2017年04月07日

変でもよろし?

この半年以上ずっと頭にあった事。
「あなたって時々変なことを言う」

月に一度通っている漢方の先生に言われたことが
頭にひっかってそれからもやもやと考えていた。

「変なこと」
つまりそれは歪んだ事を言う、という事だろう。
(歪んでいる?)私はかなりショックを受け、
どういう所がだろう、とずっと考え続けた。

思い当たることはないでもなかったけど、
それではないかもしれない。
自分で自覚してないことだから変な事、と言われるのだ。

知人に言われただけだったら気にしなかったと思う。
(あんたこそおかしいやろ、、)
ときっと後で恨みに思うだけだったろう。

人は皆ちょっとずつ変わっている。
普通ってなんだろう。
所により場所により時代により、当たり前と普通は変わってくる。

自分の周りにいる人たちもかなり色んな人がいるなあ、
と年々よりいっそう強く思う。
親しい人を、この人はこんな考えの人だったのか、、
と仰天することも少なくない。

歳を重ねるにつれ、ますます誰ひとり、
同じ育ち、境遇、価値観の人は居ないと気付く。

自分のまわりはまだそれでも少しは似たところもあるけれど、
世間は広い。
ちょっと違う所へ行けばそこにはまた全然違う価値観を持った人たちが
ほんとうに沢山いるのだ、ということに
いまだに私は日々びっくりしたりしているのだ。

おかしな変わった人も向こうの人たちから見れば
私はなんやら訳のわからん変わった人たちのグループにいるのであろう。

しかしながら漢方の先生は沢山の人を診察し、
私なんかよりはよほど色んな世界の人たちを見ているだろう。
その先生に「時々おかしなことを言う」
と言われてかなり落ち込みました。

そのことを先日言うと、
「あら、そんな事いった?ごめんなさい〜。
 気をつけないとね〜。私も変わっているのよ〜
 あなたは素直な人なのよ〜」
と慌てていたけど、もう遅い、、。

でもまあ思うんだけど、
自分が普通である、とか、立ち位置をそれなりに把握している、
と気を遣うことは無駄である、と気がついた。
自分が何処にいるのかは、やっぱり分からない。諸行無常。

考えてみたら自分が思うより、ずっと私は世間の片隅に住んでいる。
まあまあ出来のいい子どもだったと思うけど、
人生はコケにコケて今では夫無し家族なし仕事なしの
主婦でもなく仕事人でもない、人から見たらあの人は何者なのか、
噂のひとつふたつもされていよう身の上だ。

変わっていて結構、歪みもするわ。
コケている自覚がイマイチ足りなかった。
自分でそれをちゃんと自覚して、
端っこでもうよしとしよう。

でも変な事は出来るだけ言わないように気をつけますです。

posted by えるか at 17:07| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月07日

折々のことば

朝日新聞の一面の一角に、
哲学者に鷲田清一さんが選ばれた言葉が毎朝ひとつ載る。
『折々のことば』

よほど腑に落ちた言葉は切り取って
ノートの端っこに貼っている。
と言っても
やり始めたこの半年の間にまだ4枚だ。

ところがこのこの前4枚目を切り取って、
以前の切りとりを捜したところ、
同じ言葉に反応している自分を発見して驚いた。

・「無言は 強い質問である」 
 御厨貴(みくりやたかし)・政治学者

  質問に対してそつのない帳尻合わせの答えが返ってきた時は
  いったんだまり込んだ方がよい。

これは普段にも使える。
腹の立つ事を言われたり、嘘を言われたり、
上っ面のおべっかを言われた時は黙ればいいのだな。
(でもなかなか出来ない。つい適当にその場を収めてしまい
 後でむかつく事になる)

・「傲慢な人、自卑におちいる人々は、
 感情に極度に服従する人のことである」
 スピノザ (17世紀オランダの哲学者)

   傲慢と卑下は一見反対に見えるが
   おのれを見誤り、抱いてしまった感情を抑えたり
   別の方向に導く力をもたいない点で同じである。
   より優れたものを目にしながらも、
   感情に押し流されて、より劣るものに従っている。
   そしてその悲しみを軽減しようと
   「不幸な仲間を持つこと」に走る。

はい、反省します、、、。

・「お前は常に自分が正しいと思っているだろう。
 しかし正しいことを言うときは
 人を傷つけるということを知っておけ」
 竹下登 元首相

   正しいことをあまりにまっすぐに言われると
   誰だって表立って反論できない。
   正しいその主張の影で、
   立場を失う人、窮地に立つ人のことを思えば、
   たやすくはそれを口に出来ない。

これはDAIGOのお祖父さんですね。
当時首相のことを「お地蔵さんみたい」
といった友達の言葉に大笑いした自分を反省。

・「あんまりほんまのこと言うもんやないえ」
 京都の小学生

   電車の中で、姉が歳の変わらない幼い弟に、
   級友との諍いをそう諭したたのを耳にして
   腰を抜かしたと、
   京大名物教授の森敦が会合で語ったそうだ。

2回も同じ言葉を切り抜いた自分が
ちょっと情けなかった。
小学生にも負けている。

posted by えるか at 23:59| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月10日

猫度

野良猫の平均寿命はたった3年だ。よく生きて5年。
家猫の寿命が15年くらいあるのに比べ極端に短い。
飢え、病気、交通事故、と理由はいくつもある。
寒さに弱い猫にとって冬は本当に辛い季節だ。

目の前で凍えた飢えた猫がいて、
それでも「ここでエサを与えないでください」
当然のように看板を出す町ってどうなんだろ、、、
といつも思う。心が寒い。
動物がきらいな人はとことん嫌いだ、ということは、
理解しているけど、やっぱり私にはわからない。

昔はここまでじゃなかったと思う。
日本中こんなに清潔症じゃなかったし、
子どもは人には挨拶をしなさい、と教えられたものだ。

内心、迷惑だなあ、、と思いつつも
野良猫にエサをやっていることを容認している地域も
ごくたまにはある。
私はそういうところへ引っ越したいなあと時々思う。
もうすこしおおらかな人情があってもいいんじゃないか、
と思うのだ。

ペットブームといっても自分の飼っている犬猫だけって
それってすごく悲しい。利己的だ。

そう思っていたら
写真家の藤原新也さんがトリーノという日本野鳥の会の季刊誌に
「猫度」という言葉を出されていた。
藤原さんは不動産を探す時に、立地や生活条件の採点項目の一つに
「猫度」を入れたそうだ。

猫が勝手に生きている隙間があるゆる〜い土地を探した。
人を見ても逃げない、ということはその界隈の人間さまが、
猫などに目くじらをたてないおおらかな人であることを、
表しているからだ。
30年暮らされている房総の土地は猫度は満点だそう。

東京で仕事部屋を探す時は部屋を探す前に、
土地の猫をみてまわった。
谷中はすっかり観光名所となってしまいがっかりだったそうだが
新大久保で公園にたむろする猫を数え、
猫の導きでその界隈に仕事部屋を持ったとのこと。

Toriino『トリーノ』という季刊誌はフリーマガジンで
こういう雑誌があちこちに置かれていたらいいのに。
写真が多くとても美しい雑誌です。
日本野鳥の会の会長さんは柳生博さんなんですね。







posted by えるか at 22:07| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月05日

はしっこに、馬といる

『はしっこに、馬といる』 河田 桟(かわた さん)著

東京で編集をしていた著者はある時、沖縄県与那国島で、
野生の群れからはぐれたメスの仔馬と出会う。名はカディ。
その仔馬と暮らすため著者は東京の家をひきはらい、
与那国島に移り住んだ。

馬との会話の仕方を著した『馬語手帳』の3年あと、
この本は出版された。

河田さんは乗馬をしたことも、
大きな生きものと暮らしたこともなく、
人生は後半に入り、力仕事をしたこともない。
おまけに大病を患ってからはさらに力が無くなってしまった。

そんな河田さんが馬と寄りそって生きるうち、
いろんな事を自分に問い紆余曲折を経て感じた事が
この本には書かれている。

非力で病後で社会的な常識にどことなくなじめなく、
いつも自分を「はしっこにいる」と感じていた河田さん。
群れをつくり縦社会を構成する野生の馬である
与那国馬と暮らしていくうちに、

・何も求めないこと
・ただそばにいる
・見るだけでもいい

・心の体の言葉が一致している馬 
・すき間の大切さ

・受け入れ変化していく能力が高い馬
・はずれたいびつな馬のおもしろさ

など、いろんな事を感じていきます。

そして
「だれもがはしっこにいる、
 今真ん中にいると思っている人たちも
 ひょっとしたらそこははしっこかもしれない

 『はしっこ』とは今ある世界と異なる世界をつなぐ際であり
 常に生成されつつある瞬間ではないか」

馬に対して、強い人になれなくて、
命がいつまでも続くものではないと知っている河田さんは
こう思うようになりました。

この本を読んで、
これって馬に対してだけでなく、
人や物事に対しても、自分自身の悩みに対しても、
人生やいろんな事にたいしても言える、

生き方の寄りそい方の指南書でであり、
哲学書でもあると思った。

イラストも河田さん。本の中の彼女はいつもうしろ姿で
帽子をかぶり長靴をはいて、少しうつむき加減に歩いている。

実際に与那国島に行きカディに会ってきた人に紹介してもらった本です。
私もいってみたいなあ。そして馬と暮らしてみたい。
それは叶わなくても河田さんの精神は普段の暮らしでも
習えるところは多いと思う。

栗東トレーニングセンターから帰ってしばらくしてから
この本を読み、なんとなく腑に落ちたのでした。
posted by えるか at 21:36| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月23日

回答

11月4日の記事『変な人?』についてです。
水鳥に石を投げつけていた小学生たちについて
市役所に問い合わせメールをした話。

後日、人に「その場で注意出来なかった」というと、
「注意なんかしたらダメ、最近の小学生はナイフ持ってるから」
というぶっそうな意見から、
「小学校に電話してやりたいわね」という意見まで、
おおむね私の意見には賛同してもらえたようだったが、
市にメールしたと言ったらびっくりされた。

市役所の方からはすぐに自動確認メールが入っていて、
「1週間たっても回答の無い場合は、
こちらに送信できてない可能性がありますので
再度問い合わせてください」
とあった。

1週間たっても10日たっても回答はなく、
(これは問い合わせが出来ていないというカモフラージュで
無視するための方便ではないか)
と再送する気も失せて、傷ついたりムカついたりしていたのだけれど、
2週間たってから宝塚市から回答がありました。


「子ども達がため池に近づくことは事故に繋がる可能性もあるので、
安全面からもため池の所有者である財産区に状況を伝えて、
池周辺の状況を注視してもらうとともに、
水辺の自然環境を守るような看板の設置を検討してまいります。

 また、教育委員会にも状況を伝え、
このような事をしないように学校へ伝えてもらうようにいたします」

とのことであった。
指摘した池は本来は農業用のため池だそうだ。
頑丈な鉄柵があり子どもが落ちることは考えられないけど、
「学校に伝えてくれる」という回答に、
おおいに心が落ち着いたのであった。

何か声をあげると、言うんじゃなかったと
後悔するだけに終わることがほとんどだけど、
今回はまあよかった、言ってみるもんだ。

あれから行ってみたら巣は無くなってしまっていたけれど、
(なぜ?)
カイツブりのヒナは一羽育っていて池の向こうで泳いでいました。

posted by えるか at 19:39| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月31日

ぶりっこ

最近面白い人と知りあいになった。
「私、ぶりっこやってん。女の子に嫌われてなあ」
「え〜〜っっ?!!」

私より少し年上である。小柄で地味な顔、歌手のイルカに似ている。
おしゃれでもなくごく普通のおばさんに見える。

しかし(この人、女子力あるなあ)とは思っていた。
声が低く魅力的な癒し系、気軽に人に話しかけるさまは
決して嫌な感じじゃない、むしろ好印象。
ちょっと我の強そうなきらいはあるけどそんなに気にならない。

「男の人の前に出ると自然にそうなってしまうねん。
 若い頃は皆そうやろ?」
「いや、、、ないわ、、、
 それって自分では意識してたん?」
「その頃はわからんかった」

「聖子ちゃんカットとかしてたん?」
「いや、私は見てくれが悪かったから、、、」
「いつ自分がぶりっこやったって分かったん?」
「歳とってから、、、そういう若い子見て自分もそうやったなあって」

ずっと甘えて生きてきたそうだ。
そのせいか結婚した人も優しかったし息子も優しいそう。
「息子にも頼って頼ってしてるねん」

そんな彼女も離婚と死別を経験し、
親や夫の介護を引き受けてきた。
最近では歳老いた兄にまで頼られているそうで悩んでいた。
頼ってきた人は頼られるのだろうか。

私のまわりにはおらんわ〜、、と驚く私。
「私なんか優しくされた記憶ないわ。
 ものを買って貰ったことも無いよ」

彼女はなんだかだと買ってもらったらしい。
まあ、お互い生まれもっての性分、ということに落ち着いた。

「私なあ、パート先でももっとてきぱきしたらええのに、
 って思われてんねん。いい加減な性格やねん」
そうなん?!
しかし彼女はそういう自分を疑問に思っていないよう。


自分がぶりっこだったと言うに人初めて会ったわ、、、
と興奮しつつ家に帰ったが、
やがて嫌な記憶がよみがえった。それは私の高校時代の汚点。

部活にまさしくブリッ子がいた。
「いや〜ん、うふ〜ん、○○く〜〜〜ん」
と冗談かと思うほどの漫画チックなふるまい。
小っこい目をおもいきり見開きよちよちと内またで
くねくねと歩いていた。

当然、皆に嫌われ陰口を叩かれていたが本人はそんなことお構いなし。
授業中でもそんな態度だったので教師にも叱られ
まあ、皆呆れて放ったらかし、という状態。
同じ高校にこんな子が居るという事に
皆驚愕してい、、なかったのかも、勉強に忙しく、
人の事などかまっちゃおれんかったのかもしれない。

そこをかまったのがこのアホな私だ。
夏の合宿で他校も何校か来ていた。
ところがさあ練習という時間になってもそのブリッ子が
現れないので練習が出来ず、全員ずいぶん待たされたのだ。

捜しまわった私たちが見つけたのは、
他校の男子を前にうふ〜んいや〜んしているブリッ子だった。
私は怒髪天を突き、ブリッ子をその場で罵倒した。
まわりの友人はあっけにとられていたのか黙っていた。

ブリッ子はうわ〜んの泣きだしどこかに行ってしまった。
その行き先は同じ部活でも練習にもほとんど出ない、
ユウレイ部員の男子のところだった(しかも私はそいつの事が嫌い)。
合宿にはきていたのだ。

喋ったこともないその男子に、
私は「ブリッ子に謝れ」と言われたのだ。
あまりのショックと怒りにわなわなと震えたかどうか忘れたが、
そのことにまわりの誰も言い返してくれなかったことがショックだった。

みな影では「謝ることなんかない、何一つ悪いことなんかない」
とは口ぐちに言っていたけど表立って言ってくれる子はいなかった。
私はその夜眠れず、翌日部活を抜けて帰ってしまい、
そのまま退部したのである。
後日、部長が戻ってくるように言ってくれたけど戻らなかった。

皆が迷惑を受け怒っていたにもかかわらず、
ひとり貧乏くじをひいたと思った。
正しいと思っても矢面に立ったら損だということが
その時身に沁みた。

にもかかわらずその後も人生の大事なところで私は失敗している。
三つ子の魂百までも?
人は変わらん、ちゅうことね。

それから5年程経った頃、ブリッ子をバス停で見かけた。
骸骨のような体つきだった。拒食症だったろう。
たいそう驚いたけど、その後結婚して子どもも産んだと風のたよりに聞いた。

彼女も「昔ぶりっこだった」と人に話しているだろうか。
もし彼女に初めて会っていたなら
「そうなん?」
と親しく口をきけただろうか。








posted by えるか at 14:04| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月11日

自己責任?

『ゆったり健康○○』
「ハイキングを楽しみたいが自信が持てないという人のための
5〜8キロ程度のゆったりと楽しみながらの講座です」

上の宣伝文句を聞いてどの程度の歩きと受け取るだろうか。
初心者向け、と受け取った私は間違っていただろうか。

人気講座らしく満席のキャンセル待ちが回ってきて
今回初めての途中参加。

送られてきた行程表にはキロ数が書いてなくて、
ネットで行程を検索すると、8キロを超えているのでは?と思い
不安になり受け付けに問い合わせると調べてくれて、
今回13キロだとの答え。

20年前に膝を手術していて以来スポーツは止めてしまったのだが、
不安は残るものの日常生活に支障はない。
ただ10キロ以上を歩くと膝にキリで刺すような痛みが出るので、
登りはいいけど膝に負担のかかる下りは恐ろしく、
高低差300m以内、8キロ以下が私の歩きの指標だ。

調べると下りがかなり急でコンクリートを歩くようなので
13キロは無理だと判断して断りの電話を入れた。

すると先生に聞いてみるとのことで帰ってきた言葉は
「7〜8キロだから安心して参加してください」
とのことだった。

え?どう考えても13キロあるやろう、とは思ったものの
先生がそう言っていることだし、
実は今回計画されている渓谷に行きたかったのだ。

膝に自信がないので格好だけは完全装備の私。
しかしそんな私でさえ当日集まった面々を見て、
これは相当歩ける人たちの集団ではとかすかな不安が起こる。

登りは渓谷あり馬の背あり楽しかった。
しかしペースは早く勾配は急で、下りに嫌な予感が。

結局、カウントしていた人によると15キロもあり、
私の限度を完全に超えていて、
急な下り続きのコンクリートで膝が悲鳴を上げた。
しかし歩くしかないのである。
皆に追い抜かれて見かねたオジサンが一緒に歩いてくれた。
自分について歩くようにと言っていた先生は遠く先を歩いていた。

オジサンは
「初めての人にこれはキツイわなあ」と言っていた。
声をかけてくれた受講者によると、
ここは普段から山登りをガンガンやっている人もいて
「『ゆったり』じゃないよ〜。一緒に入った友達は一回でやめて、
 私はなんとか残ったけど毎回覚悟してきてる。
 今日は15キロは超えるわね〜。でも毎回こんなもんよ」

なんたること。
これ以上一歩も歩けぬと駅ではエレベーターに乗り、
駅からはタクシーで帰った。
今日で5日になるけどまだ階段は怖い。
もちろん退会連絡した。

誰が悪いか。
もちろん自分だ。

整体の先生には「13キロなんて絶対ダメ、
まだ病み上がりなんだから(先月の病気)無理は禁物、
少しずつ慣らして」と言われていた。

それを7〜8キロだという、
どう考えても適当としか思えない言葉を
真に受けた自分が悪いのだ。

今回のことだけでなく今までも、
人生において誤ったアドバイスをそのまま受け止め
取り返しのつかないことを何度もした。

聞いてはいけないアドバイスを受け入れたということについての
責任は自分にある。
自分が願うような、自分が楽になりそうな、
そういうアドバイスをしてくれる人を、
苦しい時には無意識のうちに選んでいる。

どうかと思うようなアドバイスを受け入れ
その通りにしたらやはり辛く苦しく、
後年、辛いというようなことを口にしたら、
「そりゃあんなことしておいて当たり前」
と自分が指南した事をまるきり忘れていた人がいて、
その時はさすがに血の気が引き心の持って行きようがなかったけど、
そんな人のアドバイスを受け入れた自分が馬鹿だったのだ。

人生においての選択はいつも難しく大変だ。

posted by えるか at 14:51| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月16日

元気です

食べられない、という経験がなかった。
胃腸は丈夫だと思っていたのだ。
熱も出ない性分で発熱は子どもの頃の遠い思い出。

ストレス性じゃないかと言われたりしたけど、
まさか胃に来るとは思いもせんなんだ。
炎症反応が出てるので生検の結果待ち、未だ病名もない。
症状が残ってるのが胃なので、胃なのか?
胃カメラの画像は惨憺たるものだった。

20年くらい前も調子悪くあらゆる検査をしたけど
どこも悪くなくて西洋医学的には健康体。
路上で倒れて救急車で運ばれた時もストレスですねと言われた。
以来体調崩すたびにストレスでは、、と医者に言われるので
医者にはあまりいきません。

もっぱら普段は、
肘や首や腰膝の関節部分が痛くないか使えるか、
あとは気分が落ち込んでないか眠れるか、
それしか考えてない。そればっか。
整体や鍼や漢方医にはよく行きます。

もしかしたら胃は悪かったかもしれない。
何を食べても美味しくないにもかかわらず、結構な暴食ぶり。
不整脈も酷いけど脈が飛ぼうが動悸がしようが慣れっこで
それが当たり前になっていた。麻痺してるんですね。

母が倒れ父が亡くなったあたりからこの一年、
確かに胃は良くなかったと思う。
一回忌が終わった連休明けくらいからは
精神的にもかなり追いつめられていた。

平静を保つために、口に出さない考えない、
そうしているうちに貯め込んでいることに気がついてなかったか。
「自分で把握できる感情なんて氷山の一角」

どうしようもないものも海の下にいて貰うしかないのだ。
人に言っても恥をかきおまけに嫌がられるだけと知っている。
所詮人ごと、これ以上人に蜜は与えない、ひねくれてます。

でも今回、疲れていたんだな、とわかった。
実は、体が悲鳴をあげて倒れ込んでいる時、
辛かったけど普段のストレスは忘れた。どっか行った。
それは楽で、幸せなことであった。

ま、それどころじゃなかったんだけど。
頑張って無いことにしている辛いことが、
その時はほんとにどこか行ってた。脳は1つのことしか出来ないらしく、
痛みもかゆみも同時に2つは感じることは無い。
今回は関心が体にのみ行ったのだ。

若い頃は検査しても何も出なかったが
今回はどこか悪そう、私の体は老化した。
あんまり我慢するのはやめよう、なんか、もうえんやん、、と思った。

病院で私を見かけたという同じマンションの人が
駐車場で「辛そうだった」と声をかけてくれたこと、
病院の窓口に職員としてマンションの人がいたこと、
リハビリをかねて夕方駅まで歩いたら美容師さん夫婦に声をかけられ、
一緒に飲まないかと誘われた事、

自分を誰も知らない所に行きたいとこの地に来、
その結果にうちのめされたけど、
この3つは嬉しかったなあ、地獄に仏、とさえ思ったよ。

パンも紅茶も野菜や果物もご飯も何も食べられなかったけど
全然痩せなかったのは、、
生クリームたっぷりのケーキ、細うどん、脂身たっぷりの西京焼き、
が食べられたから。
残念!
posted by えるか at 21:46| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月27日

愛玩動物

空前の猫ブームらしいけど、私は信じていない。
ブームってなによ。
ペットショップにはいつも流行りの仔犬がいて猫は片隅にいる。
それが今は猫はすぐに売れるらしい。
ペット産業は1兆4千億といわれ「ペット消費」は膨大だ。

どうして人は命をお金で買うのだろう。
命に値段をつけるのだろう。
猫が欲しいという人がノルウェージャンフォレストキャットなどと
名前をあげるので「できたら行き場のない猫を飼ってやって」
と言ったら無言になってしまった。

日本はおかしい。
ペットショップで玩具のように陳列されて高い値段で売られてる。
毛皮があるのにどうして服を着せるのか。「この子は家族です」なんて、
何言ってんだ。ペットはペットだ、カン違いすんな。

その影で年間10万匹が殺処分されている現実。
ショーウィンドウの可愛い犬猫が売れ残ったらどうなるか、
考える人はどれくらいいるんだろう。

平成25年に施行された「改正動物愛護法」で
「殺処分がなくなることを目指す」と明記された。
年間20万匹だった殺処分は10万匹になったが、
その差10万匹はどうなったのか。

昨日(26日)のNHK『クローズアップ現代+』
「ペットビジネスの闇」をご覧になった人はいるだろうか。
目をそらさず最後まで直視出来ただろうか。

ペットショップで売れ残った犬猫は、
「引き取り屋」に安価で引き取られる。
その引き取り屋の飼い殺しの実態は想像通りだったけど、
(想像を絶するとは言いたくない、想像できる)
映像で実際に見ると人間のおぞましさに腸が飛び出そうだった。
生き地獄だ、殺された方がずっとマシだ。
でも犬猫に選択の余地はない。

人間の抱える問題は数々あって動物などは下位なのかもしれないが
殺処分の無い国もある、飼い主に免許の必要な国もある、
日本は先進国とは言えない。
命あるものはオモチャじゃない。
posted by えるか at 21:35| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月07日

ギフチョウ

『宝塚自然の家』が、
施設の老朽化、利用頻度の低さなどを理由に
3月31日をもって閉鎖された。
2年先の再開をめどに休所扱いらしいけど、
どこが運営するかなど何も決まっていないそうだ。

宝塚西谷の森公園とごっちゃになっていたが
こちらはそのまま開園しているもよう。

ギフチョウの羽化が見られるかもと声をかけてもらったので
昆虫苦手なんだけど里山に入れるということで
何の予備知識も無いまま最終日についていった。

ギフチョウは飛んでいるのかと思ったら
網戸地に囲まれた小屋の中にいた。
もう羽化していたが網戸の目が細かくてよく見えない。
ほとんどが地べたにへたっていて元気ない。
死んでる個体も多い(卵をうみつけると数日で死んでいくそうだ)。

アゲハ蝶の原種らしい(聞きかじりであやふやです)。
日本の固有種で絶滅危惧種だそうだ。(これは本当)

小屋の中には卵を生みつける葉である
ヒメカンアオイという山野草の一枚葉が
土の上にか弱く植えられていた。

死にそう(に見える)なギフチョウと野草。
ヒメカンアオイも管理が難しく探すのも大変で
一年に一枚しか葉が増えないのでここにあるものは
一枚葉なのでまだ一年目のものらしい。
たぶん産卵のために毎年探してくるのだろう。

蜜が吸えるように菜の花がバケツに入っていた。
次の日から閉鎖されるというのに、
誰が面倒みるかも決まってないそうだ。

じゃあ外に出してやればいいんじゃないですか?
というと、
「この子(?)たちは20年くらい
 ずっとこうして飼われていて
 もう外にいる蝶とは遺伝子が変わってしまっているので
 出すわけには行かないそうです」とのこと。

じゃ、このまま死ぬの?
昆虫好きでない私もさすがに理不尽と思う。
たぶん誰かが引きつぐと思うけど、、と同行者の心もとないお返事。

帰りに覗くとハナモモか何かわからんが
沢山の花の咲いた枝がバケツに入っていた。
良かった、、と思うもつかの間、同行者の
「これは蜜が出ない品種。なんの意味も無い」
との言葉にがっくり。

せめてコバノミツバツツジ(現地に咲いていてギフチョウが蜜を吸う)
の枝でも切って入れてくれと、その人は事務所に言いに行ったけど
事務所の契約社員のおじさんは
「一切、木を切るなどしてはいけない規則なので
 私たちにはどうしようもありません」
とのことだったらしい。

彼らも新聞の記事で自分たちの解雇を知ったらしく、
実際のところチョウどころではないだろう。

私は自然団体の人間でも昆虫好きでもないけれど、
なんだかなあ、、と思ったのだった。

固有種で絶滅危惧かもしれんけど20年も小屋の中で
繁殖を繰り返させられてお上の事情で餓死?ですか、、、
遺伝子なんて変わっていくものでしょう。
分類がそんなに大事なんだろか、出してやれ、
とは素人の浅はかさ?

猫だったらキレテたね。

posted by えるか at 14:11| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月21日

時間持ち

ひとりになってからずっと、
これは夢なんじゃないか嘘なんじゃないか、とどこかで思っていた。
生きている実感がなくふわふわと浮遊しているようだった。
安心してその場に存在したことがない、布団の中でさえ。

蓋をして覆っていた土を掘り起こしてみた。
そこに深く傷ついている自分がいた。
人生で2回、辛いことがあった。
傷ついたままそのままきたことに気がついた。

その事実に気がついたら少し楽になった。
どうしてあんなに前向きでなくては
価値が無いと思い込んでいたんだろう。

そして、よくよく考えてみれば、
働きたいと思ったことは、ほんとは無い、ということに気がついた。
どうして働いてなければ稼いでなければ
価値がないと思いこんでしまっていたのだろう。
その理由も今はわかる。

私は家のことをコトコトするのが性にあっている。
そういう事が好きだし、それでなんの不都合もなかったのだ本来は。
いまだに生活を変えてないのが頷ける。
家族で住んでいた頃とする事があんまり変わっていない。
人は居ないけど。

意外に自分の思うような人生を生きているのかもしれない。
興味のあることには手を出すし、わりと色々やってきた。
そう思うと『時間持ち』であることに気がついた。
チマチマと好きなことをする時間があるのだ。

そしたら
「どうして仕事をしなければいけないんですか?」
そういってくれた人の言葉を
すんなりそのまま受け止めることが出来た。

ここに去年の秋の新聞記事の切り抜きがある。
求人広告のコラムで各界の人たちが、
働く人にエールをおくるシリーズだったけど
異彩を放った記事を書いた人がいる。
脳科学者で医学博士の中野信子さん。

わざわざこれを切り抜いて置いていたそのころの私を思うと
可哀相になってしまう。よほど慰められたのだ。

「『人生のコントローラーを握れ』
 ・イグ・ノーベル賞(役にたたないけど面白い研究)が研究の本義
 ・役に立っていない人が知的財産を支える

 現在の日本では働いて役に立っている人と働かずに役に立っていない人
 の2項対立を感じる。
 ゆとり・ひきこもり・ニートなど言葉が出来上がり排除されていく。
 でも、めまぐるしく動く社会から距離がる彼らの視点や思考は比較的自由です。

 彼らは自分たちなりに経済活動をしていたりするし、
 文化の豊かさや教養の深さ、未来に資するヒントを秘めていたりします。
 役に立っていないと言われて社会の働く場所から距離を置き
 多くの時間を注いで育ててきたものにレベルの高いものがある。
 彼らは貧乏でも自分でコントローラーを握っていたいのだと思います。」


私も日々の生活を坦々とこなしていこうと思う。
そう思うとまわりにある物、言う事聞かない猫、
ひいてはまわりの人々にも深い感情が湧いてくる。

本屋に行けば生き方の本が溢れているし、人に助言を貰う事も多い。
でもそれらを慰めとしか受け取れないうちはどうしようもない。
自分で気がつくことが肝心。
人に何といわれようと自分でわからなければ心には入ってこないものだ。

3部作、これにておしまいです。
posted by えるか at 21:56| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月04日

おそろし

嘘をつかれることが嫌いだ。
嘘も方便というけれど、
それは人を傷つけない嘘であるべきであり、
自分の保身のための嘘をつくのが当たり前になっている人に対して
温かい気持ちにはなれない。

「心を閉じていた」なんて前回書いたけど、
考えてみたら反対であの頃の方が、
よほどオープンマインドだったかもしれない。
近年の方が仮面をかぶって普通の人を演じてた。

と思っていたのは自分だけで、
ずっと無理して落ちこぼれだったかもね。

ふとした時にこぼれる本音はその人が出る。
横向いた時の恐ろしい目つきや歪んだ口元は
一瞬で元の笑顔に戻るからよけいに恐ろしい。

たぶん私も最近そういう人になっていると思う。
心の中で(なんやねん、それ、、)っていつも毒づいている。
自分で気がつくくらいだから人にも気付かれているだろう。
恐ろしいことだ。




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2015年08月25日

スクラップ・アンド・ビルド

『スクラップ・アンド・ビルド』

題名をド忘れしても
「芥川賞をとった又吉と違う方」と言えば
「ああ」とすぐにわかってもらえる。

著者の羽田圭介さんはなかなかブッ飛んだ人で、
テレビで聖飢魔Uを歌ったりして面白い。
ぜひ読んでみたい本だ。

 「早う死にたか」 毎日のようにぼやく祖父。
 願いをかなえてやろうと、共に暮らす28歳の孫の健斗は、
 ある計画を思いつく。

しかし、
まさかこの本の題名を93歳の男性から聞くとは
思いもよらなかったといえばその方に失礼なのであるが。

その男性は、母の隣のベッドのおばあさんの見舞いに
毎日通ってくる。
小柄ながらかくしゃくとし、かいがいしく妻を世話をするその姿に
毎度逃げるように帰ってしまう私などは恥ずかしい。

世話といっても完全看護、動けない喋れない飲みこめない、
意思疎通できない、聞こえてくるのはうめき声、
そういう患者がこの病院のほとんどの病床を占める。

よほど仲が良かったんだな、
一日も長く生きて欲しいと思っているのだろう、
と思っていたが最近姿を見かけなかった。

久しぶりにおじいさん(その男性)に会ったので、
話しかけると持病の発作で来ることが出来なかったらしい。
奥さんより自分の方がずっと前から弱かったそうだ。
そこで『スクラップ・アンド・ビルド』
という言葉がおじいさんの口から出た。

「主人公の28歳の青年の言う事は
 まさに私が思っている思いと同じです」

介護保険制度や高齢化社会のことで
しばし話しこんだ。

年齢を経て脳出血などで倒れた場合、
今の時代、救急車で運ばれてしまうと、
延命処置をしなくても助かってしまう。
回復の見込みなくただ生きているという状態になっても、
もう死ぬことは許されない。

本人自筆署名の「胃ろうなど延命処置は拒否します」
という書面があったとしても病院に運ばれた時点で、それはなんの意味もなさない。
それが現実であると今回知った。

「僕ね、僕が倒れたら絶対に救急車呼ぶなって息子に言ってるんです」
「先生、私も言いました」
とはこの病院の担当医と私の話。

おじいさんによると、
「倒れているのを発見したら、救急車は呼んではいけない。
 かかりつけ医も呼んではいけない(その医者が救急車を呼ぶから)、
 24時間そのままにして、あとは点滴だけで静かに逝かせるがよい」。

この一年、相次ぐ父と母の運命に、
よりいっそう自分の老いを考える続ける毎日。

マンションに一人暮らしで仕事も持たない私は、
いつか腐乱死体になるであろうことが以前は悲しかった。
しかしとっくにその覚悟は出来、
今では腐乱死体上等とまで思う。とにかく死ねる。

ガンで死ねたら有り難いとまで言われる昨今、
ほんとにその通りだと確信する。
悲しい事に私はガン家系ではなく脳出血の家系だ。

息子には「もし倒れているのを発見したら
そのままにして猫だけ連れて帰ってちょうだいね」
とお願いしている。
回復の余地なければムシロに包んで川に流して欲しい。

息子が犯罪に問われないようにどのような書面を残せばいいか
考えていたけどお爺さんのやり方を息子に言っておこう。
夜露死苦!



 
posted by えるか at 19:45| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月04日

絶歌

1997年の神戸連続児童殺傷事件の元少年A
が手記『絶歌』を出版することについて
遺族が出版差し止めと回収を訴えた。

遺族の怒りは理解できるが、
神戸市長が市内図書館に購入しないとすぐ記者会見したことに
違和感を持った。
後日明石市長も同様の記者会見をした。

思った事を率直にいえば被害者遺族の医師という社会的地位の高さだ。
事件当時から思っていたけど力のある人だなあという印象。
猟奇的事件で世間を震撼させた元少年Aに肩入れするつもりは毛頭ないし、
被害者の親御さんの哀しみ怒りは想像して余りある。

しかし、元少年Aはもう出所しているのである。
少年法に守られているからといってもそれは現行法律である。
法的にはもう罪は償われたはずだ。
社会的更生を支援していくのが本当でしょう。

罪犯した人間に対して、「それでもあなたを許そう」
という話は海の向こうだけの話なのだろうか。

元少年Aは職も住みかも転々とし社会的には葬られているに近い。
その中で手記を出したとして何が悪い。
嫌なら読まなければよいだけだ。私は読まない。
「まだ印税を自分のものにしなければいいけど」
という町の声もあるけど印税は筆者のものである。
被害者に渡すべき、というのも感情論だ。

犯罪者が手記を出版することは今までにも多くあったが
これほどまでにたたかれるのは、
元少年Aが少年法に守られているからだという世間の風潮があるらしい。

しかしこの件で怒る権利があるのは被害者の遺族だけであり、
市長が声明を出すべきことではない。
書店に本を置かないようにという書面まで出したというから
これはもう暴力ではないか。

こういう一見正しそうな意見に一斉に同調する、という空気が嫌いだ。
戦争になだれ込んでいく大元と同じであると思う。隣組とか。

ある日の新聞の片隅の記事によると、
ライターの松谷創一郎さんが、
「彼らの想像力は、自分の子供が殺される可能性にのみ
 向けられ、まったくもって欠けているのは、
 自分の子供が少年Aになるという想像力だ」
と書かれたそうだ。

全く同じ思いだ。私は元少年Aと同い年の息子を持つ。
当時あの学年は全国的に荒れた。
「自分の息子が少年Aになる可能性あるわよねえ」
と言う人も少なからずいた。
もちろん私はひと事でなく恐れおののいていた。

事件が起こるたび加害者側にたってしまう恐ろしさを思う。
被害者になるほうがまだましだと本気で思う。
車の事故だって、あっという間に
自分が加害者になってしまう可能性のあることを、
人は想像しないのだろうか。

図書館協会が後日、
「貸し出し制限には該当しない」
と見解を出したことはせめてものことだった。




posted by えるか at 23:34| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月20日

家族という病

「家族ほどしんどいものはない
『家族という病』 最後は一人」 下重暁子著

・なぜ私は家族を避けてきたのか
・家族を盲信する日本人
・なぜ事件は家族の間で起こるのか

・結婚できない男女が増えたワケ
・子離れが出来ない親は見苦しい

・仲の悪い家族の中でも子はまっとうに育つ
・大人にとってのいい子はろくな人間にならない
・家族の期待は最大のプレッシャー

・遺産を残してもいいことは一つも無い
・お金がからむと家族関係はむき出しになる
・夫婦でも理解しあえる事はない
・家族のことしか話題がない人はつまらない

・家族の話はしょせん自慢か愚痴
・他人の家族との比較が諸悪の根源
・夫のことを主人と呼ぶおかしな文化

・家族に捨てられて安寧を得ることもある
・孤独死は不幸ではない
・家族の墓に入らない人が増えている

・家族はなぜ排他的になるのか
・家族という名の暴力
・知的な家族ほど消滅する
・家族を知る事は自分を知る事



今日の新聞の広告文だ。
いちいちごもっとも。
当たり前の事が本になり、そして売れている(15万部突破)。

私からみたら気持ち悪いような人々家族が
世間ではまともでまっとうで幸せとされる。
本のようなことを思っている人は黙っているし、
傷つき打ちひしがれているかもしれない。

家族という価値観を押し付ける無神経な人びとの集まりに、
私たちは支配されている。


posted by えるか at 21:17| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月07日

「怪物」は日常の中にいる

高橋源一郎さん(作家・明治学院大教授)の
「論壇時評」はいつもちゃんと読む。朝日新聞2月26日付、
「論壇時評」 寛容への祈り 「『怪物』は日常の中にいる」
は「人質問題」についてだった。

高橋さんは田原牧さんの記事(「イスラーム国に浮き足立つな」)を引用している。
「彼らは決して怪物ではなく、
 私たちの世界がはらんでいる病巣の表出ではないか」
「彼らをまったくの異物と見なす視点には、
 自らの社会が陥った“狂気”の歴史に対する無自覚が透けている」

そして
「わたしたちは『他者への共感』を一切排除する心証を知っている。
『怪物』は遠くにではなく、わたしたちの近くに
いま日常的に存在している」と書いている。

日々起こるいろいろな事件への
ヒステリックなまでのマスコミのバッシングは何なのだろう。
事件が起こるたびに思うけど、
日々の世の中に起こっている事、いい事も悪いことも
それら全ては自分の中にもあることなんじゃないだろうか。

事件の中にいつも私は自分を見るような気がする。
ひとつ間違えばそこに自分の名前があってもおかしくないと思う。
幸せを願う時もあれば憎悪で破裂しそうになる時もある。
そういう善悪あわせもったものが人間なのだ、と思いつつも、、、

『許す』ということは自分をもまた『許す』ことなのだ、、、
それを時たま思いだす事はあっても、日々の私は矮小だ。

同日「あすを探る」では酒井啓子さん(千葉大教授・中東研究)が
「日本はイスラームや中東への理解が足りないといわれる。
 が欠けているのは知識ではなく『不公正』に対する怒りへの理解だ。

 命の値段が違う。
 パリのテロには世界が連帯するが、ボコ・ハラムがアフリカで何百人を殺しても
 世界は動かない。白人の暴力は事故とされるが、イスラーム教徒の暴力はテロ扱いだ。
  
 その都合のいい基準、不公正に中東・イスラーム社会の人びとは
 傷つき怒っている。彼らはそのことをこそわかって欲しいと思っている」
と書いている。

国内の社会でも同じことが言えると私は思う。
高橋源一郎さんが引用されたヴォルテール『寛容論』

「われわれの虚弱な肉体を包む衣服、
 どれをとっても完全ではないわれわれの言語、
 すべて滑稽なわれわれの慣習、
 それぞれ不備なわれわれの法律、
 それぞれがばかげているわれわれの見解、

 われわれの目には違いがあるように思えても、
 あなたの目から見ればなんら変わるところのない、
 われわれ各人の状態、

 それらのあいだにあるささやかな相違が、
 また『人間』と呼ばれる微小な存在に
 区別をつけているこうした一切のささやかな微妙な差が、
 憎悪と迫害の口火にならぬようお計らいください」

彼の祈りは250年経った今もかなえられてはいない、
と高橋さんは書いている。



posted by えるか at 21:09| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月02日

「自分と同じ人などいない」

そう言ったのは、
医療過誤で幼い娘を突然に失った友人だった。
昨日まで一緒に遊んでいた子達も親も一斉に自分を避けるようになる。
自分だけを闇に閉じ込められる孤独。
同じように子どもを医療過誤で失った親の会を探して行ったそうだ。

しかし皆、家族関係や考え方や身の上などそれぞれに違っており、
同じ想いの人は誰もおらずよけいに孤独を感じたらしい。
事情は違うが私にも経験があるからそれはほんとによくわかる。

人と状況が違ってしまいまわりから人が居なくなる、
そういうことを何回か経験すると人に対して臆病になる。
それでもつきあってくれる人は得難い宝物となる。

しかし
人は自分の側面から、つまり価値観からだけものを言う。
自分の価値観なんて実はちっぽけなものだ。
360度周りを見渡すことは出来ない。どんな人も多かれ少なかれ偏った考え方を持つ。
その思い込みで勘違いしたり自分の首をしめたりする。

だから人と話す時は自分同様、
相手も少し偏った見解を持っているかもしれないと理解しておくと、
必要以上に相手の価値観で自分を貶めて苦しめる事は
避けられるのではないかと最近ようやく気がついた。

違う場所に行けば全然価値観を持った人たちが
いっぱいいて自分たちの価値観などそこでは何の意味も持たない。

ひとりとして同じ身の上、同じ考えの人は居ない。
それぞれ抱えている物は全く違う。
だから身近な人々(肉親や友人知人)の価値観に振り回されることはない。
人の良い友人も後ろに抱えているものは自分とは全く違うのだから。


posted by えるか at 15:39| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月16日

しろくまピース

とべ動物園といえばなんといっても
日本初、人口哺育で育てられた「しろくまピース」。
専用の公式サイトもある。
現地では「ピースは愛媛の宝」といわれている。

もちろん今回の旅行の目的もピースだった。
NHKのドキュメンタリーで飼育員の高市さんが家へ連れて帰り、
赤ちゃんのピースを育てる様子は、
あまりの愛くるしさに高市さんが羨ましかった。

当時の小さなピースの画像を見るだけで泣けてくる。
大きくなり檻に残され家に帰る高市さんを呼ぶピースの、
哀しい咆哮に涙した人は多いにちがいない。

ストレス、鉛中毒、脱毛、発作などあらゆる苦難と闘いながら
ピースは14歳になった。

人口哺育といえばベルリン動物園のクヌートくんも有名だ。、
同じく母親の育児放棄のため人口哺育されたクヌートくんは、
世界的な人気者になった。

しかし大人になってからは、
他のシロクマたちに仲間はずれにされいじめられている、
というニュースを聞いて心が痛んだ。

最近はクヌートくんの情報が無いなと検索したら、
クヌートくんは死んでいた。
4歳だった。かなりショック、、、、、、

仲間はずれにされたクヌートくんは他のシロクマに
池に突き落とされたりして孤独な生活を送っていたようだ。

今回初めて知ったが
クヌートくんを育てた飼育員さんも自宅で急死しているのを発見された。
(心臓発作。44歳だったそう)

その半年後にクヌートは池で死んだ。
解剖の結果、ウィルス性の脳炎でそれは脳全体に広がっており
溺死しなくても死んでいた、と発表された。

自分を可愛がってくれた人がある日いなくなり、
あとは仲間はずれにされる毎日。
その半年後に命を失うとは天命だったのか。
クヌートは標本にされベルリンの自然史博物館で保管されているそうだ。
クヌートくんにも幸せな時はあったと思いたい。

ピース14歳。
てんかんの発作を持ち体調の悪い日もあるという。

9歳のときに危険だということで
高市さんと直接触れ合う事は禁止されたそうだ。
母親とはお互いに全く無関心だったそう。母親は現在他の動物園に居る。

白浜アドベンチャーワールドで人口哺育されたシロクマは、
(今人気の赤ちゃんでなくて、
 もう大人に育ったシロクマが居ること知ってましたか?)
両親と隣り合った立派なプールに居た。
息子のシロクマは両親の方を一生懸命何度も覗きこんでいたけど
両親は全くの無視で可哀相な感じだった。人間の勝手な感想だけど。

そんなわけでピースをものすごく楽しみに行ったのだけど
体調が悪かったのかあまり出てこなかった。
「今日は体調悪いんだねえ」という声が聞こえてきたから
そうだったのだろう。
「ピースフルタイム」というピースを近くで見られるツァーに、
日が合わず参加出来なかったのはつくづく残念。

プールが想像してたより小さくてびっくりしたけど、
実はちゃんと大きなプールがあるそうだ。
発作があるから飼育員の居ないときには出せないとのこと。
残念だったけどこれからも元気に暮らして欲しい。

とべ動物園には
日本で唯一家族で暮らしている象一家がいる。

人間に親を殺された孤児の施設から日本へきた「アフ」と「リカ」。
ゾウは知能が高く本来なら群れで暮らす。
「リカ」は生まれてきた子の扱い方がわからず、
何度も鼻で持ち上げ落とし授乳を拒否した。
そこで人口哺育に切り替えられた。

(以下は読みかじりです)
「媛(ひめ)」と名付けられた小象は鼻の使い方も分からなかった。
飼育員さんが一年以上泊まり込み一緒に寝て育てたそうだ。

次に生まれた子には「リカ」は乳を与えたがやはり持ち上げ落とす、
という問題行動はかなりあった。(回数は三桁だったと思う)
人口哺育に切り替えるかどうするか、
ぎりぎりの毎日だったと飼育員さんは書いていた。

飼育員さんたちのの奮闘で、今親子4頭は一緒に暮らしている。
仲がよさそうで去年生まれた一歳になる「砥愛(とあ)」
とお姉さんの「媛(ひめ)」と「アフ」と「リカ」。
「砥夢(とむ)」は繁殖のため多摩動物園へ行ったそうだ。

私にとって動物園のゾウはいつも物悲しい。
動物園の中で、象ほど深い憂いを持ち、
静かに怒れる存在の動物を私は他に知らない。
私は動物園に行ってただ眺めるだけだ。

とべ動物園のゾウ一家は怒ってなかったと思う。


 追記
 アドベンチャーワールドのシロクマは今年になって急死したそうです。
 新しく生まれたシロクマの赤ちゃんのニュースでついでのように流れました。
 「今まで9頭の赤ちゃんが生まれましたが
 そのうち半年以上生きたのはたった一頭。
 その一頭も今年4歳で突然死にました」

 そうだったのか。
 ガラス越しに両親を覗きこんでいたあのシロクマが、、、
 元気に泳いでいるのを見ただけに余計に悲しい。
 人口哺育の難しさを思う。


  関連記事はこちらです
       『クローズアップ現代 動物園クライシス』
       『愛媛県立とべ動物園』
       『動物園の芸達者たち トラ編』
       『動物園の芸達者たち かば編』
       『動物園のなにげない一日』
       『動物園の動物たち 最後編』 

posted by えるか at 21:30| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月10日

おじいさん

おばあさんの声が聞こえなくなって久しい。

うちのベランダからは向かいのマンションの玄関が見える。
同じ階の人の出入りは見るともなしに目に入る。
線路沿いに駅まで行く小道で時々出会う老夫婦が
向かいのマンションの人だと気がついたのはもう何年も前だ。

いつもしっかりと手を握り合って歩いているようにみえたおばあさんの方が
少し認知症が入っているのではとわかるのにそんなに時間はかからなかった。

甘えるように「おとうさん、おとうさん」
と話しかけるおばあさんの手をおじいさんはいつもしっかと握っていた。

おばあさんは途切れることなくおじいさんに話し掛けていた。
おじいさんはそれに煩そうに仕方なさそうにおざなりに答えていた。

何度かすれちがったり顔を合わせているので会釈をしたことがあるけれど、
おじいさんはそれに全く気がつかない風に頑なに前をしっかと見据え、
不機嫌そうにずんずんとおばあさんを引っぱっていた。

誰の目にも入りたくないし誰の目も入れたくないのであろう。
以来、すれちがっても知らぬ風を装った。
我慢の限界もとっくに超えた空気を体全体に纏っていた。

向かいあったマンションは音がよく反響する。
窓を開けていると向かいの声は筒抜けになる。
片時もあばあさんから目が離せないのであろう。
おじいさんは洗車する時もおばあさんを連れていた。
おとうさん、おとうさん、と繰り返す中に、
くぐもったおじいさんの怒号が聞こえる。

「おとうさん、おとうさん、おしっこ〜っ、
 おとうさん、おしっこ〜〜〜っ」

症状はどんどん進んでいるように思えた。
ヘルパーが来ているようでもなくおじいさん一人で世話をしているのだろう。
どうして人を頼まないのだろう。施設には入れないのだろうか。

よほどおばあさんを愛しているのか、
はたまた昔おばあさんに迷惑をかけたのか。
そんな勝手な想像をしながら声が聞こえてくるたびに、
胸がざわつきいたたまれない気持ちになった。


ある時からおばあさんを見かけなくなった。

玄関の出入りはおじいさん一人になった。
ひとりで歩くおじいさんとすれ違うようになった。

しばらくすると赤ちゃんを抱えた孫世代と思しき若夫婦が
おじいさんの部屋に出入りするようになった。
所帯が若やいだ風でも無くおじいさんは若夫婦と親しそうでもなく
赤ん坊をあやしている風でもなくよくわからない関係に見える。

始めは同居しているのかとおもえた彼等はどうやら
隣り合った住居を行き来しているようだった。
とにかくおじいさんは全くの一人ぼっちになった訳ではないようだ。

おばあさんの介護から解放されたおじいさんは、
安堵したようでもしょぼくれたふうでもなく、
やっぱり頑なに前を見据えてずんずん歩いている。

posted by えるか at 21:45| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月29日

愛すべきものたち

以前、犬に会うために遠回りの道を歩いている事を書いた。
(こちらです『白いビーグル犬』)

その後、私と同年代くらいの人が散歩をさせている所を見つけ、
思いきって話しかけた。
名前がサクラちゃん(仮名)であることが判明。
御歳18歳のおばあさん犬であるとわかった。
たふたふとした耳の感触を手にうきうきと家に帰る。

それからは庭に出ているところを見つけると
「サクラちゃん」と声をかけた。
もうワンちゃんでなく名前を呼ぶので白いビーグル犬は
(誰?)という顔をしないで門まで来るようになった。

そして寒い冬が過ぎ、
そろそろ今日あたり庭に出ているかも、
と家の前を通りかかるも会えないことが二度三度と続いた。

四月に入りその日も暖かい午後であったが、
庭に出ていたのは家人の白髪のご婦人だった。
いったんは通り過ぎたが戻って声をかけた。

「サクラちゃんはお元気ですか?」
すると老婦人は、ああ、、、、と言い、
「、、、、もうひと月、、になるかしらね、、、」

サクラちゃんは亡くなっていた。
突然に訪れた死であったらしい。

いつも見かけると声を掛けていたことなどを話していると、
どうぞ写真をみてやってください、と門を開けてくれた。
通りがかりの者ですから、と断ったが、
どうぞどうぞ、と玄関をあけてリビングに招き入れられた。

玄関には知人がサクラちゃんの死後描いてくれたという絵が飾ってあり、
リビングの祭壇の上にはお骨とともに、
在りし日の白いビーグル犬の大きな写真があった。
サクラちゃんは多くの人に愛されていたのだ。

見ず知らずの私が上がりこんでいいのだろうか、
とドギマギしながら老婦人の話を聞く。
私の事を誰か知人と勘違いしているのではないだろうか。

このひと月ずっとサクラ、サクラ、と思い暮らしたこと。
人が亡くなるよりずっと悲しい、
ほんとうに悲しく哀しくて仕方がないということであった。
思わずこちらも涙ぐんでしまう。

リビングに入った時に気がついたのであるが
実はこの家にはもう一匹、犬が居た。
小さなチワワだ。マットの上でじっと丸まっていた。

帰り際、そのチワワを撫でようとすると、
「手を出さないで、咬まれますよ」
と言われた。

「この子はサクラが嫌いでねえ、仲が悪くって。
 皆がサクラサクラと言うものだからすっかりいじけてねえ、、」

そう言われればサクラちゃんの話をしていた私にお尻を向けて、
呼びかけてもこちらを見ようともしない。

歳を聞けば同じくらいだそうだ。庭には一度も出した事はないという。
名前を聞いたら、
「え、、と何だったかしら、、」
老婦人はかなりの時間考えていたが、とうとう思い出せなかった。

悲しみの中とはいえ名前も思いだしてもらえないチワワ。
18年間ずっといじけてきたのか。
死してなおサクラちゃんに負けているチワワ。可哀そうだ。

人懐っこいサクラちゃんは皆の愛情を一身に受け、
チワワはずっと日蔭者だったのだろうか。
2匹というのは難しいものだなあ、と
うちの仲の悪い猫たちを思う。


玄関にあったサクラちゃんのマットの場所には
花の鉢が三つ置かれるようになり、
通りかかる私には寂しい限りだった。

ところが先日、庭にチワワが居た。
洗った後なのかマットも出してあった。
心なしかチワワは少しふっくらとし表情はずいぶんと柔らかくなっていて、
チラリとこちらを見た。


posted by えるか at 22:46| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月10日

小保方さん

STAP細胞が発表され小保方さんが躍り出た時、
門外漢の私が思った事は、
(ノーベル賞の山中教授の立場はどうなってしまうのか!?)
というアホな懸念であった。

小保方さんの研究着?である割烹着がデパートで売れたり、
世間とはまあなんと軽い動きをするものよと呆れながらも
私も猫の毛よけに買おうかなとチラと思ったりした。

洒落っ気も化粧っ気も満載のイマドキ理系女の小保方さん。
疑惑が取り沙汰されてからは色々と言われている。

上沼恵美子さんなどは、
「ほらっ!男に気に入られるタイプやわ。
 全然きれいじゃないもん。
 手を伸ばせば手に入ると思わせるタイプ!」
なんて言ってたけどまあ確かに女子には嫌われるタイプかも。
なんとなくデビューしたころの松田聖子に感じが似ている。

理研の発表をニュースで見たけど、
まあなんと冷たい。とかげの尻尾切りもいいとこだ。
男社会の冷たさ、組織の非情さを感じたのは私だけではなかったようで、
周りではチラホラとそんな声も聞こえてくる。

しかし識者の声は皆おしなべて小保方さんに冷たい。
最近になってようやく研究機関、
共同執筆者やメディアの責任を問う声が上がるようになった。
真相がどうなのかは私には何もわからない。
だからあれこれ言う資格は何もない。

比べるのもなんですが、
佐村河内氏の時は私も音楽畑の人間であるので、
彼のなんじゃこりゃ振りにははっきりとおかしいと言えた。

浪速のモーツァルトことキダタローさんが
「こんな物は猫でも書ける!」
と言い捨てたゴーストライターへの指示書。
猫でも書けるとは言わないが、
私にも小学生の落書きのようなものに思えた。

ところがこれを複数のテレビアナウンサーが、
「これのどこがおかしいんでしょうか。
 ちゃんとしたものに見えますが、、、
 では○○さんに解説していただきましょう」
なんて言っていた。

(世の中の人の音楽に対する認識ってこんなものなのか!)
と仰天したのだけど、
今回は間違いなく私は世の中の人であります。

ただただ自分が小保方さんでなくて本当によかった。
そう胸を撫で下ろしている。なれるわけもないが。

当事者になるのは何事も辛いことだ。

posted by えるか at 21:29| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月18日

『幸福学』 白熱教室

少し前になるけどEテレで
白熱教室『幸福学』をやっていた。
途中から見たので録画も半分くらいしか残ってないのだけど、
とっぱしから私にはかなり意気消沈する内容だった。
「幸福学」なのに。

人びとをグループに分けてあった。

・結婚している男性
・結婚している女性
・生涯独身の人
・離婚、死別の一人身の人

うろ覚えで申し訳ないけれどこんな感じの分類。
そして年代によりそれぞれの幸福度が折れ線グラフになっていた。

言いたい事は「結婚している人は幸福度が高い」
ということだったんだけど、
50代のところ、まさに私のところ「離婚死別の人」
がビリッケツの幸福度。
幸福というより数字はほとんどなく、
不幸とはっきり言ってもらった方がよろしい。

その後70か80代になってようやくビリから3位に浮上する。
その時のビリッケツがどれだったか忘れたけど
多分その時になり配偶者を失ったり介護を抱えたりの人だったかも。

取り敢えず「あなたは世の中で一番不幸な分類である」
とわざわざ改めて烙印を押されたようでションボリ。
小さなことに喜びを見つけ、
人と比べずなんとかやれるようになっていたのだけど、
冷や水を浴びせられたような気分。

50代の幸福度第一位は確か結婚している女性だった。
(ちょっと記憶が曖昧だけど)
私はここでも上位から転落(以前主婦の社会的地位の高さを記した)
こちらです(『変?』)
友人にはもちろん結婚している人が多く、
私って無理しているのか友人に気を遣わせているのかと
今さらながらのガックリ。

でも講義している教授はなかなか素敵な人で
別に悪意があってこのようなことを言っているようでもないので
引き続きそのまま見た。

そのあと余命数週間の人に
「人生で後悔していることはなんですか?」
という質問で統計を取った話が出た。
(北欧の話)

なんと残酷な質問をしたものか。
「なにが幸せだったですか?」ではなく、
死にゆく人にどうしてそのようなことを。
研究者とは非情なもの。

・人の期待に応える人生でなく、
 自分に正直に生きる勇気が欲しかった。

・あんなに働かなければよかった。

・勇気をだして人に気持ちを伝えればよかった。

・友達とつき合い続ければよかった。

・自分が幸せになるのを許せばよかった。

どれも深い言葉である。

「人生で何を後悔しているか」
私は即座に2つ3つ答えることが出来る。
普段は消しているがそのことを思い出しかなり沈んでしまった。
幸福学なのに。

日本の統計では66%の人が
「自分の心の支えになっているのは家族」
と答えている。友人は24%。単身者にはつらい統計。
統計ってほんまか?って思うけどね。

毎日誰かに親切にしよう、そしてそれをノートに書こう。
幸福は伝染していく。
人と付き合おう。そうすれば幸せな人と出会います。
弱みを見せられて相談できる友人が1人か2人いればいい。
大切なのは人をサポートすること。されることではない。

などなどいいお話で進んでいくのですが
講義している教授は研究者の家系てエリートでハンサム。
なんかすくすく王道を歩いてきたような人だなあ(想像)。

聴いている聴講生の、
「でも家族にも恵まれず、子どもの時から一人ぼっちで不幸な人は
 どうしたらいいですか?」
という問いには、
「結論を急がないことです」
ってなんじゃそりゃ。

明るくいい番組ではありましたが、
改めて自分がマイノリティであり世間的には不幸な人と
みなされるということを認識しました。

でもね、
日本で日本人がこんなこと言ってたら批判されますですよ。
白熱するならもっと高度でないと。
あくまで外国の講義ということで。


posted by えるか at 23:57| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月04日

カラスの教科書

『カラスどこが悪い』という題名の本があるそうです。

『カラスそんなに悪いか』だと思いこみ検索してしまったけど、
私もそう思っております。

『カラスの常識』  柴田佳秀 著
『カラスの教科書』 松原始  著

この2冊を読んだ。

『カラスの常識』の柴田佳秀さんは東京農業大学で生態学を専攻し、
番組制作会社でNHKの自然番組を数多く制作。
わざとカラスを怒らせ自分を襲わせ、
襲われたときの表情があまりに嬉しそうだったために、
その映像はお蔵入りになったそうだ。

『カラスの教科書』の松原始さんは京都大学理学博士。
専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館勤務。
研究テーマはカラスの行動と進化。
ユーモアたっぷりの語り口調のこの分厚い本は面白いです

どちらの本もカラスへの愛情が半端ではなく、
ほんとうにカラスが好きなんだなあとその一途さが羨ましい。

・カラスの一番の好物はマヨネーズ
・ハシボソガラス(嘴が細い)は関西 ハシブトガラス(太い)は関東
・ハシボソは地面を歩く ハシブトは歩かない
・遊びが大好き 滑り台で滑る、電線にぶら下がる 蛇口をあけて水を飲む
・一夫一婦制
・人が怖い 後ろからしかキックしない それも巣がある場合のみ
・じつは生態はよくわかっていない 
・捕獲網にかかるカラスは若いカラスだけ     etc、

読んでからだいぶ日がたっているので
覚えているのがこんなに少しですみません。

こういう本を読んでいると
今さらこんなこと言ってもせんないことだけれど、
(自分の好きな道に進みたかったなあ、、)
と何を今さらの事を考える。

「山に籠って動物観察」が自分に一番合っていたような気がする。
文学部に進みたかった、とか心理学をやりたかった、とか
絵は才能ないけれど音楽よりは合っていたとか、
そんなことをよく考えたけど、
動物好きがどうも人より度を越しているように思うのだ。

忘れていたけれど、
高校に入学してまず入部届けを出したのが『生物部』だった!

新入生には広すぎる校舎の一番奥に生物部はあった。
窓を埋め尽くすほど教室中に研究発表の模造紙が貼られ、
プラスチックの水槽があちこちあった。

そこに一人で入って行って初日に入部届けを出したのに、
「そんな地味な部活はいけません!」
と親に怒られ次の日に取り消しにいった。

そんな事をいう親も親だがそのまま言う事を聞く私も私だ。
だから好きでもないのに音大までいってしまうのだ。
ほんとうにアホである。

生物部の部長さんは今から思うとなかなか素敵な人で
生徒会にも属し確か京大に行かれたと思う。
友人が名前をすらすらと覚えていたということは、
それなりに有名人だったのだろう。

親の言う事を聞かずあのまま生物部に入っていたら、
ひょっとしたら私も農学部にいって研究をしていたかも、、、

なんて崩壊しかけた脳の中で
夢は枯野を駆け巡るのである。
posted by えるか at 21:33| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月31日

カラスと私

我が家の窓からは、
向かいのマンションの屋上のアンテナが見える。
夕方になるとそこにカラスがやってくる。

ユウ猫が口を「カカ、カカカ、、」
と鳴らして身構えるのでわかるのだ。

ボロボロの野良仔猫だったユウはカラスの声がすると
サッとソファの下に逃げ込んで怖がっていたけど、
今では自分が襲わんばかりの勢い。無理だけど。

このカラスはつがいらしく時々2羽でアンテナにとまっているが、
たいていは一匹のカラスが先にきている。

(なんか音がする)と窓の外を見ると
カラスが屋上の縁をカタカタカタと音をたててと歩いていたりする。
向かいのマンションとは音が反響しあうので、
カラスの足音もはっきりと聞こえるのだ。

ジリジリと照りつける太陽にあぶられるように、
クチバシをあけてあえぐように歩いていて、
あんたも大変だねえ、とエールを送りたくなる。

でもその様は遊んでいるようでちょっとユーモラスでもある。
どれくらい熱いのかちょっくら歩いてやろうではないか、
という感じなのである。

レッスンに行く道すがらの公園には、
同じカラス(たぶん)がいつも一羽トコトコ歩いていて、
それはまるで午後の散歩を楽しんでいるようだ。
私はこのカラスに会うことを楽しみにその公園の横を歩く。

時々トロそうな家猫の毛をひっぱってからかっている。
猫はベンチの下に避難するのみ。

カラスが利口なのは有名だけど、テレビ(BS11地球いきもの大図鑑)で
カラスが人の顔を覚えていることを、
立証したのを見た時は驚いた。

仲間を捕まえて行った人間の顔を、時がたっても覚えているのだ。
その人間たちがまたやってくると、
それまで人を見ても静かだったカラスたちは、
ギャーギャーと騒ぎ立てていた。

そして驚くべきは当時巣にいた雛までが、
その人間たちの顔を学習していたということだった。
雛たちが成長して違う地域で暮らすようになっても、
その人間を見つけるとギャーギャーと鳴いたのだった。

18年くらい前、私は東北の仙台に住んでいた。
仙台で広く購読されている新聞は、
朝日でも毎日でも読売でもなく河北新報という、
それまでは聞いたこともない名前の地方紙だった。
仙台ではほとんどの家庭ではこの河北新報を読んでいた。

ある日その河北新報の夕方の一面に、
『カラス 車にクルミを轢かせる』(注・正しい見出しは忘れました)
という記事が載った。

「青葉城祉の車道にある日カラスがクルミを置くようになった。
 その範囲はある一点から日を追うごとに広まっており、
 カラスは情報伝達と学習をしているらしい」

というような内容だった。
近くには東北大学があり発表したのは大学の人だったように記憶している。
当時私はその近くに住んでおりまさにご近所話だったのである。

面白い記事とは思ったけれど、
カラスが夕刊のトップ記事とはさすが地方紙だなあ、
とその時はあきれてしまった。

しかしこの『胡桃割らせ事件』は有名らしく、
どのカラスの本にも書いていある。
最近カラスの本を読んでわかった。申し訳ないです。

次回、もう少しカラス話が続きます。

8月も今日で終わり。
まだまだ暑さは続きそうだけど、
ひとまず8月は来年までは来ない。

皆さまお疲れさまでした。
もうちょっと頑張りましょう。
posted by えるか at 21:47| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月14日

『仕事ハッケン伝』 イルカトレーナー

NHK「仕事ハッケン伝・イルカトレーナー」を見た。
(木曜夜10時から)

芸人キングコングの梶原雄太さんが、
一週間イルカトレーナーの仕事を体験するというもの。
運動神経抜群の梶原さんも分刻みの飼育スケジュールと、
浮力のあるボディスーツを着ての10メートルの潜水や、
水路を泳ぎきることに悪戦苦闘。

トレーナーの寶さんに、
「しんどい、とか出来ない、とかばかり言うけど、
 そんなことわかってます。急に来てるんだから。
 でもトレーナーをやりたくてもやれない人が
 たくさん居ることを忘れないで」
と言われてからは頑張った。

7日目には見事イルカショウに出演。
5メートルの巨大イルカに片足を押され水中を猛スピードで進み、
水深6メートルまで潜ってそこからイルカの鼻先に乗って、
イルカと共に大きくジャンプ。拍手を受けた。

餌は一日800キログラム。
一頭ごとに内容や量が決まっていて、そしておどろく事に、
肝臓などのかなりの量の薬を餌の魚に詰め込んでいた。
こんなにたくさんの薬を飲んでいるのか。

イルカトレーナーの一番の仕事は動物の命を守ること。
そのために採血投薬など健康管理が大事な仕事。
『ハズバンダリートレーニング』という、
大人しく採血やエコーを取らせる体勢をとれるようになる訓練が大切らしい。

『ショーは動物の魅力を伝えるところ。
 実際にジャンプしたり息の音を聞いたりして興味を持ってほしい。
 そこから海をきれいにしようと思ったり、
 自然保護に関心を持って欲しい。その入口になるのが水族館です』
とは寶さんの言葉。

子どもの頃、
動物園や水族館にいる生きものを可哀そうだと思った。
捕まえられて、こんな狭いところに入れられて、
もし自分もこんなところに入れられたらどうしようと暗くなった。
(もちろんその頃の飼育員さんも一生懸命されていたろう)

時は移り今や動物園には野生の動物は居なくて
動物園生まれの動物ばかりになった(たぶん)。
子どもたちへの自然や動物教育を担う傍ら、
種の保存、絶滅危惧種の保護を、世界中の動物園が連携してやっているそうだ。

BS11の『地球いきもの大図鑑』では
アメリカ・スミソニアン国立公園の保全生物学研究所での
パンダなど絶滅危惧種の人口繁殖を特集していた。

腹腔鏡手術で腹に2か所の穴を開け、
子宮に直接精子を入れるというもの。
この方法は中国や各国のパンダにも取り入れられ、
多くの実績を重ねているそうだ。

ここでは絶滅したと思われていたクロアシイタチを
遺伝子の多様性を保つため徹底的な遺伝子管理のもと、
たった18匹から繁殖を続け増やし自然に戻している。
ウンピョウやチータなども各国の動物園と協力しあい
絶滅を防いでいる。

殺して絶滅させてしまうのも人間なら、
なんとかそれを防ごうとするのも人間なのだ。

少ないからといって大切にし
多すぎるといって調整する人間。

箕面の猿や広島の鹿は増えすぎて餌やり禁止になった。
宮島の鹿はやせ細ってかわいそうだ。餓死した鹿の胃からは砂が出てきたという。
熊は危険だといって殺される。パンダもあちこちたくさん居たら殺す?
そして密猟に闇で金を出す悪い奴ら。

この春イルカをさわったら温かかった。
体温があったのだ。
(哺乳類なんだ、、、)

海にいるから哺乳類と言われても、
今までピンとこなかった。
でもほんの一瞬さわっただけで同じ哺乳類であることを知った。
確かに教育の一環を担っていたのである。
posted by えるか at 15:37| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月04日

100分de名著『老子』

前回の続きです。

100分de名著『老子』第4週。
ゲスト・ドリアン助川さん

あるいは明川哲也さん。
早稲田大学第一文学部の東洋哲学科を出た作家・詩人。
その時々で肩書きはミュージシャンであったり、
創作家や道化師であったり。

彼のラジオを聴いたこともなければ音楽を聴いたこともなく、
本や新聞の小さな顔写真しか見たこともないのだけど
実は密かにファンです。

魅力的な人と思うんだけど、
「格好いい」なんて言ったらまた笑われそう。
彼の人生相談の回答を切り抜いてるくらい、
私にとって心にぴたっとくることを言う人です。

テレビで初めて動く明川哲也さんを見た。
あら素敵。
がっしりしてて手が大きくていい男じゃありませんか。
『朗読ダイエット』でダイエットしたとは読んだけど、
たぶん太ってたって好きです。

「社会からはずれちゃってるよなあ、、俺、、
 暇で多摩川を自転車で何回も往復してたんです。
 四季のうつろいを感じるようになって、
 そしたらあるときコスモスが一斉に
 こっちに手を振ってくれてたんですね。

 一軒屋を持っている人は庭を囲っちゃってる
 僕は稼ぎが少なくていまだ借家だけど
 歩いて行けるところは全部自分の庭だと思ったんです」
 

「さすが詩人!」
と伊集院光が感嘆していた。

「世の中(大自然)と社会は違う。
 社会でうまく行かないからといって全否定じゃない。
 もっと大きいものがあなたを見ている。
 そう思えば死のうなんて思う人いなくなるんじゃないかな」

「黒い鯉に生まれたことを、
 どうして赤い錦鯉じゃないんだと悲しむんじゃなくて
 鯉に生まれてよかった、と喜んで欲しい。
 皆、錦鯉になりたい。
 でも皆が錦鯉になる必要はないんです」

『足るを知る、身の程を知る、他人に憧れるな』

この言葉、時々ふと思いだし自分に言い聞かせるけど
すぐに忘れてしまいぐるぐると苦しむ。
壁に貼っておこうか。
どうしていい言葉はすぐに忘れてしまうんだろ。

コメンテーターであったり本を何冊も出版したり講師をしたり、
私には十分活躍しているとみえるドリアン助川さんも
自分を社会から外れていると思っていた。

心にすとんと入りこんでくる言葉を紡ぐ彼でさえ、
ステレオタイプの社会が気になって仕方がなかった。
私がおおいなる教えTAO(道・大自然)を
身につけることはかなり難しそう。

老子でさえも悔し涙を流したそうだ。
「私だけが貧しい。
 一人孤独で漂っている。
 人々はいきいきとしているのに
 私だけがもんもんと暗い。
 心は波のように絶え間なく揺れている」

幸不幸はその人しだい。幸不幸の感情に惑わされるな。
雨の日は嫌というのは勝手な感情。
人の道を歩くな。
人間社会をすべてと思うな。
まっすぐな人はぶれるものだ。 
自分が小さいと落ち込む必要はない。
いろんな生き方であっていい。

私は番組を見終えたらすぐに、
これを書いてパソコンを閉じたらあっという間に
これらのすばらしい教えを忘れてしまうだろう。

でも時には思いだして心穏やかに過ごせれば。

(再放送は
 明日6月5日
 朝5:30〜と昼12:25〜です)
posted by えるか at 12:58| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月29日

記者有論

朝日新聞コラム『記者有論』。

ウクレレ漫談の牧伸二さんが亡くなり自死とみられている件について
「生き抜いてこそ芸人だ」
と書いた編集委員がいた。(5月11日付)
本も出しているおエライ方です。

『芸人は職業でなく、生き方そのものではないだろうか。
 長生きしないと極められない。
 どんな逆境でも生き抜く。転んでもただでは起きない。
 自分をさらけ出し自分の恥をネタにしてまでも笑いをとる。
 そんなしたたかで、ふてぶてしいばかりの芸人に、
 大ベテランの牧さんもなれなかったのだろうか
 ウクレレ漫談が今は空しく響く』

という、
死者に鞭打つというか首つりの足を引っ張るような
頭から砂を浴びせるような内容だった。
一見正論?私には軍事教練のように聞こえます。
実際多いんでしょう、こういう人。

しかし大新聞のコラムである。
この記事を止める人は社内に居なかったのか。
弱者に寄りそうような事を書いているかと思えば
相も変わらぬエリートの上から目線であり
その恥ずかしさにも気付いていない頭の悪い鈍感さに、
かなり私はムカムカした。
こんなエリートがあっちこっちにいっぱい居てるのか朝日新聞。

ところが今日、同じ『記者有論』に
「牧伸二さんの死 弱音を吐ける社会こそ」
と題して、
朝日新聞オピニオン編集部の磯村健太郎さんという人が反論した。

「芸人であれ会社員であれ、
 本当につらい時は弱音を吐ける。
 そんな柔らかい雰囲気を醸成することこそ、
 この国には必要と考える」

とあった。よかった、まともな人も居た。
大きいとはいえ同じ社内で大丈夫なのか。
あるいはヘタな記事を出してしまった朝日流のもみ消しなのか、
その辺は私にわかるはずもないけれどかなり溜飲が下がりました。

論説委員ともなるとかなり社内でも地位のある人なんだろう。
上にたてつくのは大変な事と思うが、
新聞とはそもそもそういうもんでしょ。
あ、違った情報操作だったっけ?

高い購読料払ってるんだから磯村健太郎さんのような人が、
もっと増えてくれることを切望する。
11日付のような記事を出す時点で、
恥ずかしいぞ朝日新聞。
posted by えるか at 17:37| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月17日

折り返し

20代も後半になった頃たぶん27歳ぐらいの時、
早く30歳になりたかった。

まわりの「30歳になるなんて、、、、、絶対イヤ!」
という声を尻目にひたすら待ち焦がれていたのである。

どうして皆がそんなに30代になるのが嫌なのか、
「もう人生は終わりだ」なんて思ってしまうのか
私にはさっぱりわからんかった。

『30歳からが勝負、
 差がついてくるのはこれからなのよ』
と胸の内で(ふ、ふ、ふ、)とニンマリしていたのである。

まあほんとに見事に差がついて、
この体たらくであるが還暦もあと5年を切るようになって、
早く60歳になりたいと思うようになった。

還暦というとそれからは人生の折り返し。
人生88年の今ではまだまだひよっ子かもしれない、
ずっと現役で走る人も益々耀きを増す人もいるだろう。

でも昔なら立派な老人だ。
不出来だった事からも許してもらい、
自分をも許して解放してやってもいい時なのではないだろうか、
と思うのだ。

何事も為さなかった自分に「もういいじゃないか」
と声をかける日が来るのかもしれない。
肩の力が抜けてひょうひょうと歩けるようになるかもしれない。

そう思うと(あと5年、、、、、)
なんだかほの明るい灯が見えるような気がするのだ。


posted by えるか at 22:38| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月11日

逢坂剛さん

夕刊で久しぶりに作家・逢坂剛さんをお見かけした。
(『人生の贈りもの』聞き書き)

もう69歳になられたのか。
相変わらずスリムでダンディな方である。
『カディスの赤い星』『百舌の叫ぶ夜』『クリビッキー症候群』
など初期の作品はリアルタイムで読んだ。
もう28年くらい前、私もまだ20代(後半)。
若かった、懐かしい。

小説に出てくる女性は多分に作者の好みであることが多いと思う。
渡辺淳一爺は鎖骨に水が溜まるほど華奢で、
抱き締めればいくらでも締まりそうで、
なおかつ胸やお尻は豊かな女性と決まっている。

逢坂さんの作品に出てくる女性は背が高く細身、
ハンサムウーマンであった。
私の知る限りこういう女性が小説に出てきたのは
逢坂さんが初めてである。
(あくまで私の読書範囲です)
(そのあと桐野夏生さんであります)

インタビューで、
 ・震災を経て自作は変わりましたか?

「重い出来ごととして受け止めましたが、
 作風に影響はなかった。

 あれで書けなくなったという話を聞くと、
 あなたの文学で被災地を救えるのですか
 と問いたくなる。

 少なくとも動かそうと思って書くことは
 大それていると、私は思います」

という言葉にちょっと胸がすきました。
「無力だ」という言葉は、
安全圏からの自分への気休めにしか私には聞こえない。

小説の登場人物を足して割ったら作者になる。
とそう私は思っているのですがどうでしょう。
(あと友人を足して割ったら自分になる)

そんなわけで文章というものは自分がさらけだされてしまう
恐ろしいものであります。

まあ、字も絵も歩き方もなんでもそうですが。
目つきとか。

posted by えるか at 00:14| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月01日

オイコノミア

オイコノミア(Eテレ火曜11:30〜)
最近の放送は『幸せになりたい、、、経済学的幸福論』だった。
(以前の記事はこちらです)

ピースの又吉くんが経済学から生活を検証するこの番組は、
3ヵ月ワンクールで終わるのかと思っていたらもうすぐ一周年だそうだ。

売れっ子なのにどこか不安気な又吉くん。
ハンサムなのにちょっと鼻と口が斜めなのはなぜなのか。
調子こいてなくみえるところが私は好きです。
講師の大竹先生はピースマークのような坊ちゃん顔の方。

「自分の幸福度は10点満点として何点ですか?」

又吉くんは5点だそうです。
こんなに売れっ子なのにそう高くないところが彼らしい。
対して大竹先生は8点。
ずっとそうなんだそうです。(どんな人なんですか?)

日本人の平均は6、6点。
これを高いと思うか低いと思うかで自分の幸福度が推し量れそう。
私は今かなり落ち込んでいるので3点かなあ。
皆さんの半分以下です。

平均値っていまいち信用出来ないけど、
女性は男性より総じて幸福度が高く、
年代では50代男性が一番低い、
10代男性(というより男の子)が幸福度が一番高い。

都道府県別にみると、
なんと私が住む兵庫県が6、81点で全国一位です。
そうなんですか!?兵庫県の人は幸福なんですね。
3点の私って県民とは言えません。

統計からみると「幸福な人」とは
「兵庫県に住み結婚していて年収700万の30代の女性」
なんだと。
番組では(いるのか?)と流れたけど一部の地域には居そう、、

20代の人たちは閉塞感でいっぱいかとおもいきや、
年功序列が崩れた今は年上が羨ましくもなく
生まれた時すでに不況だったので不況もあたりまえ、
幸福感はそんなに低くないそうだ。

「人と比べないと幸せである、
 人と比べる事で不幸は始まる」

3点の私。
もしまわりがみんな自分と同じならば、
確かに8点くらいには上がりそう。
ぼやきながらも楽しいことを見つけ暮らすだろう。
自分だけそうでないから悲しいのだ。

もう一つ、
「30万円をどう使うか?」
海外旅行するかソファを買うか。

経済学的にどちらが幸福かというと旅行だそうです。
ソファは所有することに慣れてしまうけど、
旅行は思い出としてずっと残るから。
物を買ったその幸福感は4日しか続かないそうな。

嬉しい事もその状態に人間は慣れてしまう。
結婚の幸せは2年しか続かず、4年で結婚前よりマイナスになってしまう。

しかし人間は不幸感にも慣れるのである。
このことは生きていくことの人間の知恵ではないだろうか。
喜びにも哀しみにも人は慣れて順応していくのだ。

『人間は柔軟な生き物だ。何にでも慣れてしまう    
                ドストエフスキー』

また終わりよければすべて良しで行動経済学では
幸せは最後が肝心とされるそう。
デートは最後の言葉がキメだそうですよ。

不況の時はお笑いが流行るというように
人間は辛い時に笑いを求める。
お笑いを見た後は成績も上がるそうです。

そういうと無理やりにでも笑顔を作ると脳が騙されて
元気になるって脳の本で読んだことあったな。
ふさいでないで笑って行こう。
『笑う門には福来る』なのである。

次回オイコノミア(3月5日)は『経済ポエムスペシャル』は
又吉くんの経済(つぶやき?)ポエム集です。


posted by えるか at 00:04| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月19日

失言

人を傷つけるようなことを決して言わない、
頭のいい友達が2人いると以前書いた。

しかし寄る年波か、
彼女たちもついポロっと崩れるようになった。
ああ彼女たちでさえ、、、

私は最近失言続きである。
すぐ気が付くならまだしも(手遅れだが)
家に帰ってからえらいことを言ってしまったと
がっくりくることが増えた。
これから先どれほどの失言を繰り返すか考えるだけで恐ろしい。

口から出たものはもう帰らない。
言い訳などせずひたすら許して忘れてもらうことを、
平に心に願うしかないのである。

むかし親しい友人に大失言された。
ショックで言葉も出なかった。
翌日「言ってはならない事を言ってしまった、、」
と電話が入ったけど、「そうだね、、」としか言えなかった。

以来お互いに恐る恐る出す年賀状。
何年かに一度のわりで電話が入る。
その時はお互い屈託なく喋るけど、
「また会おうよ」という言葉はまだ実現していない。
互いにわだかまりなく喋れるかまだ少し怖いのだ。

昔からの友達は得難い。
いつか会いたいと思う。
posted by えるか at 21:00| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月12日

ホワイトライオンの帰郷

『地球いきもの大図鑑』BS11月曜夜8時〜

動物ものはどこまでもチェックする私ですが、
今週の『ホワイトライオンの帰郷』は、
かなりショックだった。

普段見ている動物番組は、
アフリカの広大な自然保護区の中の動物が多い。
野生とはいえ禁猟区で保護されているのだ。
飢えやケンカで死ぬ事はあっても人間に殺される事はない(はず)。

南アフリカのジャンガニ族はホワイトライオンを
古代の王の霊として神聖な動物として崇め、
決して傷つけたり殺したりしないそうだ。

ところがホワイトライオンは保護の対象でなく、
30年前から目撃されておらず姿を消した。
もう野生としては一匹もいないのだ。

美しさがあだとなり捕獲されたり猟で殺され、
現在では業者に飼育されているのだという。

その目的が『ハンティングで殺すため』というから
驚いた。

密猟で動物たちが命を落としているのは知っていたけど、
殺すためにライオンが飼育されていたとは。
南アフリカではライオン狩りは一大産業なのだそうだ。
飼育者は言う。

「ライオンは理想的な家畜だね。
 ニワトリ飼うのと同じだよ。
 よく食べるし成長もいい。
 5年かけて大きくして、
 その後は剥製となって家の壁を飾るのさ」

狭い囲いの中でライオンを撃つ
『缶詰ハンティング』という言葉まである。
ホワイトライオンは13万ドルもするらしい。
(約1000万円てこと?!)
ホワイトライオンにするために、
業者は近親交配を繰り返している。

番組はホワイトライオンを野生に帰すプロジェクトを立ち上げた女性の話で、
以上の話は番組のほんの一部だったんだけど、
私はライオンを殺すために飼育しているということに
そのことを知らなかったことにショックを受けた。

自分の知っている事などごく僅かで、
しかも報道されていることしか知らないのだ。

どうぞその業者やハンティングをする客に罰が下りますように。
とは思うけど私だって食べるために飼育された豚や、
鶏の肉を食い革のバッグを持っている。

科学者は近親交配を繰り返したホワイトライオンを
野生に帰すことに反対している。

そして狭い所で飼育されたホワイトライオンたちは
走り回る力が無く顔付きは猫のようで精悍さの欠片も無い。
こんなホゲラとした顔のまま、
お金持ちの銃に撃たれて剥製にされていくのか。

美しい姿というだけで狩りの対象にされ、
そしてまたその姿で保護もされるライオン。

つくづく身勝手な人間である自分を思うのである。
こういう事実をNHKは放映しない。
BS11という新聞の主要テレビ欄にものらない局が放映するのだ。

posted by えるか at 23:39| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月06日

わからん

「自分を表現する」とか
「子どもに伝えていく」とか、
そういう言葉がここ数年よく使われているような気がするけど、
私にはどうもわからない。

自分を表現するために何かしたことはないし、
そもそもどうして表現しなければならないのだろう。
表現するという言葉は私には恥ずかしい。

ただする、したいからする、しなくてはならないからする、
それではいけないのだろうか。

子どもに伝えていくほど大したものも私には全くない。
伝えて迷惑なものなものならいっぱいあるけど。

世間の人は皆そんなこと思って生活しているんですかね。

posted by えるか at 19:06| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月16日

もの申す

日本の若者は政治のことに無関心であり、
外国の若者はきちんと意見を持っていると言われている。

確かにその通りで私なんぞは恥ずかしい限りである。
(若者じゃないけど)
新聞も政治欄はほとんど読まないし、
ニュースでちらりと見る程度で私の入れる穴などないが
あったら入らねばならぬ。

そんなわけで政治のことは私には言う資格などないが、
ついに解散を決めた野田首相を私は嫌いではない。
ほんとうに単に顔の好き嫌いだけなんだけど、
「うそつき」なんて言われて可哀そうだ。
最近の首相の中では断トツでまともな顔をした人だと思うんだけど。

勝手に辞めておいてどの面下げてと思う人を総裁に選ぶ自民党に
「うそつき」呼ばわりされるって、、、どうなんだろ。

総裁選に出馬すら出来なかった谷垣元総裁も
私は顔だけで言えば好感を持っている。
そんなわけでやっぱり政治家はいい人(?)には無理なのだ、
などと結論付けてもそれこそ馬鹿丸出しの私なんだけど。

でも亡くなった阿久悠さんが日経に連載していたエッセイ、
「清らかな厭世 言葉を失くした日本人へ」で

『自国の首相を大新聞がこきおろし、
 新しい首相になってもどうせまた駄目なのだと始めから書いている。
 失敗ばかりをあげあつらい、
 自国の首相が外国で軽く扱われることに憤りを感じるどころか囃したてる。
 こんなことでいいのか』
(↑こんな感じの内容だった。うろ覚えですみません)
と書いておられた。

このエッセイ集はどの文章も頷けることばかりで
普段私が感じている違和感を払拭してくれた。
どうして皆と同じような意見を持てないのかへこたれている私は
嬉しくなったのだった。

エコにしろ原子力にしろあまりにも当然のようにワイワイやられると、
本当にそうなのか、ちゃんと意味を分かって皆言っているのか、
怖くなってしまうんだけど。

こんなにコロコロ首相が変わる国を
外国は信用してくれないだろう。
誰もがそう思っているだろうに一向に変わらない日本。
いったいどうなっているのだろう。
こんなこと言う前に自分のこと反省しないといけないけど。

posted by えるか at 00:17| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月03日

あたりまえ

価値観は人それぞれ、
想像以上に多様というけれど。

類は友を呼ぶというように人それぞれと言いながらも、
自分と接する事が多い人の価値観に、
私なんぞはすぐに右往左往してしまう。

『働く』ということについては、
ずっと私につきまとうイヤ〜な問題だ。

私自身は、
友達のお母さんは皆専業主婦という時代に働く母を持ち、
「お母さんが(昼間)いなくて可哀そうね〜」
と余計な事を言われ、自分は絶対に働かず専業主婦になろう、
と決めていた人間である。

結婚する時、婚家先には
「働きたいと思うような人は困る」
と言われたしこれ幸いと専業主婦になった。

子どもが二人生まれニュータウンに引っ越し、
まあいろんな人がいるなあ、とは思っても、
ある意味似たりよったりの人たちが周りにいたのである。

ニュータウンはファミリー層が住む。
まず子どもがいる。家はロ〜ンを抱えた持ち家。
貧乏でもなく金持ちでもない、
それが当たり前という生活であった。

ところが転勤などで生活は変わり始め、
いろんな事がありとうとう夫も亡くなった。
私は家を売り小さなマンションを買った。
若くもなく年寄りでもない中途半端な年齢で未亡人になり、
どうしていいかわからないまま今日に至る。

結婚してもずっと働いている人には、
同じように働いている人が周りに居る。
結婚せずお店をかまえている人にはやはり同じ人たちが周りに居る。
その人たちの価値観はそれぞれ全然違うのである。

どこにも属せない私はやはり辛い。
世は働くのが当たり前の時代に動いている。
こんな私は死んだ方が世のためと思い詰めるほどに
働かねばならないということは私にとって強迫観念だ。

お金を稼ぐということはそんなにも偉いことなのか、
「稼ぐ儲ける」ことが生きる基本なのか、
最近ちょっとムッとしていて開き直ってきた私だ。
時代における価値観で押しつぶされるのはもうごめんなのだ。

と、言いつつ働いて稼いでいる人には頭があがらない私。
時々心臓がバクバクしてしまい、
そのまま心筋梗塞で倒れてしまいそうなんだけど。

何も生産してしてない私は、
生きて二酸化炭素をまき散らし、
物を消費し経済に微々貢献するか、
あるいは今すぐ死んで息子に僅かな金を残すかの
どちらかでしかないのである。

たまたま持った趣味がチェロとフランス語である。
びっくりしたのは豊かな人が多いということ。
働いている人もいるけど働く事など考えた事も無い人も結構いる。
これは正直有り難かった。

こういう人たちも居るのだから、、、と思ってみたり、
いやもう立場が違うわ一緒になってたらあかん、、、と悲観してみたり。

ひどい(?)のがフランス語教室。
全員主婦。
新規で入門講座の開設がその教室しか無かったので行き始めたけれど、
近くに芦屋や御影があり主婦というより奥様方ばかりなのだ。
お金持ちとして生まれお金持ちと結婚してお金持ちが当然の方々。
働くなんてはなから頭から無い人種です。

働いてないことに微塵も疑いを持ってない、
こういう人たちもいるのだから、
と少しだけホっとはするけど、いやいや私は奥様じゃない。

まんの悪いことに阪急沿線なので、
電車にはそういう人たちがたくさん乗ってくる。
ファッション雑誌そのままの格好の人たち。

平日のデパートはベビーカーに赤ちゃんをのせ、
ブランド物を身にまとったセレブママたちが闊歩している。
この前ベビーカーに轢かれましたよ。
自分の子育て時代が可哀そうに思えてくるけど、
ちょっとあきれる、いやかなり。

通い始めた頃はそんな場所に違和感を感じていた私も
慣れというか麻痺というか今では慣れてしまった。
たまにJRに乗ると普通の人たちが乗っていてホッとする。

住む場所も間違っていると思うし、
「あたりまえ」ってなんだろう、と思うのだ。

posted by えるか at 21:33| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月23日

森の生活者ソロー

ヘンリー・デヴィッド・ソロー著
『孤独の愉しみ方』ー森の生活者ソローの叡智ー

この本を買ったのは随分の前だ。
生活雑貨のセレクトショップに置いてあった。
当時孤独であることが頭から離れなかった事と
表紙の森の深い緑木にひかれてつい買った。

ソローという人はハーバード大卒業後、教員を経て
森の中に小屋をたて自給自足で生きた人。
作家、思想家。

その思想はガンジー、キング牧師を動かし、
環境保護運動のバイブルとなった。

しかし当時買って一読した私はがっかりした。
ソローという人があまりにも私の生活と
かけ離れた世界の人だったからだ。

森の中で一人で住む体力も気力もない私には、
自分を貫き生きる事のできる恵まれた人の言葉としか
受け取れなかったのである。

本棚の中で何年か寝ていたこの本を
先日何気なく手に取った。

すると意外にも(あ、そうだな)と
はたと手を打つ言葉が幾つもあった。
近年そういうことを漠然と考えていたのである。
もちろんそう思えるのは5分の1くらいであり、
依然偉大な思想家とのへだたりは大きいのであるが。


『孤独は最もつきあいやすい友達である。
 それなのに孤独はたいてい嫌われる。
 自分の孤独に手を差しのべよう。

 他人の歩調に合わせようとするからつまずく。

 「みんな」という言葉に惑わされてはならない。
 「みんな」はどこにも存在しないし、
 「みんな」は決して何もしてくれない。

 自分のいまの生活を悪く言ってはいけない。
 自分の人生を愛したまえ。
 人生がどれほどみすぼらしいものであろうと生き抜くことだ。

 来ない客のために客間をつくる必要はない。

 二度読みたいニュースはない。
 ほとんどが原則を知っていれば済む問題だ。

 友はいつも通りの生活の場で迎えることだ。

 理解できない相手を常識はずれと思うのは、
 自分が愚かだからだ。

 しょっちゅう人に会いに行く。
 そんな習慣が互いの尊敬心を失わせる。

 富で買えるものは余分なものだけだ。

 美徳と言われる行為の多くはくだらない。

 無知だという自覚を持つ。

 額に汗して働く必要など実はどこにもない。
 簡素な生活をする気になればもっと楽しい生活が始まる。

 年長者だからといってその意見をうのみにしてはならない。

 相手がやり直そうとしているのなら、
 その人の過ちを一度許そう    』



文章の羅列になってしまったけど。
上に記した言葉は私にもやっと判ってきた。
ソローは働けとは言っていない。
精神的に豊かに生きよと言っている。
ここまで徹底的に言う人を知らない。

新聞は読むところがないもう止めたい、とか、
テレビドラマはつまらないな、とか
物語はほとんどもう知ってるか絵空事である、とか、
『100分de名著』での
「人生からあなたは常に問いかけられている」
という言葉にかなり感銘を受けた事とか。

まあその程度の私なんですけど。すみません。
posted by えるか at 21:19| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月26日

『史実 戦火の馬』

史実BS世界のドキュメンタリー(HNK)で、
『史実 戦火の馬』(War Horse The real story)
を見た。

DVDで映画を見たばかりだったので(こちらです)
なんとタイムリーな事だ。

2012年イギリス制作のこの番組は、
第一次世界大戦時の戦争下における100万頭の馬たちの運命を、
実際の映像と歴史家、軍事史家、獣医師、陸軍獣医、
生き残った兵士、将軍の孫などの解説やインタビュー
をまじえ映し出していた。

映画『戦火の馬』を見て想像していたよりは
馬はずっと大切にされていた。
というより馬なしでは戦えなかったのだ。

映画ではすぐ戦死した大尉は実際は生きていて、
実は将軍ですごく偉い人だったようだ。
ジャック・シーリー将軍。
私が知らなかっただけできっと有名な人だろう。

馬の名はウォーリヤー。
サラブレッドで気位が高く小柄だががっしりとし、
とても勇敢で戦場でも有名な馬だった。
恐怖にひるまず突進しまわりに希望を与えたそうだ。

ウォーリヤーは将軍とともに生還し平穏に暮らす。
1941年33才でウォーリヤーが天寿を全うした時は
タイムズ紙に載った。

とはいえ戦争を支えた大部分の馬の運命は過酷で残酷だった。
農場で働いていた馬たちはある日船で戦場へ送られた。
繊細な馬は船にもおびえ乗船に失敗し海に落ちた馬が
頭だけ海面から出し必死で泳ぎ船を追いかけても
誰もどうしようもなかった。

馬は自分の身に起こった状況が理解できない。
集められた兵士も馬の事は何もわからず、
動物愛護団体が世話の手引書を作る。
いつ死ぬかわからない兵士は馬の世話で心を癒し、
やがて人と馬の間で絆が生まれる。

しかし極寒で食料も水も薬もなく、
人も馬も戦闘より疲労や病気で死んだ。
ドイツ兵の撒く鉄びしも馬を致命傷を与えた。
ぬかるみに全身浸かった馬は引き上げらずやむなく射殺。
馬の殺し方は将校用の手引き書にたった3行で書かれていた。

ペニシリンもない当時、馬の治療所は20か所あった。
馬が足りずアメリカから数十万頭を輸入。
広大な草原で育った馬の運命は、
爆撃の中、泥沼で荷を引くことだった。

イギリスが勝ったのは馬のおかげだった。
驚くことに終戦時、馬は実は75万頭生きていた。
しかし2万数千頭しか帰って来なかった。

8万頭は飢えで苦しむフランスの食肉処理場に送られた。
仲間が殺されるところを次は自分である馬が見ている写真がある。
50万頭はイギリスに帰ることなく農家に売られた。
若い元気な馬は6万頭はせりにかけられた。

どう言葉を結べばいいかわからないが、
ウォーリヤーが奇跡の馬であることは間違いがない。

posted by えるか at 22:17| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月29日

セミ

以前、合評で、
「昼ごはんを食べた後、蝉しぐれを聞きながら、、」
と書いた作品に対して、
「蝉は真昼は鳴かないのでその文章はおかしい」
という意見が出た。

その時の決着はどうついたか忘れてしまったけど、
年々気温がヒートアップしていく昨今、
午前中鳴いている蝉の鳴きやむ時間が早くなっているように思う。

虫の嫌いな私も、
子どもの頃は人並みにセミを捕まえていた。
手で捕まえたことを父親に報告すると。
「お前に捕まるなんて寝とったんやろう」
と言われたものだ。

私のお気に入りはニイニイゼミ。
捕まえてもアブラゼミのように狂ったように羽をばたつかせることもなく
小さくて可愛い蝉。
鳴き声からチイチイゼミとも言っていた。

田舎の祖父の家に行くと家の中にオニヤンマが入ってきたりした。
シオカラトンボに指を咬まれたり糸トンボやお歯黒トンボの群生地や
はたまたホタルの群生地を散歩したなんて、
なんていい時代だったんだろう、、、と、
懐かしいのは夏だけであるのだが。

ユウ猫がきてから早朝に起こされるのに体が慣れてしまい、
最近は夜明け前にいったん目が覚めることが当たり前になった。
歳のせいもあるか、、、

起きると風を通すために窓を開ける。
早朝は近所のお屋敷の木々から小鳥の
チュンチュンチッチという声が聴こえてくる。
しばし避暑地にでもいるかのように幸せな気分に。

そのあとカラスが鳴き出す。
再びうつらうつらとしてハッと気が付くと
『シャーシャーシャーシャー!』
とクマゼミがの大合唱が始まり暑い一日が始まる。

このクマゼミの鳴きやむ時間が年々早くなるような気がする。
鳴く温度帯をあっという間に早い時間に
超えてしまうのではないだろうか。

セミのなく時間帯は種類によって決まっている。
クマゼミは午前中、アブラゼミやツクツクボウシは午後、
ニイニイゼミは一日中、ヒグラシは朝夕。

このあたりではツクツクボウシやヒグラシの声は聴けない。

祖父の田舎が懐かしい。
今はもうその家もないけど。
posted by えるか at 13:03| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月16日

沈黙の町で

奥田英朗さんの新聞小説『沈黙の町で』の連載が終わった。

一気に読みたいと思っているので連載中は読まなかった。
出版を待っている。

一人の少年が死に、
被害者と加害者とその周囲の人間模様が書かれたものだ。

今日の朝刊に奥田英朗さんの言葉が載っていた。
前後を変えて少し抜粋してみたい。

『書き終えた直後、
 現実の世界で中学生のいじめ事件が発覚し世間を揺るがせた。
 私はこのことに恐怖を覚えている。
 執筆時と重なったら書けなくなったかもしれない。
 現実はいつだって小説を用無しにするのである。

 新聞連載は私の読者ではなく朝日新聞の読者ということだ。
 これだけ多くの読者を相手にしたのも初めてで、
 マジョリティの力にたじろぐこともあった。

 人が死んでも世間はすぐに忘れ何事も無かったかのように
 普通の生活に戻る。
  
 被害者の家族にはたまらないだろう。
 泣いてくれた人も数日も経てば普段通りに笑い、
 食事に舌鼓を打つ。他人事なのだとわかっていても、
 周囲との温度差で孤独は深まっていく。

 一方、加害者の家族や管理者の立場も針のむしろにおかれる。
 謝って済まない問題は出口のないトンネルのようなもので
 叫びたくても耳を傾ける者はいない。

 謝罪要求は際限がないように思え、
 関係のない世間からも制裁をうける。
 とりわけ日本では家族も同罪という考えが根強く、
 いつまでも白い目をむけられる。

 人が一人死ぬということはかくも大変な出来事であり
 少し想像すればそれはわかることなのに
 それをする人はいない。

 連載小説で「少しの想像」をしてみたかった。』
 


実際は知らないけれど
朝日新聞は記事内容にうるさいらしい。
連載中もさぞ色々と言われたことだろう。

マジョリティ。
この恐ろしきもの。

東北大震災が起こり『絆』という言葉が
べたべたとまとわりつき始めた。
にもかかわらず瓦礫の受け入れは断固拒否する。
福島の野菜は売れない。

気の毒な人は被災者だけではないのに
大きな話題だけに大騒ぎする。

原発事故においては廃止と叫ばないと悪人のようだ。、
かといって値上げは許さないのである。
実際に電気が止まったら死んでしまう人だっているのだ。
節電などと騒げる人はむしろ恵まれているのではないか。

マジョリティ
自分は安全なところから右に倣えで騒ぎ立てる人たち。
いじめの構造と少し似ている。


posted by えるか at 20:31| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月11日

梅雨のはざま


気分が良かったり生活や家族や健康に恵まれている人が、
それを無神経にまき散らす時はうっとうしい。

それらに恵まれている時は、
恵まれている事がわからないので、
仕方ないと言えば仕方ないんだけど、
少しの想像力と思いやりがあれば
そこは変わってくるだろう。
本当に頭のいい人は人を傷つけることがない。

私のような者にさえ羨ましいと思う人もいるだろう。
人はいきおい似たような境遇の人と付き合いがちだ。
世の中はいろんな人が生きているのだと気がつく時、
人は少し慎ましくなるだろう。
その謙虚さは人にいくばくかの安らぎをもたらすのではないだろうか。
posted by えるか at 22:16| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月11日

それでも

実家に行った長男の猫を見に行った。
以前行ってから半年以上あいたので、
長男猫は長男を覚えているか、、、、。

駄目だった。
忘れられて逃げられていた。
6年間あんなに可愛がっていたのに気の毒だった。

私も忘れられたことがある。
猫さんが10歳くらいのころ実家に4か月預けた。
迎えに行った時忘れられていた。

「犬は人に付く、猫は家に付く」
というけれど、

私を忘れていた猫さんは
5年ぶりの昔の家に連れて帰った時、
迷うことなく階段をのぼりクローゼットを開け入って行った。

それまでかなり猫さんに感情移入していた私だったけど
(やっぱり猫なんだ、、、、)と思い、
それからはペットとして10年を過ごした。

4か月で忘れられる生き物、
とわかりつつ、
ハナを撫ぜユウを肩にのせてやる私なのである。
posted by えるか at 21:30| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月12日

うそ

物事は良いように受け取って、
明るい方だけを見る。

嫌な考えや後ろ向きな考えは、
即捨て去り思考を切り替える。

出来るだけそうしているけど。

違う、、、、

そんなことばかりしていると、
どんどんと違う道を行ってしまい、
取り返しのつかない処へ
行ってしまいそうだ。

もう決して帰って来られないような。

それでも私は今日も自分を騙す。

とんでもない崖底か漂流島に漂う自分に
ハッと我に返る時があるけれど、
もはや手遅れなのだとまた蓋をする。

「そのままのあなたでいいのです」

なんて嘘だ。



posted by えるか at 00:39| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月10日

12月

クリスマスグッズを飾らなくなって久しい。

バブルの頃は街中にキラキラが溢れていた。
贅沢な飾り付けを施した
生木の大きなもみの木を飾る店先や、
庭木にイルミネーションを施した近所の通りは、
もう遠い思い出だ。

子どもの小さな頃はその輝きが暖かさが、
自分が持っている幸せの象徴だった。

その輝きはやがて意地となり、
哀しみになり自分への励ましとなり、
そして無関係なものとなった。

でも今でも、
店先でクリスマスグッズを見かけると、
懐かしく少しほんわりする。

心の中にふと灯りがともる瞬間があることは
幸せな事だと思う。




posted by えるか at 23:16| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月27日

いきもの

前回の話の続きだけど、
『「子猫殺し」を語る』の3番目の対談相手の
佐藤優さんの言葉、
(もう返却してしまったのでうろ覚え)

「生き物を飼うということはエゴであると
 わかってやっているのならそれでよい」
に私はいたく頷いたのだ。

動物を食べ動物で身を飾り、
動物実験で作られた薬で治療している人間は
身勝手な生き物であると知っておくべきだ。

人間のやることはどんなことでも
すべからくエゴからきている、
と私は思う。

私は動物が好きだし、
困っている人がいたら
出来る事なら助けたいと思う。

そしてまず助けるのは近い者から、
まず人間であり身近から国内へ、
それから外国へそれから動物へと思う。

これまた勝手な順位付けであり
助けたいなどと勘違いな
エゴの塊のような不遜な考え方だ。

生きているだけで罪深い、と
まるで宗教人のように思うのだ。

最近見た3つの動物番組と映画から。

ライオンのプライド(群れ)では、
雄ライオンは雌ライオンたちの中で、
ハーレムのように暮らす。
獲物を捕るのメスたちで食べるのはオスから。

しかしオスは常に乗っ取りに来る若いライオンと、
戦わねばならない。
オスライオンの寿命はメスよりずっと短く、
たいていは闘いで命を落とすらしい。

プライドが若いオスに乗っ取られると、
9か月までの子どもは全部、
新しいオスライオンに殺される。

そのためにメスは群れを作って
子どもを守っているらしい。
メスだけの群れもある。
一頭ではオスに勝てないが
数頭いると子どもを殺すオスを撃退出来るのだ。

年老いたオスライオンは水牛にまで馬鹿にされ、
ヨロヨロと木によじ登って
水牛が諦めてくれるのを、
待つしかないという情けなさ。

自然保護区のまわりに人間が住むようになり
大きく囲ってしまい、
保護区に新しいオスライオンが入って来れないので、
近親婚が増えライオンの免疫は
どんどん落ちているそうだ。

そして保護区の外では、
相変わらずライオン狩りが行われており
(この事実を私は知らなかった)
私たちはアフリカにだけライオン保護を期待している。

違う番組では今度はライオンは、
ヒョウが取った獲物を横取りして、
ヒョウを殺していた。

ヒョウのメスが産んだ子どもも
オスのヒョウやハイエナやに襲われ
半分も育たない。
ヒョウもオスは子どもにとっては脅威なのだ。

狩りに失敗して戻ってきた母ヒョウは、
自分の子どもをのみ込んだニシキヘビを発見する。
闘いの末ニシキヘビは子どもを吐き出して逃げる。
変わり果てた子どもをなめる母ヒョウは、
最後その子どもを食べて、
その後4日間子どもを呼んで啼き続ける。

またヒョウにとっては獲物を捕ることよりも、
確保の方が難しいそうだ。
せっかくとった獲物を数で勝る
ハイエナに取られていた。

そのヒョウも年老いて弱って来ると、
チータの獲物を横取りする。
ハイエナの食べ残しの骨しか
食べる事が出来なくなってやがて死ぬ。

愛情深いと言われるゾウは
カバの群れに入っていって、
カバをいじめて遊んでいたし、
そのカバも縄張り争いはし烈なのだ。

雪の中温泉につかる日本ザル。
しかし入るのを許されるのは有力な一族だけ。
その他の弱い猿たちは雪にうもれながら
遠巻きにながめるだけだ。

生きとし生けるものは本当に大変なんだなあ。

いじめられたり裏切られたり嘘をつかれたりしても、
そこは生き物の宿命と思ってあきらめよう、、、

、、、て、そこかい!



posted by えるか at 00:15| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月18日

居心地

文学学校の同窓会に5年ぶりに参加した。

まだ在校している人たちの喋ること喋ること。
口角泡を飛ばし合っているのを聞いていると、
変わってないなあ、と思い、
そして
(この場所は居心地の良い場所だった)
と思うのだ。
ある意味ぬるま湯の世界でもある。

「文章を書く女なんてとんでもないよな〜」
と自分たちで言い合いながら、
随分と言いたい事を言い合ったものだ。
もちろんクラスでは大したことは言わない。

クラスが終わった後、
気の合う者たちが集まって
安酒を飲みながら裏合評をわあわあやる。
そしてその裏がまたあったりして。

私なんてとってもおとなしかったと思うけど、
机を叩いて出て行ってしまった人がいたりと、
それは今でも変わってないようだ。

何歳であっても『学生』なので、
青臭い議論をしても恥ずかしくもなく許される。
こんな場所が他にあっただろうか。

ここに通っていたころの私は、
精神的にももうめちゃくちゃだったけど、
随分と救われた。
どんな人間であろうとOKの場所だった。
むしろ普通でない方が居心地が良かった。
居場所を与えてもらったのだった。

そして今、
私はチェロのアマチュアアンサンブルで
とても居心地が悪い。
アマだから居心地が悪いのか、
アンサンブルだから居心地が悪いのかは分からない。

性格によって選ぶ楽器が違う、
という話を誰かがしていたけどチェロを選ぶ人は
『群れるのが好き』
なのだそうだ。

そういう意味では私は選ぶ楽器を間違えた。
皆さん温厚で賢くて仲良しごっこが大好きだ。

それが正しい方向に向かっている時は、
何の異論もないけれど、
おかしい方向に向かっているのに、
誰も何も言わず「ありがとう。嬉しい。楽しい」
のオンパレードってどういう訳?

いろんな事に首を突っ込む私は
いろんな人たちにあってきたけど、
ここまでイイ子ちゃんの集まっているところは初めてで、
私はそんなに自分は変人なのか性格が悪いのか、
と疑問の塊のようになってしまい、
甚だ精神衛生上よろしくない。

同窓会で私の好きなチューターの同人に入っている人がいて、
同人誌をいただいた。

その編集後記に
  『大震災と原発事故のなかで、
   「書くってなんだろう、無力な自分を感じる」
   ということばを発する学生が何人かいたが、
   わたしの体の奥底で、
   甘ったれるんじゃないよ、もともと役にも立たないことやってるんだろうが、
   と声がした』

とあった。

そうそうこれこれ。
こんなことを言えるのは文章の世界にいる人の特権なのだ、
と安堵にも似た嬉しさ懐かしさを感じた。

アマチュアアンサンブルでは、
「元気付けるために東北に行って
 演奏しよう」
という声が出たとか出ないとか、、、、。

それこそ甘ったれるんじゃないよ!
である。

プロが行ってそのギャラを募金するならわかるけど、
今この大変な時になに言ってるんだ、
それなら瓦礫のひとつも退けに行け、
その旅費を募金しろ。
と私のイライラはつのるのである。











posted by えるか at 16:46| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月09日

心地よい場所

自分の普通は人にとっては普通じゃない。

自分の当たり前は人には当たり前じゃない。
「いい人」は自分にとって都合のいい人。
「変な人」はその人から見たら自分が変な人。

十人十色。
歳を重ねるごとに益々そう感じる。
価値観、感じ方、対処の仕方、
びっくりする位それぞれ違う。

今まで居心地のよかった場所って
どれくらいあったろうか。

・転校した小学3年のクラス。
(はじめて学校を楽しいと思った)
・高校1年のクラス。
(せせこましい友達付き合いから解放された)

子どもたちが小さかった頃。

・銅版画初心者クラス。
(「いつも周りから浮くけどここは楽しいわ〜」と皆が口を揃えたクラス)
・音楽療法士養成講座
(「いつも周りから浮くけどここは楽だわ〜」と口が揃ったクラス)

数えたらたった5つ。
5つもあったと喜ぶべきかな。

他にも楽しかった思い出のある場所もいくつかはある。
残念なことに楽しい事はずっとは続かない。
人が変わり状況が変わってそれらは無くなっていく。

そこにいる人たちと
ほんの少しでも似たところがあれば、
それはとても心地よい居場所となる。

思いのほかそれは少ない。

いつかまた出会う事を待つ。
posted by えるか at 23:16| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月03日

生きるに値するもの

子どもの頃、
友達が言う言葉が私にはよくわからなかった。
「おかあさんが心配するから黙ってる」

おかあさんが心配してくれる、という事と、
それを思いやって黙っている、
そういう親子関係があるということが、
何の事かわからなかったのだ。

母親の恨み節のはけ口だった私には、
日々は辛いもの、舅や親戚は母を苦しめるもの、
味方などどこにも居ない、私のせいで家を出られない、
と言う言葉を子守唄のように聞かされて育った。
友達のために何かしていると怒られた。

そんな母を持つ私は、
こんな人にだけはなりたくない、
と心に誓って大きくなった。
母親の呪縛から逃れる事は容易ではなかった。

50を過ぎた今でも
自分がどのような人間であるのか考える。

世間には両親が大好きで尊敬し、
その教えに感謝して、
頑張って生きている人が多数いるようで、

私のような者はものすごく少数派なのだ、
と気が付くのに、けっこうな年月を要した。

翻って自分がそんな親ではなかったか、
と自問すると息子たちが思春期のころの事は
母親と同じようなものだったかもしれない。
そう思うと恐ろしい。

たったひとつの救いは息子たちが幼少の頃、
私はとても幸せだったという事実だ。
せめて息子たちが
「この世は生きるに値するものだ」
と思っていてくれると有り難いが。

最近の若いお母さんたちはおしゃれで優しげで、
お父さんはイクメンで、
とても子どもを大事に育てているように見える。

送り迎えをし、より良いものを与え、
やさしく話しかけている。
待合室でも絵本を一生懸命読んでいるお母さんをよく見かける。

でもなぜかお母さんたちがあまり幸せそうに見えないのは
私の思い違いなのだろうか。
なんだかとても孤独でしんどそうに見える。
与えられた課題を必死でこなしているような。

気が抜けない、本音を言えない、
子どもには常に最上の母親でなくてはならない、、
追い詰められているように思うのは私だけだろうか。

「大丈夫だからね」「お母さんは味方だからね」
「大好きだからね」
これって育児書に書いてあるのかなあ。

薬のCMにも頭痛がするのに
「大丈夫だからね」というのがあるけど、
違和感を感じるのは私だけですか?
そこまで子どもにとって完全な親でなければいけないのでしょうか。
頭が痛けりゃ寝てればいいやん、と思うのはおかしいですか?

しんどいお母さんをみている子どももしんどいであろう。
子どもが
「人生は生きるに値するもの」
と思って育つのは簡単なことなのか、
難しいことなのか。
少数派の私にはわからない。


posted by えるか at 19:36| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月29日

うすかわ

たいていは
いつも意識の底に押し込めている。

新しい練習曲を求めてみたり、
体のメンテナンスに苦心したり、
季節に合う服を求めてみたり、
猫を飼ってみたり、
人と会ってみたり演奏会に出掛けてみたり。

もっと小さな日々の出来事、
風呂水で洗濯したり大根をすり下ろしたり、
手紙をもらったり、切手を買いに行ったり、
新刊をリクエストしてみたり。

好ましい物をみつけて嬉しく思ってみたり、
文章をぼやっと考えてみたり、
刈られた草木の匂いを嗅いでみたり。

本当は、
しなければいけない事、
考えなくてはいけないかもしれない事、
気に病まなければならない事にも

生きるため、
今は忘れた方がいいと、
穏やかに密やかにうすかわを被せ
蓋をして生きている。

でもそれらは油断すると、
すぐに剥がれる。

自分が生きる意味を考える。
なぜ生きているのか、
生きるに値する人間なのか。

生産もせず労働もせず、
二酸化炭素をまきちらし、
生きるために金を使う。

楽しく毎日を送れる訳でも、
やり遂げたい事があるわけでも、
人に安らぎを与えられる人格でもなく。

乳飲み子はいない。
今ならいくばくかの金を遺してやれる。
使い果たし痴呆で迷惑をかけるよりは、
よほどマシだろうと。

その事実のうすかわに、
気が付くとくるまれている。

どくん、どくん、と
静かに暴れる波打ちを、
息をひそめて
じっとこらえる。

posted by えるか at 00:53| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月25日

地デジ化

ついに地デジ化したけど、
数%の世帯では対応をしなかったそうだ。

知人宅も小さな箱型テレビのままだったので、
「ひょっとして、してない?」
と聞いたら、
「一応電器屋へ行ったんだけど、
 なんか、どうでもよくなって、、」
と言っていた。
新聞の投書欄にも
「今日から我が家はテレビのない生活になります」
という人がいた。

テレビも新聞も見ない、
という生活に憧れる。

マスコミや世間の流す価値観に振り回されることのない
静かな毎日が待っているんだろうか。

でもそれでも私は、
周りの人や家族や自分の価値観に
相変わらず振り回されることだろう。

テレビのない生活。
それは確固たる信念を持ち、
強い人にのみ許される世界なのだろうか。
posted by えるか at 09:09| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月16日

忘却こそ危機

『フクブログ』というブログの持ち主のイラストレーターの方が、
震災の4日目に以下のようにコメントされていた。
「お悔やみを申し上げます」などの記事が多い中、
私はとても共感しました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「真実を受け止めなければ」という優しく正義感の強い気持ちから
 テレビの画面を見続けてしまう人が多いと思います。

 でも僕自身テレビを観ていて、
 東京も被災地とは言え、
 普通に生活できている自分とテレビ映像との差が
 全っっっっっっく整理できなくなって
 心臓を両手で握られるような気持ちになってしまいます。


 テレビ局によって過剰に演出され、乱暴に並べられ、
 無責任に編集されたショッキングな映像を見ていると
 心が痛んでくるのは当然です。

 情報を知ることは必要ですが、
 ぼくらは元気でいなければなりません。

 周りの人を助けられるパワーを持っていなければなりません。
 もしテレビを見すぎて疲れてしまったら
 テレビを消しましょう。


 被災地の方がこれを読んだら不快に思われるかと思います。
 しかしぼくたちが被災地の方々を深く憂慮する気持ちは変わりません。

 これからずっと長く復興の手助けをするためにも
 その力の適切な使いどころを見極めるべきだと考えるのです。

               (以上『フクブログ』より)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


昨日の朝日新聞の記事には
『忘却こそ被災者の危機』という精神科医の話が載っていました。
阪神大震災を経験した人らしいです

抜粋ですが、

『関西の人間が調子いいことは何も言えない。
 現場から見るのと外からとでは大変な違いがあるから。 
 周囲の人たちは、今できる事をやる他はないと思う。

 気の毒、可哀相という言葉は逆に反発を買う事もある。
 「わかってたまるか」という気持ちもある。
 被災者の事は被災者でないとわからない、とも言うから。
 失った者への思いは人それぞれだし、
 共感するのが簡単でないくらい災害は一人一人違う。

 忘れ去られるのが最大の危機だと思う。』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は自分は安全なところから
安易な慰め言葉をかけることも、
掛けられることも嫌いです。

ほんとうに思いやるとは、
ずっと忘れないことです。
それと、ドラマ『家なき子』じゃないけど
「同情するなら金をくれ」じゃないでしょうか。

今は日本中が興奮していて大変な思いを共感していますが、
そのうちそれが当たり前になり、
どこか自分とは関係ないことになってしまい、
忘れ去ったりするかもしれません。
そういう時こそ忘れないで手を差し伸べる、想いをはせる
ということを震災だけに限らず私たちはどれだけしているだろうか。

何かを喪失し、その後に長く続く泥の中のような生活は
私自身が経験していることだし、
一緒にされたら被災された方は怒るかもしれませんが、
私のように思う人間はたぶん日本中のあちこちにいると思う。

海外メディアから被災した人たちが冷静で
暴動を起こさないことや略奪、便乗値上げがないことを称賛していますが、
一般の運輸がストップしているというのに
関西のスーパーまでがカップめんが品薄になっているのは、
情けないことです。

posted by えるか at 14:37| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月10日

薄曇り

駆除されて久しい猫坂の猫だけど、
何匹か復活し、昨年の夏の夜は、
さつま揚げをおばさんに貰って
駆けて行く黒い仔猫を見かけたりした。

その仔猫も見かけなくなり、
この冬の寒さで生き延びている猫は3匹。

駅に通じる小道は急な下りで、
左側の土手は人の頭より高い。
刈られた笹地の土手には天気のいい日中は、
陽がそそぐ。

生き延びた猫が僅かな暖を求めて
土手で身を寄せ合っている。
体も小さく目は病気のようだ。
毛並みはボソボソで汚い。

3匹のうち2匹は仲がいいようで、
いつもくっついている。
目が病気の縞模様の小さな猫は、
仲間にいれてもらえないのか少し離れたところに居る。
私と目が合うとさっと逃げる。

そこを通りかかるたび、
猫が居ると生きている事にホッとし、
何も出来ない自分をうらめしく思う。

太陽がほとんど出ていない時でさえ、
ほんのわずかな暖を求め、
猫は土手でうずくまっている。

今日、
2匹しか見なかった。



posted by えるか at 21:58| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月14日

大阪府のニュースより

『うつ病の人は本当は病気ではなく、
 物事の本質を見抜いている人なのではないか』
近年そういう説が出てきたとの記事を読んだ事がある。

『ポジティブシンキングのせいでアメリカは崩壊した』
みたいな題名の本も出たように思う。

「物は取りよう考えよう、
 なんでもいい方に考えて明るく前向きに生きよう」
大抵はそう言われている。

難しいのは良い方にとらえていていい時と
大変だ、と危惧するところのボーダーラインが、
本人にはわからない、ということなのだ。

万事『バランスがいい』ことは大変難しい。
時代にも風潮にも左右されるし。

(あんなに悠長でいいの、、
 ちょっとずれてるんじゃないの?)とか
(そんな事を気にして、
 もっと他の事を気にすればいいのに)
と私が人に思うように私も人にそう思われているだろう。

大阪府がひったくり事件、
全国ワースト1位から2位になったと
大変喜ばしいと報道されている。

「府民の防犯意識が高まったため」
らしいけど、
でもそれって犯人は減ってないってことよね。

なぜひったくり事件が多いか根本的に考えないと、、、
なんて正論を言っていてはいけないのだろう。
とにかくワースト1からは脱した事を喜ぶ、
これが大人の感覚というものかな。
ポジティブシンキング?

橋本大阪府知事に懲戒処分を求めた弁護士に
脅迫電話をかけた容疑者が逮捕されたらしい。

ニュースによると容疑者は謝罪の電話を何回かかけたが、
「名前も住所も言わない奴の謝罪は受けない」
と弁護士に言われ間抜けにも言ったところ、
逮捕されたようだ。

この報道からだけ受け取った印象だと、
随分とこの弁護士は食えない奴という感じ。
私が接した事のあるほんの僅かな数の弁護士は、
皆、イヤな感じだった。
その印象にますます拍車がかかりました。

でもドラマに出てくるような弁護士って、
何処かにきっと居るよね??



posted by えるか at 14:54| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月27日

孤族の国

昨日の朝日新聞の一面のトップの記事が
「死んでも独り」だった。
『公園の車内3カ月後発見』
『孤族の国』
と見出しが続く。
しばらくシリーズで書かれるようだ。

社会面でなく一面トップとはいくら年末日曜日だとしても、
ちょっと驚いた。

今年、国勢調査が行われ結果はまだ発表されていないが、
研究者の注目は、
「一人世帯」が「夫婦と子どもからなる世帯」を、
上回るのは確実視されていることだそうだ。

「実際に住んでいる人を書いてください」
と調査票には書いてあったので、
住民登録上は息子と住んでいることになっている私も、
「一人世帯」として提出した。

そうですか、夫婦子ども世帯を上回りますか。
仲間ができたようでちょっと嬉しいです。
私の周りは豊かで家族持ちの人たちばかりなので、
そういうことを聞くと、
記事の趣旨と関係なく慰められる。

「テレビやラジオは
『結婚している、子どもあり、生活は豊か』
 な人に照準をあわせて作られているので、
 そうではない人がCMなどを見て辛い思いをするのだ」
と何かで読んで大いに共感した私だ。

もちろん、最近の私はテレビもCMもFMも、
まあそういう『仮想しあわせ世界』として受け取っているので、
もうお前みたいにオロオロしない。
今年のクリスマスも機嫌よく独りワインを飲んだ。

もう作られた一方的なモノに振り回される事がないくらいには
年季を積んだのだ。
まあそのぶん歳とったんだけどさ。

「社会が壊れて行くスピードが速く、
 何をしても追い付いていかない。
 どの国も経験したことのない高齢者の急増が、
 津波のように覆いこみお手上げ状態になりかねない」
らしい。

周りの人より自分の親よりとっくに早く、
そういう状態になっている私としては、
自分のこともこれからは
少しはスポットを当てられるかもしれないと思うと、
もっと問題にして騒いでくれ!と切に願うのだ。










posted by えるか at 17:40| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月01日

くまもりNEWS

今年は熊がたくさん殺されています。
むやみに殺さないでやって欲しい。

日本熊森協会『くまもりNEWS』
posted by えるか at 21:46| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月28日

世知辛い

京都市が指定業者以外のゴミ回収を、
禁止する条例を可決した。

空き缶集めで暮らすホームレスの支援団体が
「生きる糧」を奪うな、と反発し、
一旦見送られていたが、
結局可決されたようだ。

なんと世知辛い世の中なのだろう。

資源ごみを勝手に集め転売する業者がいるから、
とのことであったが前回のニュースでは
「有料ゴミ袋で出している市民に対して、
ホームレスが勝手にもっていくのは市民に申し訳ない」
という市職員の話が流されていた。

なんだよそれ。

ゴミとして出した以上、
誰が持って行ってもゴミがどうなろうと、
そこまで気になるものなのか。
ホームレスの人がそれを集めてパンを買ったとして、
何が悪い。

東京杉並区、世田谷区、横浜市、札幌市、さいたま市、大津市、
大阪府内も同様らしい。
まだまだ増えそうだ。

うちのマンションは資源ごみは市の回収に回さず、
業者に引き取ってもらいいくばくかの収入にしている。

でもやっぱり勝手に持って行く人がいたり、
確かにトラックで違う業者が持って行ったりしているけど、
そのことに目くじらをたてる若い住人が多いことに、
実は驚いている。

鍵を掛けよう、とか監視カメラを付けよう、
などと提案してくる。
そういう人は来客用の駐車場の事も気になるらしく、
『警告!止めるな』のチラシまで作る事になった。

他に議論することはいっぱいあると思うけどなあ。
あなたの生活を脅かすような事ではないと思うが。

自分はホームレスに絶対ならない、
と思っているのだろうか。
明日は我が身、と思うには
この人たちは若すぎるのか幸せ過ぎるのか。
それとも馬鹿なのか。

前住んでいたニュータウンでは、
「犬の糞は持ち帰りましょう」という看板を、
多大の自治会費でもって制作し、
頼みもしないのに我が家の前の緑地帯にも、
2枚も付けてくれた。

確かに息子が何度も犬の糞を踏んで、
運動靴を臭い思いをしながら洗った事のある私だが、
私には糞より早朝深夜の吠え声の方がよほど嫌だったけど。

でもその活動は新聞に載り、
「良い活動」として報じられていた。

「子ども飛び出し注意」
の原色のケバケバしい標識はPTAの手で作られ、
道路という道路に置かれていたけど、
風が吹けば倒れていくし運転の邪魔で、
母親のヒステリックさの象徴のようで私は嫌いだった。

子どもには「飛び出してはいけません!」
そう教えることの方が大事と思うけど。

人は、
声高に叫ぶ人の『正論』に弱い。

えてしてどうでもいい事が、
さも良き事のように決まっていく。
本当に大切な事は忘れ去られていく。




posted by えるか at 21:11| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月02日

ファミリー・シークレット

痛ましい事件が続く。

大阪の2児死体遺棄事件と
神戸の高3女生徒の乳児遺棄事件。
後者はトイレで出産し道路の側溝に捨てた。

亡くなった子どもはもちろんだが、
容疑者をとても可哀相だと思う。

大阪の2児遺棄の容疑者は、
高校時代、教師である父親の、
知り合いの教師の家に下宿し
専修高校に通い成績もよかったという。

「不良仲間とは違う真の友達と、
 自分の居場所を見つけられた』
と知人に語ったとか。

仕事につき結婚し子どもをもうけ、
義父母とも仲良くやっていたという。
でも行きついたところは
風俗店勤務と死体遺棄だった。
離婚後、誰も頼る人が居なかったんだろう。

でも彼女は、
「立ち直りたい、頑張りたい」と、
心の底でいつももがいていたのではなかったか。
報道でしか何も知りえる事は無いし、
本当の事は当事者にしかわからないけれど、
そう感じる。

2児を一人で育てるだけでも大変なのに、
まして誰の助けもなく働きながらなんて、
とても出来るものではない。

ラグビー部顧問だという父親の電話でのコメントは
「相談してくれれば何か出来たかもしれないんですがね、、」
と淡々とした他人事のようなものだった。

かわって神戸の女生徒の方は、
通う高校の校長のコメントが、
「つらかったろうと思う」
であったことはまだ救われる。

出産の痛みをたった一人で
しかも誰にも知られずトイレの中で、
なんて出産を経験した人なら、
その恐怖は想像出来まいか。
出産を一人でやってのけるなんてどんなに恐ろしい事か、、
彼女もまた誰にも頼る人が居なかったのだ。

今たまたま、
柳美里さんの『ファミリー・シークレット』
を読んでいる。

柳さんは虐待をされて育ち、
今また自分の息子をぶつ手が止まらない。
その事をブログに載せたら炎上したそうだ。
この本では臨床心理士との
カウンセリングの状況が何度も出てくる。

あとがきに
『書くことがこんなに辛いとは思わなかった』
とある。

私はまだ途中までしか読んでいない。
いや、
それどころか読むのを止めようとさえ思っていた。
つらいのだ、読むことが。
瞬間、自分と交差するところがあるから。

柳さんには臨床心理士に
「それは重症な虐待です」と言われるまで
自分が虐待されて育ったという意識がなかった。
そんなものだと思っていたそうだ。
それしか知らないのだから。

でも、多かれ少なかれ人は刷り込まれて生きる。
それが幸せなものだった人は幸いだ。
それが歪んだものである時、
人は苦しむ。

信頼できる人が誰も居ない、
そういう状況になってしまった自分と、
どう折り合いをつけて生きていくか、
それがその人の正念場であり、
一生の課題であると思う。

この本はたぶん最後まで読む。





posted by えるか at 21:32| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月27日

病は気から

この言葉を聞くと、
責められているような気がするのは
私だけだろうか。

首つりの足を引っ張る、というか、
優しさと配慮が足りないというか、
大抵そういうことを言う人は丈夫な人だ。

実際のところ父親がそういう人だったので
私は子どもの頃、尾てい骨が折れているのに
医者にも連れて行ってもらえず、
痛みをこらえているうちにそのまま固まってしまい、
3年もたってからある日突然立ち上がれなくなり、
その後ずいぶん苦しんだ。
健康本の「尾骨がすべての中心」などという話を聞くと
悲しくなる。

漢方医の先生が、
「喉が何カ月もそんなに痛むなんて、
 何かものすごくショックな事とか無かったの?
 自分では気にしていなくても体が反応することは
 あるんですよ」
と言っていた。

それは実際のところ大いにうなずける話だ。
この歳になると、
悲しい事、嫌な事、腹の立つことは
頭の中から一応消すくらいの術は身に付く。

しかし、
次の日から途端に体調を崩すので、
自分でもびっくりしてしまう。
気にしていないつもりでも体は正直に反応するんですね。

以前から本屋のワゴンに積まれている文庫本、
題名が気になってついに買ってしまった。

『50歳からの病気にならない生き方革命』
・・歳を取ったから病気になるわけではない・・

電車の中で半分くらい読んで落ち込んだ。

 すべての病気の元はストレスだ
 体を支配する自律神経の原則
 薬の服用が自律神経にストレスを与え病気を作る

そして恐ろしいことが書いてあった。

消炎鎮痛剤(湿布も)の服用が血流障害を起こし病気を作る。
長期にわたって湿布をしていると体に吸収され
全身にめぐってあらゆる病気の元になる
免疫には白血球が、、、、

ここまで読んで家に着いたのもあるけど読むのを休止した。
なんか私に当てはまっているよ。
この本を書いているお医者さんの話はその通りだと思う。
すごくまっとうな事が書いてある。

しかし、しかしだ。
じゃあどうすればいいのよ!
誰だって好きで薬を飲んでいる訳じゃない。
仕方なく飲んでいるのだ。

この本を読んでからますます気分が重い。
今日また本屋で立ち読みをしていたら、
「水を飲むな」という本が出ていた。

「健康や美容のために水をどんどん飲みましょう」
という事は近年よく言われていることで、
言われなくても私はよく水分を取る方なのだが、
ここのところやたら手足がむくみ手がこわばっている。

どこか悪いのだろうか、
薬を飲んでいるからとんでもない事になっているのだろうか、
とウジウジと暮らしていたのだが、
しばらく水分を控えてみようと思った。

最近はテレビでも本でも健康や病気について、
いろんな情報が流れてくるが、
その情報を持って医者に訊ねてみても今一つ反応がよくない。
素人が黙っておれ、ということなのだろうか。
それともテレビの情報の方が早いの?

体調が悪いと本当に神経までやられる。
どっちが先なのか分からないけれど。

 
posted by えるか at 22:37| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月31日

どうしたい?

先日朝のNHKの番組で、
40代の女性について語っていた。
番組の途中から見るともなしに見ていたので
ちょっと違うかもしれないけれど、

「最近は巷で40代は『若く元気で輝いている』
 などと言われていますが決してそうではなく、
 外見は若く作っていても、中身は当然老化している。

 更年期の症状が色々出て当たり前なのに、
 『元気でなくてはならない』と、
 強迫観念のように思い込んでしまって40代は辛いのです。
 もっと辛いという事実を認識しましょう」

というような事を言われていた。
ホルモンの減少対策の話だったと思う。

私は深く頷きました。
50代だっておんなじだ。
昔に比べて最近の人は皆若く見える。
服装だって(え、え〜〜〜っ??)と思うひとが
そこらかしこにいっぱいいます。
私もそうです。

美容院で見るファッション雑誌は、
30代用40代用50代用と取り揃えてあるけれど、
(50代用は私が所望して入れてもらいました)
(幼稚園のお迎えファッションと言われても!)
見て、(ホンマかよ!)と思う。

雑誌に出てくる人たちは、
高価な服を着てクルマは外車、
子どもを産み育て、
会社経営か一流会社に勤める夫を持ち、
自身は高級な趣味教室に通うか、
もしくは会社を経営している。
ランチにディナーにパーティにとお忙しい。

出版社の編集者は何を考えているのかね?
こんな人、私のまわりにはいませんよ。
夢を与えてるつもり?
いえいえ全然うらやましくないし憧れもしませんよ。
編集者の夢ですか?ジョーク?

まあ女性雑誌はさておき、
私自身も世間一般や周りの人の、
その人にとっては悪気の無い価値観に対して、
辛い思いをしてきたことは前にも書いた。

仕事をしていて当然と言ってくる風潮には、
反対の思いで育ってきた私には辛いものだった。
自分の食いぶちを稼ぐのは当たり前、
と言われると稼げない自分が辛い。

家族がいるから頑張れる、とか家族さえいれば、
という風潮には一人でいる自分の身の上が辛い。
そういう価値観と相反する生き方をしている自分の
居場所も存在価値も無いような気持ちになる。

「結婚しないの?」とか「子どもは居ないの?」とか
さすがにそういうあからさまな価値観の押し付けは
最近は少なくなったと思うが、
それ以外のいろんな事に関しては自分も含め、
日々知らず知らずに人を傷つけ、傷つけられる。

でも最近、やっとこう思えるようになった。
人は人それぞれ、
考え方も育ち方も境遇も何もかも違うのだ
人はその人の価値観でしか物を言えない。
どうして自分じゃない人の価値観に、
勝手に囚われて苦しんできたのだろう。
もっと自分の価値観を認めなければ。

家族団欒の思想や母性の観念も
近代になってから植え付けられてきたものだ。
時代によって住む国によって文化は全然違うのに、
どうして人や時代や地方の価値観と、
自分が違うからといって苦しんでいるんだろう。

最近の若いお母さんに対して、
(今の時代の子育ては本当に大変だなあ)
と同情していたけれど、
どっこい私だって大変なのだ。

自分がどう生きたいのか、
どう暮らしたいのか、
何をしたいのか、したくないのか。

自分の心に問うている最近の私です。

posted by えるか at 08:21| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月06日

聖書?

通帳がいっぱいになってしまったので、
新しい通帳をつくりに近所の郵便局に行った。

待っている間にふと横をみると薄い冊子が、、
中を見てみると年齢別に毎月優れた絵本が送られてくる、
その定期購入のお誘いみたいなものだった。

月1〜2冊、
コースごとにたくさんの絵本の表紙が紹介されている。
『ねこのオーランドー』が入っているかどうか、
探してみたけれども残念ながら選ばれていなかった。

ちょっとショック、、、、
ところがその横にもうひとつの冊子が、、、

なんとその表紙にはオーランドーの絵が!!!
え!え!?なぜここにオーランドーが!!
この処ブログで3回もオーランドーに登場してもらった私は
このタイムリーな偶然に驚いたのだった。

『ご自由にお持ちください』とあったので貰ってきた。
たぶん郵便局に来るジジババの、
孫へのプレゼントのための
入会勧誘に置いているのではないだろうか。

家に持って帰って冊子を読んだ私は、
その内容にびっくらこきました。

すぐれた絵本とは、
@ 美しいものへの感性
A 言葉を育む
B 読んであげましょう
C 親として語りたいことが絵本にはいっぱい
D 読み聞かせは愛の表現です
E 真に学ぶ力を 抽象的な思考力 知的好奇心

などと6ページに渡り長々と聖書のように書かれている。
そして『ねこのオーランドー農場をかう』
の紹介記事がまた長い。
3ページに渡って細かい活字で述べてある。

『他者を指示や義務感で動かすよりも
 性質と立場を見極めて、相手の意志で動かす、
 その知恵をこの一家(オーランドー一家!)は持っている。
 究極のコミニュケーション能力を持つ。

「家族療法」として臨床心理士にも取り上げられている。

 妻のグレースはオーランドーを表に立てて控えているが、
 従属せず(オーランドーをうまく使っている)
 そしてセンスがよく、
 その賢さとやさしさはいつも皆に注がれています。云々、、。』

絵本にこのような建前が必要だろうか!
遊びに、生活に、勉強に、人生に、
こんな能書きが必要ですか!?

私、上のようなことオーランドーを読んで
ただの一度も思ったことはありません!
(面白いなあ)じゃ、あきませんか?

絵本の読み聞かせはいい事だ。
出来る人そして子どもがそれを喜ぶ人は、
どんどんやればいい。

でもね、人は人との関わりによって、
色んなことを学んでいくもんですよ。

私は全くの放ったらかしで育ったけれど
本は子どもの時から好きだ。
でも読書が人生に役に立っているとは思ったことはない。
ただ好きだから読んでいるだけだ。
役立てるために読むなんて、本に失礼だ。

私も読みましたよ息子に。
しかし長男は全く興味を示さず横を向いていた。
可哀そうだったので止めてしまった。
次男は結構読んだけれども少年になると、
マンガしか読まなくなった。

と、まあ、ここまで興奮して書いて、
確かに息子たちが勉強嫌いであったことは認めよう。
本の好きな私がひねくれ者であることも認めよう。

まあ、言いたいことは、
好きなら読めばいいし、
嫌いなら他の好きな事をやればよい。
勉強することは世の中に一〜〜〜っ杯あるのだ。

冊子の後には
『遠方に住むお孫さんに絵本を届けると
 祖父母への感謝は深まり心の絆も深まります』
とある。

今どきこのような文章がまかり通っているなんて、
ジジババよ!馬鹿にされてるぞ。







posted by えるか at 21:18| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月03日

何を言う

何日か前の新聞の読者欄、
引用しようと思うとこういう時に限って無い。
うろ覚えで申し訳ない。

認知症になった母親の話だった。
夫が亡くなったことはすんなり受け入れるのに、
20数年前、30代で亡くなった息子(筆者の弟)のことは、
亡くなったと教えると激怒して、
「あの子が死ぬはずはない!」
と手がつけられないそうだ。

以来、「忙しいから見舞いに来れないのよ」
と言うと、「ほんとに困った子ね」と笑って答えるらしい。

その母親はその息子が亡くなった時、毅然としており、
むしろ気落ちしてがっくりした夫のことを
気遣っていたという。
筆者である娘はそういう母を、
母親が認知症になって初めて知る。

時にはおどけたことも言う母親に
「時というものは意外なプレゼントをくれるようだ」
みたいな感じで結んでいた。

以上、うろ覚え、
筆者は私とそう歳は違わなかったような記憶がある。
文章は簡潔でしっかりとした視点に好感を持った。
この欄にありがちな自分の価値観で小さい事を
グチグチ書いてなかった←(私も要反省)

いつもの事ながら、
書き手の意図と違うところに反応する私。

(私が呆けたら何を言うんだろう)
もうこの一点に尽きる。

・ 財布が無い、通帳が無い、お前が取ったに違いない
間違いなくこれは言うな。

・ 浴衣をはだけて窓から裸体をさらし「私を見て!」と叫ぶ
これは実際の話を人から聞いてぞっとした。
皺だらけの裸体、、これは哀しい(賢夫人だったそうだ)

そしてあとは何を言うだろう。
押し殺している事、
隠している事、
ずっと我慢している事、
そんなもん一杯あるよ。

一体何を言いだすか、
本当に恐ろしい。
願わくばそんなこと言いだす前に
さっさとあの世へ行ければいいのだけれど
そうは問屋がおろさない。

上記の母親はずっとそのことを心の中に押し黙っていた、
ということなのかどうかは
私は専門家ではないからわからない。
なにかの拍子に自身も思ってもいなかった事を言うことの方が
多いのではないかと思うけど、、、、

どっちにしろ恐ろしい。
自分が笑われるだけならまだましだが、
「お前なんか死ね」
などと言って人を傷つけてしまうようなことが
一番怖い。

私、何言うかわかりません。


posted by えるか at 22:13| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月23日

事実を

ドラマ『Mother』は、
虐待を受けている子どもを救うために
誘拐するところから始まったらしい。

らしい、というのは、
途中で見るのをやめたからだ。
松雪泰子が主演しているこのドラマは
かなり良く出来ていると書いてあった。

しかし虐待という、
今実際に存在している残酷で痛ましい、
そして実際はもっと凄惨なものである事実を、
リビングでぬくぬくと、
自分は安全なところから眺めるのが嫌だ。

映画『犬と猫と人間と』では
棄てられて殺される犬や猫のドキュメンタリーらしいのだが、
やはりこれも見ようとは思わない。

犬猫にどんなことが行われているか知っている。
ひょっとしたら知らないことも映画に表現されているかもしれない。
でも、それを見て一体私はどうすればいいのだろう。

可哀そうだと帰り道に泣く?
そのあと殺されない飼い猫のいる家に帰る?
そして自分はご飯を食べてベッドで寝る?

こういう自分の捉え方が、
正しいのか間違っているのか、
わからない。






posted by えるか at 20:51| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月15日

立ち位置

自分の立ち位置と、
選んだ選択を忘れると、
時としてとても傷つくことになる。
そしてそれは、
自分を否定していることにもなる。

少し前に香雪美術館で『堀 文子』さんの
「いつくしむ命」展を見に行った。
新聞で美術展の広告を見た時、
『月と猫』という絵に見覚えがあったからだ。
猫の胴体の毛並みがぐるぐると渦巻き状で、
それが不思議に面白く覚えていた。

堀さんの絵そのものは、
特に私の心に残るものではなかったけれども、
彼女の『言葉』が絵と絵の間にかけてあり、
私にはそれがたいそう興味深かった。

もう何日もたってしまっていて
忘れてしまっているのだけれども、
大体のところは、

「人間50歳を越したら、
 もう自分のために
 生きるべきである。
 捨て去るものは捨て去り、
 その代り、
 自分に責任を持て。
 頼らない、群れない。

 願い続けると必ずチャンスはやってくる。
 だから死ぬまで望みは捨てず
 願い続けるのだ」

もっとたくさんの言葉があったのだが
残念ながら失念してしまっているのが悲しい。

『ひとりで生きる』
という著作もある堀さんは現在92歳。
29歳で結婚、43歳で死別。

そのあとバブルで浮き立つ日本が嫌になり、
世界放浪の旅に出る。
帰国後、日本になじめず鬱気味になる。
大磯に転居、その後軽井沢にアトリエを設ける。
画壇に属さず今も書き続けている。

以上、うろ覚えで申し訳ないです。
美術展を見て私が思ったことは、

「私はこれからどうしたいんだろう、、
 どう生きたいんだろう、、」
ということだった。

自分がどうしたいのか、
何を願っているのか、
それが頭にもやがかかったように、
何も浮かんでこない。

この箱のような騒音の気になるマンションに
ずっと住み続けたいなんて思っていない。
かといって、何処へ行きたいか、
何をしたいか、
どう生きたいか、、
全くわからない。

そう思っているうちに日がたってしまい、
堀さんの言葉も忘れてしまった。

でも、最近「立ち位置」を忘れると、
危険だなあ、、、と気が付いて、
この記事を書く気になりました。

自分のまわりの人とだいぶ違う境遇と選択を、
忘れてはいけないし、
そのことで自分を貶めてはいけないと気付いた。



追記

堀文子さんの作品『アフガンの王女』は
テレビ「徹子の部屋」の壁に掛けてあります。


posted by えるか at 17:52| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月07日

品格

朝青龍の引退は、
うたた寝していた時、
つけたままのテレビのニュースで知った。
相撲ファンでない私でも飛び起きた。

そのあとすぐのワイドショーで、
司会者が「遅すぎた結果」
と当然のようにきつい調子で言い、
元オリンピック選手らのコメンテーターが、
似たようなどこにでもありそうな、
つまらんコメントをしていた。

ところが井筒監督が
「何が悪いん?僕、いいとおもうけどなあ。
 ガッツポーズなんか面白いやんか。
 だいたい怪我を負わせた人物が
 ほんまは何者なのか究明されてないやんか
 そんなんおかしいで」
と言った途端、
急に朝青龍弁護のコメントばかりになっていき、
私は(なんじゃこりゃ)と思った。

一人が何か言うと、
すぐ皆の言うことがひっくり返り同調するこの社会。
私も井筒監督と同じ意見だけど、
とっても気分が悪かった。

引退会見で、
高砂親方は、
「どんな弟子でしたか?」
と聞かれ、
「、、、、、こんな奴です」
とだけ答えた。

もうちょっと言い方はないのか?
こんな親方、情けないぞ。
その後、この場面の報道はされないので
格好悪くて止められたのか。

私が見る限り、
次の日からはテレビでは
辞めて当然、という感じの報道だった。

NHK『追跡!A to Z』で
「朝青龍衝撃引退表明、
 独占インタビューで語った本音」

とあったから見たけど、
ほんの少しのインタビューで、
番組を一本作ってしまうことに
驚いた。

番組を見ていて(品格ってなんやねん?)
と思っていたら出演者も「品格って何かわからん」
とのこと。
だけど朝青龍はよくないのだそうだ。

私なんか
もし「私について」の番組が作られたら(ありえないけど)
何を言われるのだろうと怖いですわ。
きっとめちゃくちゃに言われるんだろうな。

ちょっと前に「女性の品格」というしょうもない本が
ベストセラーになっていたが、
あんなもんが品格なら
ワタクシ品格などいりません。

ワタクシ横綱じゃないけれど、
「残念な結果に終わってしまった」
と言われる朝青龍に
どこか自分を重ねてしまいました。

何をやっても、
結局は残念な結果に終わってしまうワタクシ。
朝青龍もB型かしら?

朝青龍は「日本はどんな国でしたか?」
と聞かれ、
「民主主義って言ってるけど
 意外に社会主義だった」
と語っていた。

なんかわかるぞ。
日本の村社会は社会主義ですとも。
一昔前の嫁さんは皆そんな目にあっていたのでは?

実際に朝青龍がどんな人だったのかは
知らないし、本当に何があったのかは
わからないけれど、
チャーミングな人だと思う。

休場してモンゴルでサッカーやってた時、
騒がれてノイローゼになってしまったことも、
私には可哀そうだった。
人間的はないの。

日本でうまく立ち回れなかった朝青龍、、
モンゴルに帰ったら、
のびのびと暮らしてください。





posted by えるか at 01:10| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月01日

無縁社会

NHKスペシャル
『無縁社会
 3万2千人が孤独に死んでいた』
を見た。

怖い、
怖すぎるこのネーミング。
「無縁社会」「無縁死」

意味は説明するまでもなかろう。
身元が判らなかったり遺族が引き取りを拒否したりの
無縁である。

「孤独死は怖くない」
とせっかく上野千鶴子さんが
提唱してくれているのに、
人を怖がらせてどうする。

先日の記事『どうしろと?』にかなり傷ついている私。
わかっている本当の事だけに
つらいのである。

そこへもってまたまた人ごとではない
無縁死。

見ていて一番つらかったのは、
50代で熟年離婚した元銀行員が
無表情に歩く様である。

うつ病らしいがそれだけでなく
全体的に病的な雰囲気の人だ。
見た感じはまだまだ若い。
定年と同時にケア付きの老人ホーム(だったか?)
に入居しているのが、
彼の気持ちがよくわかるだけに辛い。

この人に取材して映像を流す許可を
もちろん本人に取り付けたのだろうけど、
(なんか酷いな)
と思った。

その彼が両親の墓前で、
「こんな人生を望んでいたのではなかった、、」
と涙するところは、

取材者には、
「よし!いただき!」
だったかもしれないけれど、
普通なら、
自分のこんな映像を流されたくないと思う。
私なら断固拒否する。

テレビでも新聞の紹介欄でも
「人ごとではない」
と言っていたけれど、
いえ、あなたたちは
エリートですよ、高給取りですよ。
(by 白石一文 
『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』
 『かなしい』参照)

力作かもしれないが、
無縁死した人たちを可哀そうだと決めつける、
その価値観の押し付けが
私はなんとなく納得いきません。

posted by えるか at 00:33| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月22日

年賀状の心得として、
「どんな事情があったとしても、
暗い内容の話を書くのは避けましょう」
と書いてあった。

そうなのか。
明るいことを書かねばならない。
そう思っても、
年末に浮かんできた言葉は、

『痛い』

それしかなかった。
なんとか明るい話題を、と考えても
何も浮かばない。

今年は肘を使わないように、
図柄も宛名も全部パソコン印刷。
せめて一言書こうと思っても暗い話題しかなく、
どうやら礼儀に反するようだ。

いただく年賀状の添え書きが長いと、
とても嬉しく、私も(今回は長い添え書きを書こう)
と思っていたのに結局何も書けず
「今年もよろしく」になってしまった。

ところが同世代の友人からの年賀状には
「50肩で苦しんでいます。
 歳を感じます」
というのが何通かあって、
ワタクシ嬉しかったです。

自分だけじゃないと思うとホッとして、
皆頑張ってるんやなあ、、、、
と安らかな気持ちになれました。

負の言葉も悪くはないと思う。

反して、毎年これでもかと、
2軒目の家を建てただの、馬を買っただの、
外国へ何回も行っただの、優勝しただの、
遊びまわれるのはパパのお陰だの、
長々と印刷して送ってくる人もいる。
返信しなくても毎年送ってくる。

これは確かに明るいですが
こんなんもらって嬉しいですか!?
(確かにこの先どうなるのかいつまで続くのか
 楽しみになってきたけど)

たった一言の添え書きで
毛が逆立つほど腹の立つ年賀状もあれば、

家族全員写真がとてもほほえましく思え、
毎年楽しみであったり、
自分が作ったの畑の写真や旅行先の写真や、
孫総出の写真など、
うれしい年賀状も多い。

悪名高き『写真入り年賀状』も
案外嬉しいものが多いです。

要はくれた人のキャラクターなのではないだろうか。
あるいはその人との関係性か。

悪いことばかり重なり、
とっても沈んでいた時に頂いた、
転勤先で知り合った向こうも転勤族の人の年賀状は、
あちこちの外国の写真がちりばめられて印刷されていた。

そこには『主人と激安旅行楽しんでます』
と添え書きがあって、
私はちっとも嫌な気分じゃなかった。

ひとりぼっちで旅行も出来ない私だったけど、
年賀状をいただいて嬉しかった。
この差はなんだろう。

私が新設大学のピアノ非常勤の話が来た時、
それを聞いた人の反応が分かれた。

ほんとうに喜んでくれた人。
「おめでとう、良かったね」と、
言ってくれるその温かい声かけが嬉しかった。

反面、「なんであんたが、、」
みたいな反応の人もいて、
心の中で面白くなく思っているのがみえみえで、

(やっぱりなあ、、正体見たり、、、)
と感じたものだ。

確かにたまたま運がよくて声を掛けてもらっただけなので、
別にピアノが特別上手いからじゃない。

声を掛けて下さった恩師に教わっていた頃は
まあまあの出来だったけど、
その後の私を知っていれば声はかからなかったかも。

(同僚になった先生においては、
 履歴もない私がなぜ選ばれたのか
 わざわざ恩師に聞いたらしい。
 怖いですね〜)

そのことは自分でよくわかっているし、
たまたまそういう話になったごく僅かの人にしか
その話はしなかったけれど、
面白いように反応が分かれた。
(しかも想像通りだった)

人にいい事があった時に、
不愉快さを人に気取られるような人は、
性根もよくないのだろうが
もしかしたら正直なのかもしれない。
そして私自身の中にその人から見ると
嫌なキャラクターがあるのかもしれない。

でもね、人にとっていい事をお互いに喜べる、
そういう間柄の友人をきちん見極めて
数より質。
性根の悪い人とのお付き合いは
出来る限り避ける。

これからは、
もうそういう歳であるよ。











posted by えるか at 19:29| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月17日

オンリーワン

「被災した人としなかった人の間には
 決して乗り越えられない深い溝がある」
と阪神淡路大震災の被災者の方が
シンポジウムで言っておられたが、
その通りだと思う。

私は被災していないので、
震災に対しても被災された方に対しても
何も言う資格がないと自分で思う。
「お祈りいたします」とか
そういう軽いことを言いたくないのである。

自分は安全な無関係なところから
声を掛けたり、
掛けられたくしたくない。

そのことは震災に限らず、
日常の生活や経験や運命に対しても、
同様に思う。

『世界にひとつだけの花』

 ナンバーワンにならなくてもいい、
 もともと特別なオンリーワン

この歌を
「そんなこと言ってるから、
 日本はこんなに馬鹿ばかりの国になったんだ」
とテレビで言っていた人がいたが
実は私もその意見に賛成である。

歌の大意はそういうことではなく、
一人ひとり大切な人、という意味だけれども、
わかっていても歌う気になれん。
(『千の風になって』同様)

NHKで『外事警察』というドラマを
一挙放送していたので録画して見た。
リアルタイムで一度見かけた時は、
随分画面の暗いドラマだな、、、と
気にも留めてなかったのだけれど、
面白かった。

「闇を抱えて生きる」
ということを考えた。
そして、それでいいではないか、
と思えたのだった。

人に言うこともない分かってもらうこともない、
闇を抱えてそのまま生きることを
肯定すればいいのだ、
と私に教えてくれたこのドラマ。
(私が勝手に思っただけ)

本や映画や人の話などで、
そういうことを得たことがなかったので
私にとっては稀有なドラマであった。

『不毛地帯』
あまり視聴率がよくないらしいけれど、
いいドラマだと思う。
唐沢寿明さんは闇を表現できる俳優だ。
トークではおちゃらけているけれども
目の深い人と感じる。

自分の歩いてきた道ということに関しては、
確かに誰もがオンリーワンだ。
誰一人として同じ人生はない。

posted by えるか at 23:28| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月07日

貼り紙

昨年の春だったろうか、
踏切を渡ったところの大きなお屋敷の庭の木に
何十匹ものカラスが止まっているのが見えた。

びっくりして見ていると、
あとから後からカラスは飛んでくる。

壁がめぐらされたその家の庭の様子がわからないまま、
じっと見ていたら、
「何か死んだんやね」
と後ろから声がした。

通りかかった中年の女性は
「よう知ってるからね、カラスは」
と言いつつ歩き去った。

庭が黒々するほどカラスに寄って来られて、
あの家の人は平気なのだろうか、、、
しかし家人が騒いでいる様子はなく、
(留守なのだろうか、、)
と思いつつ通りすぎたのだった。

年が明けてから急に寒い。

先日駅までの線路沿いをあるいていたら、
道脇の小さな藪の木々に、
またもやたくさんのカラスが集まっていた。

カラスは見上げる私の頭上を
電線をはさんで次々と集まってくる。
木々に止まる真っ黒なカラスたちは
何かを待っているかのようだ。

道より高くなっているその藪は、
フェンスで囲まれていて
中を見ることはできない。

そこは以前、
猫たちが駆除されてしまった小さな藪だ。
(『看板』参照)

それでも逃げ延びた猫がいて2、3匹見かけた事がある。

昨年の秋、天気のよかった陽の射す昼間、
小道に面した崖で、
仔猫が2匹、
陽の暖かさに誘われたのか、
出てきて私を見降ろしていた。

声をかけたけれど、
餌をくれる人でなし、
ちょっと気を引かれたようではあったけれども
ゆっくりと藪の中に隠れてしまった。

『猫にエサを与えないように』
と何枚も看板が掛けられてしまったフェンスと、
小道ながら人通りがちらほらあるので
餌をやって叱られたら怖いので
声すらおおっぴらにかけられない。

そうはいいながら餌を袋にいれて、
それをバッグに入れるのを忘れた時に限り、
また猫にでくわすのである。

そんなことが何度かあり、
見るたびに仔猫は少しずつ大きくなっていた。

晩秋になり冬になり、
あの猫たちは無事に冬を越せるのだろうか、
と通りがかるたびに思っていたのだった。


集まったカラスたちは、
ギャーギャー鳴きながら木に止まっている。
まるで下に息絶えそうな獲物がいるかのように。

道傍の崖に仔猫が一匹すくんでいる。

以前みた仔猫だろう。
いくぶん大きくなって、
そして確実に毛並みが悪くなっていた。

餓えと寒さだろう。
目も病気のようだ、
眼ヤニが付き半分しか開いていない。
もう仔猫の無邪気さはない。
餓えと寒さに耐える野良猫そのものだった。

明らかにカラスに怯えている。
本来なら子猫は寒く曇った日に
この崖に出てきたりはしないのだ。

「どうしたの?こっちにおいで」
と手をだしても届かない。

仔猫はこっちも来ないけれども
カラスが狙う藪が怖いのだ。
藪には入らずじっとしていた。
兄弟猫が死にそうなのではないだろうか。

助けて欲しそうな目で私を見た。

何人かの人が通りかかり
仔猫に話しかける私を見る。
その視線が怖い。
なに余計なことをしているのだ、
と言われている気がする。

急ぎの用があったので、
私はその場を離れてしまった。
しかし仔猫のことが頭から離れず、
結局引き返した。

病気があろうと虫がいようと、
あの猫を助けようと思った。
どうやって捕まえて家まで連れて帰れるだろうか、
などと考えながら。

しかし急いで戻った崖には、
仔猫の姿はなかった。
たくさんのカラスも飛び去った後だった。
人っ子ひとり居なかったのだった。

事は終わったのだ。

あの仔猫はどこへ行ったのだろう。
内臓をつつき回され変わり果てた姿になった
兄弟の傍に行ったのか、
それともひとりで藪の中で震えているのか。

広場に入ってフェンスから藪にむかって、
チッチッチ、、、、
と仔猫を呼んでみたけれど、
もちろん出てこなかった。

調査ボードのようなものを持った男性が二人
向こうから歩いてきた。
私をチラリと見たけれど何も言わなかった。

フェンスには市役所が作った
『猫による被害をなくしましょう』
という看板が
何枚もかけてある。

その横には人の手でマジックで書いた
『猫にエサをやらないで』
という紙がビニールをかけて2枚貼ってある。

彼らはこれを待っているのか。

カラスに食われて死ねば満足なのか。
迷惑なものは餓え死にすれば満足か。

世界中には飢えた人間がたくさんいる。
のら猫だけをとりわけ特別視するのはおかしいと思う。

でもそういう張り紙をする人が
餓えた人のために何かをしているかもしれないとは
私には思えない。

あの仔猫をあれから見かけない。






posted by えるか at 17:52| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月11日

英会話講師死体遺棄容疑の市橋容疑者が逮捕された。

逃走して2年半。
『インターネットカフェや飯場を転々とし、
整形手術をして、、、』
というニュースが流れ、
その整形後の情けない顔写真が映し出された時、
私は(なんと哀れな、、)
と思った。

罪をかばうつもりは全くないが、
どんな気持ちで毎日を過ごしていたのだろう、
と思うと救われることのない彼を思った。

新聞の論者は容赦ない。
『あくどく逃げ回るほど、市民の心証は悪くなる。
 犯人は覚悟したほうがいい(天声人語)』
『その姑息さに顔色を失う(素粒子)』

市民の心証のために逃げているのではない、
姑息ではあるが顔色を失う事は我が身にもある。

始めに流れたテレビのニュースでは
母親の声としてアナウンサーの声で、

「もう死んでいると思っていましたが、
 写真をみるとあの子の目です。
 死刑になるかもしれませんが、
 もしそうでないなら罪を償ってほしいです」
という内容の言葉が流れた。

その後、母親の新聞紙での言葉は、
本当なのか編集なのか教育的な言葉に変わり、
直撃電話での母親の実声は、
被害者家族の事を慮る声明的なものになった。

なぜ父親が出てこないのだろうと思っていたけど、
両親が会見したようだ。
私は見ていないけれども報道によると
息子を切り捨てるような発言だったよう。

「もう死んでいると思っていた」
は、諦めていたのか悲しんでいたのか、
死んだものと忘れたかったのか、
いっそ死んでいてくれ、だったのか。

なぜ会見したのか、
自分たちは関係ない、ということか。
母親が傍で無言だったということが、
私にはまだ救われる気がする。

事件のことも詳しくは知らないし、
市橋家族の人となりも全然知らないから、
何も言えないけれど。

もし自分の息子だったら、
あまりにも哀れで胸が張り裂けそうだ。

息子の顔が卑屈で情けない時、
親はもっと情けなく哀しいであろう。






posted by えるか at 21:46| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月26日

加藤和彦さん

『自殺という選択肢を私は否定しない、
 あってもいいのではないか』

というどなたかの論旨を少し前に新聞で読んだ。
もちろんその方は自殺を勧めているのではなく、
内容は違うものだったと記憶している。

しかし、冒頭のその言葉に、
私はちょっとだけ慰められた。

どうして死んではいけないのだろう。
私にはわからない。

宗教界では自殺した者は、
地獄で永遠に苦しみ続けるのだ、
とか畜生道に落ちるのだとか教えられている。

まあ現世で自殺するくらい苦しんだのに、
死んでまでもっと果てなく苦しみ続ける、
なんてあまりにも可哀そうでないか。

死んでまでこれ以上苦しみ続けるのであるのなら、
さすがに恐ろしくて死ねません。
死んでもいいよ、などと言うと、
どんどんと死んでしまい困った事になるからだろうか。

日本で毎年3万人以上の人が自殺しているが、
その人たちが死してまで苦しみ続けている、
なんてあまりにもつらい話ではないか。

太古から現代まで自殺したたちはそんなに、
ずっと苦しみ続けているのだろうか。
あまりにも残酷な話であると思う。

残された人は悲しむし傷つくし恨むであろうけれども、
好きで自殺する人なんていない。
やはり一番苦しんだのは死んだ人だ。

世の中の人は、
眠れる人と眠れない人に別れる。
死を考えたことのある人と、
そんなこと全く理解しない人がいる。
お互い別世界です。

たいていの人は寝ているし、
自殺なんて考えられないことだろう。
白い目で見、忌み嫌う話だろう。
そんなにもいけないことなのか、
宗教学を学んでみたいと思ったことがある。

加藤和彦さんは自死を選ばれたのだろうな、
と思った。
自殺と自死、ちょっと違う。
加藤さんは先まで見えてしまう人なのではなかろうか。
そういう人が死を選ぶことを、
私は静かな気持ちで受け入れる。

加藤さんの死は私に、
(やっぱり死を選ぶことは可能だ)
と癒しにも似た感情をもたらした。

死を思う時、心は案外平穏になる。
死ぬのなら、死ぬ気でもう少しやってみようと、
思えたりする。

いつだって死を選ぶことだって出来るんだと思うと、
またすこしそれまでは頑張ろうと
思えてくるのが慰めになる。

私のような人間は少数派とは思うが、
思っているよりはいると思う。
元気な人は目立つけれど、
そういう人たちも世の中にはいると思う。

声を出さないだけだ。

posted by えるか at 00:26| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月11日

見極め

ジョン・B・チョッパー著 「青春というのなら」
を読んだ。

トータス松本がブログで
『この本を読んで泣いた』
と書いていたから読んでみる気になった。

4人の出会いからジョン・B・チョッパーの脱退と復帰、
そして今回の活動休止までを
ジョン・Bの目を通して書いている。

平易な言葉で読みやすい。
(私のブログもそう言われます)

ジョン・B・チョッパーとは
この夏に活動休止したウルフルズのベーシストである。 
彼は途中一度脱退している。

「ウルフルズも松本くんも『嫌』になった」
ジョン・Bはトータスを前に泣きながらぶちまけた。

『ほくは、今までずっと自分を抑えてきた、、
 けど、もうこれ以上松本くんのことを考えたくない、、』

トータスは何も言わず黙って聞いていたそうだ。
 
4人いたウルフルズは3人になり活動を続ける。
しかし、ジョン・Bは4年後奇跡の復活を遂げるのだ。
ライブではいつもトータスに
『問題のベーシスト!』と紹介されていた。

4人の中で一人だけ暗く見えるこのジョン・Bを、
私は実は(相当な人だ)と思っていたのだ。

「一旦止めたバンドにもう一度頭を下げて戻ってくる」
ということは、相当な根性だと私は思うのだ。

心から頭を下げて且つ自分をまっさらにしないと、
こういうことは出来るものではない、
と私は密かに感心していたのだった。

活動休止したあと、
(案外この人は残っていくのではないか)
と私は思っていた。

しかし『青春というのなら』を読んで、
私は申し訳ないけれど、
この本の意図するところと全然違うことを思った。

まず、バンド結成時、
彼はギターが弾けなかったということ、
そして裏拍の存在も知らない曲の入り方もわからない、
レコーディングは違う人が演奏していたこともある、、、

それなのにこんなにも長く、
ビッグバンドと一員として成り立っていたという事実に
実は慄然としたのだった。

ジョン・B・チョッパーは、
とてつもなくラッキーな人だったんじゃないか、、

ジョン・Bはそのために苦しみ脱退もするのだけれど、
私はトータスが気の毒になりました。
たった一人の『才能』でずっとバンドを引っ張るって、
それはとても大変だったろうと私は思う。

メンバーが認識されてしまうと、
世間も自分ももうそのカラーから抜け出せない。
もちろん、ジョン・Bはじめ他のメンバーも
人間的に魅力があったから続いたんだろうとは
思うけれども、

一人だけがあまりにも才能があり過ぎると、
皆がしんどい。
似たような実力が揃えば楽なんだろうけれど。

居心地の悪いところには、
居るべきでない、と最近私は感じているのだ。
(あ、違う)、とわかった時点で、
ほんとはさっさとその船をおりるべきだ。

でも、
それは早合点なのではないのか、とか
我慢が足りないのではないか、とか
もうすこし居れば何か見えるのではないか、とか

そういう自分を戒める気持から、
なにやら訳のわからない蔓に足を絡めとられて
自分でも何が何だかわからなくなってしまう。

そういうことを私は何度もしてきた。







posted by えるか at 20:29| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月26日

真っ裸

エッセイというものは、
書き手の人間性を怖いくらいに現してしまう。

その人のことを全然書いていなくても、
一文だけではわからないが、
一冊の本になっていると半分も読み進むと、
その人がどんな人かわかってしまう。

途中まで読んで、
(なんだ、この程度の人か)と思ってしまい、
本を買ったことを後悔することは、
ままあることだ。

そういう意味で、私のこのブログ。
エッセイを書いてるつもりじゃないんだけど、
もちろん小説じゃない。
思った事を推敲も無しに書き散らしているだけなんだけど、
じゃあなんだ、と問われればエッセイの部類に入るのか。

ブログを始めて一年くらいは、
随分と書くことで踏ん切りをつけたり、
一応納得したり線引きしたりで、
私の精神安定剤のようなものだった。
それが最近、時として苦痛になる。

どうして私だけが一方的に、
真っ裸になって、
友人の前に晒されなければならないのか。

と、勝手に始めておいて、
そして自分が紹介しておきながら、
時としてもう止めてしまいたくなっている。

読んだ人は
(ああ、こんなにアホで性格の悪い奴だったのか、
 付き合いに気をつけよう)
と思っているのではないか、、、
知らない間にどんどん少ない友人を失っているのではないか。
黙っておけばよかった。
喋らなければその場で会うだけの私なのである。

「コメントはいらないよ」
と紹介させてもらった時にそう断る。
実際コメント欄は削除してある。

私はこのコメントというのがどうにも苦手だ。
当たり障りのない言葉の応酬は、
私が一番苦手とするところだし、
コメントしてくれた人がある日を境にしてくれなくなると
(何が悪かったんだろう)
とウジウジと悩むのが目に見えていたからだ。

それと、紹介した人に(読まなければ、)
と義務を背負わせることが嫌だったのだ。

しかし、コメント欄はなくても、
紹介した人が読んでいるか読んでないかは、
会って話せばわかる。
だから読んでないものとして会話をするのだけれど、
やっぱり読まれてないと、落ち込む。
実はかなりガックリきます。

誰にでも紹介しているわけではないので、
この人、と思って紹介したのに、
読むのを止めてしまわれるなんて、
「好きだ」と告白して振られるのに等しい、、、

紹介して申し訳なかったな。
私の文章面白くなかったんやな。
私のこと嫌いになったんかな。

とまあ、こんな感じ。

そして人に紹介するたびに
書ける文章の範囲は縮まっていくのだ。
その人が傷つくかもしれないことは書けない。
時々「あれって私のこと?」
と聞いてくれる人がいるが、
紹介した人のことは、いい事、面白い事を除いて書きません。
してない人の悪口は書くけどね。

もう閉鎖して新しいところでブログを開き、
今度は紹介もせず、
そのかわりコメント欄も作りリンクもし、
画像も入れてブログランキングにも登録してみようか、
などと思うこともある。

アクセス状況を見ると、
記事がアップしようとしまいと、
必ずチェックしてくださる有り難い人たちがいらっしゃる。
毎日でなくても、ひょんな事から、
私のブログを読んで下さった方って
どんな方なんだろう。

時々とっても知りたくなる。
なんかの拍子でここに訪れて、
有り難くも読者になって下さった方がいらっしゃるなら、
その人の声を聞いてみたいと思うことがあります。
そういう奇特な方、もしよかったらメール下さい。
ginger_cat1125☆yahoo.co.jp
(☆を@に変えてくださいね)

最後に、こんな画像もイラストもない、
文字だけのブログに訪れてくださる皆さま、
いつも本当にありがとうございます。





posted by えるか at 12:12| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月22日

FIRST

トータス松本のライブ『FIRST TOUR2009』に行った。
ウルフルズを解散してから間を置かずのライブ。

オールスタンディングのライブは、
腰にとってもつらいのでもう卒業、
と思っていたのだけれど、
今回に限り行って来ました。

解散のいきさつはよく知らない。
本当のことは人にはわからないものだけれど、
長年のファンのお嬢さんに聞くと、
どうもトータスのわがままによるものらしい。

「自分の思っている演奏を、
仲間がしてくれない(する腕がない)が、
もうそれがウルフルズなんだから、
これで行くしかないのだ」

というような事を言っていた記事を、
以前読んだ気がする。
私、ファンレターに書きましたよ。
(トータス松本)
「演奏、大雑把だなあ、と思っていたけれど、
それを目指しているのではなく、
それしか出来なかったんですね、云々」

、、、、、って、まさかそれが引き金の一因、
、、、なんて事はありません(よね)。

今回のバックバンドは確かに各段に上手いです。
でもまだ彼の目指しているものではないんだろうな、と思う。
歌う時のトータスの腕と足の格好が、
昔の(今は知らん)山下達朗に似てきています。

でもどうしてキーボードが二人もいるんだ?
ミキオくん(10年以上一緒にツァーを回っている人)は、
切れなかったのか。
トータスはピアノが弾けないのでキーボードには甘いのか。
まとめ役にミキオくんが必要だったのか。
バラードには生ピアノを持ってきた方がいいよトータス。

などと思いながらも気持ちよさそうに懸命に歌うトータスに
「がんばれ!」と私は心の中で声援を送った。

「よくもまあ、おめおめと帰ってこれたな、って
思っているんやろ」
って初めに言っていたけれど、
会場は若干の戸惑いはあったかもしれないけれど、
暖かい声援でいっぱいだった。

何かやるためには、
自分を曲げないためには、
どんなに自分が悪者になろうと人を傷つけようと、
そういう悪者になった自分に負けるな!

いい人でいるのは簡単だけど、
そういうのってズルイし先には行けない。
成し遂げる人は誰だって、
いろんなものを捨てて悪者になって
それでも突き進んでいくのではなかろうか。

がんばれトータス!
もっともっと自分の思い描く歌を、
歌い続けて欲しいです。

そういう意味で、
私も自分を励ましてもらいました。


posted by えるか at 23:47| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月09日

妬み霊

「あなた程の人がそんなに不調だなんて、
 それはきっと『妬み霊』がついているのよ」

と、まだそんなに転げ落ちていない頃、
同窓生に言われたことがある。
そして宗教らしきものに誘われた。

妬まれる程の人物でもないし、
そんな生活もしていなかったので
丁重にお断りしたけれど、
『妬み霊』という言葉は結構心に残った。


「ほら、キャシー中島の娘さんって
お嫁に行ってすぐ亡くなったじゃない。
なに不自由ない幸せ絶頂の一家が
突然不幸になるってあるのよねえ」
と知人が言う。
そして
「あまり幸せだと人の妬みが集まって不幸な事になるのよ」
と結論付けた。

私は20年も前に同窓の子が言っていた事を
思い出した。
しかし同時に聖書の言葉も思い出した。

うろ覚えで申し訳ないけれども、

この世でとても富み栄えた一族がいたのだが、
死後、一族もろとも地獄(?)へ行ったという。
貧乏で惨めな一生を送った親戚の方は
死後、天国へ行ったそうだ。

「何も悪いことをしていないのに酷いではないか」
と神様に訴えると、
「お前たちは人の不幸を尻目に栄華をつくしたではないか。
 親戚は現世で辛苦を舐めたのだから天国へいくのは
 当たり前である」 
と答えられた。

まあ、こんな内容だったと思う(違っていたらすみません)
私は、まあ理不尽な話だとは思ったけど、
ちょっといい気味だ、とも思った。

それで私は
「『妬み霊』というより 『傲慢霊』よね」

と言おうとしたら先に彼女が
「我が家もきっと妬まれたのよ、
 私たちってあまりにも幸せだったから」
と言ったのでその言葉は引っ込めた。


自分に襲いかかる不幸を人のせいに
出来たなら、それは幸せだと思う。

自分を責めて暗い人間になっていくよりは、
ずっとたくましく現実的だ。
皮肉でなく、うらやましいと思う。

私自身は
幸せを当たり前のことと思っていた
『傲慢さ』に対して
私は罰を受けたのだろうと思う。

今までもそうだし、これからも、
慢心していることに対しては
いつか罰をうけるだろうと思う。





posted by えるか at 21:27| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月04日

寄す処

親しいと思っていた友人の悪意に気がついた時、
落ち込んで抑うつ状態にまでなってしまう私は、
子どもなんでしょうか、甘いのでしょうか。

皆、何を『よすが』として、
生活しているんでしょうか。
しっかりとした『寄す処』があるから、
それ以外の事は取るに足りない事なんでしょうか。

50も過ぎて、そんなこともわかりません。


posted by えるか at 12:50| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月22日

有り難い

今日は久し振りに何の予定もなく、
(本当は夕方からチェロアンサンブルの練習があるのだが、
ひと月前から首と肘の調子が悪く、
どんどん悪化してきたので今日はさぼることにした)

一日まったりとテレビを見たり本を読んだりしていよう、
と朝からのんびりしている。

この『たまのオフが嬉しい』ということが、
どれほど贅沢で有り難い事かお分かりでしょうか。

『普段する事がある』という
有り難い事実があるからオフが嬉しいのだ。
一昨日の新聞にライター・島崎今日子さんが、
派遣切りにあった40歳の男性の声を紹介している。

『何もすることがない。
 そんな状態が続いたら人間として厳しい』
幸せ、不幸せといったレベルではなく、
人は「やること」があれば生きていける

と書かれています。
本当にそうだ。

私は人が聞いたらびっくりするような
つらい毎日を10年以上送っていたのだけれど、
確かに外から見ておれば可哀そうで、
不幸な毎日であったと思うけれども、

ある意味退屈するということがなく、
人が経験しないような毎日であったため
精神的にとても忙しかった。
(お陰でこんな人生を体験させてもらって)
とまで思ったこともあるくらいだ。

茫然とすることはあっても、
ボ〜〜〜っとすることは無かったのだ。
もちろん地獄のようであったし病気にもなった。
あれを不幸と感じていなかったなんて、
麻痺以外の何ものでもなかったとは思うが、
人間の脳は上手く出来ていて麻痺することで、
生き抜く術をなんとか見つけていくものなのである。

本当の地獄はそのあとにやってきた。
夫の死後一年はいろんな手続きや、
家の売却やマンションの購入で走りまわっていた。
忙しかったのだ。

そのあとここに移ってきてから、
地獄が始まった。
仕事は何か見つかるだろうと思っていたのに、
肉体労働以外は何も無かった。
来る日も来る日も求人情報を見つめていた。

運よく採用されたパートは、
体力的にも精神的にもきつく続かなかった。
そしてそういうヤワな自分を責めた。
「皿洗いくらいあるだろう」
と言った息子の言葉は忘れられない。

息子に振り回されることも無くなった。
毎日毎日、何もすることが無い。
ほんとうに辛かった。

「無という闇」を永遠に泳がねばならない恐怖。
生きている意味がない。
これは堪えた。
発狂しそうだった。

今、有り難いことに少しばかりの仕事もあり
習い事もしている。
今日オフでまったりしていることの贅沢を、
私は心の底から有り難いと思う。

でも明日の事は分からない。
仕事といっても契約書もないパートですらない。
チェロもこんなに体調が悪くては
いつまで続けられるかわからない。
またあの恐ろしい何もない状態に客戻りするかという不安は
常にある。

それでも今日この日を有り難いと思う。

世の中の『無』の中で苦しんでいる人たちに、
いつか必ず光が射してきますように。






posted by えるか at 15:15| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月20日

千の風になって

やっと 
『おくりびと』(DVD) を観た。

出た時から観たいと思っていたのに、
アカデミー賞を受賞後、日本中が熱狂してしまい、
ちょっと腰が引けていた私。

想像していたより、ずっとよかったです。
モックン好きだし、山崎努が出てるし、
余貴美子さんも出ているので観ない手はなかったんだけど。
ちょっと最後は創り過ぎ、、、、と思ったけれど、
それでもよかった。

どうも日本中が熱狂、
というものが苦手だ。

そして夫が亡くなってからというもの、
病院もの葬式ものが全く駄目だ。
テレビに出たらチャンネルを変えていた。
不良もの家庭崩壊ものも駄目。

(、、、、こんなヤワなもんじゃない、、、、)

と、生半可なお話に、驚いたり感激したり、
そういう幸せな世間の人たちが嫌いになる。
その仲間でない自分がかわいそうになる。

夫が亡くなって、しばらくして唐沢寿明主演の
『白い巨塔』が流行った時も見ることが出来なかった。
(田宮次朗の時は見ていたし山崎豊子の本も読んだ。
 子どもだったから何も分らなかったけど)

しかし、最終回はあまりに周りが騒いでいたので、
つい見てしまった。

そして泣いた。
(こんなもんじゃない、、、こんな甘いもんじゃない、
 こんなに簡単に死ねない、、、)

私はあとからあとから流れ出る涙を止められなかった。

ちょっと前には
『千の風になって』 という歌が流行った。
これも日本中が熱狂していた。

私は、本当につらい想いをした人、
すさまじい別れ方をした人は、
絶対この歌が嫌いだと思う。

施設では職員が高齢者に歌わせようとしていたけど、
私は高齢者はこの歌は嫌いだろうと思う。
私は絶対に使わない歌いたくない。

同じ思いをした知人に聞いてみると
「私も大嫌いよ!
嬉しそうに歌っている人たちを殴ってやりたいわ!」
と怒っていた。
秋川雅史さんや新井満さんには何の恨みもないけどね。

それでも少し年月が立ち、
テレビの病院ものはいけるようになった。
物語として傍観できるようになったのだ。

今『任侠ヘルパー』 やってるけど、
本当に介護している人や現場の人は見ていないと思う。

でも、黒木メイサが綺麗だからたまに見るよ。

posted by えるか at 22:23| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月03日

消費者の質

「タマちゃん?!」
というキムタクの疑問符マークの台詞のあとで
「タマホ〜〜〜〜〜〜ム!」
と会社の名前を叫ぶ建設会社のCM。

ちょっと前は確か「みのもんた」の、
「お姑さんが来ちゃったりして〜〜
 どうする〜〜?」
などと品のない顔で品の無い台詞を流していたこの会社。

タマホームってどんな会社?
みのもんたやキムタクを使うんだからお金はあるんでしょうか。
CMでのみのもんたの一連の台詞の内容から、
この会社のターゲットは相当なアホ客??
と思っていたのですが。

やたらとCMを流す保険会社やプロバイダーの
人を馬鹿にしているような内容。
これにむかついているのは私だけでしょうか。
企業側はいったい何を狙っているのでしょう。

一例。
「だんな様の免許証の色は何色でしょう?」
「え、、、、、と、、金色、、?」
「まあ、金色ですか!お安くなりますよ〜」
「ほんと?安いのに弱いのよねえ」
「安いのに弱いんですか〜〜?」 (← 確かこんな内容)

何にも知らないアホな主婦に、
勝手に保険会社を変えさせようとしている、
の図なんでしょうか。
これで実際に顧客が増えるんでしょうか。
そんなCM見ることもないんだけどね。

で、この間『ブラスト!』という、
アメリカの金管楽器と打楽器のパフォーマンス(?)を見に行きました。
毎年夏になるとやたらと広告をし、
7年連続の来日もどうやら今年で最終らしい。
『ブラスバンドのとても上手なパフォーマンス』
と勝手に認識していた私は思いつきでチケットを取った。

これが「タマホーム」協賛だったんですね。
¥10500(平日料金)決して安くはありません。

芸術文化センターの大ホールは満員。
手始めはラベルの『ボレロ』
ホルンやトランペットやトロンボーンが
放り投げられ団員は踊りまくります。
スネアドラムやシンバルもいい感じでアレンジしてあって
激しい動きなのに音程も音量も狂わず、
すばらしい、、、、、、、、
音楽家の足があんなに高く上がるなんて!

しかし、2曲目になって、
(あれ、、、、????)
これって口パク?
吹いてなんじゃないの?

いくらプロとはいえ、音楽家がこんなに踊れるのはおかしい、、、、
指が動いてない、口が動いてない、、、
これって口パクだよ〜〜〜!
この人たちは音楽家でなくダンサーなんだ!

ブラスバンドが聴けるものと思っていた私は唖然としました。
しかし、まわりの観客は大喜び。
パフォーマンスのたびに
「うわぁ〜〜〜〜!パチパチパチパチ!!」と喜んでいます。

私はびっくりしてしまったのだ。
これって何?
ダンサーといったって腹の出た人がいっぱいいて
一流じゃない。
こんなものに一万円!?拍手?歓声?

しかし、しらけていたのは私とたまたま私の横に座っていた
これまた一人で来ていた若い女性だけ。
彼女も拍手もせずポカ〜ンとしていた。

ワタクシ休憩時間に抜け出して帰ろうとロビーに出たけれども、
そこには休憩時間パフォーマンスと称して団員が4人出てくるというので
押すな押すなの大観客。
出られなくて仕方なくそこで観ました。

皆、とても喜んでいるんです。
デジカメを持って写しまくり。

ワタクシ孤独でした。
なんで?なにが面白いの?
ダンスだけなら楽器使うことないでしょ?
劇団四季の方がはるかにレベルが上でしょ?
口パクに見えてるのは私だけ?ほんとは吹いてるの??
どうなん?どうなん??!

訳わからんまま後半を見ずに帰って来ました。
劇にしろ映画にしろコンサートにしろ途中で帰ったのって
たぶんこれが初めて。
今だに何だったのかわかりません。

少し前、「上妻宏光」 さんの三味線を聴きました。
「ベルリンフィル 12人の金管奏者たち」を聴きました。
どちらもすばらしかったのに空席が目立ちました。

素晴らしい奏者のために
後援会側はもっと頑張るべきではないだろうかと思った。
奏者に失礼だと思う。
かと思うと満員の「ブラスト!」のような例もある。

そういう意味であらためてテレビCMの質というのも、
どうなんだろう。
ニーズがあるから応えてるってこと?

私らってアホ?





posted by えるか at 13:52| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月01日

診断

「縁の薄い星の下らしくて、結婚相談所にでも
行かないと駄目みたいなのよ!」

てっきり既婚女性とばかり思っていたその綺麗な女性は
聞いてみると私とそう歳が変わらなかった。

「結婚なんてしたいですか!?」
と思わず聞くと、
「したいわよ〜!
一回も結婚してないし一回も子ども産んでないのよ!」
と彼女は一息で言った。

いきなりそんな話題を持ち出すということは、
彼女は私の中にも近しいものを感じてたんだろうと思う。

私は自分の身の上を話し、
「一人でいいじゃないですか、頑張りましょうよ」
と言ったのだけれど、
彼女は両親と同居しており、これから先の介護や経済を思うと、
不安でたまらないと言う。
お兄さんがいるそうだけれど、ご多聞にたがわず、
結婚して嫁さんの尻にひかれた男兄弟は敵に近い。
息子のいる私をうらやましいと言う。

彼女の気持ちはわかるような気がするので、
気休め的な事は言わなかった。
後ろ盾のない世間的な心細さは、
そういう目にあっていない人にはわからない。

彼女はいつか両親が亡くなった後、
自分が一人ぼっちになると思うともう耐えられないそうだ。
だから何がなんでも結婚したいと強く言う。

「そんなことのために結婚なんてしない方がいいですよ」とか
「子どもは苦労が多いですよ」とか
「夫が居たって結局は一人なんですよ」
そんなありきたりの事なんて、
きっと私だって言われたくない。

「私もね、寂しくて寂しくて仕方ない日がずっと続いたけれど、
やっと一人で頑張ろう、って思えるようになったんですよ。
もう猫オバでいいって思ってるんです」

すると彼女は
「そんなこと思ったらダメですよ!
もういいって思ってしまった人にはやっぱり結婚相手は
現れないんですよ。
願っている人は、やっぱり違いますよ。
願い続けないとダメですよ!」
と逆にハッパを掛けてくれた。

『一緒に居る所を人に見られたくないような男とは付き合うな』
という言葉と、
『どんなつまらない男でもいないよりは居た方がいい』
という言葉がある。

どちらもそうだなあ、、と思うけれど、
私はやはり前者を取る。
この歳になると、そうはいい話は無いものだ。
いい男は残ってない。
若い人たちでさえ婚活をしている時代に、
どうしてこっちに回ってこようか。

そりゃあ、どうでもいいような男ならいるだろう。
というより、居るところに行けば居るのだろう。
だけれど、どうしてそんな所に行く機会があるだろう。

ビジネスパークなどを歩くと一線の男性たちが
うようよと歩いているけれど、その中に、
既婚でなくて品性のいい男が一体何人いるだろう。
いるとして、その中の人と出会う機会など、
もうゼロに等しいのである。

彼女に、
「でもね、結婚したとして、
次の日にその人が脳溢血で倒れるかもしれないですよ。
その人にも親が居るんですよ、介護は倍になりますよ。
そういうリスクをこの歳になったら考えた方がいいですよ」
と言ったら、
「そんなこと言ってるから縁遠くなるのよ!」
と一喝された。
ハイそうです、すみません。

私が彼女のように寂しがっていた時、
未亡人の先輩が、
「でもね、私たちはこの先、夫の介護で苦しむことからは免れたのよ。
今は楽しそうにしている人たちもね、何年か先には泣くのよ!」
と言っていた。

一人ぼっちの心細さに慣れたこの頃では、
その言葉に頷く私である。
自分は腐乱死体で発見される確率が高いのだ、
と情けなさで泣いた頃もあったけれど、
上野千鶴子さんの本で

『孤独死は思っているより多く、
 要はそのことを恐れてしまうという間違った認識にある。
 一人で死ぬのは全然オーライ。
 ただ後始末を考えて早く発見してもらえるように、
 手配だけはしておきなさい』

ということを知り、世間の認識をそのまま自分に
置き換えていた私は納得したのだった。

「ひとりでさみしいでしょう」
などと失礼なことを無神経に言う人は、
そういうのはその人の価値観の押しつけであって、
「どうして子どもを産まないの?」
という暴力的な言葉と同じであるということを
わかっていないおバカさんである。

 
そんなこと思っていたらブログパーツ
『大人のためのセクシー診断』で
「ひきこもり級」という情けない診断が下されました。
posted by えるか at 00:17| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月10日

となりの芝生

相変わらず、朝日新聞のテレビ欄の
『ライター・島崎今日子』さんのコラムが快調だ。

彼女の名前を目にするたびに(おぉ!)と
とにかく読む。

どうしてこんなに私と同じ思いなのか、
(いや、私がご一緒させていただいていております)
もはや「お姉さま!」と言いたいくらいだ。

今日の『キュー』(コラムの名前?)の書き出しは、

「橋田寿賀子ドラマ『となりの芝生』に
小劇団出身の「大倉孝二」が出演するとはショックである」

であった。
そうです!そう思います!ワタクシも!
私は「大倉孝二」けっこう好きなんです。
それなのに橋田作品に出演するなんて、、、、、、、

私もショックでした!
やはりお姉さまもそうでしたか。

「渡る世間は鬼ばかり」なんて見たことはないけれど、
あんなに長く続いていたことを思うと、
見る人がいるということだ。

私にはその事実が理解できません。
まあ、世の中は自分とは違う色んな人がいる、
と受け取るしかないのである。

だいたい私は橋田寿賀子の顔が嫌いだ喋り方が嫌いだ。
自分だけが正しいと思いこんで尊大な態度を取り続ける彼女の中に
世の中の姑やオバサンの嫌なものを見る。

そしていったん祭り上げられてしまうと、
誰も文句を言えないという社会の構図。
こんなドラマが視聴率を保ち続けるという、
私にとっては不条理な世間。

もちろん、
私は橋田版「となりの芝生」は見ていないけれど
島崎今日子さんによれば、
大倉孝二は、彼だけは橋田ファミリー色に染められず、
今のところひょうひょうと演じているようです。

大倉孝二さん、絶対に染まらないでね。
よろしく!
posted by えるか at 11:47| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月15日

解決法

人に何か言われて、
ムッとしたり傷ついたりする時は、
実は本当のことであったり、痛いところを突かれた時だ。

そんな無神経なことを言うその人にも腹が立つし、
そんな人を親しいとみなしている自分が情けなくなる。

でもね、
その人と付き合っているのは自分が選んでいるんだし、
自分にも似たところがあるから付き合いがあるんだよ。
世の中にはちょっと離れれば、
全く違う価値観で生きているひとが、
それこそ星の数ほどいる。

ということに気がついた時、
私はとても楽になりました。

親しくすると、知らず知らずのうちに
その人の価値観に自分も振り回されることになる。
傷ついた時は少し離れるとよい。

そしてよく考えると、
その人の考え方もある意味偏った考え方である、
ということに気がつく。
離れることはその人の価値観から
解放されることでもある。

すると、気持ちがすう〜っと楽になって、
新しい自分が待っている。
友達はこちらが嫌いにならない限り減らない。
思ってる分には勝手だし。

ほら、『マディソン郡の橋』の
ロバート・キンケイドとフランチェスカのようにね。
あれは作り話ですが。

人は迷う。
作家のインタビューなどを読むと、
「こうなのだ」と断じているところが、
すごいなあと思う。
そう断じてしまう自信はどこなのだ、
とは思うけれども。

例えば、先週土曜の朝日新聞『be』(最近この別紙『be』が面白い)には
劇作家・小説家の本谷有希子さんの記事が載っている。

知らない人だったけれど、この人の作品、
『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』と
『幸せ最高ありがとうマジで!』を
たまたま観ていたので(あ、あの人かぁ)とわかった。
どっちも面白かった。

本谷さんは
「世界に拒絶されたという孤立感が力になる」
と言いきっています。
まだ若いのに、29歳です。

私などは拒絶されたり孤立感を感じると
とても哀しくなってしまって
自分を否定してしまうのだけれど、
こういうところはやっぱりプロだからなのでしょうか。
それとも生来の強さなのでしょうか。

いくら文章が上手くても、
底の浅い人の書くものはつまらない。
そういう意味でも同じ『be』に載っている
作家、車谷長吉さんの「悩みのるつぼ」の
悩みの回答が毎回面白いです。

機会があればぜひご一読を。
posted by えるか at 13:18| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

囚われない

岩松了さん(脚本、演出、俳優、監督)
の講演に行った。

岩松さんは若い頃は、
人というものは上下に並んでいて、
才能のある奴が一番上、
下手な奴は一番下と思っていたけれど
ある時、そうではなくて、
人は皆どんな奴も横並びなんだ、
と分かったそうだ。

若い頃の岩松さんにとって
「才能の有る無し」が人を測る尺度だったわけ。

私は中学の頃(たぶん)までは、
「賢い(成績がいい)」ことで人の幸せは決まる、
と漠然と感じていた。
今思うと恥ずかしい。

成績の悪い子はとても可哀そうなんだ、
どんな人生を送るんだろう、、、、
そう心のどこかで思っていた。
もちろんそんなことは絶対おくびにも出さなかったけれど。
実は嫌な子だったんだろうな。
そんな考えが刷り込まれていたのだ。

ところがどっこい、
成績のそうたいして良くなった人たちが
しっかりと世の中で生きて第一彼らの中では、
成績なんて全くどうでもいいことだったのだ、
どんな人にも大切なそれぞれの人生があるのだ、
という事を気づくのにそう時間はかからなかった。
いや、かかったのか。
むしろずっと楽しそうに人生を謳歌しているように見えた。

「こだわり」とは大切ではあるけれども、
やっぱり良いこだわりと悪いこだわりがある。
それが何なのか自分ではなかなか気付かないことが難点だ。

受験に失敗して自殺してしまったり、って
人はなぜそんなこと、、と思うだろうけれど
本人にはたったひとつの大事な目標だったのだ。

私たちは(少なくとも私は)、
人から見たら小さな色々なことにこだわって囚われている。
「〜しなければならない」
「〜するべきである」
「〜であるべきである」

だから辛い。

幸せでなければならない。
健康でなければならない。
生きがいがなければならない。
働かなくてはならない。
意味がなくてはならない。
人を喜ばせなくてはならない。
仲良くなければならない。
楽しくなければならない。

このマンションに来た頃は、
一人で歩いている自分が嫌で可哀そうだった。
誰を見ても幸せそうに見えた。

でも私は今、
人が私をそう見ているよりは、
たぶん幸せだ。

いろんなこだわりを捨てたからだ。
そのことを納得したからだ。

私のことを、
「気楽だろうけど一人で可哀そう」
と思っている人がいるかもしれない。

でも私は
「大変だけれど可哀そうじゃない」
と言いたい。

人と比べなければ結構楽しい人生だ。
何をもって幸せと思うかだ。
絶対に家族がいなければ、
夫がいなければ、
世話をしてくれる子どもが居なければ。

そんなことに囚われていると、
前に進めないよ。

でも何に囚われようと
それはその人の自由だけどね。






posted by えるか at 00:32| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月05日

支え

昨日飛び込んできた足利事件の菅家さん釈放ニュース。
拘束17年半という年月。
DNA鑑定が間違っていたというとんでもない話。
誰もが驚き、憤りを感じただろう。

テレビで記者会見する菅家さんを見て、
その柔和な顔に言葉を失う。

私がまず思ったことは、
よく死なないで生還されたなあ、ということだ。
無実の罪で無期懲役という判決を下されて、
どれほどの絶望と屈辱を味わったことだろう。

菅家さんの顔つきが柔和なのはどうしてだろう。
支援者の支えがあったからではないだろうか。

冤罪で無実の人がきっと他にもいるはずだ。
罪を犯しておいて捕まらず、
のうのうと暮らしている犯人もたくさんいるだろう。
法すれすれで悪いことしている人間は星の数ほどいるだろう。

どの人間も善と悪の顔を持つ。
古代から人間は残酷な拷問をくりかえしてきた。
そういうことを思いつく残虐な素地を人間は持っている。
その時代にその立場に追い込まれたら私たちだってわからない。
そうならないとあなたは自信を持って言えますか?

中国や北朝鮮のことを日本人は嫌うけれども、
(私も嫌いだけど)
戦前の日本は北朝鮮と似てないか?
私はインフルエンザで町がマスクで真っ白になったのを見て、
北朝鮮のマスゲームと似ていると思って怖くなった。

自分が中国の貧しい村に生まれていたら、
環境環境なんて言っている暇はない。
当然のように毒を撒き散らしても、
生きる金を手に入れようとすると思う。

私は『森永ヒ素ミルク事件』とたった一年違いで、
そのミルクを飲んでいたそうだ。
高度成長期と共に育った私たち世代は
農薬や添加物を体にいっぱい入れて育った。
そういう時代だったのだ。

私は私たちの世代に急に流産やアトピーなどが増えたのは
そのせいだと信じて疑わない。
私の世代はあまり長生き出来ないと誰かが言っていた。
(それは有り難いことだけど)

クリント・イーストウッド監督の『チェンジリング』を観て、
私はあまりに暗い気持ちになり気持ちが沈んだ。

1928年、ロスアンジェルスで子供が誘拐される。
5か月後、市警が連れてきた息子は別人だった。
自分の子ではないと訴える母親に、
暗黒街や賄賂で通じる市長や市警は
仕事をしていることを世間に見せつけるために、
母親を精神病院に入れてしまう。

そこでは市警と通じた医者や看護師がおり、
無理やり薬を飲まされ抵抗すると、
電気ショックという拷問が待っている。
奇跡的に母親が助けられたのは、
腐敗した市警を糾弾しようとする牧師がいたからだ。
実話だそうだ。

牧師がいなかったらたぶん母親は廃人にされ殺されていただろう。
助けてくれたのは牧師だけだったのだ。
彼が動いてくれた母親はまだ幸運だったのだ、と思うと
人間が古代から持っている邪悪な面を
思って心がくじけた。
どれほどの人たちが無実の罪で、
拷問にかけられ殺されてきたことだろう。

菅家さんに支援者がいたことをほんとうによかったと思う。
がんばってこられた菅家さんと支援者には頭が下がる。
ご本人はもとより、
亡くなられたご両親やまわりの人たち、
どれほどの数の人が不幸になったことだろうか。





posted by えるか at 15:07| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月23日

怖い

今日になって新聞は、
隔離された高校生の思いなど今回の騒動を、
「そこまでしなくて良かったのでは」
という書き方に変えてきた。

連日何面もの紙面を使い、
これでもかと書いてきておきながら、
『私たちは何も悪くありません。
 何も知らない皆さんに事実を
 教えてあげているんです』
としゃあしゃあと大義名分を決め込むその態度が、
私は嫌いだ。

がしかし、
16面(文化欄!)に載った東大特任准教授の
神里達博さんの論評が気に入ったので、
ちょっと気が治まった。

私自身、今回のインフルエンザ騒動のことについては、
書くのを少し待っていたのは正直なところ。
下手に批判してそのあと死者がバタバタ出たりしたら、
かっこ悪いし、と思っていたのはホントです。

神里さんが書かれた
『マスク着用と世間の目・真の冷静な対応とは』
という記事は、
私が今回思ったことをきちんとした文章にされていたので
私は(これぐらいのことを私もちゃんと書けないとアカン)
と恥ずかしくなった次第。



「人間は恐怖なとの心的ストレスを受けると
普段は隠れている古い思考パターンが表出することがある。
(もしマスクをせずに感染したり感染させたりしたら)
『世間』の目が怖い。
風向きが変わると『世間』の目があるからマスクをやめよう、となる。

一見、粛々と進められている我が国のインフルエンザ対策だが
条件が変わった時、
我々の集合的な感情が思わぬ方向に向かい、
知らないうちに不条理へと逸脱していく懸念がある。

自らの心ら共同体の集合的な意識を
もう一つのさめた目で見つめ直すことこそが重要だ。
『冷静な対応』とは本来そういうことである」
と書いてあります。

私は今回白く覆い尽くされた社会を見て、

(ああ、これが世間だ。世間って怖い)

と思った。
インフルエンザだけに限らない、
世間というものをよく現した今回の出来事だと思う。



posted by えるか at 19:52| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月22日

一週間

月曜日は梅田へ出掛け〜〜
マスク見て仰天をした〜

テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャ〜〜〜
テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャ〜〜〜

火曜日は練習有りで〜
チェロをかついで行った〜

テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャ〜〜〜
テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャ〜〜〜

水曜日は学校閉鎖〜〜
コンサートはマスクだらけ〜〜

テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャ〜〜〜
テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャ〜〜〜

木曜日はお咎めなしで〜〜
マスク無しで歌います〜

テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャ〜〜〜
テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャ〜〜〜

金曜日はハナちゃん連れて〜
獣医さんへ行きました〜

テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャ〜〜〜
テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャ〜〜〜

友達よこれが私の一週間の仕事です〜
テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャ〜〜〜
テュリャテュリャテュリャテュ〜リャ〜リャ〜〜〜〜〜〜〜〜〜



いやはや、もし戦争中なら、
私は間違いなく非国民で、
見回りのご婦人方にイジメラレテいるであろう。

私はそんなに丈夫ではないから、
普段から、手洗いうがいは欠かさないけれど、
今回はマスクはしていません。

まさしく国民性が現れた
今回のインフルエンザ狂騒曲。

罹った高校生は、
「申し訳ありません」と言ったとか。

言う必要なし。
あなただって被害者だ。

posted by えるか at 23:24| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月17日

斉藤和義

「さんまのまんま」に
斉藤和義さんが出ていたので見た。
最近またクルマの中で聴いていたのでベストタイミング。

ファンになってからまだ一年ほどなので、
付け焼刃なのではあるが、
CDをだいぶ買い漁ったので
けっこう歌は知ってます。

去年の暮れにライブがあるのを知ったけれども
一緒にいってくれそうな人もいないし、
なんでも一人で行く私も、
ライブに一人は寂しいので行かなかった。

斉藤和義さん、どんな人なんだろう、、、、
興味津々でソファに座る。

いや、想像以上に面白い人でした。
さんまの話術はもちろんあるのだろうけど、
飄々と答えるその佇まいがとっても
魅力的です。
手おっきいし。

この人はぶれない人でタフな人なんだなあ、
と思った。
ポツポツと喋っているようで、けっこう鋭い人だ。
地に足のついた、ものすごくしっかりした人だなあ、
というのが私の印象。

人に何を言われても自分を崩さない、
飄々とみえて実は骨太。
強い人だと思う。

さんまは大笑いしていたけれど、
私も大笑いしました。
笑いながら、
今年の目標である「タフになる」
ということを思った。

タフとは、
打たれ強いことではなく、
自分をしっかりと持ち、ブレない、
ということだと思う。
posted by えるか at 13:27| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月14日

似てる?

新聞に
「愛犬と飼い主やっぱり似ている?」
という記事が載っていた。
関学の研究グループが実証実験で確かめたそうです。

私は以前からそう思っていたので、
やっぱりな、と思ったけれど、
よく読んでみると犬は純血種に限るらしい。
これって血統書付きの犬のみってこと?

「見慣れたものに好感を抱く心理から、
飼い主が自分に似た犬を選んでいる可能性が高い」
と書いてあった。

つまり、そういう性格の飼い主は、
同じ種類を選ぶってことですかね?
初めから顔は似てるってこと?

私の意見は違う。
どんな犬だろうと雑種だろうと
犬の顔は飼い主に似ていると思う。
雑種に関してその傾向は顕著だと思う。
記事とは全然違う(←これ強調)

人のよさそうな顔の犬を連れた人は
やっぱり人の善さそうな顔をしている。
意地悪そうな顔の犬を連れた人は、
飼い主も意地悪そう。
こずるそうな顔をした犬はこずるそうな人が連れている。
小心者そうな犬は飼い主もそうだ。

私は散歩中の犬の顔を見てから、
飼い主の顔をみてひとり納得しているのだ。
(そうやなそうやな、あんたら似てるで)

猫はどうなんだろう。
こっちは考えたことはなかったんだけど、
ハナのことを次男は猫さんに生き写しだと言う。
とっても可愛い顔だそうな。
私はそこまで似ているとは思わないのだけれど、
怖いほど似ているそうです。

「ハナって顔変わったよな、来た時と全然違う」
確かにハナは不細工でした。
来たばっかりの頃の写真を見ると
本当にブサイクだ。

「猫さんの前の猫も、そういうと猫さんと似ていたよ。
 鉢割れ頭で毛並みは違ったけど、
 顔はすごく可愛い猫やった。
 よく考えたら皆同じ顔してるわ」
「ふ〜〜〜〜ん」

「飼い主に似てくるんよ、わっはっは」
と言ったら、

「そうやな」

と意外にもあっさり同意した。

それって、
遅まきの母の日プレゼントですか?
posted by えるか at 19:20| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月02日

当たり前?

何をもって『当たり前』というのかはわからないが、
新聞で安藤忠雄さんが、

『東大の入学式のスピーチに招かれて驚いた。
 会場に新入生以上の数の親の姿が見えたからだ。
 育てるのは守り続けることではない。 
 一人で生きていく力を授けることが本質ではないか。
 親の子離れが必要である』

と論じていた。
このことは時々耳にするし、五木寛之も同じことを言っていた。
私も東大に入った子の入学式(東京ドーム)に行ったという話を聞いて
内心(はぁ〜、、、)とは思ったけれど、
もちろん、私は安藤忠雄でも五木寛之でもないので
「すごいねえ」と言っておいた。

どうだろう、、もし自分の子が東大に入ったら
私は入学式に行くだろうか。
いや、東大だから言われるのであってどこの大学でも、
親が入学式に行くのは「当たり前」のことなのだろうか。

「あなたの尊敬する人は?」
と聞かれて私たちの頃は
「お父さん」「お母さん」と言うことは、
まず無かったような気がする。
あったのだろうか。
でも最近はそう答えるのが『当たり前』なのだろうか。
お受験のせいですかね。

以前書いたかもしれないが、
「一卵性親子」と言われるくらい母と娘がべったりなのは
精神医学上では異常なことだ、と精神科医が警鐘をならしていたし、
私もそうだと思う。

親は親、子は子だ。
その間にははっきりした境界があるはず。
子どもは親を乗り越えて行くものだ。
私みたいなのもどうかと思うが、
どうかと思うことをわかっているだけマシだと思う。


母親と大きな息子がべったりしているのも気持ち悪いが、
父親と妙齢になった娘がべったりしているのは
もっと気持ち悪い。
本人たちは幸せそうだが、言っちゃあなんだけど
どっちもブサイクなのはナゼだろう。
あ互いに恋人が出来ないから近親で誤魔化しているのかしら。

それから『見守る』という言葉の、
なんと無責任なことよ。

虐待を受けて死亡してしまった子どものことを
学校も地域も近所も
『見守っていた』『見守っていきたい』という。

『見守る』=『いざという時にそう言えば、申し訳のたつ言葉』 








posted by えるか at 00:20| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月22日

かなしい人

井上陽水の『青空、ひとりきり』という曲の中に

 楽しいことなら何でもやりたい
 笑える場所なら何処へでも行く 
 かなしい人には会いたくもない
 涙の言葉で濡れたくはない

という歌詞がある。
2年くらい前に聴いたベスト盤にこの曲が入っていて

「かなしい人には会いたくもない」 
という言葉にかなりハッとした。

私は長い間、ずっと悲しい人だったので、
その間付き合ってくれた友人に
大変申し訳ないことをした、
と思ったのだった。

そうか、
人は悲しい人には会いたくないのだ、
と初めて知った。

30年以上も前に流行った曲で、
今頃その意味がわかっている自分に
すごくびっくりした。

悲しい人に会うと、
そうでない自分が後ろめたい。
苦しくない自分が申し訳ない。
住む家のある自分が、
ご飯を食べられる自分が
極悪人になったような気がする。

そして最後には
私をそんな気持ちにさせた人を
ほんの少し憎む。

だから私も、
もう人には悲しいことが言えなくなった。

そのことがつらい。




posted by えるか at 00:08| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月12日

記憶にない母

大韓航空機爆破事件の実行犯、金堅姫元死刑囚と、
彼女に日本語を教えたとされる、
拉致被害者、田口八重子さんの家族の対面が報じられた。

金元死刑囚は相変わらず美しい人だ。

事件が起き、
金元死刑囚が逮捕された時、
私は本や映画でしか知らない驚愕の事件が実際に起こり、
その犯人が捕まったことと、
その映像がテレビに流れ、そして犯人が
たいそう美人であったことに驚いた。

口に何かはめられて
テープのようなものでしっかり塞いであったのを
それを自殺防止の措置であると知って
絵空事を見るような驚きでテレビの画面を見た記憶がある。

その後、特赦されて、
結婚したことはなんとなく知っていた。
結婚相手に名乗りが何人もあったと聞いて
美人っていいなあ、と思ったものだ。

河村官房長官は
「日本人みんながテレビを見て泣いたと思う」
と語ったらしいけど、
私は泣きませんでした。

そんなことより、今回の面会にあたって
後ろで誰がどんな思惑でどんな利益を得るために
動きまわってるんだろう、
とそんなことばかり思っていた。

皆そうじゃないですか?
泣いた?

大韓航空爆破事件の犠牲者遺族は
「私たちには一切の面会をしないくせに」
とたいそう怒ったそうだ。
韓国外交通商省を訪ね、韓国の家族会の頭越しに
日本人拉致被害者に協力する元死刑囚の行動に
驚愕すると抗議したという。

その怒りはもっともだと思う。
しかし、自分が殺した人間の遺族会に
会いたくはないのも確かだろう。
罵倒され殺されかけるのがおちだ。

彼女は一生十字架を背負って生きるだろう。
結婚して子供ももうけていることに関しては
私もどうだかなあ、と思うけど。

拉致された母親を覚えてないという
当時一歳だった息子さんが、
母親のことを「さん」付けで呼んでいた。

彼は母親のことを
「田口八重子さん」としか呼べないそうだ。

自分の母親を公の場でさえ、
さん付けで呼ぶ彼の心の中を思う。



posted by えるか at 20:22| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月22日

お里

子どもの頃、親から尊称の使い方を
わざわざ念押しされたことがある。

「人に話す時に身内のことを尊称で呼ぶな」
ということだった。

人様のことを「〜〜が来た」と言ったり、
自分の身内のことを「〜〜しておられる」
などと言っては絶対にいけないお里が知れる、
という内容だった。

子ども心に何かあるな、とは思ったものの、
以来、敬語には気をつけなければならない、
と思うようになった。

かといって普段の私の言葉遣いは
かなりヒドイ。
でもね、それはわかっていてわざとですよ(?)
人に向って、「あの野郎」とか「あいつ」とか「奴」
などと言ってはいけないことは、
もちろん存じております。

でも、変に仲間内で過度な敬語を使うのも
かえってお里が知れるというものだ。
フランクな場でそういう人を見ると
私は返って(ああ、この人は必死で自分を覆い隠しているな)
と思うのだ。

しかし、時代は変わり、
言葉が変化するということは、もう仕方のないことなので
最近の若い人の言葉遣いを指摘しても
もうどうしようもない。

でも、どうにも受け付けられないのが、
自分の子どもに対して、
「〜〜〜してくれないんです」
「〜〜してあげたいんです」
という言葉。

「〜〜しない」「〜〜してやりたい」だろうが!!!
これは大事にしている、という意味なのだろうか。
私が親に言われた事に、
真っ向から相反するのである。

ペットに関しても、
「エサをやる」ではなく「ゴハンをあげる」なのだ。
「オスメス」でなく「男の子女の子」なのだ。
「犬猫」でなく「うちの子」だ。
真夏でも服を着せられている犬がいる。

これはいったいどうしたことだ。
私はかなり動物好きだと自負しているが、
最近では私の方がどうやら少数派みたいなので、
私は相手の顔色を見て、
「、、、え〜、、と、この猫ちゃんは男の子ですか?女の子ですか?」
などと話しかけている。

心地悪いことこの上ない。
「この猫はメスですかオスですか?」
と言いたいぞ。

前住んでいたところの獣医は
「男の子女の子」と話しかけ、
現代のニーズにしっかりと乗っかっている人で
受付の言葉遣いも徹底しており、
人間の受付よりよほど丁寧で
その丁寧さが不気味で歪んでいると思った。

その点、今の獣医は腕は悪いが、
そういうところはバンカラなところがあって、
人間的にはわりと好きで通っている。

でも、この間そこで、
「え、と、、あの、、ネコのゴハン下さい」
と思わず言ってしまった。

先生は「、、、、あ、、ゴハンね、、」
と言っていたが、
ものすごく恥ずかしかった。

実は私は家の中でハナちゃんに、
「ハナちゃ〜〜〜ん、
 ご飯ちゃん食べまちょうね〜〜」
「ライオンちゃんと遊びまちょうね〜〜〜」
と話しかけていたのだった。

お里が知れました。


posted by えるか at 13:58| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

わかる?

私は人を見る目はある方だと思う。
いや、ある。

それが正しいのかどうかは別として、
少し話せば、
その人がどういう人なのかは、
なんとなく分かる。

何かの会に属しているとして、
ずっと後になって何か事件があった時に
「あんな人だとは思わなかった」
と皆が憤慨する時、私はたいてい
「そんなこと、初めから分かってたことやん」
と返す。
かえってどうして皆はそのことに気がつかないのかが
わからない。

だからといって私がうまく世間を渡っているとか、
まわりが善人ばかりだとか、
そして私がいい人だとか、
そんなことは私を見て分かる通り、
全然ありません。

それどころか
(この人はちょっとやばいぞ、、)
と分かっているのに、
怖がらずに相手をしていて
嫌われ者と仲がいいと思われてしまったこともある

だいたい「いい人」の定義がわからない。
どんな人にもその人に都合よければ
いい人、ということになってしまうので、
やっかいな事である。

だってどんな嫌な奴にも友達はおり、
その人たちから見たら私は嫌な奴だ。

また、しばらく付き合ううちに
ああ、この人は我儘な人なんだなあ、
(ただし、世間的に我が儘であるということではなく、
『性根が』ということです。
 世間的にはごく普通)
とか、いざとなったら助けてくれんなあ、
とか、支配したいんだなあ、
とか、意地悪だなあ、
とか、田舎者だなあ、、
とか、育ちが悪いなあ、
とか、必死でのし上がってるんだなあ、、

そんなことが見えてくる。
(そういう人とは友達にはなりませんが)
だからと言っていい人とだけ仲がいいとは
限らないのが面白いところ。

いい人なんだけど気に食わない、
という人も意外と多いような気がする。
混濁あわせ持ったものが人間であるからして
当たり前と言えば当たり前なんだれど。

流行りの天然の人。
実は私は2人しか知らない。
ついでに私は天然ではないのに
天然の振りをする人が嫌いです。

この間、なんとなく納得できない人のことを
(ああ、この人は天然なのだ、しかも
根がとっても意地悪なんだ)
と気がついてとても自分の中で腑に落ちた。

ちょっとない物を発見したような気がして
なぜか嬉しい。

そんな私が、自分では自分のことを
わからないのと同じように、
人に私がどう見られているのか
わからないのが
恐ろしいところであります。

あ、分かっても言わないでね。

posted by えるか at 01:29| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月19日

減らない

『誰かが幸せになっても
 あなたの幸せは減りません』

という言葉を知った時、かなり感動した。
海原純子という精神科医の本だったと思う。

幸せな人がいたりラッキーな人がいたりすると
口では「おめでとう」とか「よかったね」とか
言いながらも、
実は心の中でおもしろくなかったり、
憤懣やるかたないこともある。

なかなか本当に心からよかったね、
と言えないことが私は多い。

人の幸せを心の底から喜べることは
かなりの鍛練がいるか、
本当に心のきれいな人に限られる、
と思っていたけれど、
そんなことはない。
私にだって出来るのかもしれない。

自分の幸せは減らないのだ。

少し前の新聞に、
「人を妬む感情と、他人の不幸を喜ぶ感情を
 つかさどる脳の場所が判明し、
 密接に関係していると解明された」
という記事が載っていた。

どうしてこんな研究をするのだろうと思った。
研究した人とちには悪いけれど
そんなこと知ってどうするのだろう。
分かりきったことを裏付けて
何に役立てるのだろう。

『人の不幸』という蜜を私自身、
幾人かの意地悪な人たちに
たっぷりなめさせてあげた。
だけどそんな蜜がおいしい人たちこそ
ほんとうは可哀そうな人たちだ。

人の幸せを喜べる幸せを知った時、
私は幸せな気分になったよ。

人の益になる事を教えてあげたり、
そういういいことのおすそ分けを出来るということは
とても幸せなことなんだ。

人のいいところは
気が付けばどんどん口にして
褒めるようにしているけれど、
嫌いな人への気持ちがいっぱいになると
それどころではなくなってしまう。

往々にして私はそうだ。
反省しよう。

ちょっと前に
「ダメよ、あなたはね、
 いつも輝いている人でなくっちゃ!」
と言って下さった人が居た。

私は本当に嬉しかった。
心の底から感謝した。

「あら、私って暗いんですよ」
と言った私にその人はそう言ってくれたのだ。

あれからもう一月以上もたっているけれど
そのことを思い出すと、
今も心にほっかりと
灯りがともったような気分になる。

言葉は大切だ。
そういう言葉が自然に出るような人間になりたいと思う。





posted by えるか at 00:08| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月10日

はずれもの

『負け犬』という言葉が認知されて久しいけれど、

「高学歴で職業もしっかりしており、
 恋人もいるかもしれない『負け犬』は
 なんら心配はない。
 不安定な職で恋人を自分で見つける器量のない
 多くの若者の方がずっと心配なのである」

という意見を以前どこかで読んだ。
ほんま、その通りです。

最近は「おひとりさま」が認知されている。
上野千鶴子さん著の「おひとりさまの老後」 
は私も持っている。

「女は、いずれ遅かれ早かれ皆おひとりさまになる。
 子どもなどあてにしないで元気に生きよ」
という内容は、
ジェンダーの第一人者で東大大学院教授の
上野さんが言うのだから、まあ、その通りと思うし
私がこの本を読んで
かなり慰められたのは事実だ。

本屋をウロウロしていたら、
この上野さん監修の、おひとりさまの雑誌が出ていた。
他の雑誌が売れているのに対し、
この雑誌はうず高く積まれたままだった。

それはそうだ。
誰がこの雑誌をレジに持って行って
店員に(ああ、この人は、おひとりさまなのだな)
と思われたいだろうか。
アマゾンででも買いますがな!

でも、私は一応パラパラとめくってみました。
幾人かのおひとりさま(有名人)に聞いた記事が載っていた。

「寂しいと思うことはありますか?」
との問いに
「寂しいと思うことはありません」
という答えが多い。

そして
「寂しい時はどうしますか?」には
「本を読む」という答えが目を引いた。
(以上、ざっと見ですけど)

世にいう「おひとりさま」とは
仕事をしているうちに、たまたま(あるいはわざと)
おひとりさまになってしまった。
あるいは、連れあいに先立たれた。
のどちらかだろう。

誌上に出てくる人は
どの人も有名で、しっかりとした職業のある人で
それは寂しいという暇もないし、
友人知人には不自由しないだろう。
周りにもおひとりさまの友人がいるのではないか。
(それでも孤独であることは変わりはないであろうが)

この雑誌に、
夫に先立たれた市井の孤独な老女の話は出てこなかった。
いやしかし、この雑誌には登場しないけれど、
そういう人は違うところで、
マスコミや世間にとり上げられるのだ。

私はそのどこにも属していない。

自分を養えるような仕事もないし、
無職のおひとりさまの友人は居ない。
そして世間一般の老女にはまだ若い。

仕事を探すために右往左往した話は
違うところで書いたことがあるので
ここでは割愛するけれども
それは苦しく惨めなものであった。

もういい、仕事しない、と決めて
なんとか自分にそれを納得できるまで
私はどれほど苦しんだかわからない。
今でもそういう意味では身の置き所が無い。

結婚したばかりの頃、
母親が職を持つ人であった私は
主婦が毎日何をして暮らしているのか
全くわからず、
知らない土地で困ったものである。
友人はまだ誰も結婚しておらず、
嫁ぎ先の悪口を言う人も居なかったのである。

幸運にも子どもを授かり、
私はすることが出来てそれは嬉しかった。
子育てに没頭したのは言うまでもない。
誰にも何も手伝ってもらわなかったけれども
そんなこと全く苦にならなかった。

以来、ずっと主婦だったけれど、
(ピアノを少し教えたり
たまにパートのまねごとをしたことはあっても)
私は夫が亡くなってから、
いかに主婦が職業を持つ女性から
嫌われているのか知った。

その内容もここでは割愛するけれども、
テレビや文章に出てくる主婦も
おしなべて愚鈍で、自分勝手で、
世間知らず恩知らずと描かれることが多い。

全然当たってない、とは言わないけれど、
仕事をしている人だってヒドイ人はいっぱいいるだろう。
でも、描く人はすべて仕事人なので
そういう人たちが描く主婦はそういうことになる。

私自身が声を大にして抗議できるような
素晴らしい人間でないのが情けないところである。

話が迷走しているけれども、
要するに、どこにも属せない私は
ほんとに困る!ということなのです。
寂しいです!
誰とも共有できないこの身の上、この気持ち。

20年先、30年先には
あんたらもこの気持ちを味わうんよ、
その時に吠え面かくなよ!
、とは、品がなかったですね、すいません、、

でもその時は皆が同じ気持ちだから
寂しくないか。

私の孤独な道はまだ20年は続くのだ。
長い、、、、、






posted by えるか at 13:35| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月08日

ハリーとトント

前回の記事で統合失調症の心配をするまでもなく、
私は年末から年明けにかけて、
一気に老けた。

憑きものが落ちたように、
とは例えにはならない言葉だけれど、
自分で分かるくらいだから、
相当だと思う。

私の父は若く見える人だったけれども
やはりある時を境に一気に老けた。
若く見えた人だけに、
よけいに老いが目立つ。
それでも70は越えてからだから、
私のはちと早すぎる気がする。

もう何を着てもしっくりこない。
今年の流行りの服を着ても
ガンバッテル感が出てお気の毒な感じ。

一張羅のコートと一張羅のファーと
一張羅のバッグを持ってみたら、
昨冬までは、一見奥様風になっていたのに、
今冬は肝心の中身が
浮いているというか、沈んでいる。

なにより、正月に来た息子に話しかける自分の口調が、
母ソックリなのである。
自分で喋っていながら
(何?この声、この口調、!?、、、)
とショックだったけれど、
最後までそのままなおらなかった。

おばさんを通り越してバアサンのようだった。
鏡を見ると、ほんとに知らないうちにバアサンになっている。
なぜ?どうして?

姿勢も悪くなっている。
猫背が治らない。
そして動きが緩慢だ。

一人暮らしになって、独り言を言ったり
テレビに相槌を打つようになったらもう終わりだ、
と未婚の若い女性の文章に時々あるけれども、
私はあえて、
わざとそうしている。

声は出さないと出なくなるからです。
ハナちゃんにも話しかけている。
抱っこして子守唄まで歌っている。

昔は老女が小さな犬を抱えて散歩しているのを見ると
気の毒に思ったものだが、
今では自分がそうなっている。

最近では、もうこのまま猫女として
猫と共に暮らしていこう、
と思っていたのだが
思うまでもなく、すでになっていたらしい。

『ハリーとトント』 という
アカデミー賞をとった映画を観た。
確か、おじいさんと猫が旅する話だったなあ、、
と録画しておいたのだ。

35年も前の映画なのに、今みても古くない。
マンハッタンのアパートが取り壊しになり、
老猫トントと共に
子どもたちの住む所に旅する、という話。

もちろん、ハリーに行きつく場所はないのだ。
子どもたちは、一応来るように、
と歓迎はしてくれるのだが、
居場所などない。

ここに出てくる人たちは皆、孤独だが
悪い人は出てこない。
誰もが親思いで子思いだ。
つまり、孤独であることは当たり前のことで
それに耐えて生きろ、
と私は受け取った。

最後、トントは寿命で死んでしまう。
トントに似た猫を見かけて
ハリーが追いかけていくところで映画は終わる。

トータス松本の猫、ソウジといい
(その後、ブログに骨壺が載った)
トントといい、こう続けさまに猫の亡骸を見ると
悲しい。

ハリーは、頑固だが善良で賢明な人だ。
破産した次男に
「援助はするが、一緒には住めない」
とはっきり言う。

このところ長男との同居の話が出て
かなり揺さぶられた私にとっては
心強い言葉だった。

posted by えるか at 00:09| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月30日

よいお年を

2008年が、もう終わる。
山羊座の私にとって
今年は12年に一度のラッキー年だったらしい。
六星占術でも運勢は悪くなかった。

2008年が始まった時、
どんなにいいことが来るのだろうかと、
期待していたのだけれど、

(これの一体どこが12年に一度のラッキー?)
と思えるような日々で、
(やっぱり占いなんて当たらんなあ)
と思いつつ生活していたけれど、

終わってみれば、
概ねいい年だったと思う。

長い長い闇の中でもがいていた私に
本来の自分の感覚が、
朧げながらも戻ってきたような気がする。

長いトンネル、、
いったいどれくらい長かったのか、、、

短く言えば、このマンションに来てからの4年間。
中くらいで言えば、家庭が大変だった15年間。
もっと言えば大学の進路を間違えて
自分のアイデンティティを
虚しく問うた30年か。

自分を失った時には、
本来の自分ではないおかしなことをしたり言ったりする。
それがあまりにも長きに亘ると
本来の自分がどうであったのかさえ忘れてしまう。
ただただナメクジの這った痕のように、
捕獲された動物が箱の中でもがき暴れるように、
ガラスに激突する鳥のように、
気の毒な状態が連鎖していく。

そういう中でも、
いろんな人と出会い、話をし、子も持った。

私と縁あって付き合ってくれた人たち。
こんな私に付き合ってくれて
感謝に堪えない人もいれば、
付き合うべきでなかったであろう人もいる。

家族を自殺で失った友人は
「そのあと何年間もおかしなことばかりしてきた」
と言っていた。
その状態は私にもよくわかる。
「あんたは行ったらあかんところにばかり行くよ」
と言ってくれた友人もいた。
その通りだったことも多い。

私はふと何か思いついた時に
その言葉をノートに書いている。

何年もたってその走り書きを見つけた時、
その時自分が何に苦しんで、
もがいていたのかが垣間見え、
その時の自分が可哀そうになる。
そしてなんとか今日まで生きたよなあ、、
と少し自分を褒める。

今年は意識的に
思う気持ちを手帳に書いてみた。
2008年が始まった当初は
「楽しいと思えば、楽しい」
と、まだ少しつらそうだ。

7回くらい今年は走り書きがあるけれど、
12月に入って思ったことは、

「自分が後で嫌な気持ちになるような事を、
言ったりしたりする事と、
またそういう人と付き合うのはもう止めよう」
ということだった。

人に腹を立ててむかついてみたり
つい悪口を言ってしまったりする事や、
会った後で私の価値観がおかしくなってしまうような
気持ちを惑わすような人と接触するのは
もう止めにしようと思えた。

会った後なぜかイヤ気分が残る人は
本来付き合うべき人ではない。
そんな人はもう意識の中でバッサリ捨てよう。

小さい事を言えば、
夜に食べ過ぎるのをやめよう。
胃がむかついて眠れないし朝も気分が悪いし
お腹が出て自己嫌悪に陥るし。
(初めからわかっている事はするなよ!)

出来得る限り毎日きれいにしていよう。
家の中でチグハグな格好をしていたり、
そういうことはもう止めよう。

欲しいものは買おう。
買ったら後悔せずにそのことを楽しもう。
自分が幸せだ、と思えることだけをやろう。
どんな小さいことであっても。

こんな、誰もがとっくに分かっていることを
私は50年もかけてやっと学んだ。

来年はあまり運勢はよくなさそうだけれど
それなりに幸せに過ごしたい。

私に付き合ってくれる大切な友人たち息子たち、
今年一年ありがとうございました。

どうぞよいお年をお迎えください。
来年もよろしくお願いします。

                えるか




posted by えるか at 14:43| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月26日

どうしてる?

高校生だった頃、
何かの話で級友が
「エッ!ストッキングって毎日洗うん?
 私、一週間ずっと同じの穿いてるよ。皆そうだと思っていた!」
と、たいそうびっくりしていたのだ。
成績が良く楚々とした美人のその級友のあまりな驚きように、
私は返って彼女の育ちの良さを感じた。
そして彼女は汗もかかない体臭もない本当の美人なんだと
うらやましく思ったものだ。

どうなんだろう、と思いながら
そのままになっている疑問が結構私には多い。

ほんの一例だけど

ブラジャーは何回着けたら洗うのか。
夏は汗をかいたらすぐ洗うけれども、
秋冬は皆、洗っているのでしょうか。
毎回洗うとあっという間に痛んでしまいそうで
私はクンクンと臭いを嗅いで、そろそろ、、と思ったら洗います。

パジャマは毎日洗う?
私は毎日洗うけれど、
そう言ったらすごくびっくりされたことがある。
そのかわりシーツはなかなか洗わない。
微妙に1時間くらい部屋で穿いて脱いでしまった靴下、
洗う?もう一回穿く?
迷う。

Gパンは何回穿いたら洗う?
私が昔、聴音をみてもらっていた綺麗な先生は、
毎日洗うと言っていた。
時代は変わり息子などは洗わないで穿くのが流行りの時があった。
私は膝が出て形が狂ってくると洗う。
ジーンズはなかなか乾かない困りもの。

パンツ(下着)はどれくらい穿いたら捨てるのか?
今の製品はそんなにすぐにはヨレヨレにはならないし、
傷んだら捨てる?飽きたらすてる?
どうやって捨てる?切り刻んで?私は面倒くさいから
そのまま袋にいれて燃えるゴミと捨ててる。
私のパンツなど誰が興味を持って拾いましょうぞ。
皆どんな値段のどんな製品を買っているのでしょうか?

痛んでないけど飽きたり流行から遅れてしまった
セーターやブラウスはどうする?捨てる?
Tシャツは一夏で捨てる?
コートは何年着る?毎年買う?

化粧水はコットンにとって使う?
手てビシャビシャつける?
私は『コットンにとってお使いください』 と言われても、
それは化粧品会社の陰謀のような気がして、
手でつけてしまうけれども、コットンの方が有効というのは
本当だろうか?
ローションパックをするとあっという間に無くなってしまうではないか。

そして乳液やクリームは
『必ず手にとり、手のひらで温めてからおつけ下さい』
と言われるけれど、
それって手のひらにものすごく吸収されませんか?
もったいない。
そしてそのわりに
手のひらがきれいにならないのは私だけ?

そしてどれくらいの量をつけているのでしょうか?
1万円のクリームを倍の量つけていたらそれは2万円のクリームだよね。
シャンプーだって私は少量の湯にとかしてから使うけれど
半分以上流れ落ちているので倍の値段出しているような気がする。

私は紅茶党で毎朝紅茶なのですが、
いい紅茶はもう誰もくれないので、
最近はずっとリプトンのイエローラベルだ。
これは安い時を狙うと¥398くらいで買える。
普通は¥680くらい?一度¥298で買えた時はものすごく
嬉しかった。

しかしこのティーバックは
一個では私が飲む量には少し少なく2個では多い。
私は毎朝2個使い、余った紅茶は捨てているのだ。
なんかくやしいのである。
posted by えるか at 20:08| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月06日

旅路

梅田の3キロ引きずりひき逃げ事件の容疑者が逮捕された。
遺族の「もう犯人は自殺しているのではないかと思っていた」
というコメントに、やはりそう思うよな、と思った。

むごたらしい事件をおこした犯人は
どんな気持ちで今いるのだろう、
そう思っていた。
長男もそのような事をポツリと言った。
マスコミでは言わないようなことを
実は人は思っているのだ。

明川 哲也さんという人が
たまに新聞に人生相談のようなコラムを書いている。
少し前は、TETSUYAという名前でミュージシャンと紹介されていたように
記憶しているけれど、今は創作家となっている。

私はこの人の回答が好きだ。

「秋葉原の無差別殺傷事件のように僕もいつかは暴発するのではないかと不安です」
という17歳の予備校生に対する彼の回答は

「人の心は世界と同じ広さです。
塵芥が吹きだまりドブネズミがいる都会の側溝もあれば、
成層圏まで届きそうな澄んだ山道もある。
そのすべてをみて歩くのが僕らの人生だ」

とあり、そして、
「秋葉原の事件を起こした彼も、
ほんの1年前に同じような事件を目撃したとしたら
被害者を介抱する側に回ったかもしれない」

「一つの場所だけを心だと思わず、高い空からの視点を持って
旅をして下さい」
と結んでいる。

私は秋葉原事件の犯人に対する彼の視点が好きだ。
その通りだと思う。

些細なことの繰り返しで、人生は大きく変わる。

「取り返しのつかない選択を、
 やり続けていかねばならないのが人生だ」

と知らない人がテレビで言っていた。
珍しくテレビのコメンテーターから本当の話を聞いたとその時思った。

梅田ひき逃げ犯は、戻ることが出来なかったのだろうか。

posted by えるか at 21:42| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月15日

いい人

新聞の読者投稿コーナーに何気に目が行き、
つい読んでしまい、ムカついた。
(普段はクダラナイから読まない)

「『暴走老人』に出会い震える」
の「暴走老人」という言葉につい、、、、

投稿者は55歳の無職の女性。
『暴走老人』という本を図書館で借りたこの女性は、
自分のまわりには、このような人がいないし、
体験もしたことがないので、
“家族と笑いながら読み流していた” らしい。
そして、自分が自転車で歩道を通行中、
「暴走老人」の運転する自転車に遭遇し、
よけたら、お礼どころか「コラッ!」 と暴言をはかれた。
それからは、外へ出るのも怖くなった。と書いている。

そうかい、そうかい、
ズ〜〜〜っとそのまま外へ出ず、家に籠ってろ。

まず、
『暴走老人』のことを笑っているということが、腹が立つ。
私はこの本を読んでいないので大口はたたけないけれど
彼らがなぜ暴走するのか、少しは考えてみろ、と言いたい。
そして、こんなしょうもないことで
「外へ出るのが怖くなった」などと、
いかにも正しそうな事を言っている気になっている婦人よ、

あんたは55年も生きて、怖い目にあったことがないのか。
私はあんたのような人が嫌いだ。
そしてこのような投稿を堂々と載せる朝日新聞、
反省して欲しい。

巷では、親が子を殺したり、ネットカフェ放火があったり、
親が、子が、他人が、弱者を虐待している。
自殺者はあとをたたない。

彼等の孤独と絶望がわからないのか、と思う。
犯人を擁護する気はないけれど、
どうして彼等がそこまで追い込まれていったのか、
そういうことを少しでも推しはかる気持ちがないのか。

人の不幸を他人事のように、
知らん振りしている、あんたたちが
殺したんだよ、殺させたんだよ、と言いたくなる。

この前、映画『トウキョウソナタ』 を見に行った時、
隣にいた中年夫婦、(たぶん夫が定年したばかりあたり)が
深刻な場面でずっとクスクス笑っていて、
ムカついた。

笑い処を外す人は結構いる。
しかしこの夫婦は、
リストラされた人間が茫然とするところで笑うのだ。
とても笑えないところで、馬鹿にしたように笑う。
あのような人間がツガイとして実際に存在していることを
恐ろしいと思う。

先日、当番が回って来たから報告会に仕方なくいった。
3人の報告のうち、2人の報告を聞いていて
気分が悪くなった。
真面目に会議に参加している友人から聞いてはいたが
「あんたら、ほんまに療法士?」
とわめきたくなった。

対象者を上からしか見ていない。そして、たいそうにえらそうだ。
報告を聞いている間、ずっとムカムカして気が狂いそうだった。
こういう人たちが大手を振って療法をやっている。
確かに腕のいい人も中には居るが、
幅広くやっている人の中に勘違いしている人が多々居る。

「何か質問はありませんか?」の司会者の声に
同じように思っている人も居たのだろうか、
重苦しい空気が流れる。

もちろん、私は何も言わない。
こんな人たちに何を言っても無駄だからだ。
でも、若く、しっかりとした人が
「あの、私の受け取り方が間違っているのかもしれませんが、
ちょっと接し方が、、、急いでいらっしゃるようで、、
私の受け取りかたのいけないところを教えていただければ、、」
などと遠回しに発言していた。

ああ、お若いのになんて賢い人かしら。私なら、
「あなたの取り組み方、おかしくありませんか?」
とケンカを売ってしまいそうだ。

でも、報告者は全く動ぜず、自分が正しいと信じ込んでいるようだ。
さすがに、講師にするどく突っ込まれていたが、
彼女たちは、突っ込まれている意味がわかってなかっただろう。

私は、彼女たちの一言一言に、オバサン丸出しの愚鈍さに、
心の中でずっと反論し続けてムカついていた。
5時間、ヘトヘトに疲れた。
疲労困憊、だから会議は嫌いだ。

会議をすると、どういう訳か変わった意見ばかりが出てくる。
なんだよ、それ、そんなことどうでもええことやんか。
なんで、そっちの方に話が行くんよ。
そして、どうでもいいことが、やっと決まったと思ったら、
平気でそれをひっくり返す輩が出てくる。

会議そのものをアホらしいと思っている私は
何も言わないけれど心の中でずっと反論しているから、
ものすごくしんどい。

どうして黙っているかと言うと、
昔、皆のように陰で言わずに目の前ではっきり言ったら、
結局、一人だけ損したことが何度かあって
私は無駄なことは言わないようになったのだ。
メンバーを見ていたら、話合いがどうなってしまうかは、
もう分かっている。

正しいことは何なのか、世の中どうなっているのか、
私には全くわからない。もちろん私も正しい人ではない。
わかっていることは、皆、口がウマい、そして賢い、ということ。
イザとなる前に、しっかりと上手に逃げていく。

フォスター・ペアレントという途上国の子ども支援の会に出資していたことがある。
月5千円で一人の子どもを支援する、というもの。
私はそうすることで自分の過去と現在の罪を少しだけ
許してもらえるよな気になっていたような気がする。
ちょっとだけいい事をしている気持になっていた。

でも、ある時、人に
「どうして外国なのですか?
 どうして日本の困っている人に手を差し伸べないのですか?」
と言われ、かなりの衝撃だった。
その頃、問題を抱えていた私は自分のしている色んなことが、
とても的外れな事ばかりのような気がした。
しばらくして、私はフォスター・ペアレントから脱退した。
かといって日本の困っている人のために何かしたかというと
何もしなかった。
バチが当たって自分が困った人になってしまった。

途上国に支援に行く人や、写真展を開く人。
この人たちを、悪い人だとはもちろん言わない。
だけど、特別にいい事をしている人だとも思わない。

今日の私は暴走婦人?

posted by えるか at 01:16| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月22日

わからない

林真理子の 『RURIKO』 を読んだ。

表紙に浅丘ルリ子さんの写真が使われ、
登場人物はほとんど実名である。

浅丘ルリ子といえば、
私の子供のころは
絶世の美女として世の中では扱われていた。
同世代ではないので、
なんとなく知っているという感じ。

でも石坂浩二と共演したことも、
結婚したことも
子どもがいなかったことも、
石坂浩二からの申し出で離婚したことも
新聞の週刊誌広告から知っている。

確かにあの時代に、
日本人離れした美貌の持ち主であったことは
誰もが認めるところだろう。

最近はテレビ界からも遠ざかり、
演劇の世界に入ったようだな、、、と思っていた。

何か月か前、たまたま彼女が
西宮のホールで「ハロルドとモード」 という作品に
主演していたので、
チケットを取って見に行ってみた。

私は浅丘ルリ子の作品を、実は全然知らない。
映画も見ていないし、テレビも記憶に無い。
ただ美女として記憶に残っている。

絶世の美女が、
歳を取り、今も尚、主演をはるということが、
どういうことか見てみたかったのだ。

さぞかしオーラがあるか、演技が上手いか、
何か、きっとあるに違いない、
と思って出掛けた。

ところが、
これが長年、演技を仕事としてやってきた人なのか、
と驚く程、演技とも言えないしろものだった。
ただただ棒読み。
『浅丘ルリ子である』 というだけだった。

相手役の、若い顔も名前も知らない男の子の方が、
よほど存在感があった。

一瞬、自分の感覚がおかしいのかと思ったけれど、
共演の杜けあきさんは、きちんと演技をし、
芸能人の光を放っていた。

浅丘ルリ子は演技以前の人だったのだ。

ロビーで浅丘ルリ子手作りの
ビーズのストラッブを売っていた。

どんなものだろう、、と見に行ってみたけれど、
それは大きなビーズを、ただ通しただけの
今どき場末の店でも見たことのないような
田舎臭いものだった。
手頃な値段だったけれど誰も買っていなかった。

これを販売する神経もわからなかったし、
あのような演技で長年芸能界に生き、
今尚、活躍の場がある、ということが
私にはわからなかった。

それほどまでも、
彼女が美しかったということなのか、
熱狂的なファンがいるということなのか。

偶然にも(?)何か月か後、
林真理子 『RURIKO』 発売された。

浅丘ルリ子のテレビの露出が増えた。
本の為なんだろうなあ、、、と
出版社の力の入れようがよくわかる。

林真理子という人、
『ルンルンを買っておうちに帰ろう』 
のエッセイは、
とっても面白かったけど、
そのあと彼女はやたらテレビにひっぱりだされ
いいようにいじられていた。

(苛められているのがわからないのか、、、)
と思っていたら、そのうちテレビには出なくなり、
次々と作品を発表するようになり
あっという間に直木賞を取り、
今では選考委員だ。

私から見ると、愚鈍な印象の彼女は
しかし、東大卒のエリートと結婚をし、
子どもを産み、猫まで飼っている。
エッセイを読むと随分と華やかな生活。

すべてを手に入れた、のしあがった女性である。

私は彼女の作品がそれほどいいとは思わない。
でも、売れる。
そこまで出版社が力を入れる彼女の魅力が、
私には、いまひとつよくわからない。

確かに微妙なバランスの良さはあると思う。
エッセイでは、
いったん自分を貶めているかに見せて、
物事を切っているかのように書いているけれども、
実は、全然切ってなんかいない、
ヨイショが巧い。
なんかズレテルよ。

のし上がるタイプ特有の、
力のある人を掴む能力にたけた人なのか、、、

かといって、私は彼女が嫌いではない。
同年代だし、共感できるところもある。
でも、彼女の今の位置は私にはわからない。

今回の 『RURIKO』 について彼女は
「今の若い人に書けない物を書いた。
 この年齢にならないと書けないものを
 書いてやろうじゃないかと思った」
と書いていた。

私は 「大人の女」 が書くものがどのようなものか
期待して読んだけど、、、、、

どこが大人の女なのか、
全くわかりませんでした。

私が読んだ本はすでに3刷だったから
今はもっと売れているだろう。
林真理子と浅丘ルリ子。
私にとって 『分からないもの』 タッグ。

私がいいと思うものを、
世間の人がいいと思わないのは
当たり前なのかもしれないけれど
世間の流行りというか、価値が、私は時々わからなくなる。

それは、きっと時々、
自分が、何処にいるのか、
何かとんでもない事をしているのではないのか、
自分だけ地軸が外れているのではないかと
ものすごく不安になることと
同じことなのかもしれない。

ああ、わからないものだらけで、
世の中が動いているよ。

自分の為すこと、人との付き合い方、
物事の感じ方、
すべてが
ますます分からなくなっていく。
posted by えるか at 01:55| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月15日

顔で決める

ろくに投票も行かない私には
言う権利もないと思うけど、

辞意表明をした福田首相、
私は好きだ。
顔が、、、、、

政策とか政治のことは知らないので
大きなことは言えないけれど、
官房長官の時から福田さんは好きだった。

記者会見で
「私はあなたとは違うんだ」
と言ったからといって、
それがなんだ。
ほんまのことやん。
そんなことを取り上げて騒ぐマスコミの方がおかしい。
恥ずかしくないのか。

父親が福田赳夫元首相と知った時はびっくりした。
(まあ、私の政治知識はこの程度)
息子の方がずっとハンサムで上品やん。

同じハンサムでも安倍元首相は嫌いだ。
奥さんの顔も嫌い。あの品の無さは、
ファーストレディとして恥ずかしいと思うけど。

政策でなく、顔で決める私に、
おおいに問題があるとは思うけど、
人間、やっぱり中身が顔に出ませんか?

とは言っても、優しそうな顔をして
ものすごく意地悪な人もいるので
断言は出来ないんだけれど。

次期首相としてぶっちぎりの場所にいる
麻生太郎氏。

私はこの人の顔が、
ものすご〜く嫌いだ。
あんな顔の人に日本を代表して欲しくない。
あのように口が曲がっている人間に、
まともな者はいない。
(偏見ですが)
嘘で固めた仮面をかぶっていても、
醜い心が口元に出てしまっていると思いますが。

彼を見ていると
『粗にして野だが、卑にあらず』
の、悪い方を思ってしまう。
隠しても隠しても 『卑』 は隠せない。

とてもお金持ちのおぼっちゃんに見えない。
お金持ちの、
とんでもなく出来の悪いボンクラには見えるけど。

サミットで各国の首脳の並んだ時、
どうぞ、
世界から馬鹿にされない品位のある人になって欲しいと。

卑しい国には見られたくない。
顔と雰囲気で人を判断する私は願います。

第一印象って大事だ。
初めてあった時に、人は案外すべてのことを
悟っているのではないだろうか。

ただ、仲良くしなくては、とか
付き合えばいい人に違いない、とか
そういう社会的な思いから、
人は、いろんなことを
自分にも人にも覆い隠すけれど。

大阪府の橋下徹知事。
好きでも嫌いでもないけれど他府県ながら
興味津々で見ています。

大胆な改革。
府下の公務員にはとても評判が悪いようだけれど
私はもっとやれ!と思う。

公務員は自分たちが当たり前のように
享受している甘い汁をもっと自覚すべきだと
私は思う。
私の親は公務員だったけれど、
夫は一般企業の社員だった。
結婚して公務員の甘さを思った。

自分が市役所や県庁の出先にアルバイトにいって
『税金泥棒』 の意味を知った。
働いているのは、一部の優秀な人たちだけで
遊んでいるとしか思えない人たちがいっぱいいた。

橋下徹知事の 『クソ教育委員会』 発言。

教育委員会は言われてしかるべきだ。
市役所の中の教育委員会、
ほんまに、特に暇そうです。
私が見たのが、そうだっただけかも知れないけれど
今まで見聞きした中から思うと、
そう思う。
間違ってないと思う。

しかし、『クソ』 発言、
うまく収めたものだ。
「オカンに怒られたから」
とは、よく出来た話。

彼が、どこまで走り続けるのか、
いつマスコミに袋叩きに会うのか、
心配だけれど、
どうぞ優秀なブレーンをたくさんつけて
がんばって下さい、
と思いますです。
posted by えるか at 22:11| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月13日

CMと歌

斉藤和義さんのアルバム『歌うたい15』を買った。

私はあまりCDを買うことがないので、
これで、私がいかに彼の歌を気に入っているか
わかろうというものだ。

3枚組のこのアルバムを聴くうちに
私はある曲を聴いてとても驚いた。

「ウエディング・ソング」という曲。

『そのひとを選んだ〜
 人生がいまはじまる〜』

というフレーズが入っているこの曲は
リクルートの結婚情報・ゼクシィの
CMソングとして聴き覚えがあった。

斉藤さんの曲だったデスカ!!!

実は私はこのCMが嫌いだ。
CMに出ているモデル(女優)さんの
顔が嫌いなのです。

キレイな可愛い人だ。
ただ、画面に映された
頬をピンク色にパウダリングし、
少し上目使いに新郎を見上げている彼女の顔が

「わたし可愛いでしょ?
あなたを取っ捕まえられて嬉しいわ。
あなただけが頼りなの。
幸せにしてね〜
いい暮らしさせてね〜」

と言っているように見えて、
私は「ケッ!」と思い、
「人生はあんたが思ってるように
甘くないんやで〜」
と密かに、(不幸になりますように、、)と
思っていたのだ。

私ってイヤな奴。

CMソングを歌っていたのが、
斉藤和義さんだったとは!
声を聴いて気が付かないところで
たいしたファンではない、と自分でも思う。

改めて聴くと、、、、、、、、

やっぱり、あんまり好きになれない。
どうしても彼女の顔がチラつく。
それほど彼女の顔が強烈だったということで
ある意味CMは成功なのか。


ところで、大阪医専のCMは
森山直太朗が歌っている。
こっちはすぐわかった。

全身シワだらけのお婆さんが
(外国人、昔はかなり美しい人だったと思われる)
赤ちゃんを抱いていて、直太朗が

『生きてることが辛いなら
 嫌になるまで生きるがいい』

と直太朗節で歌っている。

(ここまで皺クチャのお婆さんを出さなくても、、
 ちょっと制作意図があざといなあ、
製作費、安いんやろなあ、、)
と、このCMもイマイチ、、、と思っていたのだ。

ところが、音楽番組でこの歌の全曲を聴いた。
歌う前に、直太朗が

「この歌に賛否両論あることはわかっていますが、、、」
と前置きした。

『生きてることが辛いなら
 いっそ小さく死ねばいい

 恋人と親は悲しむが
 三日と経てば元通り』

冒頭のこの歌詞が論議をかもしてだしているのだろうけれど
私は 『小さく死ねばいい』 という一節で
とってもこの歌が気に入りました。

『生きてることが辛いなら
 いっそ小さく死ねばいい

 わめき散らして泣けばいい

 悲しみをとくと見るがいい

 嫌になるまで生きるがいい

 くたばる喜びとっておけ 』 (抜粋)

森山直太朗は強靭な声帯の持ち主だ。
歌声も雰囲気も好きなんだけど、
彼の弱点は、おぼっちゃまなこと。

彼は哀しみを知らない(たぶん)
だから歌詞が、今ひとつ心に響かない。
彼がいつか、いろんな経験をし、
大人になった時の歌はすばらしいだろうと思う。
声と喉は天性のものだもの。

それでこのCMを見なおしたかというと
そこは、また別問題。
posted by えるか at 14:49| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月10日

同類

どうにも好きになれない人っていませんか?
別に大きな何かがあった訳でもないのに、
なぜか気にくわない、ムカつく。

私の場合、
そういう人は、どこか自分とカブっている。
けっこう似ている。

色は違うんだけど、
やる事なす事、とぼけ具合、
どこか似ている。
その人の動きが読めるだけに、
そこに計算を感じると我慢できない。

私の格言。
「嫌いな人は自分と似ている」

他人事だけど、
「AさんははどうしてあそこまでBさんを嫌うんだろう」
と思っていたんだけど、
最近やっとわかった。
2人とも支配型だったのだ。
そりゃ合わんわ。

次は高校の担任が言った言葉。

「こっちが好きな人は、向こうも好いてくれる。
こっちが嫌いな人は、
向こうもこっちを嫌っている。
偶然、会ったときに知らん振りしている人は
気が付いてないんじゃなくて、
気付いてるくせに無視している」

これも、まあ、そうやな、と思う。

次は父が言った言葉。

「人間は本当のことを言われると、怒る。
痛いところを突かれると、怒るのだ」

これは我が父ながら、
けだし名言だと思う。
人の痛い処を、言われたくないことを
突いてはいけない。

ものすごく腹が立ったり
傷ついてしまう時は
案外、本当のことだったり
それを自分を騙して忘れていたりすることを
あまり好きでない人に言われたり、
されたりしたときだ。

人の言われたくないことを、
推し量ることの出来る、想像力と、
優しさと、頭の良さは
大切なことだと思う。

昔、やたら私に突っかかって来る人がいた。
夫が雇われ社長のその人は、
社用車として我が家と同じ車を買うといって、
車のクラスをわざわざ聞いてきた。
会社がゴルフ場の会員権を買ったので
自分の夫が自由に使えるのだと
私にだけわざわざ電話してきた。
他の人は誰もそんな話は聞かなかったようだ。

そんな子供じみたことをしたくなるほど
私を嫌いだったその人は
いったい私の何にムカついていたのだろうか。

私は相手になどしていなかったけれど
(それも腹が立ったのだろうけど)
その人と私は似ていたのだろうか。


posted by えるか at 12:20| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月06日

Mr.Children

テレビでたまたま
『コード・ブルー/ドクターヘリ緊急救命』
の再放送の第一話を見た。

テレビで活躍する教師や弁護士や刑事が、
本当は、いないように、
ドクターヘリの世界が、どのようなものか、
私には知る由もないが、めっぽう面白い。

実際の放映の最終回に間に合うように、
どうやら毎日、昼間に再放送しているみたい。
ビデオに撮って毎晩見ている。

その主題歌が、Mr.Childrenであると知って、
あ、、、、、、と胸を衝かれ、しばらく頭が空白になる。

Mr.Childrenは
私が一番好きなバンドだ。
サザンの桑田さんもすごい人だと思うけど、
桜井和寿クンは私の中で特別な人だ。

アルバムが出ると必ず買う。
そしてクルマの中で何度も何度も
繰り返し聴いている。

昔、長男に
「お母さん、このアルバムを聴いてくれ」
と渡されたのが『深海』だった。

爆発的にヒットした「名もなき詩」が入っている。
まだ長男は15歳だったと思う。
中学校に入った頃だ。

私はその時、
聞いてやらなかった。

転勤で東北に転校し、またそこで転校。
長男はどんどん変わっていき、
勉強どころではなくなった。
私はその対応に右往左往し、
それらは結局、
全部裏目に出た。

どうしてあの時、
聞いてやらなかったんだろう。

(何を言っているんだ)
と取り付く島もなかった自分の愚かさを
本当に悔いる。

あの時から今も尚ずっと続く、
取り返しのつかない、
後悔の念だ。

あの頃が分水嶺だったような気がする。

やがて私にも
その流行りの曲は耳に入ってきた。

何年か後、関西に帰ってきてから
散らかった長男の部屋に、そのアルバムが
転がっているのを見つけた。

(あの時のアルバムだ、、、、、)

以来、私はずっとミスチルのアルバムを、
聴き続けている。

次男もミスチルが好きだった。

息子たちと一緒に聴いたことなどはない。
彼らは、母親もミスチルが好きなんだ、、
という程度にしか感じてないと思う。

モンスターのようになっていく息子たちに対して
うまく対処出来なかった私の
唯一の、息子たちとの糸がMr.Childrenだった。

『タガタメ』
という曲がある。

「子どもらを被害者に 加害者にもせずに
 この街で暮らすため まず何をすべきだろう
 でももしも被害者に 加害者になったとき
 出来ることと言えば
 涙を流し 瞼を腫らし
 祈るほかにないのか?」

この一節が流れると、涙があふれる。

私は祈れなかった。

ただ、疲れ果て、
死にたいと思っていた。

亡くなったのは夫の方で
私は生き残った。

残った三人は再生に向かうどころか、
それぞれが皆、荒れた。

あれから五年がたち、
離れ離れになった私たちは
この先、どこへ向かうだろうか。

どこへ行こうとも、
私は、これからもMr.Childrenを
聴き続けると思う。

posted by えるか at 01:37| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月31日

エコブーム

例えば、その場で誰かが一人のことを誉め出したとしよう。

すると、次々とそれに追随する言葉が、
あちこちから出てきて、
その場が盛り上がることがある。

もちろん私も取り残されないように参加して、
一緒に褒めて、取り敢えずは仲良く笑って帰って来る。

でも、その後の徒労感はどうだ。
実は私はその人のことを、密かに、
(ちょっと違うだろう、、、、)と思っているのだ。
でも、いい人で、何もつつく所なんてない。
褒めておけばいいのだと思う。

でも、私には納得出来ない。
どうしてそう盛り上がるのか、
その価値観ってどうなのよ、、
そんな場所に居た私ってどうよ、、、
と、引きずる自分が情けない。

家に帰ってから、読みっぱなしになっている本を拾いあげ、
文章を読んで、そこに自分とおなじ匂いを嗅ぎ、
ああ、同類がいた、とホッとため息をつく。

今朝、新聞に「どうみるエコブーム」
という記事が出た。

三人の論者に聞いた意見が載っている。
うち二人が

『国民に道徳を押しつけるな』
『はやりに流されず、迷いたい』
とエコブームに疑問を投げかけていた。

よくぞ言ってくれました。
パチパチパチ。
安堵の溜息が出る。

養老孟司さんはそんなにファンではない。
『バカの壁』は、なんじゃこれ?と途中で読むのはやめたし、
虫好きな頭のいい解剖学のおっさん、と思っていたけれど
今回に関しては、尊敬する。

『戦時中の精神運動を思い起こす。

省エネ家電やクールビズのキャンペーンにお金をかけている。
どうして企業に奉仕しなければならないのだろうか。
大量消費、大量廃棄につながりかねず、怪しい対策だ。
国民が精神運動に突き進んで自己規制するような社会は
ストレスがかかり息苦しい。

官僚や政治家がやるべきことは
国民への説教でなく、
国際交渉の場で生産調整を主張すべきだ』

云々、、、、、、

公共老人施設の削減を進める国は
老人を施設でなくできるだけ家庭に留めようと
介護保険制度などを進めている。
(これは講座の受け売りだけど)

近年、テレビCMでは
「家族、家族」のオンパレードだ。
家族仲良くして、家族で面倒みろよ、
という国策である、と、
私は信じて疑わないのだけれど、、、

一昔前は、こんなにマスコミで
「家族家族」と言わなかった。

情報操作されてるよ、絶対!
まあ、仲良くするのはいいことだけど。

中野 翠さんのコラムはわりと好きだけど、
この人は顔がちと怖い。

『エコは、文句のつけようもない正義であり、善なのだ。
でも、一方でモヤモヤとしたイヤな感じは
いったいどこからくるのだろうか。

目の敵になっているレジ袋ひとつとっても
石油の廃棄利用なので逆にエコという説もある。

誰も反対しない正義を手にした人間は、
おうおうにして、
狭量になるものだ。

戦時中、「ぜいたくは敵だ」とハサミをもって街頭に立ち、
通りすがりの女性の振り袖を切った人がいた。

「同調圧力」の強い国だ。
レジ袋を使う人に無言の圧力をかけない、と言い切れるか。

小さなことに自足して、
大きなことを見逃すことがあるのではないか』

云々、、、、、

私が普段、感じていることが、ズバリ紙面を飾って
なんか、とても嬉しい。

レジ袋、ペットボトル、、、
私にはよくわからない。

どうしてそこまで目の敵にするのか、、、
ペットボトルは、本当は始末に困っていると聞いたけど、、

マイ箸、、、、そんなに立派なことですか?
割り箸の生産国は、その金で、
子どもが学校に行けたりもするらしい。
(これも聞いただけだけど)

レジ袋、私は欲しい。
それは生ゴミの袋にしたり、猫のウンチ入れになるのだ。
市役所の環境課の職員でさえ、
「レジ袋、、欲しいですよねえ」と言っていた。
(これはホントに聞いた)

それなのに、今では生協ではマイバックを忘れていくと
金を出して袋を買わなければならない。
西友まで、最近は「レジ袋いりますか?」と聞いてくる。
いらないというと2円引いてくれるが、
「ください」と言うと悪者になった気分だ。

阪急だけは分厚いレジ袋を2重にしてしっかり包装して
それをちゃんとまたカートにまでいれてくれる。
そこまでせんでも、とは思うけど、
正直有り難い。
このレジ袋は家でまたゴミ入れになる。

物を大事に使うことは大切なことだ。
でも、あまりに消費を抑えるのはいかがなものか。

その商品の利潤が、
回り回って優秀な子どもの教育費になり、
その子が社会につくしてくれるかもしれないではないか。
私はそう思って、社会貢献と思い商品を買っているのだ。
(かな〜り言い訳が入っているけど)

私のクルマは燃費が悪く、しかもハイオクだ。
最近ではガソリンを入れるのに勇気がいる。
燃費のいい車に買い替えたいけど、
そんな金、どこにある?

燃費のいいクーラー、
熱断率のいいお家、、、、
欲しいですとも!

人が何か正しそうなことを言うと
一斉に右へ倣えする、、
おかしいな、、、と思っている人は
確かにいるはずなのに、息を潜めている。

何がよくて、何が悪い。
そんなことはよくわからない。
ほんとうのところは、どうなのか、
もっと考えたらいいのに、、、、見たらいいのに。

人のことは言えないが、
へそ曲がりの私はそう思う。
posted by えるか at 14:17| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月03日

綾小路さゆり

時々、新聞などの記事に、(おっ、)と思う言葉がある。
その時の私に響いてくる言葉。

そういう時は、私はその記事を切り取ったり、
言葉を書きうつしたりしておく。

でも、しばらくすると、
そういうことをしたことすら忘れてしまい、
何年もたって、手帳や本箱の整理をしていて、
黄ばんだその紙を見つける。

そして、それを切り取ったころの自分の心の状況に思いを馳せる。

少し、前へ進んだ気がすることもあれば、
まったく進歩していない自分を気の毒に思ったりもする。

そういう記事の中で、私が忘れない記事が二つある。
なぜ、その記事だけを、いつまでも記憶しているのか、
自分でもよくわからない。


一つは何年も前の正月記事だ。

富士写真フィルムのCM「お正月を写そう」の記事。
このCMで20年以上、樹木希林が振り袖を着て演ずる、

「綾小路さゆり」

彼女はどんな人であるのか、
記者が樹木希林に聞いている。

綾小路さんは、ずっと独身で白馬の王子様を待ち続けている。

「こういう人がいてもいいかなって思うの。
人からみるとマイナスの部分がいっぱいあるんだけど、
全然へこたれない。
見ている人が楽なのね。見ていて悲しくならないですむ」

「実際は気の毒なのよ。
すべてがバラ色で完璧な人生なら、人は肩入れしないし、感情移入しない。
クリスマスやお正月を一人で過ごす人はいっぱいいるわけよ。
綾小路さんは働いてないと思うわ。
社会とつながっている感じがしない」

もう一つの記事。

こちらは、山崎英樹さんという精神科医師の
「うつにも意味がある。諦めたとき、楽になることも」という記事だ。

「シノさん(78)は山間の貧乏な家に生まれた。
小学校も満足に行っていない。

父親はいつも酔っている人で母親の愚痴を聞きながら育った。
12で奉公にだされ、18のとき親が決めた農家に嫁ぎ、
厳しい舅と姑に仕えた。
夫は小心者な上、酔うと手がつけられなかった。

母親の不運を重ね合わせながらシノさんは黙って耐えた。

50代で夫の両親を看取り、3人の子供が独立してからは、
老夫婦の気づまりな生活だけが残った。

そのころからシノさんは宗教にのめりこんでいく。

信じれば、いつか報われるような気がした。
仲間との語らいにも慰められた。
しかし、夫にも子供にも疎まれ、
孤立していった。

67歳のとき、夫があっけなく逝った。
葬式がすむと、残された土地をめぐって子供たちに争いが起きた。
それが思わぬ方向に転がる。

相続した土地をシノさんが宗教に寄付してしまうのではないかと
心配した子どもたちが、口をそろえて、
シノさんをボケ扱いし始めた。

それは、シノさんの『生きる気力』を萎えさせるには十分な仕打ちだった。

「うつ」で判断力の鈍ったシノさんは相続放棄の書類に
あらがうことなくハンコを押してしまう。
そのまま、長男に引き取られ、
5年前から特別養護老人ホームで暮らしている。

ホームの中のシノさんは、しかし、以外に元気だ。

親にも、夫にも、子どもにも、辛抱を強いられた彼女にとって

『家庭という幻影を、もう追わずにすむ』

ついの棲家は、結構居心地がいい。
苦労話を自慢話にしてしまう、
人生の達人たちに囲まれながら
気兼ねなく愚痴をこぼしていると、

父母も夫の両親も、夫も子供も、
ふと許せるような気持ちになる。

そんなとき、辛抱の多かった自分の人生とも、
『なんとなく和解できたような気になる』のだ。」

(『 』は、私がつけた)

このあとに続く、神経科医の言葉は、私には納得がいかないが、

この記事を読んで、思うことは、人それぞれだろう。

この2つの記事をなぜ私が忘れないのか。

自分と、どこかシンクロしたところがあるのだろうか。

この記事を切り取ったときは、
まだ夫も存命で会社に行っており、
4人家族であったわけだが、、、、、、
posted by えるか at 22:12| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月27日

KY

KY(空気が読めない人)という言葉が巷では、もう位置付いたようだ。
「KY」なる言葉。
自分だけ知らないで、人に「あの人KYだよね」
などと言われていたりしたら、と思うと恐ろしい。

今の若い世代の人は、その場の空気を読めないと、
たぶんいじめられたり仲間外れにされたりするのだろう。

最近の若い世代の人の会話を電車の中で盗み聞きしたり、
そこまではしなくても、若い人と喋ったりすると、
とにかく如才ない。
その如才なさに驚き、怖くなり、そして可哀想になる。

「へえ〜、、」
「かわいいよね〜、、、」
「そうなんだ〜〜〜、、」
「うんうん、、、」
などと、当たり障りのない言葉だけで会話が成立しているような気がするのは私だけか。

私たちの年代でも、当たり障りなく会話を進めて付き合っていく人は多いけど、
実は私はそういう人が大嫌いだ。

私には女の子が居ないので、当たっていないのかもしれないけれど、
今の若い子は、とりあえず、
褒める、悪口言わない、相手の言葉は全肯定、
本音無し。

自分のまわりにしっかりとシールドを張りめぐらせ、決して突っ込まない。
こんな会話を聞いて、ゾ〜〜〜〜っとしているのは私だけですか?

今の若い世代の人たちは可哀想だと思う。
生きることに大変だ。子どもたちも大変だ。

私が住むのはマンションなので、やっぱり若い人が多く、知らない間に赤ちゃんが
生まれているし、入居からもう4年たったので、
子ども繋がりのお付き合いが若い世代の入居者にはあるようだ。
マンションにくっついた小さな公園にも、
時代を反映して、子どもには必ず親が、もれなくついている。
横を通りかかると、気の毒で可哀想になる。

大変やなあ、、、、、、
と思う。
彼女たちが今、直面しているであろう、

(ホントは気が合わない)
(本当はこんなことしたくない)
(何か違う気がする)

そういう嫌なことを一通り終えてきた私は
(まあ、私はあんまり無理して嫌な人とは付き合わなかったけれど
それでも人並みにはあった)
「大変なことよのう、、、、、」と人ごとながらため息がもれるのだ。

2,3年前には、一人でいる自分が情けなくて、
どんな不細工な不幸そうな二人連れでも
羨ましくて羨ましくて涙が出ていた私。

今は全然、そんなことはないぞ。
スーパーなんかで、子どもを連れた家族の、
若い親の疲れた顔を、
そして、あるいは、
高級車に乗り、着飾った子どもを連れ、今のところ勝ち組に見える夫婦を見ると
(ああ、これから、あなたたちは大変やなあ、
 ごくろうさんなことよ、、)
と思う。
えらい変わりようだ。

KY。
空気が読めない。
嘘〜!と言われるかもしれないが、
私は人一倍、空気の読める子どもだった。

すごくしんどかった。

全然子どもらしくなく、いろんなことを推し量って、考えて、悩んで、
なんて可哀想な子ども時代だったんだろうと思う。
クラスの中でも人の相関関係に敏感で、あの人たちは今喧嘩しているな、とか
気まずくなってるな、とか先生とかみ合ってないな、とか。

おとなになった(なったか?)今だって、ズバズバ言っているように見られているかもしれないが、
私は結構、顔色をみているぞ。

KY。
すばらしいことではないか。
空気を読んでばかりいたら、新しいことは出来ない。
その壁の向こうに待っている、新しい世界を見ることは出来ない。

でも愛すべきKYであるためには、能力と人格が必要だ。
ただのKYであるなら、やっぱり人に迷惑をかけ、嫌われ者になるのかな。

KYな振りしてズバズバ言って、結局、損している私。
気をつけよっと。
posted by えるか at 17:29| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月26日

ビューティ・コロシアム

「夏が好きだ」という人が、ひと頃はたくさん居たと思う。
つい、この間までそうではなかったか。
その言葉を聞くたびに、夏の苦手な私は、自分が少数派であることと
夏が好きだ、と言えない暗さ(?)にちょっと傷ついたりしたものだ。

それがどうしたことか、このところ「夏なんか大嫌いだ」という人の方が
多くなったような気がするのは、気のせいか。
年々、暑くなる夏のおかげで夏嫌いは市民権を獲るかもしれない。

私は汗が出ず、アブラだけが皮膚を覆うので、体温調節が出来ず、
熱が体にこもり、ほんとに暑い。
しかも冷え性なのでクーラーが堪える。

夏になると、もうどうしていいかわからない。
夏である、というだけで気持ちが暗くなる。
飼い主と同じく、クーラーの嫌いな猫さんの顔色を見ながら
仕方なくクーラーをかける毎日だ。

あまりの暑さに、今日はもう外には出かけず、猫さんの世話をしてすごそうと、
朝から家に籠っている。

今、ちょうどTVでビューティ・コロシアムをやっている。
外見が良くない人が、番組内で数ヶ月をかけて
ダイエット、整形、矯正、メイク、
あらゆる方法を駆使してキレイに生まれ変わるのだ。

司会の和田アキ子は好きでも嫌いでもないけど、この番組に関して言えば、
彼女のコメントは率直で、作りものでなく、好感を持つ。

別人のように変身した人を見ると、今さらながら外見という
オソロシイモノのチカラを思う。

そして、きれいになった彼女たちの、
これから後のことを思う。

彼女たちは口ぐちに「人生やり直します」と明るく答えている。
もちろん、そういう番組の構成なんだけど、
これから後のことは、誰も面倒を見てくれない。
自分だけなのだ。

ずっと綺麗であることは多大の努力と気力が必要だ。
生まれつき綺麗で、なんの努力もなく一生綺麗なまま、という人は
そんなに多くないと思う。

出てきた彼女たちは、外見でいじめられ、人間不信になって
不幸にも自暴自棄になり、ますます醜くなる、
という悪循環をくりかえしてしまった人たちだ。

その気持ちはわかる。
というより、自分だって紙一重、そうなったかもしれないって
誰しも少しは思わないだろうか。

反対に、もともとと顔立ちは良くないのに、お金にもまわりにも恵まれ
わりとキレイっぽく育っていく人、芸能人の子供などが例としてある、
と感じるのは私だけ?

コロシアムで綺麗になった人たちの正念場はこれからだ。
人間、そう簡単には変わらない。
一度は人間不信に陥っている自分自身、整形だと知っているまわりの目、
綺麗になったという事実だけで、これからの人生がバラ色になるはずのないことは
誰だってわかっているだろう。
これからが彼女たちの正念場なのだ、と私は思う。

嫌な思い、哀しい思いをいっぱいしてきたであろう彼女たちの
これからが、幸せであることを祈りたい。
負けないで欲しい。

私は化粧をしない日は無い。
どんなに打ちひしがれて死んだようになっていても、
風呂に入ること、髪を洗うこと、化粧をすること、落とすこと、
これは絶対にやる。

やらないと恐ろしいからだ。
夕方になってくすんだ自分の素顔を見る勇気はない。
その疲れきった自分の素顔を見るだけで気持ちが沈む。
化粧した自分の顔がほんとうの顔、と自分に言い聞かせて
なんとか生きている私だ。

ありのままが美しい、なんて、そんなアホなこと絶対に思っていない。
努力して、やっとこれ。
何もしないで、食べたいだけ食べ、化粧もせず、よれよれのTシャツを着ていたら、
私もビューティ・コロシアムに出なければならない様になってしまう、
という危惧は私には確かにある。

人間、一寸先は闇だ。
段ボールハウスの人たちを、私は決して人ごととは思わない。

そのわりに体操するわけでもなく、今日もポテトチップスを2袋も空けたけど。

私が若かった頃に比べると、最近の若い人はきれいだ。
プチ整形や若返り手術、絶対失敗しないならばやってみたい気もする。
全身整形したいくらいだ。どのくらいの率で、皆さんやっているのだろうか。

でも、そんな私にも、ただ一つだけ、生まれつき得したなあ、、というところがある。
それは、まつ毛。
長く、多く、カールしている。
一度もビューラーなど使ったことはないし、これだけは得やったなあ、、、
と思っていたら、歳とともに抜け落ちて、
最近は半分くらいに薄くなってしまった。

がっかりしていたら、「まつ毛エクステ」なるものが出現していた。
自分のまつ毛に付け毛を施してもらうらしい。
やったという人に見せてもらったら、自毛にしか見えないくらいに自然だ。
おまけにとてもかわいらしく見える。
まつ毛だけでこれだけ違うのか、とちょっと複雑な気分。

唯一、人より得していたことが、今では、誰でも安価で変身できるのだ。
心の狭い私は、ちょっと嫌だ。

若いころ得をしていた、ほりが深いと言われた目元は、
年齢とともに落ちくぼみ、ただの奥目になってしまった。
20年振りに三面鏡で自分の横顔を見た私は、あまりの変わりように
しばらく立ち直れなかったほどだ。
これにコラーゲンやヒアルロン酸を注射したり、レーザーやピーリングや
したいなあ、、、、、、、
posted by えるか at 17:51| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月28日

才能とは

画家スズキコージさんのワークショップに
参加が決定した!

やったあ!
その日はチェロのパート練習があるけど
さぼって行こうっと。
パート内で落ちこぼれている私は、
ますます遅れをとること必至だ。

でも、それでも私はスズキコージさんに逢いたい。

彼の作風が好きだ。

私は、絵は、写実的で、きれいな絵より、
ガシガシと筆がはみ出すような線が好きだ。
絵本作家では片山健さんや、あべ弘士さん佐野洋子さんのような絵。
ちょっと一見、下手に見えるような絵が好き。

「ワークショップ参加者募集、先着20名」
というお知らせが、美術館から来た事に気づいたのは、
もう夜になってからだった。

私は夜遅く、雨の中、クルマを走らせ、
応募ハガキを郵便局の本局のポストに投函した。
本局だと朝一番の集配は6時のはず。
間に合うかもしれない。

一軒家と違い、マンションから車を出すのは
ほんとに手間がかかる。

寸法がきちきちの可動式ガレージ(しかも青空!)から
こすらないように、
何度もハンドルを切り返して車を出し、
ジーコン、ジーコンとシャッターを上げ、
またジーコン、ジーコン下ろす。
このリモコンがまた利きにくい。
何回もプチプチやらないと
シャッターは降りてくれない。

そして、やっと出動。
一軒家ならあっと言う間のことが、
とても長く、邪魔くさい。

がんばったかいあって、昨日、目出たく、
参加決定の葉書が届いた。

でも、一抹の不安が、、、、、、
参加条件として

『小学生以上』

とあったのである。
「開くと飛び出す巨大カードを作る」
という、ワークショップの参加決定ハガキには、

『お迎えは終了時間にお願いします。
保護者の方は見学も可能です』

と書いてある。

確かに、私は小学生以上だ。
それは紛れもない。

保護者、いません!

「小学生のみ」
と、切っていなかったので応募したけれど
大人は私だけだったらどうしよう!!

いろいろな絵や材料を張り合わせるコラージュをやるようだけど、
実は、私はコラージュは苦手だ。

私の数多い短所のひとつに、
「何をやっても、努力しないで、そこそこの位置にいたい」
というものがある。

トップを走るのはしんどいが、一応はそこそこ出来て、
「おお、案外やるやん、、」
と一目置かれていないと、
全くやる気が出ない人間なのだ。
一番下で、人の後をついていくのは嫌だ。
まったくもって、とんでもない性格なのである。

むかし、スポーツクラブで
ものすごく下手なのに絶対に止めず、
ついに最後、
下手なまま、理事にまでなった人がいたけれど
私には絶対に出来ない。
ある意味、とても尊敬する。

私のこのDNAは二男に受け継がれていて、
彼は運動神経のとてもいい子で(これは父親似)
なんでもよく出来たけど、
幼稚園の時、竹馬に一度で乗れなくて、
それ以来、一切、乗らず、
手帳に
「竹馬もがんばりましょう」
と書かれていた。

勉強もよく出来たのに、中学に入ると
成績は急下降。
一切、勉強をしなかった。

勉強してまで、いい点をとりたくないそうだ。
「俺はこの程度なんや」と、
ただの一度も机に座っているのを見ることがないまま
終わってしまった。
母は悲しかったぞ。

私は子供のころ、
絵を描くことが好きだった。
来る日も来る日も、そのへんの紙に、
お姫様や動物の絵を描いていたものだ。
「ロウセキ」で家の前の道にもグリグリと描いていた。

それなのに、
どうして親は、私に絵を習わせてくれなかったのだろう。
望みもしないのに、
ある日、私は、近所のお寺のヤマハ音楽教室に
連れていかれた。

そこで私は一年分のテキストを一日で弾いてしまったので
親は、つてを辿って町一番のピアノの先生に
私を入門させた。
その日から私の悲劇が始まったわけだけど、
仕方なく音楽大学まで行った私が思ったことは、

「音楽は音楽が好きな人のものだ」

ということだ。

私は好きでもないのに、ある程度弾けたので
あんなことになってしまったけれど、
下手でもなんでも、

『好きであること』

これに勝るものはない。
音楽は「音を楽しむ」と書く。
楽しんでこその、
音楽なのだ。

上手いとか下手だとかは、
本当は、
そんなことは、どうでもいいのだ。
私はそう思う。

そのことを好きでたまらない人こそ、
それをやる権利がある。

もう一つ、
『努力し続ける、という才能を持っている』

ということ。
「努力出来る」ということは
まぎれもない才能だ。

著しくこれが欠けている私は、
ほんとうに心の底からそう思う。

ちょっとくらい器用でも、
続ける才能のない私のような人間は、
結局はそこまでだ。
本当は賢かったのに、勉強しなかった、とか
やってれば出来た、というのは
負け犬の遠吠えだ。

私は高校までは普通の学校に行っていて、
大学に入ったとき、
あまりにも自分の世界と違うところに
来てしまったことを深く後悔した。

普通の大学に行った友達がうらやましくて
毎日泣いた。

私は気取っていたり、ツンとすましている人が嫌いで、
自分も習っていながら、
ピアノを習っている子が嫌いだった。
クラシックには、どうもそういう先入観がある。

ところが、教育実習に行った時、
最後に生徒にアンケートを書いてもらったら

「一目見て、すぐに、音楽の先生とわかりました」

と書いてあって、私は仰天した。
こんなに嫌っている音楽畑の人間の雰囲気が
私にあったとは、、、、、、

ところで、
わりと絵の好きだった私は、
子どもの手が離れてから、
「デッサン」「水彩」「銅版画」などと習ってみたけれど、
何をやっても続かなかった。

私は
「それを一緒にやる人」
に結構こだわるたちだ。
好きなら誰とでもええやん、と思うし、
ツルムのはむしろ苦手だ。

それなのに、教室内にいる人と種類が合わないと、
どうにも居心地が悪い。

ここは私の居る場所ではない、
と思ってしまう。
絵画を「習っている」人の雰囲気になじめなかった。

それに私は素人としても、
たいして上手くない。
そして、
どうしてもやりたいというほどの情熱もない私は
いつしか止めてしまうのだ。
そういう意味では、
親が私に絵を習わせなかったのは、
正解だったのだろう。

反対に、音楽療法士の資格をとるために
講義に通っていたころ、
まあ、まわりはピアノや音楽の先生が多かったのだけれど、
これが楽しかったこと!

皆、華やかでお洒落で、個性的で自分勝手だ。

「近所では気を遣うけど、ここは楽だわ〜〜」
と皆、口ぐちに言っていた。
もちろん、私もそう思いましたとも。
自分が音楽界の端くれにひっかかっていると
思い知った出来事だった。

ワークショップに、
どうか、大人がいますように!

そして、私が一番下手ではありませんように!


(ワークショップでのお話はこちらです)
posted by えるか at 22:38| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月24日

報道

朝日新聞の夕刊コラム「素粒子」の、
鳩山法相に対する『死に神』発言。

以前から、「素粒子」のコメントには、あきれていた。
(いったい、あんたは何様?神様か?)
そんな、えらそうな事を言うなら、自分でやってみろ、
と筆者に対して感じていた。

大臣は抗議の会見をし、
新聞社にも抗議のメールや電話が来たそうだ。

この記者は56歳らしい。
56歳にもなった大新聞の記者が、
この程度。

大臣の抗議に対するコメントが、

「法相らを中傷する意図はまったくありません」

「表現の方法や技量をもっと磨かねば」

って、なんや、これ?

技量より、
「もう一回、産まれ直して、生き直せ」
と、言いたい。

まあ、新聞は、読むところなんて、
ほとんど無いんだけど。

私が敬愛する、ある作家は、
「どれだけマスコミが、阿呆なことを言っているか、
それを確かめるために、テレビは一日中つけている」
と言っておられた。

私もマスコミは大嫌いだ。
編集の仕方で、どうとでも人の気持ちは操作できる。
もっと言うべきことが、他にいっぱいあるだろう、
と私は思うけど、
この、アホみたいな、
まっとうそうな、くだらない意見の
垂れ流し国、ニッポン。

新聞の「読者の声」欄も、
もう近年、
一切読まない。
どうしてあのような投書を掲載するのか
わからない。

昔の天声人語は、
私が小中学生のころは、毎日、読むのが楽しみで、
素晴らしい文章だったように思うのは、
私が子供だったからだろうか。

朝日新聞、もう止めたいくらいに、くだらない!
記事が甘っちろ過ぎる!

それでも私が購読を止めないのは、
時々、
いい記事があるからだ。
記事の中に、ハッとするような考え方や意見を発見すると、
そこから新しい世界が拡がったりたりする。
その記事に出会うために
私は高い購読料を払っている。

それと、下部を占める、いろいろな広告。
イベントの情報や、新しい製品や、本、雑誌、週刊誌の広告。

これらに目を通すだけで芸能界の噂はわかるし、
世間の流行りがわかる。
ファッション誌のあほらしさもわかるし、
業界の流行操作もよくわかる。

「愛されメーク」「愛されワンピ」
なんじゃ、それ?

「40歳からは大人にしか出来ない生き方」
って、、、、単に、
値段の高い洋服、
値段の高いバッグ、
値段の高い旅行、

それだけのことしか書いてないぞ。

「子どもが伸びる父親は、都会育ち、地方勤務」
って、、、、、、
こんな記事を一生懸命読んでいる父親がいたら恐ろしい。
そうでない夫を疎んじる母親がいそうで怖い。

こんなことを、私たちが喜ぶとホントに思って
記事を作っているのだろうか。

需要があるから、供給が、、、なのだろうか。
私たちは、そんなにアホなのか。

どうでもいいけど・・・

ひとつの事件があると、マスコミはこぞって書き立てる。
大きな事件になると、
何年たってもその日になると、またその事件の特集だ。
「○○ちゃんの級友は今、、」
「△▽ちゃんの母が本を出版」

ほんとうに皆、こういう記事を待っているのだろうか。

被害者はほんとうにお気の毒だ。

でも、世の中には、記事にもならず、
声も出せず、苦しんでいる人たちがたくさんいる、
ということを
もうすこし理解したらどうか、
と思うのだけれど。

私は事件が起きるたびに、
それが、どんなに小さな事件でも、
加害者側の方の事を思う。

どうして、そんなことになってしまったのか。
そして、加害者の家族のことを思う。

秋葉原の無差別殺傷事件の親が記者会見したのは
犯人がもう20歳をこえていて、
親の責任は、
法的には問われないから出てきたと思う。
私は計算を感じた。
ほんとうなら、とても出てこられないはずだ。

被害者側は声を大にして
悲しみや怒りを口にすることが出来る。
確かに、その権利がある。
マスコミはこぞって後押しをし、
世評を作り上げていく。

でも、
声も出せない人たちが、
その権利さえない人たちが、
見えないところに、
気付かれないところで、
息をひそめて苦しんでいるはずだ。

私も、ある意味そういう立場だった。
自分を正当化するつもりは、
毛頭ないけれど。
posted by えるか at 18:05| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月11日

ハリソン・フォード

スマスマでハリソン・フォードを見た。
懐かしい声、懐かしい顔、
懐かしいニヒルな口元、、、

物忘れが尋常でない私は、
テレビ欄で(見てみよう)と、
わざわざ印までつけていた番組を、
たいていは忘れてしまい、
見逃した事にすら気がつかないのはしょっちゅうだ。

そんな私が、
昨日は、ちゃんと時間通りに、
テレビの前に座っていた。

ハリソン・フォードは、
私が初めて夢中になった
芸能界の人だ。

二男がまだ幼稚園のころ、
猫さんを拾ってしばらくしてだから、
もう20年近く前のこと。
つまり、私はそんな年になるまで、
芸能人のファンになったりしたことが
なかったということだ。

私は、郷ひろみ世代だ。
中学時代の同級生は、
ひろみ、だの、五郎、だの、秀樹、だのと、
キャーキャー言っていたが、
私は内心(アホちゃうか、、、)と、思っていた。

実際に会えもしない、
スターからしたら、
どうでもいい存在の自分たちが
何をそんなにキャーキャー言っているのか、
全く理解できなかった。

私より少し下になるとピンクレディ世代だ。
あの世代の人たちが
全員『UFO』の振り付けを踊れるという噂は、
本当だろうか?

私は彼女たちと同世代でなくて、
ほんとによかった、と心の底から思う。
もし同世代だったら、一人、浮いていたかもしれない。
それとも、仕方なく、
一緒に振り付けを覚えたりしていたのだろうか。

そんな私が、ある日、テレビの日曜洋画劇場
(もちろん吹き替え)で
「刑事ジョン・ブック」に出演している俳優を見て、
心を奪われた。

(これは誰?)
ペタン、とテレビの前に張りついた私。
その日から
私のハリソン・フォード狂いが始まった。

次の日、レンタルビデオ屋に行って
早速、「刑事ジョン・ブック」を借りてきた。

声がまた素敵だ。

私は何回も何回も、
食い入るようにハリソン・フォードを見つめ、
そして友達にビデオをダビングしてもらった。

「刑事ジョン・ブック」は30回くらい見たと思う。
台詞は字幕なしでも、
ほとんど暗記してしまっていた。

『レイチェル、もし君を抱けば、僕は町から出られなくなる、、、』

(今、英語で書けないのが悲しい。忘れてる)
という台詞が学校で習った「仮定法」であることに
気づいた時は、ちゃんと勉強しなかった自分を呪ったものだ。

もちろん、それまでに、スターウォーズも見ていたし、
インディー・ジョーンズも見ていたのに、
なぜにそこまで魅了されてしまったのか
自分でもよくわからないけど、
恋に落ちる時ってそんなものだ(たとえ一方的にでも)
「刑事ジョン・ブック」でのハリソン・フォードの
苦悩を抑える顔に魅かれたんだと思う。

その日から、私はハリソン・フォードのすべての作品を収集し始めた。
どんなチョイ役でも、一瞬でも出ていたら、
どこのレンタル屋であろうと会員になり、
借りてきてダビングした(してもらった)

『フランティック』という
ロマン・ポランスキー監督の作品の
ハリソン・フォードも素敵だ。
私の中では、
『刑事ジョン・ブック』以上かもしれない。

彼の出ている記事は可能な限りすべて読み、
本も探し出して読み、新聞欄にどんなに小さく
「ハリソン、、、、、」と書いてあっても
一瞬で私の目はそれを見つけ出せた。

32歳にして私は初めて、
芸能人に狂う、ということを知ったのだ。
(同級生の皆さん、その時まで馬鹿にしててごめんね)

私のハリソン・フォード狂いは、
まわりの友達の間では有名になり
皆、かなりあきれていたようだったけど
「題名は忘れたけれど、昔、こんな感じのに出てたよ」
などと、情報をくれた。

そうこうするうちにハリソンは日本のCMに出るようになり
なんと、ハリソン・フォードは
我が家のクルマのCMに出演したのだ!

彼がCMしたから買ったのではなく、
我が家が購入した後でマイナーチェンジしたクルマのCMに
ハリソン・フォードが!!!!

私は夫に
「ほら〜〜〜どうよ〜〜〜やっぱりね〜〜〜〜!!」
と意味もなく自慢していた。
夫もさすがにびっくりしていた。
その車を選んだのは私だったのだ。

私のハリソン好きはクルマ屋さんも知っており、
担当者は「内緒ですよ」とショウルームにある
大きなハリソン・フォードのパネルを持ってきてくれた。

そのパネルのハリソン・フォードをみた近所の友人が
「ちょっと、この人、たかし君(長男)にソックリやん」
と言ったので、私は因縁めいたものを感じ
(ほんまは似ていません。長男は『顔チェキ』とやらで
『福山雅治』と出たらしいけど、
まわりから大ブーイングをうけたそうだ)

ハリソン・フォードのCM出演はその後も
「ツーカーフォン」「キリンビール」と続いた。
(私はママチャリにのって大阪を走ったりしてほしくなかったけどね)

私は,たまっていくビデオを横目に、
なんとか字幕なしで、
ハリソン・フォードの英語を聞きとりたいと思い、
あんなに嫌いで苦手だった「英語」を勉強し始めたのだ。

それは、「ラジオ基礎英語」から始まり、「英会話」まで
かなり頑張った。
転勤先では、どういうわけだかえらく賢い人たちと
(物理学の教授とか)一緒に英会話を勉強した。
しかし、私の弱みは圧倒的に単語力と文法力のないこと。
普通の大学へ行かなかったせいもあり
(それだけじゃないけど)
高校で落ちこぼれとなった私は
学科の受験勉強をしていない。

話が変わるけど
中島らもが、灘高で落ちこぼれてしまい、
それでも受験はせねばと神戸大学を受けたら、
質問の意味さえわからなかったこと。
そして大阪芸術大学を受けたら、
問題が、小学生のテストのように簡単でびっくりしたこと。
それと同じ体験を、昔、私もしたので
その話を読んだときは、ますますらもに共感した。

私は高校の普段の試験では全く歯が立たなかったけれど
受験した大学の学科試験はたぶん満点だったと思う。
こんなアホな大学に通うのかと
暗くなったものだ。

で、まあ、結局、私の英語は基礎学力が無いのと、
そんなことをしている状況でなくなってしまったので
ものにはならなかった。
今も、字幕に頼らなければ映画は観れません。
で、もちろん喋れません!

でもハリソン・フォードに限って言えば、
私は、彼の英語は聞き取れる。
彼はゆっくりと喋る人で、発音は明瞭だ。
かれの発音は、
私の頭の中にインプットされている。

ハリソン・フォードに夢中になれていた頃は
ほんとうに幸せであったのだ、と気がつくのは、
それを失ってしまってからだ。
歩けなくなって、
人は初めて、歩ける幸せを知る。

私は長いあいだ、世間のニュースにも
なんの関心もなかった。
もてる余裕なんてなかった。
世事に気がいくことは、
幸せなことだ、
と気づくことにすら、時間がかかった。

今、またハリソン・フォードの出演する番組を待ち受け、
見て、懐かしく思う、
そういう余裕をもてた自分を、

(ああ、ひと巡りしてきたんだなあ、、、)
と思う。

もう、集めたライブラリーも処分してしまったし、
ファンでもなくなってしまったけれど
ハリソン・フォードは、
今でもじゅうぶん素敵だった。

私は彼の声が、
今でも好きだ。

posted by えるか at 00:09| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月03日

価値観

『徳大寺有恒のオトコの心得』を読んだ。
なんか、ものすご〜く癒された。

『間違いだらけのクルマ選び』の人です。
私は彼のことを詳しく知らないけれど、
わりと好みのタイプの人だ。
『ぶ男にうまれて』という著書があるくらいだから、
ハンサムではないのかもしれないけれど、
私に言わせれば、じゅうぶんハンサムだし、
カッコイイ。

私はわりと車が好きだ。
メカや性能には全く興味はなく、
デザインと名前の響きのみで
クルマを選ぶ(買える価格内で)
(こんな奴は私だけやな)
(私は名前に濁点が含まれている車が好きだ)

今のクルマを買うとき、
徳大寺さんがどう評価しているか
心配で調べた。
彼が貶していたら買わなかったかもしれない。

人(男性のみ)がどういう車を選ぶかで、
なんとなく、その人となりがわかるような気がする。
値段の高低はどうでもいい。
どうこだわるのか、どこにこだわりを見せるのか。
そのたたずまいの人が、その人の収入に合わせて、
どういうクルマを選ぶのか。
その人と車との関係です。

クルマ選びで、その人の生活振りまで想像してしまう。
小心者か、事なかれ主義か、見栄っ張りか、
出世するかしないか、会社での位置はどうか、
社会での位置はどうか、
家庭での位置はどうか、

そしてその事をその人は、どう思っているのか、いないのか。
そんなことまで想像してしまう私は、
おかしいですか?

動けばいい、というように全くクルマに興味のない人は、
それはそれで、その人のポリシーなので構わないけど、
付き合いたいとは思わない。
どこかにこだわりのある選び方をする人を
私は面白いと思う。

収入がすごくあって高級車に乗っていても
品のない人は、どう押しても品がない。
私は品のない人が嫌いだ。

ものすごく大きい超高級車から降りてくるオトコは得てして
チビで不細工だ。
イタリア車のなんとかいうクルマに多いような気がします。

ジャグワ(徳大寺さんに言わせるとジャガーはこう呼ぶらしい)
から降りてくる人も大抵やな感じ。
一度だけすばらしくジャガーにぴったりの格好いい人を見たけれど、
その人は外国人だった。
やっぱり、日本人には無理なのね、、、、
と妙に納得、そして意気消沈。
(まあ、絶対私には買えないけどね)

でも、徳大寺さんがジャグワから降りてくるのは
カッコイイと思う。

彼のエッセイ、『徳大寺有恒(なんとすごいペンネームを付けたことよ。
このネーミングですでに成功)のオトコの心得』では、
彼の、こだわりのファッションや
旅館やデートの心得が書いてある。
どれも、値の張るもので、
庶民には考えられない価格だ。
なんせ洋服の御用達もほとんど海外なのだ。

でも、辟易することなく、最後まで読めたどころか、
癒されてしまったのは、
彼が自分が「ぶ男」であることを認め、
とっても努力したこと、していることを
隠さず真っ正直に提示しているからだ。

ものすごく好感をもてるどころか、
もし、彼に会ったら(会うような場所に私が行けるはずもないけど)
恋してしまいそう。

もうひとつ、お金の使い方がきれいそう。
これでもか、これでもか、という高級店の名前を出しても
嫌味にならないのは
彼が、そう思われかねないことをわかっているか、
あまりに、粋だから。
それは、彼が劣等感の中で
一生懸命、学んだことなのだと思う。

こんな人が恋人だったら、お金を使うたびに
落ち込んだりしなくていいよなあ、、、、、、

価値観が似ている人と一緒に居る、
ということは
ほんとうに癒されることだと思う。

それだけで、自分を肯定してもらえる。
その安心感はどうだろう。

価値観が同じの人

居そうで、
居ない
posted by えるか at 21:23| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月12日

いい歳をして

何もなかった連休疲れ、とでも言うのか、
何も無い連休に傷つかないように、
自分でもきっと気を張っていたのだろう。
終わると、どっと気持ちが疲れてしまった。

私は出来るだけ外に出て行って人と喋る機会があるように
努力をしているのだけれど、
3日間、何もない日が続くことが、たまにある。
家族が居ないのだから、つまり、
3日間、誰とも一言も喋らないのだ。

これは堪える。
ちょっと精神的におかしくなってくる。
今回は連休(世間の人は家族の世話で忙しい)のあとも
何も無い日が続いて、ちょっとまいりました。

以前、穂村 弘さんという歌人が、エッセイに
「誰とも会えなくて落ち込むなんて信じられない。
僕なら、誰かに電話して思いっきり話し込んでしまう。
だから、そんな気持ちがわからない」
みたいなことを書いていた。

私はびっくりしてしまった。
穂村さんは、たしか、
「人見知りで、もてなくて、寂しい、、」
みたいなことを書いていたように思うのだが、
(なんや、全然言ってることと、することが違うやん!)
と、なにやら人というものの不思議を思った。
送り出し手、と受け取り手の感性の差なのだろうか。

私はある頃から、用がない限り自分から電話や連絡が出来なくなった。
電話をかけたとき、
相手が居なかったり(たいていそうだ、皆、居ない。忙しい)
いても、忙しそうだったりして、
私は電話をかけたことを深く後悔することになる。

だから、人から連絡をもらうことを待っているようになった。
連絡をもらうと、
尻尾を振って喜ぶ私。

いっとき斎藤孝さんの本が、やたら出回ったことがある。
そう、「声に出して読む日本語」の人ね。
量産される彼の本は、たまに面白いものがあった。
確か『友達力』という言葉があったように思う。

「誘ってもらうなんて、誰にも出来る。
でも、いつでも、いつまでも誘ってもらえる、
なんてことは、続かない。
自分に魅力がなくなったり、そういう機会がないときには
それこそ、ほんとに孤独になってしまう。

自分から、どんどん人を誘う。
そういうことが出来る人を『友達力のある人』という」

そんなことが書いてあったように思う。
なるほど、その通りだと思い、自分でもそうしようと思うのだけど、
やっぱり私は、人が私のことを思い出してくれることを
待っているだけだ。

案外、あかんたれの私だ。
いい歳をして情けない。
恋をすることに関して、いい歳をして、、、
なんてことは決して思わないけれど、
ほんとにこれは情けない。

ずっと前に、先達が、
「これからは、配偶者でも子どもでもない、
ほんとうに大切なのは、友達なのだから
私は、これぞ!と目をつけた人には猛アタックして
友達を作る。
これが、楽しく老後を生きる術である」
みたいなことを書いていた。

しかし、相手もそういうことを思っていてくれないと
話は成り立たないと思う。
こういうことを書く人はずっと独身で地位があり、
まわりにも、そういう人が多いのではないか、
と思うのは、
私の思い込みだろうか。

たいていの人は、
歳がいくにつれて、友達は出来にくくなり、
もう新しい友達をつくるのは、しんどい、、、、
そう言う。
そういうエネルギーが、もうあまり無い。

そう、それまでの人生のあれこれで
友達を作ることの大変さを
思い知っているのではないか、、、
家族だけが大切、と感じられる人も結構いる。

私は転勤族だったので、やっと友達ができたら、
転勤や引っ越しだった。
やっと古巣に帰ったときは、
もう友人図がすっかり書き変わっていた。
皆、パートに出てしまい、私は浦島太郎だった。

中でもショックだったのは
一番仲の良かった友人が
その友人の悪口を言っていた人と、
仲良くなっていたことだった。

このことは、かなりショックだった。
友人をAさん、悪口を言っていた人をBさんとすると、
AさんとBさんは子供が幼稚園で同級だった。
Aさんの子どもがBさんの子どもをいじめると言って
Bさんが私に電話してきたことがあった。
Aさんの電話の取り方から子育ての仕方まで、
あらゆる悪口を私に言ったBさんは
「もう、子どもの幼稚園を転園する!」とまで言ったのだ。

私は、Aさんには何も言わなかった。
「Bさんが、こんなこと言ってるよ」
とは言わなかった。

何年もたち、帰ってきた私は、
AさんとBさんが一番の友達になっているのを知って、
心の底から、びっくりした。
当然、Bさんは私には寄ってこない、避けに避けていた。

彼女たちは今でも友達だ。
私は、Aさんとは今でも付き合いがあるが、
AさんからBさんの話を聞くたびに複雑な思いになる。

誰でも、こういうことはいくつかは経験しているだろう。
昔、息子が幼稚園に入り、クジで役員になってしまった私は
近所の年上の人から、こう言われた。
「いい?今日、喧嘩していた人が、いつの間にか
組んでいる、なんてことはよくあることだから
気をつけな、あかんよ」

相関関係はあっと言う間に書き換えられ、
力関係はある日、逆転している。

この歳になっても、そういうくだらないことに
怯え、傷つく自分を、
いい歳をして、、、
と思う。
posted by えるか at 22:34| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月03日

知っていることは

学生時代、付き合っていた子には
お父さんが居なかった。

肝臓を悪くして、亡くなった、
と聞いてはいたけど、
当時のアホな私には、
特になんの感想もなかった。

ただ、この子にはお父さんがいないんだ、
という漠然とした認識を持っただけだ。

地元の子だったので、よく家にも遊びに行った。
その子のお母さんは、とてもきれいな人だった。
チャーミングな人で、地方育ちの私には
見たことのないような魅力的なお母さんだった。

そのお母さんは片付けものが苦手で、
いつも家の中は散らかっていたけど、
いろんな友達が出入りしやすい家だった。

「おふくろはアルバイトだから税金を払わなくって
いいって言われたんだってよ」
というその子の話を
私はただ、(ふ〜ん、、、、、)
と聞いただけだ。

お母さんのベージュ色のストールが
散らかったベッドの上に広げてあったことを
今でもなぜか、はっきりと覚えている。
(なんだか色っぽいな、)
と思ったのだった。

その子とは別れてしまったけれど、
私はそのお母さんと、わりと気があっていたので
別れた時は、お母さんに申し訳なかった。

うどんを手打ちで打ってくれ、
一緒に食べながら、

「わたくしね、もう怖いものなんて、何も無いのよ、、、」

ぽつりとそう言った。

かなり豊かな暮らしをしていたそうだけど、
旦那さんが亡くなったあと、
騙されて資産のほとんどを失ったそうだ。
最後に、ちいさな家一軒だけが残ったと、
そのお母さんは言った。

それから20年以上たち、
私は彼女と同じ立場になった。

同じ立場になってから
よく思い出す。
たぶん、今の私と同じような歳だったろう。

彼女は、ほんとうは、
どんなことを想って
毎日を過ごしていたのだろうか。

ほんとうに、怖いものなど、
もう何もなかったのだろうか。

あの頃の彼女に、
もう一度会いたいと思う。


もうひとつ、

二男がまだ2歳にもならなかった頃だ。
アパートじゃないか、
と見まごうようなボロマンションに住んでいた私は、
毎日二人の子供の世話で
忙しいながらも、幸せな日々を送っていた。

4階建ての4階に住んでいた私は
ある日、3階の住人から苦情を受けた。
夜中の風呂の音がうるさい、ということだった。

夫は毎日午前様で苦情が出ても仕方なかった。
ひどい時には酔っ払って
間違えて、3階の部屋の玄関をカチャカチャやったこともある。
夜中にそんなことをされて、
3階の人は怖かっただろう。

実家の母にその話をすると、
「そんなこと言う人は、不幸な人なんだから
菓子折りでも持って行きなさい」
と言った。

私は菓子折りを持ってあやまりにいき、
それは3階の人が引っ越すまで
半年ごとに続いた。

3階の住人は
ちょっと訳ありそうな髪の茶色い息子と、
料亭に勤めていそうな感じの母親との
二人住まいだった。

ある日、息子は出て行ったらしく、
挨拶に行ったら
「私も一人だしねえ、いつ人のお世話になるか
わからないので、よろしくねえ」
と言われた。

私は、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
と、適当に返事を返しただけだった。

奇しくも20年後、私は彼女と同じように
マンションで息子と二人暮らしになり、
ある日、息子は出て行って
一人になった。

うちに菓子折りを持ってきてくれるような人は居ないが、
因果応報というか、
自分がそういう立場になって
初めて、いろんなことを想う。

子供が小さな頃は、家の中はほんとうに騒がしく、
人のことなど全くかまっては居ない。
自分の人生の先に
どのような事が待っていよう、なんて
想像だにしないものだ。

今このマンションで
騒音を申し立てた私のことを
『不幸な人なんだから』
と言っている人はいるだろう。

どんなことでも、
自分が経験してみて、初めてわかる。
経験していないことは分からない。
人の痛みはわからないものだ。

私にわからないことは、
まだまだたくさんある。
わからないことの方が圧倒的に多い。
知っていることなんて、
実はほんとうにちょっとだけだ。

自分が生きている世界なんて
信じられないくらい、
ちっぽけなところだ。

私は何も知らない自分を想う。

posted by えるか at 23:26| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月14日

嫉妬する

中島らもの文庫本を買った。
『心が雨漏りする日には』と
『牢屋でやせるダイエット』

我が家から、かなりの距離をクルマで南下すると
「つかしん」というショッピングモールがある。
改装したくせに、なんとなく暗い雰囲気のモールなので
あまり行かないけれど
4Fに変なものばかり置いている店がある。

その店は怪しげな置物やステーショナリーや本や漫画が
雑然とおいてあり、
店長のお勧めの言葉が横に添えられていたりする。

以前、私はそこでマンガ
『臨死!!江古田ちゃん』を見つけた。

部屋の中では全裸で過ごす江古田ちゃんは、
ひとり者で、いろんなバイトをしながら暮らしている。

好きな男には彼女がおり、
適当に乗り逃げされている江古田ちゃんだが、
セックスの相手にも事欠かず、
人生、しっかりわかって、ドッコイ生きているのだ。
叶恭子が絶賛したという(ほんまか?)
江古田ちゃん。お勧めです!
2巻しかないけれど、3巻目が早く出ないか待ち遠しい私。

そこの店の店長お勧めとして
上記のらもさんの文庫があったので
なにげに買ってみた。

私のまわりには『らも』フリークが二人いる。
私自身は、何冊か本は読んだことはあったけど
とくに面白いとは思わなかったので、なぜそんなに人気があるのか
よくわからなかった。

ところがこのエッセイ2冊がえらく面白かった。
今の私のどこかとリンクしたんだろう。
そして大麻取締法違反で拘置所にいる時に書いた
あやこ(藤谷文子)に書いたラブレターに
私はまいってしまった。
こんなラブレターをもらったら
私なら、間違いなく心を奪われてしまうだろう。

拘置所からこんなすごいラブレターを書ける、ということに
私は(らも、タダものじゃない!)と感動し、
今頃ですが、にわかファンになってしまった。

そこで、友人が以前言っていた、
らもの奥さんが、
らもが亡くなってから出版した本が面白い、
と言っていたことを思い出して
図書館で借りてきて読んだ。

らもの家が近所であることは知っていたけど
ほんまに近くであったと知った。
このあたりは豪邸街だ。
(うちは違う。そのはずれの小さなマンションだ)
なんや、お金持ちやったんや〜、、、、
まあ、当たり前だ、有名な作家なんだから。

しかし、奥さんの本をよんでビックリしたのは
奥さんが大金持ちのお嬢さんだったことだ。
そして、らもが、なんと灘高出身だったこと。
知らんかった。
らも、賢かったんや。

しかし、読み始めた私は、
奥さんへの反感から本を閉じようとした。

彼女は大金持ちの出来の悪いお嬢さんで
往々にしてよくある、
出来のいい男の子たちと楽しく遊ぶ人種だったのだ
貧乏人で、出来のいいお嬢さんだった私は、
激しく反感を持った。

一気にらおへの関心も薄れ
(なにせにわかファンなのでええかげんだ)
読みたくなくなったけど、
その本を誉めていた友人の顔をたて、
最後まで読んだ。

後半、面白くなったので、まあ読んでよかった。
でも、なんというか、
こういう人種ってやっぱりたくさんいるんだなあ、、、、
という感想を持ちました。
思っているよりたくさん居てる、ことに
ちょっとショックだった。

世間一般の感覚は持っていない。
奥さんの写真を見ると、
友人は、若いころは、まあかわいい、と言っていたけど、
私に言わせると、
その若い頃でさえ、この奥さんはかわいくない。
でも、フェロモンのあるタイプ。
案外こういう子はもてる。
だいたい、そのことだけでも面白くない。

そして、らも夫婦やその仲間たちはこの近所で
とてつもない生活をしていたのだ、ということに
なにかとっても納得のいかないものを感じた。
そういう生活は私からはうんと離れた、
東京とか、外国でやっていてほしいのに、
本の中にはこの近所の話がバンバン出てくる。

そして、そうやってきて、そうやってこれて、
これからも、そうやって生きていくのであろう、
奥さんの生まれというか、
そういう境遇というか
そういう人たちがもつ神経に、

激しく嫉妬した。

私は正しい人間ではない。
やってはいけないことも、やってきた。
でも、そのたびに苦しんだし、
そのつけを払ってもいる。
根が真面目で、つまらない人間なのだ、ということを
まさしくこの本によって
改めて突き付けられた思いがする。

同じ人生、彼女たちの方がずっと面白そうだ。

でも、私にはたぶんこれからもできないだろう。
そういうDNAを持っていないのだ。

私には私の人生。
しかたない、、、、
少しでも楽しもう、、、、。

それにしても、らも、松本人志にそっくりだ!







posted by えるか at 21:32| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月05日

甘ちゃん

このブログのタイトルは、本当は
「えるかのお買い物日記」
にするつもりだった。
ほうれん草からバッグまで、日々の買い物を
面白おかしく綴る予定だった。
ところが、昨秋私はかなりの金額の預金(?)を失い、
お買い物どころではなくなってしまったのだ。

以来、ばったり買い物をしなくなり、
急に老け込んだ気がする。
私の元気のバロメーターは、
買い物なのだ。

今朝起きたら、胃がむかむかしていた。
どうやら風邪をひいてしまったようだ。
とりあえず売薬を飲んで
家でおとなしく傷ついたケモノ(タヌキ程度)よろしく
じっとしていた。

こうやって、へたっているときに電話が鳴る。
銀行だ。
このところの私は銀行からの電話には居留守を使っていたのだが、
先日、ついに捕まってしまい、
保険を解約して違うものに書き換えることになってしまった。

夫が亡くなった時の保険金がわずかばかりある。
わずかだが、私にとっては、この先何年生きることになるか
わからない自分にとっての大切な財産だ。
頼るもののない私にとって、このお金は命綱だ。
お金がないと水も飲めない。
ニュースで流れる貧困で孤独死や餓死は私にとっては
他人事ではない。
ニュースで流れるすべてのことは
明日の私かもしれない、というのは過言ではないと私は分かっている。
他人事だと思っている人は幸せな人なのだろう。


風邪をひいたからといって、
「だから一人暮らしはつらい、、、」
なんて泣き言をつもりは、とっくに無い。
腐乱死体で発見される覚悟ももう出来ている。
そういう心許ない心細さは、
これまでイヤというほど感じてきた。

しかし、私が
「つらい」
と思うのは
お金のことを相談する人が
「誰もいない」
ということである。

こんなに大切な大事なことなのに、誰もいないのだ。
これがつらい。
大きな決断の責任を
私は自分一人が背負わなくてはならない。
誰も私の人生を背負ってはくれないのだ。

もともと私はお金の勘定が苦手だ。
家計簿も2日と続かなかった。
お金のことをあれこれやっている人の気がしれないと思ってきた。
なければ無い、あればそれを使う。
今にして思えば、なんと有り難いことだったのだろう。

サラリーマンはだいたい入ってくるお金は決まっているけれど
コンスタントに入ってくるから
入ってくる中で適当になんとかやっておけば
なんとかなってきたのだ。

それがこんなことになってしまった。
友人とは、もう身の上が違う。
同じような友人がいないから相談もできない。
もともとお金のことは禁句みたいなところがある。
人の家計なんて興味もなかったし、誰がどれだけ稼いで
どう使っているか、なんて、私にはなんの関係もないことだ。

銀行でいろいろ売り込みをされると

「なぜこんなことを私がしなければならないのか」
「どうしてこんな目に合っているのか」

それがほんとにうらめしい。
私にとっては「こんな目」としか感じられない。
彼らが頭を下げるのは「お金」に対してであって
私に下げているわけではない。

夫が亡くなって、
「主婦」という、結構な身分を失い、
世の中から抹殺されていく自分の身の上を
イヤというほど感じてきた。
それも、もう言うつもりもない。

でも、お金のことはほんとに嫌だ。
自分であれこれ調べ、お金を動かすのは苦痛で
絶対に私に向いていない。
こんなことではいけないのだろうけど、
いつまでも放ってはおけず
銀行に言われるままに組んできた。

いつか、ちゃんと自分で勉強してきちんと運用しよう、、、
そう思っていたのに、しなかったのは
やっぱり、したくなかったのだ。

今にして思えば、始めにお世話になった銀行の人には
親身になって組んでもらっていたと思う。
当時の銀行の人には心の底から感謝している。

ところが引っ越して、支店が変わった。
担当者は次々と転勤になり、
そのたびに言葉巧みに誘われ、いろいろ書き換えた。

証券マンだった弟の
「俺たちはわかっていて客を食いものにしてきた」
という言葉を決して忘れているわけではない。
私が彼らのノルマ達成の一石にさられていることは
百も承知だった。
でも、心のどこかで「そんなに酷い事はしないだろう」
と思っていたのだ。
自分のことを、甘いな、いいカモなんだろうな、、、とわかっていたけど
まあ、どこかで信用していた。

去年秋のサブプライム問題。
ニュースで流れている時は、他人事だと聞いていた。
ところがえらいことになっていた。
私が書き換えた商品は多額の損失を出したのだ。
それを知ったのはかなり焦げ付きがでてしまった
後にポトっと着た運営表だった。
私は驚愕したが、値段が戻るのがいつなのかも、
もっと下がるのかも全く予想も出来ず
何年もお金のことでいやな思いをするのが嫌だったので
多額の損失を出したまま売却した。

ショックだった
儲けようとか、危ない、とわかってやっていたのなら
自業自得で納得もするが、そんなことを自分がしていることすら
私は知らなかったのだ。

これが世の中なのだ。
誰も助けてくれないのだ。
なんという私は、甘ちゃんだったのだろう
高い授業料だったと思って、すぐ忘れよう、、、、
そう思って寝たのに、次の日から体調が崩れた。
そして深く深く長く落ち込んだ。
相談する人が誰もいないことも
その落ち込みに追い討ちをかけた。

一見紳士に見える銀行マンは、自分のノルマを抱え、
言葉巧みに世の人を誘う。
一人で生きて行かなくてはならないのに
なんという甘さ!
ニュースであんなにサブプライムのことを
報道していたのに、自分に関係ないと思っていたなんて。

負債を抱えて自殺してしまう人の気持ちがよくわかった。
このちっぽけな金額でも(私にとっては大きいが)
これだけ落ち込むのだからそれは自殺もするだろう。

担当者は転勤してしまってもう居ない。
居たとしたって、彼らは、
「すみません」とひと言えば済むことなのだ。
自分の金が減るわけじゃない。
「売却しないといけない時は知らせてね」
とお願いしていたのに、そんなことその場の口車だったのだ。

なにより、ショックを受けたのが、
「あなたの身の上を知っていたら、こんな商品勧めませんよ」
と新しい担当者に言われたことだ。
なんということだろう。

その担当者が今回、ある商品を売却しろと言う。
私はもう、口車に乗りたくなかった。
ノルマを達成するためになら、もっと大口の客を狙えばいいだろう。
いや、大口の客はもっと大事にするだろうな。

私は今ベストセラーになっている、
「お金は銀行に預けるな」
という本を買ってきた。
読んで、勉強しよう。
もう銀行になんか頼るまい。

しかし、私は心の中で、やはりお金のことはしんどい、、、、
と思っているのだ。
なかなか読もうとしなかった。
銀行からの着信記録を見るたびに
なんとか早く読まねば、、、、、と焦った。

本の言っていることはよくわかった。

「働いて得た1万円と投資で得た1万円は同じ価値である」
(日本人はひたいに汗して稼ぐことを美徳としすぎる)
「ノーロード(手数料なし、銀行はこれで儲ける)で
インデックス投信を4分割で毎月買い足せ」
と書いてあった。

なんとなく納得。
そうだその通りだ。

でも、、、、、

結局、私は何もしなかった。
インターネットで調べもしなかったし、
やっぱりめんどくさい、、、、
こんなことに心をくだくのが嫌だ、、、

そんなうちに結局、銀行員の言う通りにすることになってしまった。
「もう、ええわ、、、、」
と思ってしまったのだ。

今日かかって来たのはその手続きの電話。
また、いいようにされるのか、、、、
それとも今度の人は
ほんとに正しいことを言ったのか、、、、、

「僕の母親も夫を亡くしたんです」
と言った行員の顔が浮かぶ。
彼は頭は切れそうな顔をしているが
計算高そうな顔でもある。
そこがひっかるけど、
そもそも担当者に好意を持てるかどうかで
決めている私の姿勢に問題があるのだろう。

私は洋服でもクルマでもなんでも、その店員が好きかどうかで
決める人間なのだ。

彼に電話したとき、その行員は
「まさか、お電話を頂けるとは」
と驚きを隠さなかった。

その言葉に私はたじろいだ。
(それって、まさかまた騙されるとは思わなかったということ?)
かなりこちらも動揺したが、もうどうでもいいと思った。
疑いだしたらきりが無い。
私は心のどこかで彼のことを信じたいのだ。
信用する方が楽だと思いたいのだ。

破れかぶれで判を押し、
だるい体に重いコートをはおり、
ポストまでなんとか辿り着き投函した。

「悪い奴は必ずあとでひどい目に遇う」
「世の中、そんなに悪い人ばかりじゃない」
「物事は少しずついい風に流れていくのだ」
と信じてる私は甘ちゃんか。




posted by えるか at 23:10| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする