2015年10月12日

そっと、、

ごくたまに胸をよぎり、
不思議に思うことがある。

20歳で逝った猫さんの法要を終えて、
帰ってきた時のこと。
(その時の話はこちらです『赤い車』)

当時、ハナ猫はもう家に来ていて、
まだ一歳にもならず一匹飼いで、
それはお姫様のように可愛がられていた。

今では考えられないが帰ってきて玄関を開けると、
目の前にハナが待っていて喜び100%で歓迎してくれたものだ。

ところがその日に限って、
私を見るなり怯えた顔になり飛びのいて逃げてしまった。
瞬間ハナは私の背後をみていた。

「どうしたのハナちゃん、、」
と声はかけたものの私はすぐにわかった。

(猫さん、ついてきたんだね、、、)

ハナはしばらく怯えていたがすぐもとに戻り、
いつも通り甘えていた。

猫さんは新しい猫が来たことを知り、
お山へ帰ったんだろう。

猫さん、私の愛する猫。
あちらで元気でいるだろうか。


posted by えるか at 23:47| 猫さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月27日

しろいねこ

しろいねこ「すえこ」さんが亡くなったそうだ。
御歳20歳と8ヶ月。
生まれた日と同じクリスマスだったらしい。

猫さんを思いだす。

すえこさんは最後は入院したり点滴していたようだ。
猫さんには敢えてそれをしなかったことを、
やはり良くないことだったろうかという想いが、
頭の上から覆いかぶさり心が縮むことがある。

そんなことを想う人がきっと日本のあちこちにいるだろう。
猫への愛情にあふれた素敵なブログだった。
すえこさん安らかに。
posted by えるか at 23:46| 猫さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月21日

チロ愛死

荒木経惟 の『チロ愛死』を本屋で見た。

アラーキーの愛猫チロの最期の写真集だった。
彼らしく片面はヌード。
以前『愛しのチロ』という写真集を出したはず。

表紙からしてすぐに死期の近い猫とわかり、
何だろうと手に取った。

痩せ細った体。
ぼそぼその毛並み。
うるんだ焦点の合わない目。
床ずれで肉の出た下肢。

亡骸になったチロ、
箱に入れられ花を手向けられたチロ、
(その対面は亡き奥様の写真か)
骨になったチロ、
骨壷をかかえてアラーキーが帰ってくる写真。

痩せ細ったぼそぼその姿と、
消えていく様が
猫さんとそっくりだった。
思わず涙が滲んだ。

猫さんもこうやって死んでいった。
最期猫さんは1.6キロもあっただろうか。

獣医で最期計った時は2キロだった。
猫は2キロを切ると危ないという。
それからもどんどんと痩せて行って、
文字通り骨と皮だけだった。

猫さんの重さを私の腕はまだ覚えているけれど、
日増しにそれは不確かなものとなり行き、
おぼろげな記憶になりつつある。

この夏、猫さんの命日を忘れていた。
そして猫さんの顔がちゃんと思い出せなくなっている。
携帯の待ち受けは今も猫さんなのに。

家を出て行った時まだ猫さんが健在だった二男は
今でも猫というと猫さんの顔がはっきりと浮かぶらしい。

写真集を買おうかと思ったけど、
買わなかった。

posted by えるか at 22:52| 猫さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月11日

エノコログサ

別名 『猫じゃらし』

駅前まで線路沿いに歩いて行くと
脇に群生している。
こんな季節だったのかな、
エノコログサの頃って。

イネ科の雑草。
葉もとんがっていて猫の好物。
穂は猫の尻尾に似ている。

猫さんはこの猫じゃらしが好きで、
見た途端飛びついて遊ぶというよりは、
ムシャムシャと食べていた。

猫さんがまだ元気だった頃、
道端でこの草を見つけると、
若い柔らかそうな所を探して摘んで
お土産に持って帰ってやった。

エノコログサの群生を眺めていると、
ついそこの道端に、
猫さんがたたずんでいる。

久しぶりに見た猫さんは、
変わらず美しく品があった。

もうすぐ猫さんが逝った日が来る。




posted by えるか at 23:17| 猫さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月20日

赤い車

猫さんの彼岸法要に行ってきた。

猫さんが夜中に死んで、
朝になって私がしたことは、
タウンページで動物斎場探しだった。

真夏だったので早く荼毘に付してしまいたかった。
猫さんが臭ってくるなんて、
私には耐えられなかったのだ。

後になって、
半日もたたないうちに骸を無くしてしまったことは
可哀そうだったのだろうか、
と少し悔やんだ。

電話口での対応がいい方の霊園に猫さんを連れていったけど、
そこがあまりにもチンケな感じの山の中の斎場であったことに、
私は猫さんに(ごめんね、、)と詫びた。

しかし、料金は大手並みに設定してあり、
木の棺にもいれてくれた。
枕もあったけれど、もう硬くなった猫さんの亡骸は
ちゃんと枕にのせることが出来なかった。

すると、そこの女主人が、こうするといいのだと
猫さんをぎゅうと押し曲げたので、
私は自分の体を折れそうに思った。
よこではテープに録音された般若心経がなっていた。

そのあと四十九日のかわりとして、
後日法要がいとなわれるとのことだったけれども、
私はその設定料金の高さに腹が立ったのと、
哀しみを引きずりたくなかったのと、
夫の命日と重なったので猫さんを優先することに
躊躇したのだった。

で、行かなかったら八ヶ月もたってから
お彼岸法要のハガキがきた。
¥5000と書いてあった。

どうしようか迷った。
ペット商法にのせられるのがくやしい。
でもちょっと気になる。
猫さんの骨はどうなったのだろう。
骨壺に入っていたけれど、
もうどこかに捨てられただろう。
そのあと余分に二万だか三万だか出した人は
何かしてもらったはずだ。

庭のない私は猫さんの尻尾の骨を一本もらってきた。
うちにあるのはちいさな花のような欠片だけだ。
私にはそれだけで十分だ。

迷った末、行った。
粗末な霊苑に似合わず山道には車がびっしりと埋まり、
私は誘導されて車を押し込めた。

降りた私を坊さんらしき若い男性が不機嫌そうに見た。
本物の坊さんなのだろうか、
いったいどのような人がここでお経を読むのだろう、
いくら貰えるのだろう、などと考える。

言われるままに折り紙に猫さんへの言葉を書いた。
「四十九日に来なくてごめんね。
 天国で走っていますか」
と書いたらちょっと泣いてしまった。

粗末で狭い会場は100人ちかい『遺族』でいっぱいだった。
たいていは二人か三人連れでなかには犬や赤ちゃん連れの人もいて
一人で来ているのは私くらいだったけれど、
私の横に、場にそぐわない感じの
ちょっと格好いい兄ちゃんが一人座っていた。

やり手の感じの女主人が、
いくら支払ったら塔にいれますのなんやら説明し始めると
さすがに場の空気がムッとしているように感じられた。
こういう商売を始める人は
一体どんな出目なのだろうかと考えた。

予想に反してしっかりした声で読経が始まった。
その間に前から順番に焼香するらしい。
うっかりと一番後ろに座ってしまったことを後悔する。
 
斜めでそわそわしているブルドックにかまってやったら
つっかかってきたので知らん振りをする。
まだ首が据わったばかりの赤ちゃんは可愛い顔をしていたが
かまって泣かれたりしたら情けないので、
あまり見ないようにした。
抱いている若い父親のTシャツはよれよれだけれど
その背中はたくましい。

横の格好いい兄ちゃんはどんな動物を亡くしたのだろうか、
なんだかとても悲しそうだけれど、
私同様、場の空気から浮いている。

私は焼香がすむと、席に戻らずそのまま外に出た。
もうこれで十分だ。
バックで車を出していると、
横にいた兄ちゃんももう帰るようだ。

先に車道に出た兄ちゃんの赤い車は、
あっという間に見えなくなった。










posted by えるか at 01:43| 猫さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月04日

今も

え、、、、と、、、
パソコン帰って来ました。

メインボード取り替えたようです。
よくわからんけど、
これってやっぱり不良品やったんちゃいますか?

また設定のやり直しか、、、、、、
また電話かけまくり、、、そして時間使いまくり、、
そしてまた不調、、、、、、エンドレス、、?

パソコンのない生活に少し慣れたこの頃、、、、
夜、暇になった私はテレビをよく見るようになり、
だらだらと寝るまで食べるようになり
毎日食べすぎ。
暇ってよくありません!

ところが、
今回はメーカーに回ったので
当初の話に反してデータは全部残っていて
メールもそのまま通じた。
しかし電器屋さんに言ったプリンターの不具合が
棚上げのまま返ってきている。
壁紙もおかしいのにそのままだ。
ごく一部の不具合だけがメーカーに行ったのですか?

なんか、もうどうでもいい私です。

返事の必要なメールが一通しかなかったのが
これまた悲しいところ。
いつも見ていた3,4のブログをチェックした。

トータス松本の飼い猫ソウジが亡くなっていた。
亡骸の画像が添えられて
「もうこのブログは終了する」
とあった。

あわててパソコンがなかった日付分を繰る。
ソウジは最近調子が悪かったようだ。
15歳とはいえ、なんて悲しいことだろう。
多くのファンにも愛されたソウジ。
トータスの悲しみは想像して余りある。

猫さんを亡くした頃の気持ちがよみがえる。
こういうことがなくても、
ハナの無邪気な傍若無人を見るにつけ
私は、猫さんは可哀そうやったなあ、、
と普段からしんみりしている。

ハナが幸せそうなほど、
ハナを愛しく思うほど、
いっそう猫さんを可哀相に思う。

猫さんはこの頃まだ野良猫だった。
寒さに震えていた、飢えていた。

皆は、猫さんは拾ってもらえて20年も生きて
幸せだったと言ってくれる。

でも私には猫さんが幸せだったかは
わからない。

引っ越しばかりだった。
家が荒れていつも怯えていた。
ほんとに猫さんが幸せそうだったのは
死ぬ一年前の、
ベランダから落ちて脚を折る前の
ほんの一か月だけだったような気がする。

私は決して猫さんを忘れない。
だから猫さんと同じ名前を
ハナには付けなかった。

posted by えるか at 22:28| 猫さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月26日

もう、いない

猫さんが いない。

部屋の中は、確実にスペースが空いた。
猫一匹分、広くなった。
そして私には、ますます時間ができた。

たいした世話もしてやれなかったが、
歩く時にちょっと手を添えてやったり、
そういった細々としたことがなくなってしまうと、
案外に時間が空いたことに気づく。

それが証拠にブログを
よく書くようになったと思う。
このままでは、日記になってしまう、
と危惧している。

この一年は、
猫さんにとっては、
おまけの一年だったのかもしれないと、
最後、血を大量に吐いて死んだ後で、
ずいぶんと時間がたってから気がついた。

手術後専用の療養食缶しか食べられなかったのだから、
時々はハムなどをつまんではいたが
基本、ずっと吐き続け、
よく一年間ももったものと思う。

子猫のころからよく吐く猫だったので、
骨折して離れてしまった足にばかり気をとられ、
私は吐くことに対して麻痺していた。

4年も前に、「この影は腫瘍じゃないか」
と言われた時は、どうにも信用できず、
ヤブ医者だと決めつけていた私は
アホだったのかもしれない。

院長が居ない時に助手の医者が言った
「この影は便ですよ。いくら年寄りでも
ほんとに癌なら、こんなにもちません」
という言葉の方を信用していた。

かと言って、
検査をしたり、手術をしなかった事を
悔いているわけではない。

「歳老いた猫に、一切の積極的な治療はしない」
と言う私に、獣医は、
「生かす努力をしないなんて、、」
とでも言いたげな、白い目をむけた。

( どうせ死ぬやん!! )
私は、心の中で叫んだ。

癌で闘病の末、結局、夫は亡くなった。
そのことを、
私は獣医にぶちまけたい、と思った。
目の前の獣医を、瞬間、憎んだ。


猫さんがいつも眠っていた籠も
古ぼけたキャリーケースも、
よろけながら使っていたトイレも、
もう無い。

どうしてこんな所にまで、、
と思うようなところにまで入り込んでいた
猫さんの毛も、
あらかた掃除した。

猫さんがいた足跡は、
出来る限り消した。

それでも、私には
元気だった頃の猫さんが、
部屋を横切る姿が、
ふと見えるような気がする。

机の下で足を投げ出して、
寝ているような気がする。

こちらに「にゃぁ、、」と言いながら
寄ってくるような気がする。

ソファの定位置に、
折れた脚に負担がかからないように、
情けない姿で、
それでも幸福そうに、
そうっと丸くなって、
猫さんが寝ているような気がする。

猫さんを、
もう一度抱きたい。

猫さんが恋しい。

どうして居なくなってしまったのか、
わからない。

posted by えるか at 09:50| 猫さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月21日

別れ

猫さんが死んだ。

最後に大量の血を吐いたので
やはり癌でもあったのだ。
あちこち転移していたろう。

盆前から水だけしか受けつけなくなり、
今回はもう、持ちなおすことなく、
衰弱して動けなくなる様は
見ていてつらかった。

人に笑われるほど声の悪い猫だったけれど、
死ぬ三日前は
「にぃ〜、、、、」
と、とてもかわいらしい声で私を呼んだ。

猫さんは最後、涙を流していた。

生理的なものなのだろうけど、
私には泣いているように思えた。

目に涙を浮かべて横たわる猫さんは
すべてを諦めて、死にゆく苦しみに
耐えているようだった。

何か私に言いたくはないのか、、、

話しかけても目線も合わず、
肉体から離れかけた魂が
私の後ろで何か言ってくれれば、
とさえ思った。

せめてもの慰めは、斎場の人に
「目をつむっている猫は、ほんとに珍しいですよ。
95%の猫はみな目を開けたままなんです。
歳のわりに骨がしっかりしていて崩れてないし、
大往生ですよ」
と言ってもらえたことだ。

目は本当は開いたままだった。

口も血を吐いたまま開いていたのを、
私がまだ温かいうちに、
必死で閉めた。
普通はそうやっても開いたままだそうだ。

目を閉じた猫さんは
眠っているようだった。
すべての苦しみから解放された
穏やかな顔だった。

猫さんの居ない部屋。

猫さんのいた足跡はやがてだんだんと消えていくだろう。

これを除けておいてやらなければ、、
ここを開けておいてやらなければ、、
これを片づけておいてやらねば、、、

そういうことを、反射的に思う時、
私は猫さんが居なくなったことを想うだろう。

クローゼットの隅や、
車のシートの下、
そういう思いがけないところに入り込んだ
猫さんの白い毛を見つけるたびに、
猫さんを想うだろう。

猫さんは正確には19歳と10ヵ月位、、、、
ノラ猫だったから本当の生まれ月はわからない。

20歳と言っていたけど、
猫さんも女の子だったから、
少しでも若く言われたかったかもしれない。

名を『にゃんこ』という。

にゃんこの記事は、

もうこれで終わりだ。
posted by えるか at 18:11| 猫さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月04日

猫さん

脚本家、三谷幸喜の(正しくは奥さんの小林聡美の)飼い猫、
『おとっつあん』が死んだらしい。
1日付けの夕刊のエッセイに書いてあった。

17歳。
朝起きたら、キッチンで死んでいたそうだ。
やせ細ってはいたものの、前日まで元気に走り回っていたそうだ。

(ああ、『おとっつあん』はついに死んだのか、、、)

何か月か前のエッセイに、

「急に食べ物を受け付けなくなり、弱ってしまった『おとっつあん』。
もう寿命かと思い、医者に連れていったら、
点滴をしただけであっというまに嘘のように元気になり、
またガツガツ食べだした。
しかし、もう歳なので、こういうことを繰り返しながら死んでいくんだろうと、
覚悟はしている。」

というようなことが書いてあった。

ここからは、うちの猫さんの話。

いつの頃からか、右耳が赤く腫れてきた。

軟膏を塗っても、抗生物質を飲ませてもよくならない。
医者にはもう二度と連れていかない、と決心をしている私だが、
どうにも痒そうだ。

また往診を頼もうか、とは思ったけれど、
前は頼んでから10日も後だったので
思い切って、連れて行こうか、どうしようか迷っていたら、
たまたま長男が遊びに来た。

これ幸いと、長男の運転で、
私が助手席でゲージを抱えて連れて行った。

猫さんは、昔から車に乗せられるのが大嫌いで、
乗っている間中、わめきまわり、暴れまわるのだ。
一人で運転していて、
骨が飛び出してきたら大変だ。

「うるっさいな、この猫、声悪いし」
「これでも、いつもよりおとなしいんよ」

診断は、
「引っ掻いて(足動かへんのにどうやってよ)
(そう聞いたら、「壁にぶつけたんでしょう」って、、)
化膿しているので、いつもの軟膏を塗って抗生物質を飲ませる」
という、すでに私がしていることだった。
せっかくなので耳掃除をしてもらった。

猫さんは右耳に黒い垢が出る。
薬が使えないので、たまに掃除してやるがとても嫌がる。

この先生はほんとに包帯をまくのも下手で、
雇われ医者の方がなんでも上手い。
猫さんは上手な医者がやると厭がらないのだが、
死ぬ程もがいて嫌がっていた。
でも、真っ黒な耳垢がたくさんとれた。

ところが、家に帰ってしばらくすると、
猫さんは、突然、
泡を吹いたのだ。

次から次へと溢れ出し、絨毯に落ちて行く泡をみて
長男は
「ああっっ」と声を上げ、ティッシュで口を拭こうとした。

泡を吹いたのを見たのが二回目の私は、
「触らんとき、何もせんと放っといてやり」
と言った。

長男はかなりショックを受けたようだった。
「俺が医者に連れていったせいで、死んだりしたら、、、」
「大丈夫や、前より軽そうや。
それに、お陰で医者に行けて気がすんだわ」

そして、もう絶対に医者に連れて行かないようにしよう、
と言い合った。

この猫にとって医者に連れていかれることは、
苦痛以外の何物でもないのだ、と
再再再再、再認識した。

骨に棒を埋め込まれたり、失敗したらギブスをされたり、
猫さんにとって、獣医は、
自分をひどい目に遭わせる悪魔に見えるのだろう。
今回は、よほど耳掃除が苦痛だったのだろう。

もちろん、また何も食べなくなったけれど、
前と同じように、牛乳と赤ちゃんミルクでなんとか乗り切り、
しばらくすると、また、いつものネコ缶を食べるようになった。

それから、何日たったろう、、、、
一か月以上、、?

折れた足にばかり気が行っていた私は、
ある日、耳の腫れが尋常でないことに気がついた。
2センチ位に赤く内側が腫れあがり、
どうみても、何かおかしなものができている。

腫瘍ならば、それはそれで、かまわない。
もうどうしようもないのだから。

でも、ひょっとしたら、何か薬で治るのではないか、、、、
痒くてつらいのではないか。

最近、なぜ前足が濡れているのか、よくわからなかったのだが、
後ろ足で掻けない(猫は痒い所を掻くのは後ろ足だ)から、
前足を舐めて、顔を洗う要領で触っているらしい。
どっちにしろ、痒そうに見える。

私は自分だけ獣医にいき、わけを話したが、医者は
「お宅は高齢やしねえ、特異体質やしねえ、、」
「じゃあ、せめて痒み止めを下さい」

ところがその薬はどうやら食欲増進剤でもあったらしく
(そんなことあり?)(↑医者の話による)
たくさん食べた猫さんは、それを全部吐いてしまい、
以来、水しか飲まなくなった。

再度、獣医にいって訳を話して、
また往診にきてもらうことになった。

ところが来てくれたはいいが、
来るなり、「細胞診させて」と針を耳のブスリと突き刺したのだ。
しかも、一回目は失敗、2回目の時は
猫さんは、痛みのせいか恐怖のせいか
「ウウウ、、、」とうめいていた。

猫さんは、車にのっている時以外はとてもおとなしい猫で
ただの一度も人に「フウ〜〜〜〜〜ッ!」とふいたり、
決して、したことのない猫なのだ。
看護婦さんにも、「なんて、おとなしいの」と褒められる猫さんなのだ。

針だけ突き刺して、耳を血だらけにして
獣医はあっという間に帰ってしまった。

夕方、かかってきた電話で
「悪いけど、腫瘍っぽいんや。良性か悪性か検査してもいいけど、、」
「先生、悪性でも、もうどうしようもないじゃありませんか」
「まあ、そうやけど、、、
じゃあ、様子見ということで、、」
「、、、往診していただいて、ありがとうごさいました」

それからが大変だった。
ショックだったのか、猫さんは吐きまくった。
もう胃液も出ないくらいに吐きまくり、
そしてぐったりとなった。

ほんとうに水しか飲まなくなった。
赤ちゃん用ミルクも、それしか食べられない特別療養食カンも
食べなくなった。

医者を呼んだりして、
猫さんに悪いことをしてしまった。
アホな飼い主だ。

もう今度こそ助からない、
と感じた。

水しか飲まない猫さんは、死に場所を探してか、
狭い部屋の中で机の下に
もぐっていた。

私は背もたれの無い椅子に布地をかぶせて、
即席の猫小屋をつくってやった。

猫さんはそこが気にいったようだった。

猫さんは、もう毎朝6時に「ア゛オ゛〜〜ン」という
だみ声を出すことも、
私のご飯をねだることもしなくなった。

水だけをちろちろと飲み、力無い足取りで、よろけながらも
ちゃんとトイレまで行き、
そこで、おしっこをした。

もちろん、こぼれてしまうのだけど、
シーツを敷き詰めてあるので
後始末は簡単だ。
そして、出ないウンチを一生懸命きばっていた。

猫は決められた皿から水を飲まずに、
関係ないところで飲むことが多い。
台所であったり蛇口であったり。

猫さんもご多分にたがわず、
なぜか風呂場の洗面器から飲んでいた。
最近はそれに飽きたらしく、
ベランダに出て、そこの洗面器で飲んでいた。
(そのたびに、こちらは窓や戸を開けたり閉めたりさせられるのだ)

そういうことも、もうなくなった。

もう、死を待つのみなのだ。

しかし、それから10日がたち、
私は次第に不安になってきた。

一切の延命治療はしないと決めてきた。
飼い主の自己満足で苦しめることは、
出来るだけ避けたかった。
苦痛のみを取り去ってやりたい、、、、、、

しかし、死が迫った猫にしては
目にチカラがあるのだ。

ひょっとして、猫さんは生きたいのではないか、、、、、

三谷幸喜の『おとっつあん』が点滴一発で
また元気に食べるようになった記事が、
頭をよぎる。

ひょっとしたら、点滴をしたら、、、、、、、
猫さんは点滴をして欲しいのか、、、、、、

このまま見送ろうと思っていた、
私の気持ちが揺らぐ。

ひょっとして私は見殺しにしようとしているのか、、、、、

どうしていいかわからなくなった。
毎朝、死んでいるのではないか、、、とドキドキする。

私が覗くと気が付き、
「にゃ〜、、、」と答える猫さん。
(猫さんはおしゃべりな猫で、話しかけるとかならず返事をする。
もちろん名前をよんでも返事をする。
医者によるとけっこう珍しい猫らしい)

私はふと思いつき、
食べないと思っていた市販の猫缶の中に、
食べるものがあるのではないか、
と、汁けの多いものを買ってきた。

なんと、猫さんは食べたのだ。
いろんな種類を試してみたら、
固形物はだめだけれど、ムースは食べる。
もちろん、吐いたりもする。

猫さんは、猫小屋を出て、
またいつもの籠に入るようになった。

耳はどういうわけだか、全く掻かなくなった。
ショックで感じなくなったのか。
あれだけ苦しんだのだから、
ひとつくらい良いことがあって、
まあ、それはよかったことだ。
(腫れたままだけど、、、)

そこに入ってきた『おとっつあん』の死。

猫さんは、この夏を乗り切るのだろうか。
posted by えるか at 23:38| 猫さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月03日

魔猫 その2

猫さんのために獣医が往診に来てくれた。

朝から掃除機をかけ、
出しっぱなしの室内物干しを、
リビングから違う部屋に隠し、
パンツやストッキングを浴室に移動させる。
いつもは開けっ放しのあちこちのドアを閉め、
散らかった雑誌や楽譜を一つにまとめると、
まあ、なんとか人を迎えることが出来そうな部屋になった。

やってきた獣医は、
なんと奥さん連れ!!
つまり獣医二人。
受付のお姉さんと来るん違うん、、、?
往診料はいくらになるのだろう、、、、、

いつもは院長である旦那さんの方に診てもらっているが、
奥さんの方には、大阪に単身赴任していた弟が
インコを診てもらっていた。

話は飛ぶけど、弟は、なぜか昔から鳥ばかり飼っている。
高校生のころ飼っていたオカメインコは歌を歌い、
その音程は確かで『ボギー大佐』や『七つの子』を上手に歌った。
そのあと、コバタンというオウムのような大きなインコを飼い、
今では名前は知らないけど、ワシントン条約にひっかかるらしい
値段を聞いても絶対教えてくれないインコ(オウムに見える)を飼っている。
弟の子どもたちも鳥を飼っている。
動物好きは脈々と受け継がれていっている。

大阪に住むこの弟と、私は、
兵庫県の動物病院で、なんと偶然会ったのだ。

一年前、猫がベランダから落ちて足を骨折し、
手術当日、動物病院の待合室に、
暗い気持ちで入った私は
そこで、何やら、どこかで見たことのある人間が
鳥かごを抱えて、座っているのを発見した。

「あんた、何してるん!!なんでこんなところにおるん??」

大きな声を張り上げながら、私は、
そう言えば、ずっと前、この病院の電話番号を
弟に教えたことを思い出した。
まさか、こんな遠くまで、
ほんとうに来ているとは思わなかった。

順番がきて、診察室に入った弟のインコ
(大きい)(名前はキボちゃん)は、
「ギャ〜〜〜!やめて〜〜!きゃ〜〜〜
キボちゃん、キボちゃん、イヤイヤ、ピ〜〜、キボちゃん〜〜〜」
と、まるで注射嫌いの子供が泣き叫ぶようにわめきまわり
待合室の人々や受付の人に笑われていた。
もちろん、私も大笑いした。

受付で、「私の弟なんですよ」と言ったら、
奥さんの方の獣医はたいへん驚き(私たち姉弟は全く似ていない)
カルテに『姉弟』と書き込んでいた。

まあ、そんなわけで来てくれたのか、
受付嬢が昼休みだったのかわからないが
獣医夫妻はこのマンションにきてくれた訳だ。

猫さんをみるなり、
院長は
「おおっ!元気やんか!!」
とびっくりしていた。

往信を頼んでみたとき、院長は、
(まだ、生きてたんか、、、、、)というように
「もう、骨と皮やろ?」
と聞いた。
私の「連れてきていた頃と、そんなに変ってないと思います」
という言葉は全く信じていないようだった。

ところが、医者につれていかなくなった猫さんは
それからどんどん生気を取り戻し、元気になっていったのだ。
時々は死にそうになるけど、、

この先生は実はあんまり腕は良くない。
見立ては悪いし、手術は失敗したし、
この病院は奥さんで持っていると私は見ている。
どの薬が使えないか、というカルテが前の病院から
ここに回ってしまったので、しかたなく通っている。
いまさら年老いた猫を病院を探して連れまわりたくない。
手術が失敗したとき、よほど変えようかと思ったけど、
迷い尽くして、やめた。

「これから先、骨が出てきたら、どうしていいか、わからないので
一回見てやってもらえませんか」
という私の頼みに
「じゃあ、空いている時に」
ということで随分前に約束していたのだ。

先生は猫さんを見るなり、
「大丈夫や、このままで行こう」
(って、、、、私がそう決めたんやんか)
「先生、その傷は骨じゃないですよね」
「これはカサブタや、骨とちがう」

すると、猫さんは先生から逃亡しようと歩き始めた。

「、、、、、、、歩いてるやんか、、、、歩くんや、、」

「たまには、走りますよ」
「、、、、、、、たいしたもんやな〜〜〜〜〜〜〜!」

先生はほんとに予想外だったらしく
感に堪えないようにうなっていた。

骨にステンレスを打ち込んだ手術は失敗。
その後ギブスをしても、接骨しないままだから
骨は離れたままで、どんどん衰弱していった猫が
まさかここまで元気になるとは
想像もしていなかったと思う。

「うちの猫もこれくらい生きてくれたらええんやけど」
(先生は猫を8匹、犬を6匹飼っている)

先生の心はすでに自分の猫に、はせているようだった。
奥さんの方も、
「これこそ生命力というものですねえ」
と言っていた。

結局、診察カバンは一度も開くことはなく、
先生夫妻は帰っていった。

診察代は、また今度、ということで
未だにわからない。

魔猫、認定。

やっぱり猫さんは
すごい猫なんだ。

院長はきっと、(こんなんやったら、連れて来いよ)
と思っただろう。
先生は、猫さんが車の中で、
どんなにわめきまわって暴れまわるか知らない。
車の中で骨が突き出たらどうするんよ、
という飼い主の気持ちは、わかってくれへんやろな、、、、

往診料、怖いです。
posted by えるか at 00:32| 猫さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月01日

ごめんね

特別療養食ネコ缶が無くなったので、
獣医まで買いに行く。
猫は連れていけないけれど、
私はたまに薬や缶詰を
受付のお姉さんから買っている。

待合室にはいろんな動物が連れてこられている。
犬猫はもちろん、ここは奥さんも獣医さんで
奥さんは、鳥が専門なので、セキセイインコなどの鳥類も多い。
お父さん、お母さん、娘2人で小さな鳥かごを抱えて
待っていることもよくある。

小鳥一羽に、人間四人、、、
このことを、平和だなあ、、、、、
なんて、言ってはいけない。
私だって捨て猫を、こうやって20年も飼っているのだ。
拾い猫だったから只だったけれど、
どれだけ獣医にお金をつかったことか。

子どもの頃から、いろんな動物を飼った。
父方は皆、動物好きで、
父方の従兄弟は、全員『猫』を飼っている、
と知ったときは、
『血』というものを感じた。

私は人間の子どもを見ても、
「わあ、かわいい!」
なんて絶対、言わない、言えない、
そう言える人がうらやましい。
でも、動物は何をみても、血沸き肉踊る。
トカゲでさえ、追いかけてしまう。

子どもの頃から、飼った動物は、
雑種犬(もらいもの)雑種猫(拾いもの)
セキセイインコ、文鳥、りす(以上、小遣いで買った)
すずめ(落ちてきたのを手乗りにした)
ヒヨコ(小学校で孵ったのをもらった)
ニワトリ(それが大きくなった)
カエル、カメ(捕まえたもの)
メダカ(友達にもらった。一時300匹に増えた)
ミジンコ(競馬場の溝にいた)金魚(子どもが夜店ですくってきたのが
ブクブクも無いのに一匹だけ何年も生きた)カナヘビ(艶消しのトカゲ、庭で卵をみつけて孵した)

全部、自分一人で世話をしたものだ。
私はガーデニングなどという、しょうもない言葉が流行る前から
草木も好きだ。小学生のころから花づくりに余念がなかった。
庭のない今では、もうかなわないが、
私はかなりの草木の名前と育て方を知っている。
案外、マメなのだ。
生まれた家には、父方の祖父が好きだったので、
犬、鳥、猫、そして天井裏にはネズミが走り回っていた。

でも、今思うと、子供の頃はとっても野蛮な飼い方をしていた。

エサはもちろん残飯で、ご飯に味噌汁をかけたものだったし、
獣医に連れて行ってもらった犬なんていなかった。
「飼い犬を獣医に連れて行く」
ということを知らなかったのだ。

私の母はとっても動物の嫌いな人で
「動物は汚い」という意識しかない。
伯母が血統書つきの犬を買い、獣医に連れて行ったと、
ものすごく馬鹿にしていたから、
獣医は当時も居るにはいたのだろう。
もしかしたら、獣医につれて行かないのは我が家だけで、
他の家の人はちゃんと連れていっていたのだろうか。

私の動物好きのDNAは父方から来ている。
でも、家の中に動物嫌いの人間がいたおかげで、
私は、嫌いな人が、どんなに動物が嫌いかはわかっているので、
そういうことを知っておいたことは、よかったと思う。

歴代の犬は皆、寒い冬の夜も外につながれていたし、
フィラリアにかかり、変な咳をずっと続け、
最後、冬の寒い夜に死んでいった。

私が幼児だったころ、
家にいた黒猫を、
私が土間から落として腰が立てなくした。
猫が上手にクルリと回転するのが面白かったらしいのだけれど、
どうして大人たちは止めてくれなかったのだろう。
私が殺したようなものだ。
そのことは、うっすらと覚えていて、
糞まみれになった痩せた黒猫が箱に入っていたことは今でも目に浮かぶ。
ごめんね、ガタロウ
(そう呼ばれていた。
私のしたことを端的に表しているこの名前)

学校を卒業して、公園で拾ったねこは、
もう私は大人だったので、
ちゃんと医者にも連れていき、可愛がったけど、
結婚した時に実家に置いてきてしまった。

その頃の私は、結婚生活と、子育てに夢中で、
自分の幸せのことしか考えていなかった。
私がいなくなった家で、
いつしかその猫はいなくなった。

今の猫さんは、唯一、ちゃんと飼った猫だ。
私の今までの、至らない可哀想な飼い方をした動物への
懺悔の気持ちもあり、私は今の猫さんを世話している。
医者にも連れて行かず、死んでいった犬たちよ、
どうぞ許しておくれ。

明日、クルマに乗せられない、猫のために
獣医がここにやってくる。

猫の往診料、
いったい、いくらくらいなんでしょうか、
恐ろしいです、、、
posted by えるか at 22:22| 猫さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月07日

魔猫

以前書いた、うちの猫さんの話ですが、
骨を折ってから、もう一年近くなってきた。
20歳という高齢と、骨が折れたままという
悲惨な状況にも負けず、生きている。

折れて離れてしまった後ろ脚は
一部の神経は、まだつながっているらしく、
一応、四本脚で立つ。
よく転んでいるし、もつれてはいるけれど
歩いている。

もちろん、ソファには飛びあがれないし、
足で、耳の後ろの痒いところをかいたり、
なんてことは出来ないので、可哀想だ。
痒くても我慢しているのだろう。

ときどき、折れた脚が、かすかに『かいかい』しているので
ほんとうは掻きたいんだろうなあ、と思いながらも
アレルギーのある猫なので、掻いてやったりすると
よけいに他が真赤になったりするので、
知らんふりしている。
抵抗力がないから、耳にも何か居そうだ。
時々、耳掃除して薬をいれてやる。
薬物アレルギーなので、原始的な薬だ。
たぶん効いてない。

寒い冬も過ぎ、
まさか、こんなに長くがんばるとは
正直、思っていなかった。

がんばるのはいいのだけれど、
けっこう動き回る。
気分のいい時は少しだけ走ったりする。
(ウンチハイと言ってウンチが出たあとは
気分が高揚するらしく、わめきながら走り回る)

この猫さんの
折れた骨の先は、尖っている。
動きまわるうちに、その骨が、
恐ろしいことに、
皮膚一枚の真下まで来てしまっている。

そこだけ禿げてしまっているので、舐めまわり
血が出てカサブタになっている。
軟膏を塗っているけど、
いつ皮膚を突き出て、骨が飛び出してくるのか
気が気ではない。
化膿して腐ってきたらどうしよう。
私は、日々ビクビクしています。

骨が出てきてしまったら、
また医者に行くしかない。
そしたらまたギブスをされるだろう。
でも、ギブスしたって治らないのだ。
またストレスが増え、皮膚病も再燃するだろう。
痴呆もひどくなるに違いない。
だいいち、折れた骨で車をいやがって暴れまわる高齢猫を
医者まで連れていくメリットなんて、私はないと思っている。

(お願いだから、骨が出てくる前に、楽になってくれ、、、)
と実は、密かにお願いしていた。
もうこの猫さんは充分に生きたと思う。
こんな姿になってまでは、あまりに可哀想だ、
と思うのは、飼い主の勝手な思い込みなのだろうか。

介護が出来るのは、
猫だからだ。
小さくて軽くて、そして喋らない。
ウンコをまき散らしたって、夜中に鳴きまわったて
カーペットに吐きまわったって、たかが知れている。
人間なら、絶対介護は出来ない。
時々ニュースで流れる、介護殺人。
気持ちはわかる。

ところが先日、
突然、口から泡をふいた。
その泡は、あとからあとからぶくぶくと溢れ出し
絨毯にぼとぼと落ちた。
目はみるみる生気を失い、うつろになっていった。

私は
(ああ、、、、ついに、、、、、、)と思った。
今まで、一度もみたことのない、生気のない眼。
焦点も定まっていない。

でも、ホッとした。
(よかった、、骨が出てくる前で、、、、)

私は正体を無くしてよろよろと立ちつくす猫を抱いて
籠まで連れて行き、寝かせた。

呼び掛けても、もう何も、聞こえていないようだった。

私は、お別れの言葉を言った。
「よくがんばったね、、、、、今までありがとう、、、、」

猫は死に目を人に見られたくないと聞くので
私はあまり覗きこまないように、
静かにしていた。

そして
(ああ、ついに、猫さんも逝ってしまうんやなあ、、、、、、)
そう思うとしんみりした。

今夜は長丁場かもしれない、
今のうちに風呂に入っておこう、と風呂に入った。
浴槽に浸かりながら、
(ほんまに居なくなってしまうんやなあ、、、、
でも、ほんまに、骨が突き出てくる前でよかった、、
神さんも、これ以上の苦労は猫さんには
課さなかったんや、、、、、よかったなあ、猫さん、、、)
そんなことを思っていた。

風呂からあがって慌てて体を拭いていると、
なんか、
「にゃごう〜〜〜」
と聞こえる。
(あれ??、、、、、、
えらいしっかりした声やな、、)
行ってみると、猫さんは、すっくと立っていた。
目に少し生気が戻っている。

皿の前で立っていたので、
私はいつもの特別療養食、ネコ缶をやってみたら、
なんと、少し食べたのだ。

持ち直したのかな、、、、、、
そう思って水もやってみたけど
それ以上は飲みも食べもしなかった。

次の日から水も飲まなくなった。
(ああ、こうやって死んでいくんやなあ、、、)
積極的治療は一切しない、と決めている私は
どうやって楽に逝かせてやるか考えた。

うちの猫さんは、人間の牛乳が好きで
腹をこわすこともなく、ときどき飲んでいた。
そこで牛乳を入れてやると、少し舐めた。
(牛乳は飲めるんや)
そう思って少しずつ飲ませていった。

次の日、ずいぶんと目がしっかりとしてきた。
試しに、療養食缶を与えてみたけど
そっちの方は「ふん!」という感じで、見向きもしない。
もう、最後だから、とマグロのタタキを買ってやったら
それはぺろりと平らげていいたけれど、
あとで、全部吐いていた。
(もう固形物はあかんのやなあ、、)

牛乳だけの日が2日続いたら、案の定
人間の牛乳なので、下痢がはじまった。
私は猫用整腸剤を与えたけど、
このままではイタチごっこだ。
赤ん坊猫用のミルクを買ってきたけど
見向きもしない。
私が見ても、不味そうな代物だった。

高い特別療養食ネコ缶は食べないくせに
私のおかずを狙って横で
「ニャゴウ〜ニャゴウ」とわめき回る。
しかたなく食べさせると、しっかり食べている。
でもやっぱりあとで吐く。

私は違う赤ん坊猫用、粉ミルクを買ってきた。

どうやら、それが美味しかったのか、
私が混ぜ混ぜしているのが気にいったのか、
それは舐めるようになり、

そして、

なんと、あっという間に元気になった。
猫用特別療養食カンも、また食べるようになった。

今日も猫さんは足が捻じれてよろけながらも
私のご飯を狙っている。

猫さん、長生きはいいけど、
あんた、魔物ですか?
posted by えるか at 21:01| 猫さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月02日

生きよ

私と同居している猫さんは、もう20歳だ。
次男がまだ3歳だったころ家の前で拾った。
その次男はもう社会人だ。

二月。
とても寒い日だった。
引越したばかりで、通う予定の幼稚園もまだ建築中。
「遊ぶ友達が居ない」と泣く次男をつれて
幼稚園がどれくらい出来たか見に行こうと家を出たとたん、
向こうの方から
「ぎゃおう、、にゃおう、、、」
とわめきながら寄って来た。

二日間、家に置いたけど転勤族ゆえ、やっぱり飼えないと
クルマに乗せて遠くの公園まで捨てに行った。

でも、、、こんな寒い空の下、どうしているのだろう、、、、
お腹がすいているだろう、、、震えているだろう、、
誰かに拾ってもらえただろうか、、

次の日、見に行ってみた。
芝生の枯れた広い公園には寒さのせいか誰もいなかった。
猫の姿はなかった。

誰かに拾われたんだろうか、、、、
でも、ノラ猫がいるだけで保健所に通報する人が多いこのあたりで
飼ってくれる人なんているんだろうか、、、、
私はあたりの家の庭先を覗いてみた。

すると、一軒の家の庭に入り込んでいるあの猫を見つけた。
呼ぶと、飛んできた。
そのままクルマにつんで帰った。

以来、猫さんは我が家の歴史をみてきた。
今ではただ一人、私の側に残った。
交通事故にあったり飛行機に乗せられて何回も引越ししたり
特異体質のこの猫さんは
薬物ショックで何回も死にそうになりながらも、
20歳になった。
7年くらい前から、もうこの夏は越せないだろう、、
と思わせながらも、生きている。

去年、マンションのベランダから落ちて大腿骨骨折の大怪我をした。
うしろ足が付け根からぽっきり折れた。
命をかけた手術は失敗し、足はくっつかないまま、
ぶら〜んとなっている。
固定のギブスを嫌がり、噛みちぎってばかりいた。
猫用のトイレに入れなくなった。
痴呆が出て夜中に鳴いた。
ウンチをあちこちにこぼした。

ギブスをはずしてもらい、医者通いをやめた。
そしたら顔の表情はもどり、悪いなりに落ち着いた。
後ろ半分はげ落ちてしまった毛もまた生えてきた。

でも、もう毛はボソボソだ。
どんな猫より美猫だった猫さんの面影はもうない。
ほんとにボロ雑巾のようだ。
引きずり歩く後ろ足は、
座ると有り得ない方向に突き出している。

それでも猫さんは餌を食べる。
食べては吐き、吐いては食べる。
私ならもう死にたい。
でも、生きようとする姿に、教えられるものがある。

この猫が来てから我が家にはいいことがなかった。
私は内心、
「この猫が不幸を運んできたのでは、、、」
と思わないでもなかった。
でも、同じように夫を亡くし、飼い猫を最近亡くした友人が
「猫がきてからろくなことがなかったけれど
その間、ずっと側にいてくれたんよ」
と言っているのを聞いて、
私は自分の考えを恥じた。

その友人は、もう猫は飼わないという。

でも、私はこの猫が死んでもまた飼うぞ。
本当の動物好きは、死んでも死んでも、また飼うのだ。

生きよ!猫さん。
私が新しく猫を飼ったりしないように
これからもずっと生きよ!



posted by えるか at 22:48| 猫さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする