神戸王子動物園のサイは高齢だったのでいつも横になっていて動かず、
ついに去年死んでしまい運動場はがらんと寂しい。
私の中でサイはあまり一緒にされたくない動物なのである。

先月白浜アドベンチャーワールドに行った。
広い放牧場にはサイが何頭もいて(6頭くらい?)
餌を貰おうとわらわら寄ってきた。

キューブ状に固めた干し草を係りの人から貰い
意外に小さな口をあんぐりと開けて待つサイの口に放り込む。
角を触ってもいいと言うので、
ペタペタ触ってもサイは慣れたもので平気そうだった。

サイがこんなに慣れた動物とは知らなんだ。
キリンやシマウマよりよほど人懐こい。
神経質で怒ったら怖いという印象しかなかったけど意外に可愛い。

この角を漢方薬にするとかで殺したり、
角だけ切り取る密漁者がいるらしいが許せない事だ。

このサイたちが夕方寝床に帰るところを見ることが出来た。
解説してくれたお兄さんによると戻ったら餌が待っているので
サイは帰る時はルンルンなんだそうだ。

家路につくサイは、
大きなおしりについた尻尾をグルングルンと輪のように回している。
そして最後にはその尾を渦巻きのようにお尻の上にくるくると巻きあげ
いそいそと帰って行ったのである。
これは機嫌のいい証拠なんだそうだ。

1頭だけ尾を下げたままのサイがいたが、
それはテンションの低い証拠で、
今日広場で何か嫌な事があったんだろうとのこと。

こんな姿は『ワイルドライフ』でも見たことがないぞ。
サイって可愛い!

急にサイを近しく感じるようになり、
ニックネームのサイは動物のサイでもいいような気分になる。

最近サイのイラストが描かれたTシャツを見つけ
つい買ってしまった。
ジョン・クレーターというカナダのペインターの作。

『身近にいる「ほっとけない友人たち」
 
 サイ  ピストルやスカルのタトゥー
     虚ろな目  
     ミスマッチな希望や栄誉という言葉 
     無防備               』

私って動物のサイだったのかも。
どうぞほっとかないでください。
posted by えるか at 00:04| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月04日

2年以上まったく泣いてない。もっと前からかもしれない。

涙が出ないという事に気がついたのは半年ほど前だ。
どうしたことだろう。
漢方の先生に話したらぎょっとされて血液検査をされた。
涙や唾液が出なくなる膠原病があるらしい。

膠原病ではなかった。
それからはなんとか泣く事が出来ないものか努力した。
しかし全く涙が出ないのだ。
ドラマでうっとなりかけると(出るかも、、)と期待しても
からっからなのである。

昔あんなに顔をパンパンに腫らして毎日泣いていたのに
今では眼科でドライアイと言われ注射でコラーゲンを入れ、
新薬である牛乳のような白い目薬をさしている私。
どんだけ渇いているのだろう。

傷つくまい落ち込むまい腹を立てるまい、、、
そうやって自分を押し殺している自分に気が付く。
一日中、心から安心して存在する瞬間すらない。
いつも不安だ。

不安を押し殺すために何も感じないようにしている。
そんな自分になっている事に茫然とするどころか、
そのことにまでどこか他人事に感じる。

ずっと前は随分と友人に愚痴をこぼし迷惑をかけた。
ある友人に
「親が親身ならあなたもこんな恥を他人に晒す事もないのに」
と言われてハッと気がついた。

そうだったのか、そうなんだ。
身内の恥は身内で。
確かに私には愚痴をこぼせるのは友人しかいなかったのだ。

以来、他人に蜜は与えず、
友人には迷惑をかけないようにした出来るだけ。
僅かな友人にさじを投げられないように努力した。
そしたら涙が出なくなった。

泣くということはおおいなるカタルシス・浄化である。
精神的にはとてもまともな事だと思う。
歳をとると涙もろくなるというのにこんなに渇いちゃって、、、

このあいだたった一通の短いメールに思わず泣いた。
涙が出た。
びっくりした。泣けるんだ。
お腹の中がほわっと温かくなった。

あまりにも端っこの座標からもう少し戻りたい。
posted by えるか at 22:39| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月27日

冬季ウツならいい

おみくじを引いたら『半凶』が出た。
『凶』を引くなんて生まれて初めてだ。

おみくじ運だけはなぜか良くて,
さえない時でも引く時はいつも『大吉』
当たってないやん、と思いつつ悪い気はしない。
おみくじだけでも大吉なんだから、、と慰められるものだ。
それなのに、、、、

今年からこの先3年間私は運勢が良くない。
占いなんて、と思いつつも夫が亡くなったのが、
大殺界だったと後で知った。
「最悪の場合家族が亡くなります」と書いてあった。

他にも多々あるけど、
(なぜ落ち込んでいくのだろう、いい季節なのに)
と以前からいぶかしく思っていた月々が、
私の運勢の悪いとされる月とぴったり合うと知ってから
かなり本気に信じている。

信じているというより、
そういう時期が必ず巡ってくることを恐れている。

昨年は運勢的にはものすごくいい年だったのだ。
これで?とは思ったけど確かに普通の人っぽかった。
韓流ドラマ観たりして人並みな事をしていたのだ。

でも内心次の年からの悪運に戦々恐々としていた。
一切停止の年に突入するまでに出来る事はしておこう、
などと焦ったりもした。

案の定というかなんというか年末にぎっくり腰になり、
その後、嫌なことが続いて一気に廃人状態に。
やっと普通の人に近づいてきていたのに
あっという間の奈落の転落にこれからの3年間を思うと
異常なくらい恐怖におののいるのである。

そんな時ひいた半凶のおみくじ。
大吉しか引いたことがないので
自分でもびっくりするくらいこたえた。
たかがおみくじと侮っていた自分が愚かしい。

どんな占いも12サイクルで動いているのだろうか。
苦あれば楽あり楽あれば苦あり、
そういうこと?

私の場合、楽というより人生の立て直し精神の立て直しの月々だったので、
「臭い物に蓋、ポジティブシンキング」
そういう気の逸らしようを自分に慣らしていく日々であった。

嫌な事があっても切りかえることが出来る、
それは怖くなるほど見事なほどで、
こんなことでいいのだろうか、と思っていたら、
やっぱり、、、、。

棚上げしていた問題は落ちてくる、
人間は変わらない。

ポジティブシンキングって本当は間違ってるんじゃないか、
逃げてるだけじゃないか、
と恐れていた通りになっていく。

12年前の自分を想う。
ぐるっと回って元通りなんだろうか。
今回一気に廃人になって本当に怖かった。

この10年可哀そうになるくらい自分を鼓舞するために頑張った。
出来るだけ明るく笑顔で外に出て。

そういう自分を見直す時が来たのだろうか。
無理に笑うのではなく外に出るのでもなく、
考えよ、という事かもしれない。

普通の人っぽくなり普通の人と付き合っても、
人と違う自分に疲れていたではないか。

このところ少々引きこもり気味だけど、
自分の世界に入り込むのは
意外と静かで落ち着くところもある。
たくさんの人の中での孤独とひとりだけでの孤独なら
後者の方が楽ではないだろうか。

さあこれからの3年、
どうしようか。
posted by えるか at 20:50| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月12日

チェシャ猫

久々に撮ってもらった写真。
本人はほほ笑んだつもりの顔が誰かに似ています。

一晩考えて、
『不思議の国のアリス』に出てくる
チェシャ猫だと分かりました。

『Grin like a cheshier cat』
(チェシャ猫のようにニタニタ笑う)
という文例をなぜか覚えている私。

いくら猫好きでももちろん嬉しくありません。
あまりいい意味の言葉ではなかったはず。

年々目元が崩れていきます。
眼科で「年々目が小さくなって落ち窪んで嫌です」
と言ったら医者は
「歳とともに脂肪が減って眼球が下がるんです」
と教えてくれた。

友人に「眼科で言うことじゃない」
と言われました。
ごもっとも。
posted by えるか at 19:36| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月15日

がんばった

チェロのレッスンを録音している。
何故かと言うと聞いた端からきれいさっぱり
言われたことを忘れてしまうからであります。

(いいこと教えてもらったなあ)
と思いつつレッスン室を出た時点で、
すでに8割がた忘れている。

帰り道のスーパーでおやつなど見ようものなら
脳内にはもうアリンコくらいしか、
いやアリンコにも申し訳ないくらいにしか残っていないのである。

そんなわけで録音するようになったのであるが、
その録音を聴くのが結構つらいのだ。
自分の下手くそな音を聴かねばならぬ。
弾けないところを「フへへへ」と
笑って誤魔化す間抜けな自分の声が情けない。

しかも「ほら、こうでしょ」
と教えて下さる声は入っておれども
映像がないのでハテどこがこうだったのか
あたまの中はまっ白なのである。

レコーダーに入っている言葉は全部記入する。
楽譜は書きこみだらけとなり先生に呆れられる始末。
実は別にノートもあるんですよ先生、、、、フヘヘヘ

レッスンのあったその日に聞き直すことを
自分に課している私である。
今日もなんとか聞きました。

なんのとりえも無い私ですが、
楽器を始めるには遅すぎる歳から初めて、
しかも両肘を痛めていて騙しだまし練習する人間が
どの程度まで弾けるようになるのか自分でも興味があり、
意外に真面目に練習しています。

posted by えるか at 23:34| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月24日

困ったことに

イ・サンのDVDを借りまくった話は以前したけど、
(こちらです)
その後、韓流熱はなんとか冷め平穏に暮らしていた。

が、それもつかの間、
「BSで色々やっているよ」と教えて貰ったので
つい録画してしまった。

こんなに沢山の韓国のドラマを、
毎日やっていることにビックリ。
気に入ったものを録画して、
毎日楽しみに見ている自分にガッカリ。

おかげで毎日録画分を見る事に時間を取られ、
やっていることといえばソファで何時間も
リモコン片手に座っているだけ。
確実にボケます。
どうしよう!!

今のところ歴史物だけにしている事と、
特に好きな俳優もいないことが救いだ。
現代ものにまで手が伸びない事を祈るばかりである。

この面白さは何なのだろう。
内容は取り立ててどうってことないのに、
見るのをやめられない私。

韓国語は一切わからず何を言っているのか分からない。
登場人物はやたらよくわめき泣くが勧善懲悪が懐かしい。
あまりにも異文化なので物珍しく少々つじつまが合わなくても
その事までもが面白い。

けばけばしいと毛嫌いしていた派手な配色が素敵に思えてくる。
日本のドラマを見るとなんと色のないことよ。
「韓国のドラマみてたら日本のなんて生ぬるくてつまらんよ」
と言っていた友人の言葉に納得してしまう自分が情けない!

『イ・サン』が当たったせいかイ・サン時代が多くて、
いろんな人がイ・サン役をやってます。
私のお気に入りのホン・グギョン(イ・サンの参謀)が、
『剣士ペク・ドンス』というドラマにも出てきてビックリ仰天。
あまりにもさえない人で力が抜けた。
そのドラマでは端役とはいえあんまりだ!

私の頭の中では韓国のドラマ音楽がぐるぐる回っています。
単純なメロディが何回も何回も大音量で挿入されるので
もうどこかで遠隔操作されているのかもしれん。

これはどこの国でも同じだけど、
(あっ!この人はあの番組に出ていた人だ!)
と気付いた時が嬉しい。
けっこうあちこち同じ人が出ています。

『韓流なんて、
 生活になんの刺激も無い人がはまるものだ』
と思っていた私であるが、
ハイ、その通りです。
posted by えるか at 23:58| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月20日

猫背

私は背が高いので心がけている事のひとつに
「背中を丸めない」ということがある。

背が高くて猫背ってとにかく格好悪いよ。
(特に女性)
まあ気にしなくても元々姿勢がよかった。
「えるかさんを見なさい!」
と先生に見本にされていたほどだ。

ピアノをやっていたせいか(?)
背筋力も腹筋も握力も強かった。
握力は測り直しをされたほど男性並みにある。

ところが、、、、、、
整体に行き始めて一番始めに
「猫背ですね〜」
といわれてびっくり仰天した。

「えっ!私、猫背なんですか!!?」
いつも姿勢がいいと言われていたと言うと、
先生は言葉を失っていた。

「あなたの姿勢は大げさに言うとこうです」
と先生がやってくれた格好はヒョットコそのものだった。

以来、顎をひき胸をはって、
お腹をひっこめて歩くようにはしているけど、
そんなことは一日に何度か思いだす一瞬のことだ。
歩くヒョットコなのかと思うと本当に情けない。

考えたら背筋力が素晴らしかったのは中学生のころの測定で
それをいまだに大事に覚えているわけだ。
超虚弱なんていわれてからも15年くらいたってるし、
頸椎や膝の故障で運動から遠ざかってからもう20年近い?

歩くのが精いっぱいのくせに
いったいどれだけ過去の栄光にすがっているんだろうと
自分でも笑えてくる。お目出度いにも程があるよ。

「首を治すとすべての不調は解消する!」
「猫背は万病の元!」
という本がいっぱい並んでいる昨今、
両方悪い私はもう生きる屍そのものだ。

たまたま猫背に関してはやっと自覚したけど、
その他にも考え方や行動、
おかしなところいっぱいあるんだろうなあ、、、

でも人は教えてくれない。
誰か教えてください。
posted by えるか at 19:47| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月06日

褒められた?

もう止める止めると言いながら
奇跡的に続いているフランス語会話教室。

一年たち入門から自動的に初級になった。
外国暮らしが長かったりかつてかなり勉強したことのある
マダムたちに混じり末席を汚す私。

聞きとり、先生の板書を書き写し、発音をカタカナで(!)
ノートに書きなぐるだけで必死なのに、
先生は『フランス紹介』と称して毎回いろんな
パンフレットや新聞を回覧してくれる。

そんなの見ている時間ないんですわ!
この前つい新聞の写真に気をとられてしまった。

「、、、わかりましたか?
 消していい?質問はありませんか?」

え?!、、、、聞いてなかったよ、、、、、
ポカ〜ンとしていたら先生と目が合った。

「質問のありそうな人がいますね」

「、、、あの、、新聞を見ていて聞いていませんでした。
 どこの事ですか?」   ←日本語で(先生は日本語が堪能)

先生はとても感心したように
「お〜〜!これは!!
 初めてのことですね。
 初めてこんな人がいました。
 こんなに正直に言う人は初めてです!」

そうさ、褒められるのはこんな事だけなのさ。
posted by えるか at 23:16| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月29日

ドッツァウアー113の練習曲

チェロ教則本、ドッツァウアー113の練習曲第一巻を
やっと終えた。

今の先生についた時、
「基礎からやり直したい」
という私に先生はおっしゃった。

「ここまで進んでたら第一巻は省いてもいいねんけど、
 まあやるか。」
 

省くどころか薄っぺらいこの本に、
私は3年半も費やしたのである。

習い始めてしばらくして両肘の痛みと50肩で苦しんだ。
日常生活は何も出来ずボタンすら押せず、
朝は痛みで目が覚めた。

生活は一変し両肘を痛めた生活は辛かった。
頸椎の損傷のためという診断が下ったのは
2年もたってからだ。
もう完治はしない。

でも私はチェロのレッスンだけは止めなかった。
3カ月は完全に休んだけど、
そのあとは練習もせずレッスンにだけ行った。

弓の持ち方だけを何カ月も教えて貰ったり。
そんなチェロ生活だった。

今はようよう誤魔化し誤魔化し弾けるようにはなった。
無理は出来ない、練習時間は限られている。

楽器は子どもの頃からやらないと話にならないことは
経験上よく知っている。

40も過ぎて始めた私がいくら頑張って練習したって
もうどうしようもないのだ。
耳を持っているだけに自分の下手さがよくわかる。
この先も人前で演奏出来るような腕には決してなれない。

それでも私はチェロが好きだ。
仕事も何もかも無くしたのに、
こんな下手くそなチェロだけを捨てなかった。

苦しみの中で決してチェロを止めなかった自分を
この練習曲を一冊仕上げた自分を
生まれて初めてほめてやりたいと思う。

いつまでも弾きたい 下手だけど
posted by えるか at 22:10| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月19日

どんだけ弱い

整体師さんと。

なにか運動せなあきませんかねえ。
「(ギョッとして)、、どんなですか?」

え、と、最近なにもしてないんですよね。
昔から何をやっても結局故障が出て、、、、

「、、、、う〜ん、、」

ヨガもねすぐ首捻じったし、、、
「あ、あなたヨガ向いてませんよ」

ジムでマシーンとかやってみたいけど、
「だめだめマシーンは絶対ダメ」

自己流のストレッチしてるだけなんですよねえ、、
「、、水泳もねえ、体に負担はないですけど
 後ですごく疲れますしねえ、、、」

 、、、、、、、、、
「、、、まあ、、歩きですかねえ、、、、、、、、
 、、、、、、、、、、、、、、、、ウォーキング、、、」

、、ですか。


スポーツブームの中、
規格外と分かり気が楽になりました。

何もしなくていいんや〜〜!!

posted by えるか at 09:38| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月23日

どっち? その2

次男が乳児だったころ寒い京都に住んでいた。

車にも乗れず知った人などいない地で、
冬中風邪をひいている息子2人と風邪をこじらせた自分を
なんとか寒空にさらさないために講じた私の策は、

「朝のパンを自分で作る」
という事だった。

買い物に行く時間が無いなら、
ご飯を食べろ、ということなのだが、
朝どうしてもパンが食べたかったのだ。

パン焼き器などが出来る前の話である。

粉をこねこねした後は、
音で子どもを起こさないようにと
寒く狭いベランダでまな板に生地を
パンパンと叩きつけていたのであった。

おむつを替えながらなんという重労働であったことであろう。
それを私は毎日苦にもせずやっていたのである。
(いや、かなりしんどかった毎日フラフラしていた)

今のグダグダした生活からは想像もつかないが、、
家事などしないように見えるらしい私は
実は家庭科大得意、洋服も子どもの分から
自分の服までかなり作ったものだ。

やがてパン作りにも疲れてきた頃、
「ホームベーカリー」なるものが発売された。
迷うことなく購入。
毎日早朝ウィ〜ンペッタンペッタンと
モーター音が狭い台所に響いておった。

かなりな稼働率で活用し、
十分元は取ったと自負しているのだ。

時はすこし移り、
今度は「食器洗い機」なるものが発売された。
食後の食器洗いが大嫌いだった私は即購入、
数々の引っ越しを繰り返しても、
今日に至るまで一日たりとも使わなかった日はない。

ところがこの前新聞をみていて、
買って使わない物の一位が
なんと食器洗い機だった。

えっ!みんな使ってないの?

確かに食器洗い機に入れる時間があれば
手で洗えるわけである。
入れるにもコツがあり意外と手間がかかる。
それでも私は食器洗い婆やが欲しいのである。

ホームベーカリーが「使わない物」の上位にあるのは
異論はないけど食洗機にはちょっとびっくり。

元を取るタイプなのか、
単なるなまけものなのか。
posted by えるか at 18:46| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月17日

欠落している

このところ気がついたら
一人だけはじかれてしまっているということが
重なって呆然としている。

のけものにされた、という訳ではなくて、
結局はそういう形になったということだ。

最近だけでなく昨年もそんな事があったし、
考えてみると昔からそんなことが多い。

気の進まない事には参加しない、とか
(これはやばい)ということはすぐ感じているのに、
察知して一番離れているはずの自分が
結局巻き込まれ一人放りだされるというか、
嫌になって自分から出るんだけど、
巻き込んだ人はそのまま残っている、とか。

ここまで続くと、
居るべき場所が間違っているという訳ではなく、

これはもう自分の心がけがおかしいというか、
人との付き合い方が根本的にわかってないというか、
間違っているのだと思うしかない。

私は我慢が足りずわがままなのだろう。
人とのつきあい方、
人間というものがわからず
人づきあいの常識が欠落しているのだろう。

心にも無いことは言わない、
裏表のあることはやらない。

人はその微妙なきびを
使い分けているのだということは
もちろん私にも分かるけれど、
そのボーダーラインが私は人とかなり離れたところにあるみたい。

なんてことを今頃まだ言っているという時点で
私はきっとどこかおかしいのだと思う。

posted by えるか at 21:29| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月18日

オッケー?

失言をしたことに気がついて途方にくれた。
(オッケーOKそんな自分オッケー!)

口車にのって一人だけ損した馬鹿過ぎる。
(オッケーOKそんな自分オッケー!)

いつの間にか落ちこぼれていて惨めになった。
(オッケーOKそんな自分オッケー!)

大したことないのに得意になってしまった。
恥ずかしくて穴があったら入りたい。
(オッケーOKそんな自分オッケー!)

すぐネガティブになってしまう自分には
生きる資格が無いと思う。
(オッケーOKそんな自分オッケー!)

この先も楽しいことなど無さそうとしか思えず
そんな自分が嫌になる。
(オッケーOKそんな自分オッケー!)

よく考えると自分だけ貧乏で先が無い。
うちひしがれた気分になった。
(オッケーOKそんな自分オッケー!)

仕事もせず何のために生きているのか分からない。
考え出すと死にたくなる。
(オッケーOKそんな自分オッケー!)

見てくれだけが自慢だったのに今は見る影もない。
(オッケーOKそんな自分オッケー!)

夜早く眠れない朝早く起きられない、
それだけで半日気分が悪い。
(オッケーOKそんな自分オッケー!)

どんどん人間不信になっていく自分の心がけが悪いに決まっている。
(オッケーOKそんな自分オッケー!)

ひょっとしてものすごく不幸で運が無い人間かと
気付き愕然としたが深く考えず忘れてしまう。
(オッケーOKそんな自分オッケー!)

大変な状況にもかかわらず意外と平常心。
奈落の底にまっしぐらな日が来ると思うと
動悸が止まらない。
(オッケーOKそんな自分オッケー!)

拾ってきたネコが馬鹿で不細工だ。
(オッケーOKそんな自分オッケー!)


心が折れたり落ち込み続ける自分を
無理に良い方に導くのではなく、
悪いままの状態にオッケーを出してしまおう。

人の悪口を言っている自分も
ちんまい事に拘っている自分も、
反省することなくもうオッケー!


マチガッテイマスカ?
posted by えるか at 17:59| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月22日

All or Nothing

中学生の頃、世の中には
「ニキビのある人」と「ニキビの無い人」
の2種類の人しかいなかった。

つるつるの肌を持っている人は、
ただそれだけで羨ましくて、
ニキビのある私0点、無い人100点満点。

学生生活を謳歌している人100点、
大学の選択を間違えて
人生がひっくり返ってしまった私0点。

こういう極端な物の見方は
歳を経た今も全然変わっていないことに
最近気付いた。

ハッと気が付くと相変わらず私にとって
世の中は2種類の人間しかいないのだった。

夫の生きている人100点。
いない私0点。

仕事をしている人100点。
していない私0点。

収入のある人100点。
無い私0点。

家が、、、年金が、、、息子が、、
とキリが無い。

成績が下がって自殺してしまう子どもを、
人生にはいろんな価値観があるのに、、
と可哀相に思う自分も
実は同じ子どもなのだった。

もっとゆったりと!!












posted by えるか at 00:44| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月28日

矢の如し?

元来、
私は手早くて呑み込みも早い。

人を見て、
どうしてそんなに時間がかかるのか、
不思議だった。

効率よく動いていたのです。
歩くのも早く、
いつも人を追い越して歩いていた。

の、はずだった。

最近どうも自分のイメージする時間と
実際にかかる時間が大幅にずれている。

出掛けるまでかなり時間があるから、
その前に買い物に行って、、、
なんて思いながら洗濯やらをしていると、
買い物どころか、
着替えさえままならぬ羽目に陥り遅刻する。

そんなことが実はもう、
何年も前からだったような気がする。

一人暮らしになった時からだろうか、
とにかくする事が無かった私は
一日をなんとかやり過ごそうと、
ゆっくり、ゆっくり動いていたのは確かだ。

そのせいなのかどうなのか、
人並み外れてのろまになってしまったみたい。

先日アンサンブルの合宿なるものに参加し、
入浴時でのこと。

同室の人たち6人のお風呂の仕度に遅れをとり、
風呂場に着いた時には、
もう皆浴場に入ってしまった。

私が頭を洗っていると、
皆はもう洗い終え湯船の中へ。

(後ろから皆に一人だけ裸を見られているのでは)
とドギマギしつつ、
ハッと後ろを振り返ったら、

もうだれも居なかった。

私はまだ体も洗っていないのに、
皆いったいいつの間に?

え〜〜〜〜〜っっ!

慌てて脱衣場に上がっていくと、
もう皆は服を着ていて、
またまた私だけが裸をさらす羽目に。

すごくショックだった。
知らない間にすっかりノロマになっていた。

そう思うと最近、
一日が早い。

でもよかった。
これから先あと何十年も、
どうやってやり過ごせばいいのか、
恐怖にも近い思いでいたけれど、

このまま行くと歳をとるに従って
もっともっと一日が早くなるだろう。

よくお年寄りが「一年が早い」と言っている。
体内時間は、
子どもの頃に比べると確かに全然違う。

あっという間の一年、
あっという間の十年。
そう思うと少し慰められたのである。

posted by えるか at 23:26| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月23日

いつ?

伊藤理佐さんの漫画に、

日除け完全防備で自転車に乗っている
本当はオシャレそうなオバサンに、

「この人は、
 いつ格好いいのだろう、、、

 、、、、、、、、、夜!!?」

と、つぶやく作品があります。

私、生来の地黒ゆえ、
どんなに努力しても日焼けします。

曇っていても日傘をさす色白の人に交じって、
色黒の私も日傘を差してます。

汗だくでストールも巻いてます。
帽子の方がオシャレだとわかっていても日傘差してます。
差すだけでド〜ンとオシャレ度が下がるの
分かっていて差してます。

車に乗っている時も酷いです。
私の車は黄色のビートルです目立ちます。

それなのに中の人間は
首にはタオルをグルグルと巻き、
黒い腕用日除けをヨダレ掛けのように前から掛け、
時には帽子まで被っています。

本当に、
一体いつ私は格好いいのでしょう、、、

よく考えたら
「無いっ!」
という事に気が付きました。
posted by えるか at 23:18| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月02日

増えた

わたくし『不整脈』になっていました。

どうしてこんなに心臓が踊るんだろうと思っていたら。
輪っかの威力が効きすぎて、
心臓がびっくりしているのか、
なんてアホな事を考えていました。

病気って、
治るんじゃなくて
増えていくんですね!

もう、どんとこい病気!
カモ〜ン病気たち。
不幸も何もかも、もう一緒に歩こうぞ、
という気にさえなってくる。

ビバ!前向きな病人。
posted by えるか at 00:14| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月07日

クラス

昨年の春、フランス語を習い始めた。
ラジオ講座をちゃんと聴いてCDも聴いて、
風呂場にも持ち込み教室にも通った。

でも「入門」だったはずの教室は、
3人しかいなくて私以外の2人はかなり喋れた。
おまけにそのうちの1人は若くて留学を控えていて、
上達がすごかった。

自分ながらに頑張っていたんだけど、
先生が帰国してしまい、
フランス語しか喋ってくれない先生に変わった時に
力尽きやめてしまったのだった。

年が変わる頃には、
もう見事なくらいに何も覚えてなくて、
この歳になると覚える事は大変だけど、
忘れるのはあっという間と老化を実感した。

今春、
折り込み広告で「入門クラス新設」を見つけ、
思いなおしてまた始める事にした。

以前の教室の、生徒3人で1時間30分に比べると、
今度のところは生徒が14人もおり時間は1時間10分。

それで料金はほとんどかわらないのだから、
一つの構文を一回言うだけで終わってしまう今回の教室は
すごく損な気がしたけれど、

一年前、
(この歳になってお金を払ってここまで追い詰められる、って
 どうなんだろう、、、、)
と自問したことに比べるととにかく楽チンです。

ところがワンクール3カ月が終わり、
半分の人が辞め、新しい人たちが入ってきて、
習っている人たちの顔ぶれが、
ある種独特の雰囲気に統一されてきた。

教室のある場所柄、
ということが大きいと思うのだけど。
「平日の昼間」ということもあるのだろうが、
それでも
「習った事が無いものが無い」くらいに、
いろんな事をやってきた私にも、
こんな事は初めてだ。

『全員が主婦』なのです。

平然と当然のように皆さんそう答えておいでだ。
今どき完全主婦ってほとんどいない。
仕事をしないで生きている事をうしろめたく思っている私は、
そんな自分が滑稽なような、肩の荷が下りたような。

しかしホッとしたのもつかの間、
皆さんね、
お金持ちの奥様たちだったのです。

全身シャネル、持って来るバーキンが毎回変わる、、
そんな人が何人かいます。
旅行や留学でフランス語が喋れる彼女たち。

中にはそのクラスにしがみつこうと
言葉遣いが必死の普通の人もいるけれど見苦しい。
そんな輪には興味がない。

隅っこで通おうと思っています。








posted by えるか at 22:01| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月23日

危ない人 その2

「最近、店員が寄ってこなくなった」
と言うと、

「そんな服を着ているからだ」
と言われました。

   
       (『危ない人』)      
posted by えるか at 21:55| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月17日

私事

半年前、
次男が突然舞い戻って来て、
転職して結婚して横浜に行った。

ひどく落ち込んだ日もあれば、
少し明るい気持ちになった日もあった。
事態がよくのみこめない毎日だったけど、
とにかく次男は関東に行った。

そして間髪をいれず、
今度は長男が転がり込んできた。
連れ猫も一緒である。

人生は思うようにならない。
それはよくわかっているけれど、
心は8年前に飛ぶ。

8年なのか7年なのか、
そんなこともすぐには計算できないほどの、
過去になったはずだった。

家を一軒処分するにはそれなりの理由があり、
私はひとつの道を選びマンション住まいになった。

「これからは自分のために生きなさい」
そう私に言ってくれる人は多かった。
私もそう思っていた。

でも自分だけのために生きることは、
とても難しいことだった。
自分のためにまで生きようとは思えない日々が続いた。
それはとても辛いことだった。

当初はまだ学生だった次男が一緒で、
そのあと老猫との一人暮らしとなり、
老猫が死んでからは文字通り一人暮らしだった。

一人暮らしの本を随分と読んだものだ。
「独り暮らしは悪いもんじゃない」
と書いてある本の著者は、
仕事も人脈もある人たちなので読んだからとて
「ハイそうですか」
とそのまま受け取る気にはならなかった。

やがて猫をまた迎え、予期せぬもう一匹で、
私は二匹の猫持ちとなった。

このマンションの容量ではこれでもう飽和状態だ。
そこに次男が突然帰ってきたけれど、
それは期限付きだった。

猫連れ長男は今のところ期限がない。
困った。
どうしてこんなことになってしまったんだろう、、、
想いは昔に飛ぶ。
あのころのどうしようもなかった毎日を想う。
ここに来てからの空虚な気持を想う。

どうなるんだろう、これから、、、、

長男猫は猫が嫌いらしく、
ハナともユウとも仲良くできない。
昔から私にだけ懐かない。
ハナは餌を食べなくなった。

私はこの8年間、何をやってたんだろう。
何もかもが前進していない訳ではないだろうが、
思わぬ形で振り出しに戻った。

何をすべきで何をせざるべきか、
逡巡の日々がまた始まった。








posted by えるか at 18:18| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月04日

現実

自分用に買った帽子がなんと、
『母の日ベストセレクション』に
選ばれていました。

母の日のプレゼントと同じなんて、、、
自分のチョイスにショックです。
(母の日のプレゼントのイメージはダサいイメージ!)

日焼け止め用手袋と共に並べられ、
プレゼント用に選んでいる若夫婦には、
見向きもされていませんでした。

posted by えるか at 19:15| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月08日

いつもボロボロ

「近所こそ大事なのよ!
 出掛ける時なんかボロ着でいいのよ、
 全然知らない他人ばかりなんだから。
 近所は知り合いで見られてるのよ!」

と言った人がいたけど確かにそうです。

でも私は出掛ける時は着替えるけれど、
家の中では浮浪者のようにボロボロです。
着たきりスズメで自分でも嫌になる、
情けない!

以前は出かける服と家着は同じ服だった。
近所に出掛ける服でそのまま遠方にも出かけた。
こざっぱりとして自分でもいい気分だったです。

しかし、しか〜〜し!
ハナとユウが来てからはセーターもスカートも
ワンシーズン一着、使い捨てとなりはてた。

すっぴんでボロボロの穴あきスパッツを穿き、
ヨレヨレスカートと引っかき傷だらけのセーターを着て
新聞を取りに行く私と出掛ける時の私は、
まさに別人。

毎日毎日ボロばかり着ているとかなり情けない。
「ボロ着→私」と脳が認識してしまい、
出掛ける時の私は自分でも別人なのである。

ボロ着の時間が圧倒的に多いのでゆゆしき問題である。
せめて外見だけでもきっちりとしていたいのに、
中身どころか外見まで、
オバ道を真っしぐらに突き進んでいる私。

今年はボロ着にするスカートが無くなってしまい、
太って見えるから捨てる予定だったスカートを
ゴミ箱からまた拾い直して穿いています。

ちょっとそこまで買い物にいくだけで、
靴下やインナーからすべて着替えなくてはならないのが、
とても面倒臭くて最近とみにこもり気味。

ますます運動不足で老けて行く。
爪を立てずに寄って来る猫も多いというのに、
どうしてうちの猫は立てるのだろう。
私が嫌いなのか。
posted by えるか at 14:49| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月08日

何も無い

やっと夏が終わった。

今夏は本当にまいった、辛かった。
こんな事ここに書きたくないんだけど、
知らんふりしてネタを書いてくのも辛い、、、

ここに越してきてから6年になる。
再出発の住まいの騒音に気が狂い、
仕事が見つからないことに愕然とし、
いくつか引っかったパートはとても私には勤められなかった。
すっかり心身共にやられた。
辛かった。

しかしその後習い事に行ったり、
細々と続けていたチェロのアンサンブルが出来たり、
音楽療法士の仕事も入りピアノもまた教えることになった。

なんとか日々する事が出来たのだ。
私はやるべきことがある時は元気だ。
人と接する事も好きなのだ。

でもいつも不安だった。

(もう少し歳がいって故障が出たり動けなくなったり、
 そしてお金がすごく少なくなってしまった時、
 私はどうなるんだろう。
 まだまだ何十年も生きなければならない。
 今の生活はいつまでも続くわけではない。
 どこにも出掛けるところが無くなった時、
 私はどうなるのだろう)

その日はあっけなくあっという間に来た。
肘を壊してほとんどの事を失くした。

細々とレッスンとピアノだけは続けているけれど、
それもどうなるかわからない。
肘は完治しない、医療費だけが増えていく。

8月9月と仕事は全くなかった。
そしてあの暑さ。
ほとんど人と会わなかった、会えなかった。
そういう機会からは退いてしまったから。

何も無い、、、、
この恐ろしさを分かち合える人が誰も居ない。
まだ寿命がつきるまで何十年もある。
こんな生活があと20年30年と続くなんて
耐えられない、発狂しそうだ。

私は仕事のある人をうらやましく思い、
家族のある人をうらやましく思う。
一日一回であろうと人と喋る事ができる人が、
たとえ家庭内不和であろうと、
人の気配と住んでいるひとがうらやましい。

顔が死んでいくのが自分でわかる。
鏡の前で無理やり笑ったら気持ち悪かった。

洒落た服装をすることがものすごくしんどい。
美容院にいったら何も言わないのに、
「一泊旅行でも行ったらいいんですよ、
 それくらいバチ当たりませんよ」
といきなり言われた。
一泊旅行すら行ってない雰囲気を醸し出している事にショックだった。

気が狂いかけたけど、
なんとか狂わずに秋をむかえることが出来た。

今まで私なりにがんばってきたと思う。
一生懸命立ち直ろうと努力したのだ。
でも結局はいろんな事や人と離れていくことになってしまう。

自分を叱咤激励してやっと構築したものが
こんなにあっという間に消えてしまい、
もう頑張りたくなくなってしまった。
頑張らなければ生きていけない自分がもう可哀相だ。

普通の結婚生活をしてぶつぶつ言いながらも、
その日を当たり前に生きて行きたかった。

誰だって不安はあるだろうけど、
私の不安より大きいなんて言わせない。
私が今70歳なら言ってもいいよ。
そのうち寿命もくるし細々となんとか暮らしていくだろう。
でも私はまだ52歳なのだ。

なぜ私なんて生まれてきたのだろうと、
思春期の子が思うようなことを、
なぜまた今思わなければならないのだ。

考え方や物事の捉え方でいくらでも前向きに、って
それがどれほどの努力を要する事か、
経験していない人には決してわからないであろう。

神様、
私はそんな荷を負って生きねばならぬ程の、
悪人でしたか?







posted by えるか at 23:20| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月04日

一年は十年

ファッションヘルスの求人誌を、
私を見定めて配ってきた事を以前書いたと思う。

あれから2年。

先日梅田の地下道を歩いていたら、
チラシを配っている人が、
どうやら私に見定めて待っているようだ。

もらったチラシは、

『疲れたあなたに
 中国式マッサージ・気功
 40分2100円』。

たった2年でえらい変わりよう。

十分自覚しておりますとも。
posted by えるか at 17:48| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月30日

たぶん一生

実は、
アルファベットABC順を未だ覚えていません。
若いころに、
ちゃんと辞書をひかなかったからと思うんですが、、

ABCDEFG,,あたりから
『きらきら星』のメロディであたまの中で歌わないと
次が何かわからないのです。
JってOってPって、、、、、
MNの前なん?後なん??

辞書を引くたび
『きらきら星』を頭の中で歌いまくる私。

それどころか「あいうえお順」も実は覚えていません。
「あかさた」あたりまでは快調ですが
「な行」以降は
「あかさたなはまやらわ」といちいち頭の中で言わないと
次なにかわからないのです。

これでも日本人、、です?
posted by えるか at 10:49| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月21日

ついに

お腹の段々とたるみを
最近いとしく思うようになりました。

楽になったような
越えてしまったような。
posted by えるか at 10:24| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月22日

うらはら

自分がブログを更新する日が続くと、
気恥ずかしくなり、
止めてしまうくせに、

お気に入りのブログが更新されてないと、
裏切られたような気持ちになります。
posted by えるか at 18:59| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月15日

慰める

この前「物を落としたり失くしたことがない」
なんて書いてしまったが、
以前、「『井上雄彦展』のグッズを飲み屋に忘れてきた」
とブログに書いていたことを思い出した。(『グッズ』)

その時にからくも取り戻したシャープペンを、
またまた置き忘れてきた事に気付いた。

やっと以前もあったことを思い出した次第。

シャープペンは人に頼んで無事保護してもらったのだけれど、
こんな事ではずっと前から
いろんな物を失くしてきたのかもしれない。

でも、
(傘以外は全部取り戻してるやん、、)
と、自分を慰めるワタクシ。
posted by えるか at 14:11| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月06日

地黒

蒸し暑い中、ストールを巻き、
曇りの日でも日傘をさして
努力しているのに

誰よりも黒いです。
posted by えるか at 13:47| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月30日

失せもの その2

今度は携帯を落とした。

しかも次の日になって
「なんか携帯が無いのよねぇ、落としたのかしら」
とぼんやり言うと、
「あなた!すぐに携帯を止めないと!!
 でないと50万とか請求が来るわよ!!」
と驚かれ、
「でも家でもっと捜したらあるかも、、、」
などと悠長な事を言っているうちに、
その場に居た人がドコモに電話してくれたのだった。

さて家に帰って試しに家電で携帯に掛けようにも
もう止めてしまっているので鳴る訳もない。
ドコモに電話して鳴るようにしてもらおうと思っても
151は携帯のみからの番号で家電からはかからないのだった。

家中をかき回してドコモの電話番号を捜し、
また音を鳴るようにしてもらう。
そして、、、、、

掛けても掛けても携帯音が鳴らない!!!

落としたのだ!本当に、、、、、

昨夜の記憶を辿ってタウンページを繰りまくり、
JR、阪急電車に電話をする。
もちろん、、、無い、、、、

忘れた車両がわかっていた傘ですら出てこなかったのだ。
最後携帯を触った記憶のあるホールに電話したら
『本日は終わりました』の非情なアナウンス。

携帯を失くした!!!
ショックだ、ショック過ぎる。
パソコンが壊れた時よりずっともっとショックだ。

アドレスが!
そして、
猫さんとハナちゃんとユウちゃんの画像が!!

デジカメを未だちゃんと使えない私は、
晩年の猫さんの画像、
ハナが来てから大きくなっていった画像、
小さなユウとハナが距離を縮めていった画像は
すべて携帯の中だったのだ。

パソコンにも一部入っていたけれど、
この間の故障で消えてしまった。
でも(携帯にあるから)とわりと平気だったのだ。

友人が「ここならまだ開いているかも」
と教えてくれたホールの番号に
祈るような気持ちでかけてみた。

ありました!!!!!

よかった〜〜〜!
明日取ってきます。

「係り員が口うるさい」
と悪口を言っていた私。
ごめんねシンフォニーホール。
そして拾ってくださった方、ありがとうございました。

それにしても携帯を落とした、というと
「まあ、大変!個人情報が入っているから
人に迷惑がかかるし困ったわねえ、、」
と友人は言っていたが、
ペットの画像が無くなったことがショックだった私。
自分勝手もんです。

ほんま歳です。
物を落とします失くします。
能力がどんどん欠けて行きます。
心していかねばなりませぬ。



posted by えるか at 22:59| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

失せもの

物を落としたり失くしたりという経験が無い。

どこへ置いたか思い出せない、
ということはあっても、
本当に失くしてしまったことは無いのだ。

ところが先日電車の中に
傘を置き忘れて降りてしまった。

すぐ気が付いたけど電車は発車してしまい、
案内所に飛び込んだけど、
なんだか面倒臭そうで、
(それで給料貰ってるんやろ〜〜コノヤロ〜!)
とムカムカくるような適当な対応。

雨降ってるのに、帰りどうすんだ。
明日以降にもう一度来るように、
との紙切れ一枚を貰い茫然と歩く。

ショック!!
一番気に入っていた傘だったのだ。
軽くてどんな色の服にも合う奥ゆかしい色の傘で、
その傘ばかりカタキのように使っていた。
あの素敵な傘が私から離れてしまうなんて、、
何より「忘れた」といいう事実がショックだ。

言われる通り次の日もう一度行ってみたけど、
届いていなかった。
あったのは、もう捨ててもいいような曲がったり汚れたりの
ボロボロの傘ばかりだった。

「ブランド物の傘がわんさか届いている」
って話はもう過去の話?

そして、
投函しようとバッグにいれていた封書が無い。
ポストの前は確かに通ったけど、
入れた記憶が無い。
落とした?いや、そんなはずは、、、、
では入れたのか?、、、、覚えてない。
どこへ行ったんだろう。

そういうと最近時間の目算が狂ってきた。
まだまだ時間があるから、その前にスーパーでも行っとくか、、
なんて思っているのに、何をしているのかいないのか、
スーパーどころか肝心の約束に遅れる始末。

15年も前、「物忘れがひどい」と話していたら、
「もう治らへんのよ、
 これからはもっともっと酷くなっていくだけなんよ」
とある人が言っていたが、なるほど、
ほんとにその通りです。
posted by えるか at 22:06| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月05日

福の神?

私がお店に入ると、
不思議と他にもお客さんが入ってきて
店が混んできます。

これはお店の人に言われて気が付きました。
ワゴンでもそうです。
私が物色していると、
人がわらわら寄ってきます。

誰か私を雇ってください。
繁盛させてみせます。
posted by えるか at 13:41| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月04日

特技

電車で座っている人の顔で
どの駅で降りそうか、
だいたい判ります。

三人分連席で当てて、
友人に褒められた事もあります。

でも、大抵は、
次々と乗り込んでくる人に押されて、
つり革を移動しないといけません。

私のつり革を取った人が座ると恨めしいです。
posted by えるか at 21:06| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月21日

なして?

近所の柴犬が、
私にだけ吠えます。
posted by えるか at 22:21| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月19日

早起き

遅寝、遅起きのワタクシですが、
最近早起きです。

朝遅い事が周知になってしまったらしく、
「早起きしている」といったら、
「どうせ9時でしょ!」と返された。

いえいえそんな事はありません。
6時や7時に起きてます。

どうしてかと言うと、
ラジオフランス語講座を聴いているからです。

そんなもの録音しておいて後で聴けばいい、
とお思いでしょうが、
うちは電波が悪くAM波が入るのは、
ほんの一か所、リビングの机の端っこだけ。
そこには録音機能のある機器を持って行けないのです。
(しかも今オーディオ壊れてるし!)

放送時間は朝の7:30からと昼の1:35から。
昼は私の活動時間であるため朝しかないのですよ。

これが結構真面目に聴いているのです。
土曜には一週間分の放送があるけれど
それも聴いています。
CDも買って聴いています。

そしてフランス語教室『超入門』にも入りました。
辞書も買いノートを作り真面目真面目。

肘の治りが芳しくなく、
未だチェロに復帰できません。
このままではボケてしまいそうなので、
ボケ防止のために頑張っているのです。

昨年フランスに行って
「ボンジュール・メルシー・オヴァ」の3語で乗りきった私。
情けなかったですとも!

そこへもってきて最近のマイブームはフェーブ。
フェーブはフランスのものゆえフランス語が書いてある。
せめてその意味が知りたい、
そして、もし又いつの日か、
フランスに行けるようなことがあったら、
カタコトでもいいから喋ってみたい。

そんなわけで連日早起きです。

眠いです、、、、、、、、

Je m'appelle Eruka!

posted by えるか at 19:22| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月03日

今年から阪神ファン

ワタクシいきなりですが
今年から阪神ファンになりましたので
どうぞよろしく。
理由は城島が阪神に入団したからです。
それだけです、すみません。

野球には昔からとんと興味がない。
関西人だけど、
どうしてあんなに試合の勝ち負けに騒ぐのか
全くわからない。

夫はカンカンの阪神ファンだったけど、
私は人がやっているのを見て、
何かそんなに楽しいのか本当にわからなかった。

試合に負けるたびに機嫌が悪くなる、、
なんやそれ。
そんなに野球が好きなら自分がやればいいのに、、、
そう冷たい視線を送っていたのだった。

息子たちがまだ少年だったころ、
阪神巨人(この順番でないとダメらしい)戦を
一家で見に行ったことがある。

招待席だったのでキャッチャーのすぐ後ろ。
そんないい席だったのに、
私は(早く終わらんかな〜)と退屈していたのだった。
しかも盛り上がっているのは外野や離れた席で
こっちにはウェーブもまわってこず、
まわりも私と似たような人も多く、
一等席なのにまあバチ当たりなこと。

その時は阪神は負けてしまい、
私は夫に「あなたが応援すると負けるよね〜」
と憎まれ口をたたいたのだった。
ごめんよ。

WBCを見るまで私は城島を知らなかった
あの時初めて
(あら、なんて素敵な人!)と検索してみたら、
マリナーズ球団の人だった。
そして結婚していることを知り、
何の関係もないくせにショックを受けたのだった。
(どうぞせせら笑って下さい)


そんな城島選手がマリナーズを退団することになり、
(お〜〜帰って来い帰って来い!)と思っていたら
一番初めに名乗りを挙げた阪神に入団するとのこと。
阪神、ええとこあるやんけ〜。
そんな訳でにわか阪神ファンになりました。

試合のチケットもどうやって買ったらいいのかわからない。
でも一回みたいなあ〜。
テレビで野球中継を見てみたけれど、
、、、、、、、やっぱ退屈でした、、、すんません、、。
にわかファンにはつらい課題であるよ。

だって城島、マスクしてるんだもの。


posted by えるか at 23:14| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月28日

どう違う

50肩を患ってからたまにリンパマッサージに行く。
普通のマッサージはあとで揉み戻しがきたりするけど、
血の巡りの悪い私にはこっちが合っていると思う。

難点は、値段が高い、
そして少なくとも上半身は裸にならないといけないこと。
一回オッサンがこれをやるということを知らないで行って、
体中そのオッサンにオイルでヌルヌルやられ、
ひどい目にあったことがある。
金返せ!

エステサロンのようなところは柄じゃない。
なんだか従業員が所謂「女の世界」という感じで、
丁寧な言葉で話しかけられるほど、
影で何を言われているかつい想像してしまい、
こちらが裸の分、向こうが若い分、
そして金をむしり取られる気分になる分、
足が向かない。

おばちゃんが一人でやっているところは、
上手なんだけどもっと高く、
毎回怪しげなものを買わされそうになり、
やはり足が遠のく。

それで近所の腕は悪いが商売上手という
整形外科がついでにやっているリンパマッサージ(自費)に
行くようになった。
医院の片隅でベッドとも言えない台の上で行われる。
チープな感じが私好み。マッサージはわりと上手。

ところがこの間マッサージの女性に、
「女の職員がね、
『○○さんて素敵な人ね』って言ってましたよ」
と言われ私はギョッとなった。

「、、、、あら、、そんなこと言われたら、、
 緊張して今度から来られないわ」
と言うと、
「そんなに卑下しなくても」
(卑下なんかしとらん!)
「『いつか私もあんな風になれたら』って言ってました」
「、、、、、、、」

「まあ、女の人に褒められたら嬉しくありませんか?」
と私が嬉しそうにもしないことに不満そうだった。

いえ、そんな事、言われ慣れておりますのよ。
ごめんあそばせオッホッホ。
、、、、、じゃない!!

まず医院のたまにしか来ない患者のことを、
職員同士で話しているという事実。
カルテには私の個人情報がぎっしり詰まっているのだ。

そして『いつか私も、、、』の
『いつか』に私は激しく反応したのである。

つまり、自分とは遙かに年上の人間、
別世界の生き物と私を認識しており、
それを伝えるマッサージ師も
微塵もそのことが私に対して失礼だとは思っていない、
ということにである。

つまり私はオバハンと言われたわけだ。

このことは夜になって、
自分でもどうして嬉しくなかったのだろうと
風呂場で考えてわかった。
(それほどまでに私は血の巡りが悪いのだ)

で今日、
前回の記事で「この春は服を買わない」
と言った舌の根も乾かぬ次の日、
ちょっと寄ってみたお店で、

「この服を着こなせる人はそうそういらっしゃいません」
という言葉に思わず高い服を購入しそうになった私である。
危ない危ない。

微妙なところで違うニュアンス。

posted by えるか at 00:12| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月15日

満足

そうは見えないかもしれないが、
私は親しい人の考え方や価値観に左右されるたちだ。
意見に左右されるのではなく、
もっと根本的なところにフラフラとする。

そのことに気付いたのはそう昔のことじゃない。
だからいつも自分の考え方に頷けるまでは、
けっこう辛い思いもしてきた。

『人は人、自分は自分』
このわかりきった事が、
案外私には難しい。

ところが揺るがない自分を持っている人も
けっこう多数存在するのだ。

もちろんその人たちがいつも正しい訳じゃない。
でもたとえヘンテコな考えであろうと
『揺らがない』という人は
私には大変うらやましい。



もう一つ、
10のうち6出来たとして、
「6も出来た!すごい」と喜べるか、
「6しか出来なかった。4も出来ていない」
と落ち込むか、
これはよく言われることであるが、
もちろん私は後者である。

これは性分なので前者の方が
精神衛生上いいことはよくわかっているけれども、
どうしようもないのである。

まあ、「4出来なかったけど6は出来た」と
自分を慰めよう、、くらいにはなんとか思える。
でもなぜか悪いところばかりに気持ちが行って、
常に落ち込むネタを自ら探しているようなところがある。
この癖なんとか直したい(直らんけど)

「本当に忙しい人は『忙しい』とは言いませんよ」
と慰めてくれた人がいる。
確かにそうだ。
出来る人は仕事が早いので処理能力が高く、
サクサクと進めている。

反対に手順が悪く処理能力の低い人は
びっくりするくらい何でも遅い。
「忙しくて徹夜した」という人をよく見てみると
あまりにも手際が悪くてびっくりすることがある。

でも本人の満足度にするとどうだろう。
自分の処理能力と近い仕事量がうまい具合にあると
本人もまわりも満足だろう。

なかなかそうはいかないところが人生のツライところだ。
「人と比べなければ楽しい人生」
って何回自分に言い聞かせればわかるのか。
posted by えるか at 17:56| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月28日

大変です!

体重が5キロも増えていました!

することが無く袋菓子を夜遅くまで
食べていたからです。

おまけに胃を痛め
胃カメラを飲むことになってしまいました。

情けないです。
posted by えるか at 16:09| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月31日

自慢

作家の村上春樹さんと、
漫画家の井上雄彦さんと、

誕生日が一緒です。
posted by えるか at 00:35| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月23日

祈り

ここんとこ、霧が晴れるように
気持ちが楽になった私。

理由はちゃんとあります。
小さなことから大きなことまでたくさん。
色んなことが重なりあって、
人の気持ちは動いていく。

人様になどとても言えないこともいくつかあって、
それらが日々私を
私の奥底深くから絞めつけてきた。

そうなると自己評価が
ものすごく低くなってしまうのである。
自分ではもうどうしようもない、
抗いようのない地獄に絡めとられてしまうのだ。

そこからの脱出は、
これまたなんとな〜くやってくる。
気持ちが変わるから事象が変わってくるのか、
事象が変わるから気持ちは変わるのかは
わからない。

最近になって、
(なんか、もうええや〜ん、、、、)
となぜか思ってしまった。

仕事人にもなれず、
主婦からも放り出された自分の事も、
(もうええやん、、、、、、)
自分で赦しました。
解放した。

人の価値観からも、
自分自身で思いこんでいる価値観からも
解放されると、
自分がそうどうしようもない人間でもなくなってくる。

こう見えても私は案外家庭的な人間だ。
占いなんかでは私は「家庭の星」なそうな。
ひとりだけど、ひとりで家庭を細々と営んでいるのだ、
と思えるとなんだか自分が愛しい。

自分だけのためにしていることも家事には違いない、
と思えると、そうそうくだらない毎日でもない。

自己評価。
昔はそれなりに高かった。
それがどん底になり、それを払拭するには
やはり年月がかかる。

なんの根拠もない評価だけれど、
自分で自分を認められるようになると、
また明日はやってくる。

言葉では簡単だけれども、
こればっかりは人に励まされようと、
考えを変えようと自分で努力しても、
本当に自分がそう感じられるようになるのは、
ほんとうは難しいことなのだ。

神様だけが知っている。

そしてこの気持ちが
勘違いでないことを祈る。
posted by えるか at 00:14| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月09日

進歩せず

ニュースや新聞で、
家がなかったり食べることにも困っている人の話があると、
たいした仕事もせずに暮らしている自分を
申し訳なく思い、
悪人のような気持ちになる。

しかし、実際、
私のまわりの人たちにはそういう人は居ない。
皆、豊かで幸せそうだ。
そうでなくても人並みだ。
そりゃあ暮していれば色々あるだろう。

だけどね、私と比べて不幸だ、
なんてことは言わせませんよ。
いえ、誰も言わないだろうけど。

世間でいう「おひとりさま」
よく考えると、
私、これに当てはまりません。

「おひとりさま」とは非婚で一人である人。
そういう人はちゃんとした仕事を持っているだろう。
境遇の似た友人もいるだろう。
ひょっとしたら親とかと住んでいるかもしれない。
ひとりじゃない。

離別した「おひとりさま」
これまた仕事をもっている人が多い。
そうでなく困っている人も
いるだろうけど、
覚悟が違うし忙しく生きている人が多い。
なんせ知り合いには二人しかいません。

そして死別した「おひとりさま」
私もこれだろう。
でもたいていは70代以上の人ではないか。
死別するまでは一緒に旅行なども
したのではないか。
私、まだ51歳なんですけど。

50代で死別するのはたった1%だそうだ。
40代だった私はいったい何%なんだろうか。
私は成績でそのような確率の順位とったことが
ありません。
こんなものにだけあてはまるなんて。

45で死別し、今までどうにかこうにかやってきた
なんて、よく考えるととても可哀そうに思えてきた。

私はまだこれから20年以上、
周りの人が夫と旅行しただの、
どうこうしただのを聞いて
それでもニッコリと微笑まなければならない。
仲間ができるまで、、、

でもその仲間は順当な道を歩けた人だ。
思いは全然違う。

死別しても子どもと住んだり親と住んだりする人も
いるだろう。
いやたぶん皆そうなんだろう。
私は諸々の訳がありそうしていないけど、

でもどうして私だけが一人なんだ??
どうして私だけがポツンとひとり?

同じことを訴えあえる仲間が欲しい!
相も変わらずこんなこと思っております。





posted by えるか at 23:42| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月05日

目標

今年の目標は「さらりと流す」だ。

腹が立ったり傷ついたり、
そういうことがあったとしても、
すぐに『忘れて』頭を切り替えよう、ということ。

ひとつの事がずっと頭に残り、
さらりと忘れようと
頭ではわかっていても、
何日も頭から離れないことがある。

自分で自分の首を絞めているのだ。
どんな事だってそれを全く気にしない人だって
たくさんいるのだ。

私だって人に対して
(そんなこと、どうでもええやん、、)
と思うことはいっぱいある。
それなのに私自身はつまらない事で(たぶん)
穴を掘っている。

考え方一つで、見方一つで
幸せ度は変わるのだ。
そして自分の失敗もさらりと忘れよう。

ということは、
わかっていてもやっぱりナカナカ難しい。
新年早々そういうことがあった。

昨年の目標は「タフになる」だった。
がんばっていたのに肘腱鞘炎と50肩のおかげで、
最後惨々だった。

「さらりと流す」
今年の目標。
posted by えるか at 00:49| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月11日

小休止

更新が遅れています。

両肘の痛みが原因かどうかはわからないけれど、
欝々とした毎日を書きたくなかったのだ。

でもこの間、思った。

私、がんばって来たんじゃないか、
と。

11月は特に忙しかった。
肘を休ませる日もなく、おかげで両肘は
最悪の状態になってしまい治る気配もなく、
はっきり言ってお先真っ暗な状態だ。

老後の楽しみに習っているチェロにも
いつ復帰できるか全くわからない。
日常生活にも困っているのだもの。

チェロは休んでいるけれど、
仕事は行っているので治るはずもない。
しかし、かなり暇だ。
何もない日々が覆いかぶさってくる。
練習出来ないんだから、
(しなければ、、)と焦ることもない。

でもふと思った。

私がもし事件もなく夫も亡くならず、
あのまま主婦のままで一軒家に住んでいれば、
たぶん、毎日ご飯を作り買い物に行き、
帰ってくる家族を迎えただろう。
こんなに毎日外へなど出て行かなかったろう。

ホームセンターにいったり庭いじりをしたり、
本を読んだりどこかへ遊びに行ったり、
そういう事をそれなりに不満に思ったり、
何とも思わなかったりして過ごしただろう。
夫はまだ現役でボーナスなんかももらえただろう。

外に出ていた家族が帰ってくるということは、
自分は家にいても、
外出していた家族を感じるだけで、
それだけで世間と繋がっているのだ、
ということを、
それが当たり前の人たちは、
知らないだろう。

私は自分が出て行って外の空気に触れなければならない。

先日コンサート会場で中年の二人連れの会話が
耳に入ってきた。
『毎日出るのはきついのよねえ、
 やめておくわ』
二人は主婦のようで、
外出が二日続くのはしんどい、
と言っているのだった。

仕事を持っている人には
なんだそれ、と思われそうな言葉だが、
私にはその気持ちはよくわかる。
人それぞれ時間の流れの速さは違う。
主婦も案外忙しいのである。

そんな私が毎日外に出続けた。
考えてみるとマンションに来てから
一日として安心しきって部屋にいたことはない。
いつもどこか緊張している。

仕事歴も無い私が、
こうやってなんとか毎日を構築してきたことに、
私は自分を褒めたいと思った。

あんなにズタズタになって、
今だってズタズタなんだけど
それでもがんばったんだ。
腱鞘炎になるほど自分を鼓舞し続けてきたんだ。

そう思えた。

私は初めて自分を褒めたような気がする。

自分に訪れた『老化』
50肩も肘の腱鞘炎もすべては老化だ。
たぶん完全に治ることはもうないだろう。
これからは騙し騙しこういう体と付き合うことになるのだ。

老化したのだと思うと、
なぜか自分の体が愛おしい。
労わってやらねば、と優しい気持ちになる。
少し休んでいいんだ、そんなに責めなくていいんだ、
そう思える。

もう何か月も運転はすべて左手だ、レバーも全部左に慣れた。
ピアノの鍵盤を強くなどもう二度とたたけないだろう。
ピアノの弦を3回切ったことなど嘘のようだ。
(200キロの力を加えないと切れないのです)
↑(たぶん)

今頃になって練習がしたい。
もう後の祭りだけど。

posted by えるか at 00:40| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月30日

なで肩

私はパッと見ると、
細く見えるようだけれども、
それが背が高く手足が細いから
そう見えるだけだ。

しかし、そう言っても、
「まあ!そんなこと言って!」
と、極細タレントの「ワタシ太ってるんですぅ〜〜」
と同列のような扱いを受けるのは心外です。
(有り難いですけど)

ところでこちらは自分でも認めるところですが、
私は首が長い。
そしてなで肩だ。

なで肩だからよけいに首が長く見える。
肩の位置は私の方が低いのに、
背は私の方がずっと高いということはたまにある。

ストールも似合うし着物も似合います。
(ショルダーバッグは落ちます)

しかし、しか〜し!
この首肩のせいで私の肩こり首こり肩甲骨こり
(僧帽筋というそうです)は、
もれなく付いてくる苦しみらしい。

整形外科医も鍼灸師もマッサージ師も
口を揃えて、
「その体形では仕方ないね」
と言う。

この吐き気を頭痛を伴うコリが無くなるのなら、
私は猪首にもイカリ肩にもなりましょうぞ。

キリンは首の骨の数は人間と一緒だと
ご存じでしたか?
そして長い首を通って血が巡るように、
血圧がとても高いらしいです。

私、血圧低いです。
だから頭に血が巡らないのでしょうか。




posted by えるか at 20:32| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月10日

ドロドロ

「あなたね、停滞していますね。
 見た感じと、少し話したところ、
 とても停滞していることを感じます。
 気も体も全く流れていません。」

そう美人の漢方医に言われて、
私はなんだかとても合点がいき、
自分をわかってもらえたような気持ちがし、
大変癒されたのだった。

『停滞』

そう言い当てられただけで、
病気が治ったような気すらする。

整形外科でも血液検査の結果が出た。
リウマチと膠原病が怖かったから調べてもらったのだ。

結果は大丈夫だったけれど、
中性脂肪がものすごく高かった。
血液検査ではいつも優等生だったので仰天した。

コレステロール値は正常なので、
何か前の日に脂っこいものを食べたのでは?
と医者に言われた。

「だって、あんた、血液ドロドロだよ」
見ると欄外に『混濁2+』と書いてある。

ドロドロ、、、、、

確かに最近の私は、
心も体もドロドロだった。
とても納得しました。

自分の抱えている問題は、
いつか体の症状となって現れる、
ということをまさに体現したと思う。

生活を改めなければ。
気づかせてくれてありがとう。
posted by えるか at 09:05| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月05日

潔癖?

たまたま入ったトイレのトイレットペーパーの先が
三角に折れていた時、
私はちょっとばかり不愉快な気分になる。
あれはいったいどんな神経なのであろうか。

昔はそんな事をする人はなかったのに、
いつの頃からかそういう一方的な善行が
なされるようになった。

しかし、巷ではその蛮行に対する憤慨意見、
「大きなお世話。
 第一それを折る時の手はまだ洗っていないだろう」
(私も同様に思う)

これもまた結構流れているはずだ。

しかしながら依然として、
ときたま出くわす「ペーパー三角折り」。

どういった人がどういう気持ちでやっているのだろうか。

「ワタクシは礼儀正しいのです。
 人を思いやる心の持ち主なのです。
 私って正しくていい人なのよ〜〜〜!!」

という頑なな押し付けがましい、
ふてぶてしさを感じるのは私だけですか?

嫌がっている人がいるという事を知っても、
押し切る鈍感さなのか、
あるいはそういう意見を知ることのない
アンテナの低さなのか。

そもそも私はあまり清潔ということについては
潔癖ではない方かもしれない。

トイレを出た後、なぜ手を洗わなければいけないのか、
実はわからない。
水道の蛇口やその周りの方がよほどビシャビシャで気持ち悪く、
なぜわざわざバイ菌を付けなければいけないのか、
わからないのである。

トイレのドアの取っ手とか便座カバーとかに
触れるから、というのであれば理解できるけれども
出口でまたドアを触らなければならないのである。
私がトイレで手を洗うのは、
ひとえに人の目があるからである。

確かにこれでもか、というくらいに、
たくさんのトイレットペーパーをカンラカンラと引き出し、
レバーもトイレットペーパーでくるんで流す、
という環境に逆行することを密かにしている私なので
(案外潔癖?)
大口はたたけないです、はい、スミマセン。

そういう意味ではスーパーのカートや電車のつり革は
気持ち悪いといえば気持ち悪い。

でもこの夏なにが嫌だったと言って、
電車の座席に座ると、そこがジットリと熱を持って
濡れていたのだ。
私の大事なお洋服はその気持ち悪い水分を吸ってしまい、
慌てて立ち上がったけれども遅かった。

気持ち悪る〜〜〜、、、、
これ、汗かきのオヤジの汗だよね、、、、、、
ぞ、ぞ〜〜〜っ!として
「電車の座席って気持ち悪い」と思ってしまった。
深夜にオヤジが吐いた後の座席かもしれない。

じゃあ、そんなに気持ち悪ければ立っていろよ、
と言われそうだが、
腰が悪くてじっと立っておられない私、

今日も座席確保に心血を注いでおります。
環境にもお年寄りにも優しくないワタクシの暴露。
posted by えるか at 18:11| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月25日

この一枚

臨床心理士でもあり
音楽療法士でもある私の好きな先生が以前、
「落ち込んでしまった時の為に、
それを聴くとなんとか元気が出る『この一枚!』
というCDを何か普段から見つけておくべきである」
とおっしゃっていた。

本当に落ち込んでしまった時には
音楽を聴くことさえ思いつかないものだからだ。

私の場合、その時聴いているCDによって
自分の心の状態がよくわかる。

この曲を聴いている時は元気、
その曲の時は平穏無事、
あの曲の時は下降気味、助けを求めてる、
そして、この曲を聴いている時はもう危険、、、、、

聴くことさえ忘れている時は、
どうしていいか分からない。

私はそんなCDがそれぞれにあります。
わかっているから選んだ後で
(あ、落ち込んでるんだ、、ヤだな、、、)
と気付いたりする。

音楽はそれを聴いていた頃の自分を
瞬時に思い起こす力を持っている。
いい曲なのにほろ苦い気持ちになってしまったり。

この先もいろんな曲を聴くだろうけれど、
聴き直した時に幸せな気持ちになれる曲が
何枚か出来るといいなあと思う。

「山崎まさよし」は一時どっぷりと浸かった人だ。

『僕はここにいる』
が流行っていたことは知っていたけれど
ずっと後になってある日FMから流れてきた彼の声に
心が震えた。

CDをシングルからアルバムまで全部揃え、
一日中聴いていた。
あの頃の私は毎日が苦しくてきっと狂っていたのだろう。
生活は普通にしていたけれど、、、、

なぜだか耳だけは異様に冴えていたのだろうか、
彼の微妙にビブラートのかかる声に
私はとても癒されたのだった。
「癒す」なんて言葉は嫌いなんだけど、
実際癒されていたのだから本当のことだ。

私が特に好きだった曲は有名な
「one more time one more chance」
ではなくて、
「心拍数」や「ツバメ」や「中華料理」だった。

でも、もう一度聴きたいかというと、
聴きたくない、あの頃を思い出すから。

『僕はここにいる』という曲には
チェロがバックで流れている。
ということに気付いたのは、
ずっと後になってのことだった。

気付いた頃の私はチェロを習い出していた。
歳がいってから弦楽器を習うなんて、
大それたことを始めたその頃の私は

(このバックを弾けるようになるのと
歳老いて何もできなくなってしまうのと
どっちが早いんだろう、、、)
と暗澹たる気持ちになったものだ。

今でこそクラシック楽器をバックに使う事は
当たり前になっているけれど、
当時このアレンジをした人はすごいと思う。

あとね、
「この一言!」という言葉も用意しといたらいいよ、
と私は思う。

ふだん、(あ、、!)
と心に振れる言葉が人それぞれあると思う。

いい言葉だな、と思ってもすぐに忘れてしまう。
思い出した頃はもう立ち直りかけている。

壁にでも書いて貼っておこうか。






posted by えるか at 22:27| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月01日

ついに

「いかにも」が苦手だ。

すごく頑張ってオシャレしていたり、
いかにも人に気を遣っていたり、
上品ぶっていたり。

体型を保つために、
リビングで必死に体操していたり
腰を振っていたり、
そういうのはすごく格好悪いと思ってきた。

細すぎるウエストなんて気持ち悪い。
ちょっとプヨプヨしているくらいが魅力的なのだ、
と思っている私。

そう言いながらも造顔マッサージの本も
骨盤ダイエットの本も持っているよ何故か。
しかも持っているだけで附録のDVDすら見ていない。
(じゃあ買うなよ)

しかし50も過ぎてくると、
ほんとに弛んでできた。
太っているのではなく弛んでいる。

そんなに食べ過ぎていない時はそうでもないけれど、
食べ過ぎの日が続くと、
風呂場で背中から自分の姿を映すと、
中年を通り越してすでに老年である。

あまりの恐ろしさに見なかったことにしている事こそが
恐ろしい。
もはや格好悪いなどといっている場合ではなく、
体操するなり節制するなりドゲンカセントイケンのである。

若い頃はアクセサリーをつけるのが嫌だった。
頑張ってる感じがして恥ずかしかったのだ。
買うのは好きでたまには買っていたけど
結局はつけることなく終わった。

でもものすごく遅ればせにピアスを開けてから
チョコチョコとつけるようになり、
小さなネックレスもいくつも買った。
そんなに高価ではないから結構持っている。

ところがそういう華奢なアクセサリーが、
似合わなくなった。
全く。
それこそ若造りして頑張っている感じで
恥ずかしいような気がする。
いや、ほんとはすでに恥ずかしかったのを
自分だけ気づいてなかっただけかもしれないと思うと、
余計に恥ずかしい。

ごつい高そうなアクセサリーは私は内心
オバサンの証明だと思っていたのだ。
ダイヤでも18金でも大きなものは、
いくら高くてもノーサンキュー(いえ誰もくれませんけど)
だったのに。

ついに境界を越えてしまった。
ごついオバサン仲間入りです。
かなり高そうだな、、と思えるダイヤのごついネックレスが
うらやましくなってくるのだろうな。

いや、そんなことより
格好悪いなどと言っている余裕のないこの弛みを、
どげんかせんと、、、、。






posted by えるか at 21:51| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月28日

定義?

「友達がいっぱいいる」 なんて人は
(いったいどんな友達が友達?)
と信用ならず、お軽い人と思ってしまうし、
「友達がいない」という人には、
それはそれでちょっと警戒してしまう。

「少ないけれど深くつきあう友達がいる」
という答えが人間として一番信用出来る気がするし、
私自身もそういう人間だと思っていた。

しかし最近、
(私に友達って居るんだろうか、、、)
と思ってしまって落ち込んでしまった。
「友達なんていらない」と言えるほど私は強くない。
友達は欲しい。

ずっと前、
「友達がいない」と友人に言うと、
「じゃああなたのことを友達と思っている私はどうなるのよ」
と怒った友人が居たが、
(その時の『友達』の意味は『親しい知人』が少ないという意味だったのだけれど)
今そんなことを言ってくれる人がいるのか考えると
暗くなってしまった。

友達の定義をどう定めるか、
で変わってくるとは思うけれど、
そこまで深く考えなくても、
ここ最近『私って友達がいない』病に罹っている。

というのは、
「友達がいないのよ」とか
「なぜか友達が減っていくのよ」
とかいう人に、私は心の中で

(そりゃあ、それでは友達おらんわ、、)

と思ったことが何回かあったからだ。

でも口には出さなかった。
言ったら傷つけるし、
言ったところでそれがその人なのだから、
その人にもどうしようもないと思ったからだ。

いや、言ってみたらよかったのかもしれないけれど、
逆恨みされるのは嫌だった。

私のことも人は
(それでは友達おらんわ)
と思っているかもしれない。
そして思っても言ってはくれないだろう。

あるいは「そんなことないよ、あなたとは友達じゃないの」
と慰めてくれる人がいるかもしれない。
でも言ってもらっても慰められているとしか
今の私は思えないだろう。

漫画家の伊藤理佐さんのお母さんは友達がいないそうだ。
(マンガにそう書いてあった)
でも伊藤さんのお母さんは全然平気で元気だ。
一日のことはお父さんにぶちまければそれでいいし、
足りない時は伊藤さんや妹さんに電話を掛けてきて
それで満足だそうだ。
うらやましい話だ。

今の自分は今までの自分の結果なのだから、
私はそういう自分を構成してきたということなのだろう。
孤独であることと、
友達が居ないことは
全然別問題なのだ。

そう考えると最近ほんとうに暗い。
どうしたんだ更年期か、
タフになれよ私。
posted by えるか at 22:28| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月12日

どっち?

この間、少し年上の女性に車に乗せて頂いた。
彼女は高速道路が嫌いで怖いそうです。

私は高速道路、大好き。
道は広いし、信号無いし、
なんといっても飛び出してくる歩行者や、
フラフラと進行する自転車もいないのだ。

やっと追い抜いたと思ったら、
信号待ちでまた前に出られてしまう原付も居ない。
居るのは車だけ。
自分の好きな速度で走っておればOK!OK!

そう言ったら、
「だって、あなた!高速道路で事故したら
 死ぬのよ!」
「死んでもいいです。
 そう思って運転してます。
 それより私は一般道路で歩行者を轢き殺す方が怖いです」
「嫌!高速道路で死ぬなんて、あなた危険よ!」

話はこの後からだ。

私は基本的に、
歩行者も自転車も原付も信用していない。
あの子供は飛び出してくるぞ、
老人の乗る自転車、急に倒れてくるぞ、、、
と思ってる。

何かあったら絶対に車が悪いことになるのだ。
一瞬で殺人者になるのです。
だって車の方が強いんだから。

その点、高速道路では相手は絶対に車だから、
自分だけが殺人者ということはない。

そう言ったら彼女は、
「たとえ法律的には車が悪いことにされても、
 急に倒れたのは向こうが悪いんだから
 私は全然平気よ」
と言った。

「私、絶対イヤです。たとえこちらが責められなくても
 夢見が悪いです。
 人を傷つけるなら自分が死んだほうがましです」
「私はそんなの嫌だわ」

とまあ、話は延々と平行線を辿ったのであった。
私は高速道路の方がずっと簡単で安心だと思うんだけどなあ、、、、

以前、私の車に乗った人が
「あら、丁寧な運転するのね、意外〜〜〜〜!」
といった。
ついこの間は
「あなたって飛ばしそうねぇ」
と言われた。

私は30年間無事故無違反無かすりだ!
(いえ厳密には一年前ネズミ捕りにひっかりましたが)

『運転が示すあなたのお人柄』

私はねぇ、おとなしいのよ!!!


posted by えるか at 23:07| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月22日

早起き

幼稚園や小学校の教員試験を受ける学生に
ピアノを教えることになって今日初めて行ってきた。

先月、昔の恩師から急に電話があり、
深く考えず二つ返事で「やります!」
と答えた私。
週一回の非常勤なので、
まあパートみたいなもんです。

ところがとりあえず大学へ行って、
私はえらいことになったと思った。
同僚になる人は、皆大学や専門学校の講師であり、
保育教育のエキスパート。
ただピアノを教えればいいと思っていた私は慌てた。

教授である恩師はニコニコとして時間がないからと
「じゃあね〜〜〜」と行ってしまったが、
同僚になる先生に聞いてみると、
ピアノ曲の他に、受験に必要な幼児曲の弾き歌いやリトミックに使う音楽を
教え込むと言う。

ちょっと待ってくださいよ。
なんですかそれ、、、、、
私はピアノしか知りませんよ。

上手く弾くことを教えるのではなく、
教員試験に合格させるためになんとか形にするらしい。
恩師はひょっとして私を幼児教育専攻だと勘違いしたのだろうか。
私、幼児教育、全く知りません!!

その場にいた優しそうな、
そういうことを専門にやってこられた先生に、
とりすがって聞く。
しつこく聞く。
夜に電話までして聞く。

『生徒は何か曲を持ってくるのか、
 宿題をどうえらび何曲与えるのか、
 幼稚園と保育所と私立と公立と小学校では
 必要なものがどうちがうのか、
 生徒はどの程度弾けるのか、
 何をどの程度出来るようにするのか、云々』

そして恩師の
「○○先生には何を言われてても気にしないでね」
という言葉がひっかかり、イジメラレルのか、、と
不安なことこの上ない。

おまけに恩師は「近い近い」といっていたけれど、
調べてみたら通勤に片道1時間半かかることが判明。
おかげで私は今日は5時半に起きました。
1コマ目から4コマ目までびっしり24人の学生を
見るのです。

でもね、楽しかったです。
生徒、かわいいです。
なんだかだ言っても私は結構人が好きだ。
ピアノを教えることも好きだ。
人と交わる仕事がしたい、家でなく外に出たい、
という私の思いにぴったりです。

私の恩師は長く大学の教授を務められ、
現在は第二のお勤め。
私がピアノから離れずもっと先生にくっついていれば、
なんだかだと大学の話はあったなあ、、、
とか、
ずっと地元でピアノやってればもっとイバッていられたなあ、、
とか、
こんな小石みたいな人生じゃなかったよなあ、、

とか瞬間思ってみたけれど、
そうではない違う人生を選んで、いろんな思いをした私だから
このことを嬉しく楽しく有り難いと思えるし、
今の私があるのだ。

もしあのまま地元にいて
そのまま価値観も変わらずやっていたら、
その私はいかにもな人間になったろうし、
その私を今の私はきっと嫌いだろう。







posted by えるか at 21:18| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月07日

アナフィラキシー・ショック

人の痛みは、
それが身体的であれ精神的であれ、
分らないものだ。
頭痛や歯痛を経験したことがない人は
その痛みがわからない。

しかし自分も経験したことがある事に関しては
いたく同情の念をしめし、
お互いの苦しみの話に花が咲く。

人に話して引かれることなく
即座に同調してもらえる病気は、
花粉症だ、もう国民病といっていい。

テレビや新聞に花粉情報まで
出るようになって久しい。
私は流行りものには不思議と先取りするのだが
(気に入ったものが後年流行るのだ←気のせい?)
花粉症も早かったです。

でも今ではほとんどの人が罹り、反対に
「花粉症ないんですか?」
と挨拶かわりに聞かれるようになった。

ありますとも!
カモガヤ。

、、、、、と聞いてわかりますか?
たいていの人はスギだ。
私はスギの人が終わったころ、
新聞にもテレビでも花粉情報が終わり
店頭からもマスクが撤廃してしまう
5月から7月にかけて苦しみます。

ここでも少数派なのだ。
カモガヤとはイネ科の雑草で
どこにでも生えています。
その辺に生えている葉の尖った雑草がカモガヤです。

私の場合は鼻水よりも肌に出る。
これがつらい。
痒くて痒くて、朝起きると夢の中で引っ掻いた首が
へび女(梅図かずお)のようになっている。
一番年齢の現れる首が、、、、、。
顔も瞼や頬がひりひりと痛み、
基礎化粧品でさえ使えなくなる。

肌は花粉だけでなくストレスでても発症するので
引っ越しのたびに悪化していった。
(慣れたころにまた引っ越しだ)
このマンションに来てからほんとにひどくなって
皮膚科通いが続いた。

全く化粧も出来なくなって、
元々血色が悪く、くすんだ肌の私は
せめて何か明るいものを、、と
ものすごく遅ればせながら
ピアスを開けたのだった。

アナフィラキシー・ショックという言葉をご存じだろうか。
時々ニュースで流れるが、
蜂に刺された人が、そのことで抗体が出来、
次、刺された時には呼吸困難などに陥り
ひどい時は死に至る、
というかなり怖い症状です。

アレルギーとはまた一線を引く症状。
アレルギーでは人は死にません。

私は果物にこれがある。
たまに新聞でも紹介されるし
ニュースで流れることもあるけれど
人に言っても「何それ??」
と返される。
一度も「知ってる」と賛同されたことがなく
寂しい限りだ。

仙台にいた時に
夕方帰ってきてリンゴを食べた途端にいきなり発症した。
私は果物が大好きで毎日バカバカ食べていたのだ。

途端に、口が腫れ、喉がむず痒くなり
首には蕁麻疹が現れその痒さは尋常でなく
私はかきむしり首は皮下出血で真赤になった。

以来、ほとんどの果物が食べられない。
りんご、いちご、もも、さくらんぼ、ぶどう、メロン、
マカダミアナッツ、、、、、

果物が大好きだ。
馬のように食べてきた。
特にイチゴは食べ物の中で一番好きだ。

スーパーに行くと入口にその季節の旬の果物が
ド〜ンとうず高く積まれている。
横目に通り過ぎるのはつらい。

リンゴでアレルギーが出るのは
白樺なんとか(?)症候群と言って
本当は北海道以北の、
寒い所にしか出ない症状だそうだ。
日本の本州で出るのはおかしいらしい。

でも、今はニュースになるくらいなのだから
こんなことからでもわかるように、
地球はどんどんと良くない方向に進んでいるのだろう。

そして私はどうもニューキノロン系の抗生物質が
使えないようなのだ。
今使われているポピュラーな抗生物質。
医者に行ったらたぶんこれを出される。
よく効くのだ。
でも私はこれの入った目薬でさえダメだ。
だから昔ながらの効き目のあまり良くない薬を飲まねばならない。

サリン中毒の薬はこのニューキノロン系だそうだ。
「あなたはサリンを吸ったら死ぬしかないわね」
と医者に言われた。

そうですか。

posted by えるか at 12:44| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月21日

変?

「□□さんの奥さん」 とか
「◇◇ちゃんのお母さん」
と呼ばれることを、
自分のアイデンティティを否定されているようで
嫌だ、ということをたまに耳にする。

最近はあまり聞かないから
言われなくなったのだろうか。

いいではないの、と私は思う。
ホンマのことやし。

「はいはい」といっておけばいいし。
「奥さん」や、「お母さん」なんて呼んでもらえるのは
有り難く幸せなことであるよ。
なんと呼ばれようと
その人自身は何ら変わらないし。

旦那がエラクて会社の人に
「□□さんの奥様」と、
うやうやしく呼んで貰えるのは
旦那の役職がえらいだけのことであって
その奥さん自身がえらいわけではないので
勘違いしないことだ。

少なくとも私はなんと呼ばれようと
私は私以上でも以下でもないので
返事はするけれど、それだけのこと、
と思ってきた。
(あ、別にダンナがエラかった訳ではないです)

でも、「◇◇ちゃんのお母さん」は、
嬉しかったな。
ほんわかとした記憶がある。
もう昔の話だけれど。

でも、名前だけでも「奥さん」は、
人が思っているより実は地位が高い。
何かの本で読んだけれど
世間が認知している地位は

1 結婚している男性
2 結婚している女性
3 働いている男性
4 働いている女性
5 働いてない男性
6 働いてない女性

らしいです。主婦は死別(離婚)とともに
地位が2位から最下位に転落するので
そのストレスははかり知れないと書いてあった。
まあ、確かにみじめな思いはいっぱいします。

結婚しているという後ろ盾は
世間的には大きいものなのだ。

夫が仕事とゴルフ以外何もしない人だったので
私は家の中のことは何もかもやった。
家探しや家の購入の手続きまで
全部私が走り回った。

だから一人になってもそういう意味では
何も困ることはない。
私は何だって一人でやる。

ただ世間的な後ろ盾を無くす、ということは
確かに大変な痛手であります。

今年の年賀状に
『ひとり暮らしになったと聞きましたが
 気楽でしょうが困ることもあるでしょう。
 私は電球ひとつ変えることができませんから』

と書いてあった。
高校卒業以来一度もあってないけれど、
なぜか年賀状だけは続いていた人。
こんなにデリカシイのない人に
何年も年賀状を出していたのか、
と唖然とした。
電球くらいひとりで変えろ!
そんなことを私に書いてどうする。

何年も前に
「あなたがパートに行くなんて
 信じられな〜〜い」
と書いて寄こした近所の奴もいたが
(もちろん私はその年賀状を握り潰した)
年賀状というものは時として頭にくる一枚が雑じる。

毎年、今年こそ本当に出したい人にだけ出そう、
と決意しているのに、
なかなかそうはままならない。
私みたいな人は結構いると思う。

テレビや本や雑誌に
「自分になれる時間を持ちましょう」
と言われているけれど、
今の私は自分の時間ばっかりなので
人のために自分を殺さねばないないような
時間が欲しいものだ。

でも、私は結婚しても子どもが生まれても
どんな時間も私の時間だった。

これって変ですか?









posted by えるか at 20:22| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月13日

タフ

緒形拳さんの遺作となった
『風のガーデン』の主題歌 平原綾香の「ノクターン」は
作曲はショパンだったことを
皆さんはご存じでしたか?

恥ずかしながら私は知りませんでした。
友人に「あの曲はショパン作曲なんやって〜」
と言われても
「嘘やん〜〜〜〜」
と信じられなかった私、、、、、、

その曲をかなり気に入っていた私は
実はピアノ弾き語りの楽譜まで買っていたのだ。
それなのに、、、、、、
私、一応、音大卒、、、、、

そうだったのか、
それならば楽譜を持っていたはず。
ひとつ、弾いてみようじゃないの。

しかし、
棚を探しても出てきません。
ノクターン集、何処へ行ってしまったのでしょうか。
ひょっとして初めから持っていなかったのでしょうか。

情けないので楽譜買いました。
そして弾いてみました。
ピアノ弾き語りポピュラー版の方が難しいような気がするのは
私だけでしょうか。

その「ノクターン」をチェロアンサンブルの合間に
先生がちゃっかり弾いていました。
私が思わず
「あ、風のガーデンだ」
とつぶやくと隣にいた人が
「あら、テレビ見るんですか?」
と言った。

ちょっと恥ずかしかった私。
ショパンだ、と言えばよかった。
テレビばっかり見ている暇人のようです。
そうなんですが。

テレビを見られる身分になれたことを
本当は嬉しい。
大変だったころはテレビも新聞も世間の出来事も
そんなもん、どうでもよかった、そんな心の余裕は無かった。

でも、今はその頃が少し懐かしかったりする。
家の中が地震でテロだったから、
ほんとは思い出したくもないのだけれど
なぜか懐かしい。

20年振りくらいでHNK大河ドラマを見た。
前回お話した「気になる変な顔」の
北村一輝が出ていたからだ。
どんな顔をしてHNKに出ているんだろう、
浮いているのではないかと心配だったのです。

驚いた事に出演者が全員、
自分よりずっと若い子どもと言ってもいいような
若い人たちだった!

、、、、、、、知りませんでした、、、、、、、

そうですか、
すっかり世代交代していたんですね。

私は自分が知らないうちにしっかりと歳を取っていたことを
NHK大河ドラマで知りました。
浦島太郎の気分です。

今日は「必殺仕事人」を見た。
「ひが〜し〜」が主演しています。
菅井きんが野際陽子に代わっています。

野際陽子さんは上手に歳を重ね、
今も素敵だ。
千葉真一と離婚しておいてほんとによかったです。
 
菅井きんさんも趣味がスカイダイビングと何かで読んだことがある。
歳を重ねてからも好奇心を失わず、
それを保ち続けるのはタフな精神力がいるだろう。

私の今年の目標は「タフになる!」なのだ。

「すぐに落ち込まずタフになれ」
と自分に言っていますが
どういうわけかすぐ忘れてしまいます。
紙にでも書いて壁に貼っておこうか。

私より少し年上でうまい歳の取り方だな、
と思うのは秋吉久美子と風吹ジュン。

五十嵐淳子は今も若く美しいけれど
なぜかあまり好きじゃない。
どうしてだろう、
あまりにも幸せそうだからかな。

秋吉久美子は元祖プッツン女優かもしれないが
(あるいは不思議系女優?)
彼女がすごく勉強が出来た人であったことは
同じ高校出身の知人が言っていた。
その高校の先生の自慢なんだそうだ。

「ドレスの下に」というエッセイを出して
それで早稲田の政経に入学したと記憶しているけど
これはちょっといいかげんな記憶です、すんません。

芸能人のことはまあ、横においておくとしても、
これからどうやって生きていこうかと思う。
ずっと今のまま10年も20年もしていたら
間違いなく呆けるか狂いそうな気がする。

どうやって方向づけていったらいいのか、
ほんとうにわからない。
困っています。





posted by えるか at 23:26| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月07日

少しは・・

今でもこういう言い方をするのかどうかは
知らないけれど、
HOW TO本。

こうすれば痩せる、とか
こうすれば金持ちになれる、とか
恋人が出来る、もてる、幸せになれる、
頭が良くなる、生きやすくなる、、とか。

私に言わせれば、
そんなもの読んでいる時点で
そうはなれないあなた(私)がいる。

わかっているにもかかわらず、
私もちょくちょくチェックします。
本屋で立ち読みをしたり、
(さすがに恥ずかしくて図書館でリクエスト
 というわけにはいかない)
実際に購入してみたりね。

たいてい、そこには
当たり前のことが書いてある。
ああ、そうやな、その通りやな、、、

目から鱗が落ちるようなびっくりするような話には
一度もお目にかからなかったように思う。
そして、
(どうしてこんな物を買ったんだろう、、)
と情けなくなってしまうのだ。

でも一冊だけ本箱に残っている本がある。
それは
『うまくいっている人の考え方』 ジェリー・ミンチントン
という本。

何年か前に文庫化もされていたから
そこそこ売れた本だと思う。

たいていは読んでそこにいいことが書いてあっても
読み終わったら、
どういうわけか全部忘れてしまう。
そして、そこにはいつもと変わらず
つまらないことにクヨクヨして
失敗し続ける自分が居るのだ。

人間は(私は)
本当に自分で「そうなんだな」 
とわからない限り、
どんなにそれが正しく、当たり前の事であっても、
わからないものなのだと思う。

失敗に失敗を重ね、
苦しみに苦しみを重ね、
やっとある日、
なんとなくそういうことがわかってくる。

絶望している人に
「希望をもちましょう」
なんて言ったって、
そんなこと誰だってわかっているのだ。
わかっているけど
出来ないから絶望しているのだ。

何年か振りでこの本を手に取った私は
最近やっと朧げながらにもわかってきたことが
この本に全部書いてあったことに
びっくりした。

この本を持っていたことにもびっくりしたけれど、
読んでいたのに
全然頭に残っていなかったことにも
びっくりした。

だけど、
やっとわかったことが、
間違ってはいないことであったことに安心し、
そして多分、
少しはこのことを、
本当に分かったのであろう自分を
ちょっとだけ幸せだと思った。

どんなことがわかったのかというと
誰もが知っていることです。
恥ずかしいけれど
私がわかっていなかっただけの
当たり前のことだ。

ところで、
私が今までで本で読んで、
知らなくて
びっくりしたことと言えば、

斉藤孝さんの
『振幅の大きい人は、間違いなくモテます』
という一言だ。

これは、振幅が大き過ぎて落ち込み易い自分に
かなりの慰めとなった。

だけど、ある人から聞いた
『統合失調症の人は若く見え、なぜかモテます』
という言葉にも、
また悩んだのであった。







posted by えるか at 17:14| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月03日

つじつま

佐野洋子さんの「シズコさん」 を読んだ。

実はこの本は避けていた。

佐野さんと、
佐野さんのお母さんのシズコさんの話だからだ。
読まなくても内容は私には容易に想像できた。
佐野さんとシズコさんは、
私と母にそっくりだろう、

読まなくても私には書いてあることがわかる。

ブラックーメールを受け取らないように
出来るだけ母から遠ざかっていようと心しながら
つい仏心が出て年末実家に出かけ、
ひどい目にあってきた私は、
何も自分で傷に砂をかけるようなことはしなくていいのだ。
早く平穏な心に戻さなくてはならない。

でも読んでしまった。
一晩で一気に読んだ。

想像通りのことが書いてあった。
でもそれは佐野さんが私と同い年の50代までのところだ。
そのあと話は私のまだ未経験のところへ入っていく。

シズコさんは呆けてしまう。
そして老人ホームへ入る。

佐野さんはそのことを
「私は金で親を捨てたのだ」と責めて続けてきた。
母親が嫌いなことで、
佐野さんはずっと自分を責めて苦しんできた。
そこに妹2人やシズコさんを追い出した嫁などがからむ。

私は佐野さんと似てはいるが
もちろんシチュエーションは全然違う。
何もかもが似ているとは、もちろん言わない。
むしろ似た処など少ないのかもしれない。
でも私は佐野さんの気持ちが自分の事のように解る。

佐野さんは、誠実な、すごくまっとうな人だと思う。
佐野さんの周りの、
人からみたら佐野さんよりまっとうに見える人たちの中で
一番、佐野さんは正直で誠実でまともだ。

最後、佐野さんは
呆けて別人のようにいい人になったシズコさんを抱きしめて
「ごめんね、母さん、ごめんね」
と号泣する。
するとシズコさんは、瞬間正気に戻ったのか、
「私の方こそごめんなさい。
 あんたが悪いんじゃないのよ」
と言う。
佐野さんの中で何かが爆発する。

「母さん、呆けてくれてありがとう。
 神様、母さんを呆けさせてくれてありがとう」

佐野さんは50年以上にわたって苦しめられていた
自責の念から解放されたそうだ。
何かに赦されたと思い、
そして河合準雄さんに長い手紙を書いたそうだ。
(以前、対談で母娘の話をしたらしい)

私は50歳にしてすでに、
母を嫌いな自分を責めていない。
長い間、そのことで苦しんできたけれど、
もう今は違う。
もし母が施設に入ったとしても
佐野さんのように自分を責めたりしないであろう。
それだけでも佐野さんを誠実な人だと思う。

この本の最後の方は圧巻だ。
佐野さんはしっかりと人生につじつまをあわせた。
自分の人生に自分でちゃんと責任をとったのだ。

佐野さんは私よりちょうど20歳年上。
私の母が呆けるかどうかは全然わからない。
もし呆けたとして、その先どうなるのか、
私がどう思うのかも、全くわからない。
私の方が先に呆けたり不随になる可能性も大いにある。
人生はわからない。

佐野さんと同い年になった私がどうなっているのかは、
今の私には想像もつかない。

暮からずっと私を引っ張るこの気持ち、、、
正月、心が乱れる人は私だけではないと思う。
世の中にはいろんな親子がいる。



最近の私の愛読書は
『パリのおばあさんの物語』 (岸 惠子 訳)

このおばあさんはユダヤ人で一人暮らし。
昔、夫がアウシュビッツに収容された経験を持つ。
足も悪くゆっくりとしか歩けないし、
重い荷物は少しずつしか持てない。
ターシャ・テューダーのように有名でもない。

電話で息子に、
「何かいるものはない、ママン」
と聞かれ、一瞬、
眼が見えなくなり手がいうことをきいてくれない、
と、口走りそうになるけれど
「ノン、なんにも」
と答える。

運命を恨みもせず、愚痴もこぼさず
「明日になればきっとよくなるわ」
というおばあさん。

このおばあさんの陽気で忠実な連れはテレビ。
「テレビが連れ」 というと、
なんだか惨めな気がしていたけれど、
私はこの本を知ってから一人でテレビを見ることが
なんだか楽しいことのように思えるようになり、
年末は何年か振りで、
紅白歌合戦を楽しく観た。


パソコン、しばらく修理に出します。
そのあとの復旧にも時間もかかると思います。
メールのアドレス帳は無くなりました。
しばらく更新できないと思いますが、
またよろしくね。

今年もどうぞよろしくお願いします。                   



posted by えるか at 21:56| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月10日

ヒヒ爺?

久しぶりに寝込んだ。
2日風呂に入れなかっただけで
ゾンビのようになった。

服を着て医者に行けるようになるまで(たった一日だけれど)
このまま死ぬのではないかと思った。

いつも風邪をひいても、
なぜか熱が出ない。
今回も風邪を二つも重ねてひいたのに出なかった。
病院に勤める同年の友人が、
「熱が出ないのは老化よ!」
と教えてくれた。
そうか、もう熱も出ないのか。
そういえば子どもの頃は熱が出た。

普段の姿は一体何??
というほど惨めな姿になって
医者にようよう辿り着く。
ほんとうに大変な人は
一人で医者に行くことは出来ないのだ。

昔は風邪をひいて熱が出ると、どういうわけだか
肌はつるつる目は潤み、女っぷりが上がったものだが、
今はただ醜く臭いだけだ。
悲しい。

ニュースで被害者であろうと加害者であろうと
自分と同年代の人が出ると「ほほう、、、、」と思う。
50歳という歳、世間ではどんな歳ですか?
(どうも私が思っているよりずっと年寄りみたい)

(同い年の人がこんなことしたんや、こんな目にあったんや)
などと思う。
同じ年代というだけで感情移入してしまう。
不思議な感覚。

同年代どころかニュースになる人に
年下が多い。
世間を動かす、騒がせる人が、自分よりずっと年下。

昔、甲子園に出場する選手はお兄さんだったのが、
同学年になり、年下になり、今では息子より年下だ。
それどころか監督まで年下だ。
自分よりずっと年下の人が立派なことをしたり言ったりしていると
ちょっとびっくりしてしまうのは私だけ?

寝込んでいると寝室にはテレビがないので
FMばかり聴いていたけれど、
ゲストとして呼ばれたミスチルに、DJが
「もうすぐ40歳になる気持ちってどうですか?!」
「どうって、別に、、、、」
「だって40ですよ!中高年になるんですよ!」
と詰め寄っていたが、
なによ、私より10歳も年下やん。
じゃあ私は何よ。

でもムカついている私の方がおかしいのかな。
気が付かないうちに中高年になっていたのか、私。
(いや、「いたのか」じゃなくて「いる」ですか)

ハナちゃんを涙が出るほどカワイイと思うのも、
子供やペットのことを、
人に「可愛い」などと言うのは恥ずかしい事である、
と思っていた私が
「ハナちゃん、可愛いのよ〜」
などと人に平気で言うようになるのも、
もう一巡りしてしまったからなんだろうなあ。

孫(居ないけど)に対する境地?
若い女の子を求めるヒヒ爺の気持ち?

年が明けると、50も若葉マークが取れ、51だ。
この年代の人は皆こういう気持ちを乗り越えてきたのだろう。
私が自分以外の年代の人に気が行かなかっただけなのだ。
このあと、どう転身していくかは
やはりそのひと次第だろう。

立ち止まってばかりはいられない。

posted by えるか at 20:17| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月04日

恥ずかしい

私はいつも恥ずかしい。

どうしてあんなことをしてしまったのか、しているのか、
どうして、裏を返せば自慢になってしまうような事を
言ってしまったのか、
どうして悪口と取れることを人に『つい』 言ってしまったのか、
(はっきりと嫌いだ、と言った方がマシだ。
 中途半端に自分を防衛している)
どうしてあんなにはしゃいでしまったのか。

黙っておればわからないのに、
中途半端に正直だ。
中途半端に辛辣だ。
中途半端に防御する。

この中途半端さがいつも私を追い詰める。
中途半端に反省して
中途半端にまた忘れる。

夜中に書く手紙には魔物が憑くと言う。
自分の中にのめりこみ、
とんてもないことを書いてしまいそうだ。
村上春樹さんはメールはすぐには出さないで
一晩寝かせると言う。

それが私には出来ない。
でも夜書いた手紙を、あくる朝起きた時に
もしや、、、、と思い、開封して読んでみることが多々ある。

そして、想像していたよりは、
ずっとまともなことを書いていたことに安堵して、
また封をし直して、出す。
そしてあの思いつめた気持ちが
全然文章に現れていないことを知り
ちょっとがっかりもする。
あの気持ちはどこへ消えていったのだろう。

メールや手紙を読み返さないで出してしまうことも多い。
そういう時は、
「これで相手が怒ったりあきれたりして、
私を嫌いになったとしても
それはそれで、どうしようもないことだから
仕方のないことなのだ。
これで壊れる仲ならそれまでのことなのだ」
と思い、えいやと出してしまう。

しかし、手紙やメールはまだいい。
受け取るのはその人だけだし、
運よく忘れてくれたり破棄してくれたりするかもしれない。
ブログはどうだ。
永遠にネットの上に存在している。
いっそ削除しようかと思うことがある。
書き始めたころの私はもういない。
昨日の私ももういない。

子どものころの文章が文集などで残っているけれど
本当に恥ずかしい。
本を読みまくっていた私は子どものくせに、
文章を作っている。
それがほんとうに子どもっぽいイヤラシサで
恥ずかしいことこの上ない。
他の友達は皆、子どもらしい素直な文章だ。
私のこの文も明日になったら恥ずかしくなるに違いない。

きのうの自分は恥ずかしい。
posted by えるか at 19:59| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月20日

赤はお好きですか

昔から赤い色が苦手だ。
好きになれない。

赤いコートを着ている人を見ると、
どうしてそんなに目立ちたいのか、
と自己顕示欲の強い人だと怯み、
赤いクルマに乗っている人にも同様の感想を抱く。
なぜたくさんある色から赤を選ぶのか、
私にとっては理解不能な色なのだ。

でもけっこう赤の好きな人もいるようだ。
それに、赤は「魔除け」の色でもあると知ってからは、
柏手を打つと悪い気が飛んで行くと聞けば、
実際に部屋で密かに打ってみたりする私であるからして、
なんとか赤も好きになりたいものだとは思っていた。
(ちょっとだけね)

昔から地味な色が好きだった。
かといって黒は全く似合わないので避けているけれど、
グレー、ベージュ、カーキはお手のもの。
「いつも地味な色ばかり着ているから」
と近所のおばさんに赤いエプロンを貰ったこともあったけれど、
結局、一度も使うことはなかった。

でも、歳と共に顔色がくすんでくると、
明るい色を加えるようになった。
「色白が七難隠す」 という言葉は若いころは解らなかったけれど
今ではよくわかる。
肌のきれいな人は得だ。それだけで若く健康的に見える。
そういう人は肌も強かったりするから
ほんと、不公平に出来ている。

ピンクも昔は吐きたいほど嫌いだった。
ピンクの好きな子の事は内心馬鹿にしていたし。
でも、今ではサーモンピンクはいい色だと思うし、
朱色もいい色だと思うようになった。
元々、色そのものは好きなのだけれど
許容範囲が広がってきたのは歳のせい?
クルマの色は黄色だし
(これはたいそう友人に驚かれた。私も選んでおいてびっくり。
自分を鼓舞するためにこの色にしたのだった)
昔は避けていた暖色系を随分と身の回りに置くようになった。
コースターは深い赤。
赤のよさが最近少しわかるようになった。
さし色にするときれいだ。

反対に、昔は白がよく似合っていたのに、
今では全く似合わなくなった。
白なんて誰でも似合うと思っていたので、
たまに「白は似合わない」という人の話を聞くと
嘘〜〜〜と思っていたけれど、本当だった。

白い帽子をかぶった若いころの私は、
ウサギのように可愛かったのだ(?)
それが5年前(あれからもう5年!)
白い毛皮の帽子が店頭に置いてあったので被ってみた。
傍には大きな鏡があった。
てっきりウサギが映るものと思っていた私は、
「ぎゃ〜〜〜っ」と叫んで逃げたのであった。
鏡の中の人は誰だったのだろう。

先日、仙台から友人が来た。
飛行機が嫌いな友人をお嬢さんが連れてきてくれたのだ。
長男と同い年のこのお嬢さんは
仙台にいたころピアノを習いにきてくれたことがあって、
思い出深い友人親子なのです。

一泊だけの、関西が初めての友人を
私は道頓堀や京都でなく、
変なところばかり連れてまわった。

「平太」という猫の写真展をやっている谷町の小さな店に連れて行ったり、
サントリーミュージアムでやっている3D映画館、
(ずっと行きたかったのに、一緒に行ってくれる人が居なかった)
ついでに海遊館は時間がなかったので駆け足巡り、というメニュー。
しかも友人がどちらも料金を出してくれた。

そして極め付けはヘップファイブの観覧車。

私は、梅田のど真ん中に出来たこの観覧車を見た時、
都会のど真ん中にこんな真赤な観覧車をつくるなんて
「なんて趣味の悪い!」 と思っていたのだった。
でも、内心乗ってみたかった。
連日カップルが長蛇の列をなしていると聞いて、
そして、そんな悠長な気分にもなれない毎日だったので
乗ることなく8(?)年くらいたった、のか、、、

関西の友人に「観覧車に乗ってみない?」
なんて、、、、
ちょっと言えないですよ、、。
仙台からきた友人が関西のことを何も知らないことをいいことに
私はついに赤い観覧車に乗ったのだった。

そんなに高いとも思わなかったのに、結構大阪が一望でき、
日暮れ時だったので阪神高速(かな?)を走る車のライトの海がロマンチックだ。
乗る前に柄の悪そうな女の子たちが入口で
「記念写真はいかがですか〜〜」と聞いてきた。
いったんは「いらないです」と断ったものの
友人が「私、欲しいわ」と言ったので、戻って撮ってもらった。
その写真は友人が私にも買ってくれて、
今、私の部屋にある。

しっかりとした台紙は観覧車とおなじ赤。
この赤が妙に家具とマッチしているのが不思議。
10年振りに再会した友人と私はにこやかに笑っており、
彼女と会えたことが本当にあった事なのだとわかる。
写真っていいものだなあと感じた。
パソコンの画像と違って実際にそこに存在している。
こういう感覚は古いのか。

ある時から私は全く写真を撮らなくなった。
うちにあるのは子どもの小さな頃の写真だけだ。
撮り役だった私自身が写っていることは滅多にない。

観覧車の写真の中の私は
赤い服を着ていた。
赤を身につけると感じていた居心地の悪さは
いつの間にか無くなっていた。

いつか赤いコートを着るかもしれない。
posted by えるか at 00:37| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月08日

20年

生まれて初めて自分のことを、
「オバさん」と言ってしまったら、
ほんとにあっという間にオバサンになってしまった。

オバサンだと思った日からオバさんになるのだ、
と私は以前から思っていたが、
その通りだった。

一番の原因はでかいテレビを買ったからだと思う。
そのでかい画面がどういうわけか、
メガネをかけないと、はっきり見えない。
最近の私は家の中でメガネをかけたりはずしたり
せせこましい事この上ない。

ご飯を食べながらテレビを見たり新聞を読んだりしている私は、
乱視用のメガネであるゆえ、新聞は裸眼でないと読めない。
今までほとんどメガネ無しできた私には、
部屋の中でメガネを掛け外ししている自分が、
えらくオバさん臭く思える。

佐野洋子 『役にたたない日々 』 を読んだ。

佐野洋子さんは『100万回生きたねこ 』の作者で、
もちろん私はこの絵本を読んで泣いた。
谷川俊太郎さんの奥さんなのだと思っていたけれど、
このエッセイを読んで、離婚していたことを知った。
佐野洋子さんは2度離婚しているそうだ。
すごいエネルギーだ。

彼女はちょうど私より20歳上。
自分のことを「バアサンだ」と書いている。

エッセイストでもある彼女のエッセイは
何度か読んだけれども
その強さにさすがの私もついて行けなくて
たいていは半分くらいしか読めなかった。

でも私は、自分が彼女とかなり考え方が似ていることを知っている。
知っているというより、
かなり似ている人、と思ってすり寄って読み始めると、
やはりついていけないものを感じる、
という方が正しい。

私は
中途半端に変わっていて、中途半端に賢くて、
中途半端に馬鹿だ。
中途半端に理論的で、中途半端にいじましく、
中途半端に弱々しく、中途半端に先を読み、
中途半端に計算する。

何をしても中途半端な人間だ。
でも今回の『役にたたない日々』 は、しっかりと最後まで読んだぞ。
2003年冬から2008年春まで、
一年間に約4回ずつ書かれたエッセイ集。

「目が覚めるととび起きる人がいるそうだが、信じられない。
 起きて何するのだろう」
という出だしの一文で、
私はとっても嬉しくなった。

私は朝飛び起きる人を、うらやましく思い、
そうでない自分をうじうじと責めている。
佐野さんの言い切りが嬉しい、
勇気百倍。

「ビンラディンの方がブッシュよりずっといい顔だ」
と書いている。
「ビンラディンは世界中から憎悪されているが風貌が哲学的で知的で優美、
ブッシュの顔は恥ずかしい人間の顔である」と、、、。
すごい。
私など「福田元首相の顔が好きだ」 と書いただけで
ビクビクしていたのに。

「9・11事件より、いったいアフガンで、
 世界中で何人の人が戦争で死んでいると思っているのだ」 と書いている。
そうそう、そうだよ!

韓流にハマってしまった佐野さん。
韓国ドラマを見尽くして、
「彼の国は、男も女も執念深い」と断じている。
「これでは絶対に日本は許してもらえないであろう」とのこと。
こんなこと書いていじめられないのだろうかと心配だが
佐野さんは全ページに亘っていろんな事を小気味よく書いている。

佐野さんはまめに料理をし、友達とケンカをし、
毎日テレビをしっかり見、そしてガンになった。

気の毒がる友人をよそに佐野さんは
神経症の方が何十倍もつらいと書いている。
ガンは死ねるけど、神経症は誰にもわかってもらえず
治らないからだ。
そうだ、そうだよ、佐野さんもそう思うよね。

骨に転移した佐野さんが医者に余命を聞くと2年だった。
一切の抗がん剤治療を拒否して、
その帰り道、
近所の代理店にあったイングリッシュグリーンのジャガーを指さして 
「それ下さい」 
と買った。

「死ぬとわかったら十数年苦しんだうつ病が消えた。
 急に人生が充実してきて毎日が楽しくてたまらない。
 死ぬとわかるのは自由の獲得と同じことだ」

「それから1年たった」 と記されて、
エッセイは終わっている。

私はエッセイを読んでとっても安堵した。
私が普段思っていることが、
ここには全部書いてあった。

思っていても、本当にそうなったら私はどうなのだろうか、
と自信のなかったところを、
20歳年上のこの人は、実際にやっている。

そして安堵したと同時に
たまらく不安になった。

私にはまだ20年もあるよ。
20年は長い。

そして首尾よく佐野さんのようにガンになるとは限らない。
佐野さんが恐れていたボケ老人になる可能性だって、
寝たきりの半身不随になる可能性だって
大海原のように限りなく果てしなく私の前に横たわっているのである。

さらに、佐野さんは仕事をやって稼いできた人だ、
有名人だ。
50代60代はすることがいっぱいあったろう。

反して、仕事なし家族無し猫無し、やりたいこと無しの
歳が若ければ立派なニートの私。
あと20年どうやってすごしたらいいのか。
このことを考えると気が狂いそうになる。

いや、20年で済めば、
まだいいよ、、、、、
posted by えるか at 01:12| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月01日

2連発

用があって大阪音大に行った。
ちょうど休み時間だったらしく、
音大生がわんさか溢れていた。

皆、はちきれるように若く綺麗でオシャレだ。
普段、こんなに若い人の集団に遇うことがないので
圧倒されて、それだけで、
もうぐったり。

若くオシャレな人は電車の中でもデパートの中でも見かけるが、
どういうわけか、とりわけ綺麗な集団に見える。
華やかだ。

フロアで椅子に座っていると、
横でスコア(総譜)を抱えた男子学生3人が、
曲の品定めをしている。
スコアを読める子たちが、当たり前にそこに居る。

前の席では5人の学生が、アンサンブルの存続をかけて
かなり熱い議論をしている。
女の子が熱弁をふるって男の子はタジタジだ。

30年前、自分もこういう中に居たのかと思うと
歳月を感じた。
私の座るスポットだけ、ドドメ色、ここだけタイムスリップ。
なんか、すごいショック。

歳はとっていくけれど、自分では毎日のことなので
歳とったなあ、、とは分かってっていたものの、
こうまで30年という歳月を目のあたりにすると、
一瞬で、
「30歳年を取ったのだ」 と強制的に悟らされる。

高校生の頃、
この大学の夏季講習に来た事があるけれど、
地方の子であった私には、この音大は
華やかだけれど、ちょっと柄が悪く、怖くも感じた。
それが、今ではとても上品なお子達に見える。

男の子たちも昔と違ってそれなりに格好いい。
私の頃は音大の男の子など、気持ち悪くてダサくて
絶対に付き合いたくないと思っていたのに、
ひょっとしたら千秋サマ(のだめカンタービレね)
が本当にいそうな勢いだ。

格好だけ若作りだった私、
おおいに歳を感じましたとも!
ほんとうに若い子の中に入る時は
いっそ思いきりオバサマの格好の方がまだマシだ。

そして今日は、
梅田阪急でえらい目にあった。

阪急の2階化粧品売り場は、
他の階の店員さんも言うくらい異様な雰囲気だ。
ある種の女の、わけの分からないモジャモジャさんが
うごめいている。

この客はどのクラスの化粧品を買うのか、
何歳なのか、どんな肌の状態なのか、
どう攻略してやろうか、どれだけ自分の売上に貢献してくれるのか、
そういう品定めが他の売り場より、はるかに剥き出しなのだ。
他のデパートはそうでもないのに、
どうして梅田阪急だけそうなのか、謎。

店員同士も敵!という感じで、
私としては一刻も早く立ち去りたい場所である。
最近は、どこのメーカーもメイクアップアーティスト(?)として
ときたま男性がカウンターに混ざっているが、
もちろん私はいつも避けてさっさと帰る。
粗だらけの顔を男性にいじくられてたまるものか。

ところが今日は運悪く、
まっすぐ向かったカウンターには男性の店員が立っていた。
それがまた、完璧にカッコイイ男性だったのだ。
驚いた。

たいていの人間がそうであるように、
顔が良くても、スタイルが悪かったり、背が低かったり
服がださかったり、雰囲気が安っぽかったり、
どこか抜けた所があるものだ。

ところが今日の男性は完璧にカッコイイ人だった。

私は、わりと表面的には物おじしない人間で
どんな人とでも、ちゃんと受け答えできる、
と自分では思っていたのだけれど、
今日は、あまりのカッコよさにドギマギしてしまって
目を合わす事も出来ず商品を受け取ると、
逃げるように立ち去ったのである。

こんなことは生まれて初めてだ。
彼の若さの前で完全に敗北していた。
もし20年前だったら、物おじせず、ちゃんと顔を見て
わたりあって帰ってきただろう。
くやしい、、、負けた。

十分、年相応であることを自覚した2連発。
えるか、オバちゃんになっていたことを認めます。
posted by えるか at 23:57| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月17日

びっくりしたこと

最近とても驚いたこと。

習っているチェロの生徒で組んでいる、チェロアンサンブルの話。

全員素人だ。

私もそうだが、ほとんどの人が、
大人になってから趣味で始めた人たち。

素人ばかりの合奏。

どんなものだと思いますか?

にもかかわらず、彼らは
「将来はいずみホールで演奏会」などと、
(冗談で言っているのか)
と思っていたら、
どうやら、本気でそう考えているらしい。

シロウトって恐ろしい。
ものを知らないって恐ろしい、
いや強い、と言うべきか。

私は音大に行っていたので、
まわりの人は皆、音楽が出来る。
テンポや音程がとれるのは当然のことで
当たりまえ以前の話だ。
その上で、如何に上手いか、がスタート地点だ。

もちろん、小中高と普通の学校に行っていたので、
音楽が苦手な男の子なんかが、
どんなに下手くそだったかは知っている。

しかし、そういう人は、
はなから楽器演奏からは遠のいているもの、
それぞれ適材適所、
自分の居場所に
仕事なり趣味なり、落ち着いている、
とばかり私は思っていた。

つまり、チェロを習っている人は、それなりに
音楽は得意な人たちだろう、と思っていたのだ。

ところが、、、、、

カウント出来ない人が居る。

テンポ音痴というのだろうか、
自分の入る場所がわからない。
1テンポずれても気もつかないで弾き続けている。

それって、曲にならへんで、、、、、、

どうもそういう人は、
他のパートの音を聴いてない、というか
聴けないようだ。

他のパートの音を聴いてない、、、、

私にはかなりの驚きというか、衝撃です。

そういえば、
以前、全パートの音をパソコンの電子音で
CDにして配ってくれた人がいたが、
「これで、どんな曲か、よくわかるようになった」
と喜んでいる人の言葉の意味が
私には不覚にもわからなかった。

どんな曲なのかは、合奏していれば、
他のパートの音が耳に入るので、
おのずとわかるものなのだ。

その時の私には、
なぜこれが配られたのか、皆が喜んでいるのか、
わからなかった。

他のパートの音が聴けない、
自分の弾いている音しか聴いていない、

そういう人が1人や2人ではなく、
少なからずここのアンサンブルには多い、
ということに、気が付いてなかった。

その数の多さにショックだ。
そんなことに、
今頃驚いている自分にもショックだ。

あまりにもびっくりしたので
チェロのメンテナンスをしてくれる人に聞いてみた。
彼自身もアマチュアのオーケストラに属する人だ。

アマチュアオーケストラの中にも、
人の音が聴けない人はかなりいるらしい。

(ホンマなのか、、そんなこと、ありえるのか、、、、)
(そんなことでアンサンブルが成り立つのか、、)

でも、
テンポがずれても気が付かず、弾き続ける人のことは

「、、嘘でしょう、、、、?!」

と言っていたから、
やはり、うちのアンサンブルはよっぽどなのでは、、、、
と思ってしまう私。

そして音程がずれているのに、気付かない人の
なんと多いことよ!

私はアンサンブル中、
(そこのパート、全員、音程が下がってるで、、、、、)
(入り方、ずれてるで)
(1テンポ、早いで)
と常に心の中で思うのだが、
先生は注意もせず、止めないことが多い。

この先生は、
よほど我慢強いか、いい加減か、のどちらかだ。

例えば、4拍子だと、カウントは
(1,2,3,4,)(1,2,3,4、)と、
これが延々と曲の後ろで、テンポが刻まれているのだが、

テンポの取れない人は、自分のパートの休みの長さで
(1,2,3,4,5,6、)(1,2,3、)(1,2,3,4,5、)
などと、自分だけの刻みをやっているようだ。

こういう人がいることに気付いた時も衝撃だったが、
それが、結構な人数いること、
しかも、かなり弾ける上手い人の中にも、そういう人が居る、
ということに
私は、ものすごくびっくりした。
腰が抜けそうだった。

近年における、びっくりしたことbPだ。

「音を楽しむ」ということを
改めて考えた。

そうだ、楽しめばいいのよ、音楽なんだから、、、、、、、、、

、、、、、、、、、でも、無理!私には絶対無理!

歩くのに、右、左、右、左と歩いているところを
右、左、右、右、左、と歩け、と言われているようなものだ。

小学生6年生のころ、
世の中の人全員が絶対音感を持っているのではない、
むしろ、もっている方が少人数なのだ、
と気がついた時もかなりショックだったが、
その時の驚きを、はるかに凌駕する驚きだ。

で、今、少人数で発表会に向けて
ミニ・アンサンブルを練習している私。

少人数なので、つい
「あ、テンポずれました」
「あ、違います」
と言ってしまう私。

音程がずれても、テンポがずれてもすぐわかってしまう。
若輩者の私がここで注意してもいいものか、
それともこのまま知らん顔で弾き続けるか
かなり逡巡するけれど、結局、口にしてしまう。

そのたびに、
嫌われていくようで、
性格が悪いようで、細かすぎるようで、
家に帰ってから気分が沈む。

たまたま私は音感がいいから、
このことに関してはよくわかるが、
例えば、これが、スポーツクラブだったら、
ダンスクラブだったら、
英語クラブだったら、算数教室だったら、
立ち居振る舞いクラブだったら、、、、、

ちょっと狂うたびに誰かに注意されたら
やっぱり嫌になるだろう。

第一、 なんといっても、私自身、音程が狂うし、
早くて難しいところはテンポがずれる。

私はチェロが下手なのだ!

音はわかるけど、弾けない!
なんという悲しいことよ!!

だから決して大きい事は言えない。

でも、でもね、、、、、、、、

気になるのよ〜〜!!!

そして、
したり顔になっている自分がものすごく嫌なのよ〜〜!!!
posted by えるか at 18:11| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月15日

棚上げ

両親が教師だったことや、
大学のピアノ教官が
とてもキツイ人だったことから、
『先生』と呼ばれる職業に
つきたくなかった。

でも、そう呼ばれる以外、
私には、何の仕事もないのも
事実だった。

「教員試験を必ず受験すること」
という、大前提で実習校に、
受け入れてもらえる教育実習は、
単位取得のために行ったけれども、
もちろん、受験しなかった。

それでも、今まででチョロッとでもした仕事は
パートも含めて、
『先生』と呼ばれることが多かった。

「教員免許」という有り難いもののおかげで、
そのパートにありつけたのだ、としても
時給はレジ打ちと変わりない。
むしろ、名前を変えた肉体労働だった、と
今でも思う。

今、また私は『先生』と、
施設で呼ばれている。

対象者も施設の人も、
私の名前を覚えるより、
「先生」と呼ぶ方が簡単だ。

でも、ほんとうなら、私は
「名字で呼んでください」と
お願いするだろう。

でも、私は言わない。

今の私の姓は夫のものだ。
その姓を呼んでください、
と、人様に言えるほど、
今の私はこの姓とは、
もう親しくない。

いろいろあって、
夫の親戚とは、私も息子たちも
もう縁が切れている。

それなのに、旧姓に戻さないのは、
実家がそれを許さないことと、
長男は姓を変えたくない、
と言ったからだ。

親と姓が異なったり、
改姓して息子の画数が変わってしまうのも
それは、可哀想だ。

帰って来るな、
という実家の姓になりたい訳ではないけれど、
私自身は、元々、
今の姓ではない。
縁の切れた夫側の姓を名乗るのは
嘘をついているような気がする。

まごまごしているうちに
二男も就職してしまい、
「姓」の問題は棚上げになったままだ。

年月を経て、
今の姓になってからの方が
人生、長くなってしまった。

姓なんて、どうでもいい、
と云えば、どうでもいい。

私を姓で呼ぶ友人も多い。
その友人たちに、
「呼び方を変えてくれ」
なんてことも言えない。

でも、なんとなく宙ぶらりんだ。

「夫の親戚」としての「姓」ではなく、
家族としての「姓」なのだ、
と思えば自分に納得がいく様な気もするが。

棚上げしていることは
他にもいっぱいある。

私が死んだら、
墓はどうするのか、
ややこしい土地相続はどうするのか、
預金はどこにあるか、、

それどころか、
もし、私が倒れたら、
一切の延命処置もいらないし、
葬式も無用。

そういうことをちゃんと息子たちに
意志表明しておかなければならないのに、
私は、明日はまだ生きているものと思いこんで、
逃げている。

明日、交通事故に遭うかもしれない、
脳溢血で倒れるかもしれないのに。

私の結婚してからの姓名は、
以前も書いたけれど、
姓名判断では最も避けなければならない
画数なのだそうだ。

家族運ない、健康運ない、金運ない、
無いない尽くし。

迷信だと笑えるほど、
私は現実主義ではない。
このまま、最悪の画数のまま
生きていくのだろうか。

でも、私はどういう姓になれば
自分に気がすむのか、
自分でもわかっていない。
posted by えるか at 00:40| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月03日

新緑の季節に

車の運転は好きではないが、
高速道路を走るのは好きだ。
中国自動車道は山の中を走っているので
今の季節、新緑がきれいで、
森林浴はできないものの、
山の子の私としては、嬉しい限りだ。

私の運転のしかたは、
110キロくらいで走行車線を走り、
前の車に詰まると、追い越し車線に入る。
追い抜くと、また走行車線に戻る、その繰り返し。

交通規制が厳しくなったせいか、
最近は飛ばしている車がいない。
昔は、信じられないような速度で追い抜いて行く車がいたけれど
今は皆、おとなしい。
それどころか、走行速度も80〜100キロだ。
100キロなら早いくらいだ。
で、私も最近は100キロで走る。

私は大きな高級車が、ゆったりと走行車線を走っているのを見ると
かっこいいなあ、と思う。
かわりに、ベンツなどの高級車が、ものすごい勢いで走っていると、
品がないなあ、、と思う。
ものすごい速さの軽自動車も
カッコ悪いなあ、と思う。

ところで私は、
自分と似た走行をする車がいると
(同じ速度で走行車線と追い越し車線を行き来する)
「お仲間」と慕ってそのクルマのあとをついて行く。
そのクルマが追い越し車線に入れば私も追い越し車線に、
走行車線に戻ると走行車線に。

ところが、そういう行為は

『高速道路ストーカー』というらしい!

と、JAFの雑誌で読んで私はびっくり仰天した。
被害者(!)の声として、
「ずっと、後ろをついてこられて怖かった」
と書いてあった。

そうだったのか、私はストーカーをしていたのか、
と、しばし茫然、、、
しょぼ〜〜ん、、

でも、最近は、あまりついて行きたくなるような運転をするクルマに
お目にかからない。
なぜだろう、、

このあいだ、私の後をずっとついてきていたクルマがいた。
私は
「お気に召しましたか?」
と嬉しくなり、
ずっと付いてきてくれるといいな、と思っていた。

ところが、しばらくすると付いてこなくなった。
何が気に入らなかったのだろうと、
ちょっと失恋気分になりました。

若い頃、ボーイフレンドの中古のシビックで
田舎道をドライブ中、
前をずっと、タンクローリー車が走っていた。
そのタンクに私たちの乗っているシビックが映るのだ。
自分たちが乗っている車が「前から見た図」として
映画館のようにフロントガラスの前に映し出されていた。

楽しくて、追い越さずに、ずっと付いていった。
このまま彼と、どこまでも走っていけそうな気がした。

タンクローリー車が左折して、居なくなってしまった時は
ものすごくがっかりした。

今でも、極々まれに、高速道路でタンクローリー車に出会うけど、
高速道路では、自分のクルマが映るほど近づくと
車間距離が狭まり危険なので、
近づけないのが残念です。
posted by えるか at 23:40| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月15日

偏見

私は風邪を引いても熱が出ないタイプだ。
咳も出ず、喉だけが腫れて痛み、体がだるい。

ちょっと前までは、(あ、おかしい、、)と思えば
葛根湯を飲み売薬の総合感冒薬を飲んで、一晩寝れば、
朝には治っていた。

それが、このマンションに来てから、3年前から、
皮膚アレルギーが一気にひどくなり、
風邪をよく引くようになった。

皮膚アレルギーは顕著で、化粧はおろか、
一時、基礎化粧品もつけられなくなり、
医者に通い、今では騙し騙し、なんとか化粧は出来る。
でも、使える化粧品は限られており、
化粧好きの私はくやしい限りだ。
エステも行ってみたいけれど、接触アレルギーもある私は
たぶん、マッサージに負けるだろう。

風邪を引きやすくなったことは、
初め、自分では気が付かなかった。

ところが、
売薬を飲んでも、一向によくならず、
何週間もたってやっと医者に行き、
薬をもらわないと治らない。

そういうことを、実は、3ヶ月ごとに繰り返している、
と気がついた時はちょっと悲しかった。
随分と歳をとったものだ、と思ったのだ。
免疫力が低下してきているのだ、と理解していた。

ただ、熱が出ないので、寝込むことはなく、動き回れる。
医者に言わせると、この喉の状態で、
熱が出ない方がおかしいらしい。
熱は出た方が健康的なのだ。

でも、あまりにくり返すので
ある日
「あなた、もしかして、ストレス抱えているのじゃないの?」
と医者に尋ねられた。

ストレス?
ええ、抱えていますとも、、、
どっぷり抱えてきましたとも!

でも、この程度のストレスで風邪を引くほど、
柔なストレスなんか、抱えてきませんでしたとも!

私は
「そんなことは、ありません」
と医者に答え、

「歳をとったため」
と自分で判断をくだしていた。

それが、去年の秋からは、ほとんど風邪をひいていた。
治っては、またひき、治ってはまた引き、の繰り返し。
もちろん、そのたびにいちいち医者に行ったりはしなかった。

でも、冬から春にかけて、だるさがずっと続き、
何回かは医者に行った。

はじめのうちは薬をくれていた医者は
「あなた、喉、腫れてませんよ。
血液検査の結果もどこも悪くありません。
心療内科にいったらどうですか?」
断罪した。

そうなのだろうか、、、、、、、
私は、おかしくなっているのだろうか、、、、、
ショックなことは確かにいくつかあったし、
今の暮らしに対応している自分に、
無理がないとは言えない。

でも、私はもっともっと大変なことを抱えて、今日までやってきた。
この程度のことで、何か月も、こんなにだるさが続くものだろうか。

その後も、、頭痛がしたり喉が痛んだりと
風邪ではないだろうか、
と思うことはあったけど、
これ以上医者に、軽く扱われるのも嫌だったので、
その辺に持っている薬でしのいでいた。

そして、心の中で、
(やっぱり、私は無理をしているのだろうか、、、、、
自分で理解が出来ないほど、弱ってしまっているのだろうか、、、、)

と、うじうじと迷っているうちに、
ある日、突然に、だるさは去り、
体がしゃきっとした。

(ほ〜ら、やっぱり風邪やったんや)
そう思うと、嬉しかった。

ところが、元気になったのもつかのま、
一か月ほどで、また、喉が痛くなった。
3日、我慢したけど、医者に行った。

医者は、私は心因性の患者、
と決めてかかったようだった。
おざなりな診察で、
「はい、どの薬が欲しいの?」
というような投げやりな雰囲気をひしひしと感じた。

軽い処方の風邪薬をもらい、私は悲しい気持ちで家に帰った。
ほんとうに心因性なのか、、、
こんなことがこれからもずっと続くのか、、
と落ち込んでくる。

ところが症状は日ごとに悪化し、
昨日から、喉は痛いわ、頭は痛いわ、鼻は出るわ、ヘルペスは出来るわ
咳は出るわ、、、、、、
昨日はキャンセル出来ない用事があって出かけたし、
今日は、仕事のある日だった。

風邪をひいたまま、高齢者の前に出るなんて言語道断だけれど、
断ろうか、どうしようか、迷っている間に
断れない時間になってしまい、
その辺にある薬を全部飲んで、ままよ、と出かけたけど、
途中で声がかすれてしまって歌えなくなり、泣きそうだった。
申し訳ないことをした。
どうぞ誰にもうつしたりしていませんように、と切に祈る。

私は、夕方、再度医者にいった。
薬も欲しいけど、
医者に、
なんとしても、風邪であると、
認めてもらいたいという、気持ちが働いた。

医者は
「こんな腫れ上がった喉で、頭が痛いのは当たり前です。
高熱が出て、当然の喉ですよ。
安静にしない限り治りません」
そう言って、薬をくれた。

世の中には理不尽な偏見というものが
たくさん、あるだろう。
口には出さなくても、意識的にせよ無意識にせよ、
誰でも、持ったり持たれたりしている。

突然、冷たくなった医者にもそれを感じた。
そして、私自身の中にも、心因性の患者と思われたくない、
という、心因性を下に見る偏見があるのだ。

どうぞ、風邪がしゃきっと治りますように。
posted by えるか at 23:16| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月04日

カエル服

最近、変な格好ばかりしている。
服装というものは自己表現なのだと
忘れた頃に同じ言葉を、
書き物の中に見つける。

人の内面なんて見えないものだ。
取りあえずは外見の醸し出す雰囲気で
人は勝手に思い込みという判断をくだす。

以前書いた、斎藤和義の歌に
『君の顔が好きだ』
という素敵な歌がある。
目下の私の一番のお気に入り。
古い歌なのに、よくFMでリクエストされているから
人気のある歌なのだろう。

『形あるものを僕は信じる。

 君の顔が好きだ。
 君の髪が好きだ。
 君の肩が好きだ。
 君の声が好きだ。
 君の指が好きだ。
 性格なんてものは、僕の頭で勝手に作り上げりゃいい。

 君が君であるために僕は何をしてやれるだろう。

 形あるものを僕は信じる』

とまあ、こんな感じの歌詞なのだけれど
いや、ほんま、その通りです。
おっしゃる通り。
しかもこの歌は愛情深い。

レギンスというタイツを途中で切ったようなものが流行っている。
私はこれが流行りだした時、
憤慨した。
なんだこれ。
レギンスって赤ん坊の服か。
いかにも、ちょっと足りない女の子の演出道具のようで
私は絶対に手を出すまい、と決めていた。

ところが、ついにレギンス、買ってしまいました。
ハウエルを卒業しつつある私。
最近の私にとってハウエルは、もう
固すぎる、真面目過ぎる、清潔すぎる。
最近は流行の服を買っています。

ちょっと前、いつもは絶対行かない、
ほんとに若い子だけのビルに迷い込んだ私は
そこで、なんとなく覗いてみた店が
案外面白かったので、
買ってみた。

デパートなんかでは絶対見かけない、
おかしな服がいっぱいあった。

その中で、くすんだ緑色の長丈Tシャツを買った。
色は黒、くすんだ緑、グレーピンクと3色あり、
黒は全く似合わない色なので却下。
似合っていたのはグレーピンクだったけど
私は面白さで、くすんだ緑を取った。

お腹のあたりにタヌキの腹のようにレースがついていて
なんだかとてもヘンテコだったのだ。

これを着て、施設に行けば、
なんか笑ってもらえそうな気がして、
私は安物の合皮のベルトと共に購入した。

施設に行く日、それを着てみたら、
カエルみたいだった。
私は、自分でそれを「蛙ルック」と名づけ
着て行った。
ちょっとだけ受けて、満足して帰って来た私は、
それを着たまま、着替えることなく梅田に電車に乗って出かけた。

自分では、なんだかイケテル格好のような気がしたのだ。

なんとなく電車の中で浮いているような気がしたけど
気にせず阪急百貨店に入った。

なんだか、、、、、、、
、、、、、、なんか、私浮いてる?????

店員が「いらっしゃいませ」と言ってくれない。

まるで
「あんたの着るものなんか、ここには売ってないで〜〜」
と言われているようだった。

ハッと気が付くと、歩いているお客さんは
皆、まともな格好の人ばかりだった。
私だけが、どうやらとんでもない格好のようだ。

一枚、洋服を買ったけど
「なんで、あんたがうちの服を着るの?」
と言いたげな感じが対応した店員からした。

そのあとで、そのTシャツを買ったビルに行ってみると、
そこでは私のような格好をした人ばかりが歩いていた。

「私、阪急で声をかけてもらえなかったよ」
と、そこの店員さんに言うと
「私もですよ。いつ行っても声なんてかけてもらえないですよ。
なんでぇ?って思います」
と言っていた。

そうなのだ。
無意識に識別されているんですね。
そこの客かどうか、、、、、、
デパートの店員が人を外見で判断するのは
昔から百も承知だったけど、
最近なかったので、改めて気がついた。

人はなんとなくテリトリーというものを持っていて
そうでないものを排除する、ということを
今さらながら学んだ。
(そこまで言うほどのでもないけど)

自分がいつもいるところは
たまたまそういうところだけなのであって
違うところに行けばそうでない人たちが
またテリトリー持って当たり前にやっているのだ。

子どもには子どもの、
独身者には独身者の、
既婚者には既婚者の、
仕事人には仕事人の
主婦には主婦の、
パートにはパートの、
奥様には奥様の、

その中でも、
もっともっとたくさんの枝分かれがあって
そこでテリトリーを形成している。
それぞれの世界は実は狭いのだと言うことを
最近、少し学びつつある。

私のテリトリーはどこに属するのだろう。
よくわからない。
しばらくは、皆のテリトリーの隙間を
のらのらと漂うことにしよう。

そうしてもいいのだ、ということを
やっと最近、自分に言えた。
posted by えるか at 22:04| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月29日

日を送る

最近のわたし。
中島らもの本を何冊か読んだ。
と言っても対談集だけど。
友人が、「らもはエッセイが面白い」
と言っていたのはほんとだと思った。

らも、かなり気に入ってます。
人気があるのがよくわかる。
今までどうして気がつかなかったのか、くやしいけど、
ずれている私には、ままあることだ。
もう亡くなってしまったなんて、
なんだかとってもうらやましいけれど、、、、、

ひとり飯、ひとり喫茶が出来るようになった。
ひとり飯はまだお昼だけだけど、
ぎくしゃくしないで
自然っぽく出来るようになりました。

駅に一軒、気に入った喫茶店がある。
ちいさくて、暗い。
若い頃の私が好きだった暗くて狭いところ、、、、、

なぜか全員ものすごく痩せている若いスタッフでやっている。
今はやりのロハスっぽい店を、少し暗く不健康にした感じの店。
メニューも少し変わっている。
私の好きなココアが何種類もある。
今日はバナナココアを飲んだ。

初めて入ったときは冬だった。
ホットココアを頼んだら、
出てきたカップの柄に、わたしは魅了された。

どこかレトロな猫とねずみの柄で
日本のものではないと思った。
そんなに高価なものではなさそうだったけど
私はそのカップが気に入って
どこで手に入るのかスタッフに尋ねた。

前のオーナーがイギリスで買い付けてきたものだそうだ。
たぶん骨董じゃないか、とのこと。
今のオーナー(お嬢さん)は食器ごと受け継いだらしい。
数があるなら分けてもらいたかったけど、
仕方なくあきらめた。

でもその店が私は気に入って、
(たまにはここにこよう、)と密かに決めていた。
季節はめぐり、もう春まっただなかだ。
私は図書館帰りだったので
その本を持ってそこへ行った。

家で飲めばただ同然のココアを
お金をだして、その空間を買う、
ということを自然に出来るようになった自分を
変わりつつある、と認識してなんだかうれしくなる。

でもくやしいのは、
私は煙草が吸えない、ということだ。

喫煙OKの店なので、
あちこちで妙齢の女性が吸っている。
吸えないところか、
私は煙草の匂いが嫌いだ。
飲みに行くと、自分が吸ったんじゃない煙草の匂いが
服にしみついて、とれなくなるのが口惜しい。

いっそ煙草が吸えたらどんなにか格好いいだろう。
一人で茶を飲み、煙草をすう様がきまっていたらカッコイイだろう。

でも、私は煙草が吸えない。
出来るだけ、その空気を吸わないように
おとなしくしているだけだ。

そのうち、ひとり夜御飯が様になるようになりたい。
以前は、正月や盆や連休がことのほかつらかった。
水商売の人や愛人のようなこの気持ち。

でも、すこしずつ慣れてきた。
淡々と、日を送る。
そういうことに少し慣れた。

posted by えるか at 19:48| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月10日

1分以内に

「好きな俳優を10人あげろ」
と言われて、
あなたは即座にあげることができるだろうか。

私はオダギリ・ジョーとブラッド・ピットは
すぐに出てきたものの、あとが続かなかった。
時間制限があったので、思いつく人は
好きでもない人まで数に入れ必死に思い出そうとしたが
それでも6人しかあげられなかった。
しかも、ほんとうに好きな人は最後まで出てこなかった。

家に帰ってきてからよくよく考えてみると
私は古田新太というとてもぶさいくな俳優さんが好きだ。
ジュード・ロウという当代きってのハンサムが好きだ。
でも、他にも好きな人はいっぱいいるのに
考えても案外出てこない。

次の質問は、どんなジャンルの映画、劇、ドラマが好きか、だった。
劇では白石加代子さんが好きだ、とちゃんと言えたのに、
これまた、監督は三木聡が好きで
「TVドラマは『時効警察』が好きだ」
と言い忘れた。
その講座の先生が
「時効警察が好きだ」とブログに書いていたので
点数が稼げたのに、
肝心なところでどうして思い出せなかったのだろうか。
実は、私の携帯の着信音は『時効警察』なのだよ!!!

あと一つの問いは
好きな食べ物は何か、だった。
これも焦ったせいかなかなか出てこなかった。

アレルギーのせいで食べられなくなった
「イチゴ」「マカダミア・ナッツ」
そのあと「生クリーム」「あんこ」「白いご飯」
と素材ばかりで笑われた。

私は果物はアレルギーで食べられなくなってしまったが
好き嫌いがないのが自慢です。
何が好きかより、どんなシュチュエイショインで食べるのが好きか、
と聞いてもらえれば案外ちゃんと答えられたかもしれない。

気のおけない人と少々の酒を飲みながら
新鮮な食材であれば、なんでもおいしい。
もちろん、それは「人に作ってもらう」という
絶対条件がつくけど。

他の人はちゃんと料理名を挙げていた。
「てっちり」とか「カレーライス」とか。

posted by えるか at 23:43| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひねくれもの

「あなたってひねくれてるよね」
この間、電車の中でそう言われた。
飲み会の帰りで、お互いに少し酒が入っており、
何の話をしていて、そんなこと言われたのか覚えてない。
でもベロベロに酔っていた訳ではない。

議論好きそうなその人に言い返す気はないし、
私のことをそう言うのだから、
言い返したって彼女の考えが変わるわけではないから
別にどうだっていいことではある。
にもかかわらず、私は根に持っている。

私は根に持つタイプだ。
その時は顔には表さないし、
その後もたぶん態度には出さない。
でもそう言われたことをたぶん忘れない。

しかしそれ以上に私は傷ついた。
何年か前にも実は同じことを人に言われたことがある。
その時の人は、素直ないい人で、自分のことを
「一言多くてよく人に嫌われてしまうんよ」
と言っていたけど、悪意のないいい人だった。
そのいい人に「ひねくれている」と言われたことは
いまだにずっと私の心の中で尾を引いている。

そうなのか、私はひねくれているのか、、、、、

以来、何かあると、私は自分のことを、
「ひねくれているなあ、、」
と自評することが多くなった。
実際そんな気がしたし、
こんな世の中、ひねくれて生きて
ちょうど普通じゃないか、、、とさえ思っていた。
何かあると、人に
「私ってひねくれてるから、、、へっへっへ」
とさえ言っていた。

「ひねくれている」
って結構便利な言葉なのだ。
ちょっと言いにくいけど、でも、本当のこと、
人は言えないだろうけど、私なら言ってやるぞ、
そんな時に、この言葉を付け加えると
ちょっと話がずれて、通ったりする。
(でも、密かに敵を作っているだろう)

新聞に書いてある記事やテレビで流れるニュースに
「なんてくだらない、、そんなにあんたたちはエライのか」
と独り心の奥で毒づくのも
「ひねくれている」せいと思えば自分にもわかりやすい。

でも、ほんとは私はそんなこと思っていない。
自分のことを
「ひねくれている」なんて思っていない。
こんな世論がまかりまわっていて、それを変に思わない
あなたたちの方がずっとおかしいぞ、
そう思っている。
でもそんなこといっていたら友達がいなくなるし、
ますます一人ぼっちになってしまう。
ほんとうのことを言うときは
「私ってひねくれているから」
と付け加えるといいです。

でも、この間、私にそう言った人のことは
ちょっと腹がたつ。
議論好きで薄っぺらい奴、私は嫌いだ。




posted by えるか at 22:56| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月07日

ラッキー年

この三日間ほど、嫌なことが重なった。
いわゆる碌なことがない、というやつだ。
日々よくある、ちょっとしたひっかる事、というのではなく、
今までいろんな伏線があって、
その結果としてドカンとくるやつが三つ重なってきた。

まあ、しょうがない。
貧乏クジをひいたのか、といじけたりもするけど
そのクジをひいたのは自分がしたことなので
自業自得というものだろう。

今日は朝から雨が降っていて、
落ち込むには絶好のシュチュエイションだ。

でも、ちょっとホッとした。
最近、私にしてはまわりが騒がしく、
スロ〜に動く私の処理能力を超えていたので
本を読むことも出来なかったし、
ゆっくりと私らしく落ち込む暇もなかった。

ちょうどよいので、今日はもう外に出ず、
ビデオをみたり、本を読んだり、こうしてブログを書いたり
手紙を書いたり、たまっている雑事をこなしたい。
一息つこうと思う。

こんなこと書くと、どんな忙しい人なんだろうと思われそうだけど
そんなことないです。
暇な人間が忙しい振りを自分にしてただけです。

この三日間に、私に降りかかった嫌なことのうち
最後のは、ちょっとかなり腹が立った。

でも、いつものごとく腹が立ったのが、
事が起こってから10時間も立ってから、
というのも私らしいといえば私らしい。

私は、その時には「、、ん、、、?」
とひっかるものの、すぐには事が理解できず
(まさかそんなことになろうとは、、と思っているのだろう)
夜中になってから、とか次の日になってから
猛烈に腹が立ってくる。
そして、そんな羽目になった自分の愚かさに落ち込むのだ。
腹が立つ、というより、自分のアホさに茫然とする。
人として、出来損ないだ、と著しく落ち込む。
どうして皆のように上手く立ち回れないのか情けなくなる。

誰だって、うまく立ち回れる時とそうでないときがあるだろう。
世間の人がすべて上手に立ち回っているとは思ってないけど、
それでも、こういうことが続けさまに来ると、
哀しくなる。
たぶん、これから先も、ずっとこのままの私なんだろうけど
存在価値があるのか、と自分を追いつめてしまう。

今日の私の星座占いは

『今日一日は、金運に恵まれています。周りの人にかねてから欲しかったものをアピールしてみるといいでしょう。安く譲ってくれる人がいたり、プレゼントされることがありそう…』

今日一日、外に出る予定もない私に誰がプレゼントくれるのだ。
そもそも私はプレゼントがもらえないたちだ。
女性からはたまに戴けるが、男性からは、貰ってうれしい、
と思える物をものを、もらえたためしがない。
ちまたの女性はどうやって欲しいものを男性からせしめているのだろう。
今年は12年に一度のラッキーな年というふれこみであるが
先々不安である。

でも、へこたれず信じていよう。




posted by えるか at 13:04| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月30日

当たってる?

ご多分にもれずオンナの私は占いが好きだ。
それが無いと生きていけない、と言う程ではないにしても
結構好きだと思う。
雑誌を読んでいて目についたらチェックするし、
星占いや動物占いなんかは本まで買った。

まず、若い頃はまった星占い。
これはいっとき、十二星座の性格が全部言えた。
あまつさえ、ある程度その人と話すと
その人の星座を当てたりしていたのだ。
で、私の星座は山羊座。
蠍座や獅子座に比べてなんと地味でインパクトの無い名前であろうか。
実際その性格は地味で質素で努力家とあり、
高校生の私はがっかりとし、
一夜漬けタイプの自分はきっと偽山羊座に違いないと思った。
英語読みにするとカプリコーンとちょっと格好良かったので
そこだけ気に入っていた。
その時は「晩年ほど幸せ」とされていることが
「若いときに良くなかったら意味ないやん。
歳取ってからなんてつまらん」と思っていたけど、
人生も半分終わった今の私には都合のいいことなので
最近は山羊座であることが嫌ではない。

その次にはまったのが血液型占い。
これは弟の下宿に遊びに行ったとき
A型B型O型AB型の4冊の本がおいてあったので
もらってきて熟読した。
してみると我が家は父も母も私も弟も全員B型の
変り者一家であることが判明した。
当時私の知人にはB型が一人しかおらず、
しかもその知人は嫌われ者だったため、
私はB型とは気が合わないと思っていた。
友人になるのはたいていO型で、つきあう男もO型だった。
しかし親友になるのはなぜかB型とは天敵とされるA型なのだった。これも結構な確立で私は人の血液型をあてることが出来た。

しかし、あれから二十五年、
私のまわりにはなぜかO型が姿を消し、
まわりはほとんどB型になった。
A型とは向こうが嫌わない限り仲良くなれる。
ちなみに夫はO型、息子二人もO型で家の中では私は一人だけB型で浮いていたのだった。

そのつぎ流行ったのはご存知ない方もおられると思うが
動物占いだった。
これも私は遅ればせながら本を買った。
するとまたもや私はとっても地味な「ひつじ」だった。
平和を愛するらしい。
「狼」や「ライオン」の息子に勝てる訳はなかった。
友人には「黒ヒョウ」が多く、ここでも私は地味な自分を晒したのだった。
とてもとても不満だ。
どうしてこう地味なのだ。
一番仲のいい友人は「ペガサス」で空まで飛べるのに!
ちなみに夫は「たぬき」だった。やっぱりな。

ここまで書いて忘れていたものを思い出した。
あまりにもいやで一瞬忘れてしまっていた。
手相占いと姓名判断である。

手相占いは本を読みかけて、すぐ読むのは止めた。
というのは、あまりにも悲惨だったからである。
その悲惨さは並ではなく、まず、私は手相の線そのものが
線という体をなしていないのだ。
悲惨すぎて本に例としてさえ載っていないのである。
鎖状になったり不吉とされる島をつくっていたり、
まるで絵の苦手な人がまっすぐ線を引くことが出来ずに、
ショボショボと短い細い線を途切れ途切れに紙に引いているようだ。

頭脳線は脳みそが人並みにあるとは思えないし、
生命線は今日まで生きているのが不思議なくらいだ。
感情線まで読む気にもなれず本を閉じたが、
たぶん性格も悪く精神も異常で男性にももてないだろう。
とにかく健康運も金運も異性運もないないづくしのようだった。
あまりにも気分が悪く自分が可哀相過ぎて無かったことにしている。
でも、忘れたころに
「ひょっとしたら何年もたったし変わっているかも」
とまた本を開き、すぐ閉じるを何回かくり返している。

そしてその次が姓名判断だ。
これは子供がまだお腹にいた時、
私の母が本を買ってきたので読んでみた。
読んだら気になる。
どうせなら自分の子供にはとびきり運勢のいい画数で命名してやりたい。
私は大きなお腹をかかえながら連日漢字の画数合わせに余念がなかった。

ある日、ふと結婚して姓の変わった自分の運勢が
気になって計算してみた私は仰天したのだ。

「家庭運ない、健康運ない、夫婦運ない、金運ない、無い無いづくしの画数で、最も避けなければならない画数です」

と書いてあったのだ。
私は恐れおののいた。
私はこんな運命なのか。
試しに旧姓で計算してみると、やはりいい画数なのだ。
親は変な画数など付けたりしないのだ。
私は夫や両親にどうしたものかと訴えたが、
「そんなものは迷信だ」
と誰も相手にしてくれなかった。
あれから二十三年。

当たってるんちゃうん?
posted by えるか at 15:51| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月19日

みた目

美容院で「ウルフルズのライブに行った」と言ったら
新人の子に「えええぇぇ〜〜〜っ!」と心の底から驚かれた。

その驚き様に私はいたく傷ついた。
その子には、私がライブに行くような歳に、
全く見えてないということなのだ。
客あしらいが下手な若い子であったとか、頭が悪いとか、
そういう問題ではない。
彼女にとって、私は『ライブ圏外の人間』ということなのだ。

かなりショック。

最近、若く見られなくなったような気がする。

私は元々、若く見られるのだ。
パッと見が若いだけだが、ひどい時には
独身に見られたりする(いわゆる負け犬に見えるのか?)

結婚して子どもが生まれ、主婦していても
初めて私を見る人には私が何者かわからないようだった。
結婚しているのかいないのか、仕事をしているのかいないのか、
よくわからない、、、、

ずっとそれで25年近く過ごしてきた。
そのことを不思議に思ったり、嬉しく思ったり
はたまた、家庭人として、母として社会人として
失格ということか、と悩んだりしながら
とにかく生きてきたのだ。

子どもが不良になったり、夫が死んでしまったり
歳を取る暇がなかったからかもしれない。

それが去年くらいから、がっくりと歳相応に一気に
老けてきた(気がする)
もちろん、シワもある、シミもある、皮膚もたるんでる。
本当の若い子の横にいくとあきらかに違う。
それでも私は若く見られていた。
もちろんそれは、『歳のわりに』ということなんだろうけど。

歳相応でいいのだ。
世のアンチエイジングには金儲けの臭いがプンプンする。

でも私は自分のこと一度も「おばさん」だなんて
思ったことないぞ。
人から言われたこともない(陰で言ってるかもしれないけど)
反抗期の息子にさえ一回も言われたことなかった。

でも、この前兆はじわじわと私にしのび寄っていた。

通っている演劇教室は20歳から65歳と生徒の幅は幅広い。
いろんな面白い人がいて楽しい教室だ。

この講座の先生は劇団の人で、今は二人目の先生だが
いずれも若い。
31歳くらいだと思う。

演劇の世界はやはり『歳』がすごく大切なのだろうか、、
前の講師が
「若い奴が入ってこないかなあ、、、」
とつぶやいた時に「あれ?」とは思ったのだ。
(歳なんてどうだっていいじゃん、関係あるの?)
ってね。
今の講師は、私が密かに思うに、どうも20歳の女子大生と
26歳の若いママのことを明らかに気に入っている。
本人は気付いてないかもしれないけど
勘のいい私にはわかるぞ。

つまり、彼の中に私や私と年齢の近い人間は目に入っていないのだ。
射程外。

まあ、彼は私の子どもと言ってもおかしくない若さなんだから
こんなこと言う私の方がおかしいのかもしれないけど
ここまであからさまなのは初めてだぞ。

今までそれなりに人には関心を向けられてきた身としては
これはつらい。

そこに今回の
『ウルフルズライブびっくり事件』だ。

最近、マイブランド『マーガレット・ハウエル』が
そろそろアカンかも、、、、などと思うように
なったし、姿勢が悪くなったことも感じる。

いやいや、歳相応、、、、なんて言っていないで
私はこれからもがんばろう!

合言葉は
『オバサン通り越してカッコイイ婆さんになろう!』
だ。

そうだ、この際だから自慢してしまおう。
私が20才だった頃、学校は東京だった。
まだ竹の子族もいない原宿だったけど、
歩けば必ずモデルに誘われたぞ。
15回は下らない。

思えばあのとき誘われておけばよかった。
地方出身者の私は
「こんなもん、金だけ騙し取るウソに違いない!」
とか
「そんな低俗なものにこの私を誘うな!」
(モデルがもてはやされるようになったのはもっと後の話だ)
思い切りタカビーなことを考えてツンとしていたのだ。

アホだった。


posted by えるか at 21:26| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月09日

耳栓

朝起きるのが遅い。
これが私のこのところのずっとの悩みだ。
いったんは6時ころ、猫や物音に起こされる。
しかしまだ三時間しか寝ていないのだ。

餌をやったあと、耳栓をして、もう一度寝ると、
今度目が覚めると、9時とかひどい時は10時になっている。
朝、はやい仕事があるとか、出勤する家人がいるとか
登校する子どもが居るとか、
そんな頃はさすがの私も起きていたのだが、
もともと朝が弱いのだ。
眠りが浅く、睡眠時間が長くいるタイプ。
いつまでも寝ていても、もう誰にも迷惑もかけず
怒られることもない今となっては、このていたらく。

マンションに来て、騒音に悩まされるようになってから
時間帯が狂ってしまった。
夜遅い上の住人の物音、朝早い下の住人の物音。
日中の物音や足音はひょっとしたらこれは幻聴なのか、、、
と不安になったこともあった。
苦情を言っても女一人の言うことなど相手にしてもらえないことが
わかり、もともとの不眠症が悪化しいっときウツ状態になりひどく苦しんだ。

ところが、耳栓が出来るようになったのだ。
いくら試しても、気持ち悪かった耳栓。
これがなぜか装着可能になった。
日中の苦しみは、まあ先においといて、
とにかく睡眠は以前に比べてかなり楽になった。

しかし、夜中の3時に寝て、朝10時に起きる、、、
この怠け者の典型のような時間帯生活が私を苦しめる。
人としてどうよ、、、、
なんとか以前のように12時就寝、7時半起床に戻りたいのである。

posted by えるか at 00:34| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

変人?

半世紀も生きてきたというのに、自分に自信がない。
50歳というと、昔の私にとってはもう死んでいる人だった。
死んでいるは言い過ぎとしても、目にも入らぬオバサンで
いや、おばあさんかも、、、とにかく私にとって圏外な人たちは、
世間のことをよく知っていて、揉め事などは起こさず、
誰とでも如才なく付き合い、世間様にとっては人畜無害な生き物であったはず。

ところがどうだ、この私。
物欲も押さえても押さえてもとどまることろを知らず、
いざとなったら生活保護があるさ、、、と一応うそぶいては
いても、そんなに世の中が甘くないことくらいはさすがにわかる。
人間が丸くなるどころが、どんどんとひねくれてきているのだ。
なんということだろう。
かわいいばあさんになんかは死んでもなりたくはないが、
それでも嫌われ者にはなりたくはない。
それなのに、どんどんと気持ちがささくれ、心が狭くなってきているような
気がするのは、本当に気がするだけなのか。

昔の私は、とてもいい人だったような気がする。
底抜けに素直で明るいとは言わないけれど、それなりに素直で
人の悪口は言わず、それなりに努力もし、人に気を遣い、
結構人気者だったのだ。

ところが50年という歳月がそうさせたのか、自分の心がけが悪いのか、
世間の人々が皆、自分より賢く偉く見える。
自分以外の人が皆、如才なく上手に生きているように思えるのはなぜだろう。

もちろん、皆、いろいろ気を遣い、苦労も我慢もしているのだろう。
でも、私だって、私なりに気も遣い苦労も我慢しているのだ。
少し前までは自分のことを「ちょっと面白い人間」だと思っていた。
でも、最近「変人」化しつつあるのではないか、と実は恐れているのだ。

「面白い」と「ただの変り者」
似ているようで、大きな差だ。
これから、日々のつれづれを綴って検証できたらいいのだけれど。

posted by えるか at 00:31| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする