2017年04月26日

二上山 

久しぶりに会う友人が、
金剛山か生駒山か二上山にハイキングはどう?と言う。

早速調べてみたが、
二上山が「ふたかみやま」では検索にひっからず
やっと「にじょうざん」で出てきた。(古代では「ふたかみやま」)

二上山は標高517メートルしかなく初心者むけの小山のようだ。
とはいえいくら初心者むけでも、
登山はギックリ腰あがりにはキツイかも、、と迷っていたのだが、、

ところがちょうどそのころ
「近藤ようこ」さんの漫画にハマっていて、
『死者の書』という折口信夫(おりくちしのぶ)原作の
上下巻のマンガを名前に惹かれて買っていたのだった。

民俗学者である折口信夫のことは知らないのであるが、
原作は難しくて絶対に読めないと想像出来た事と、
チベット密教の「死者の書」は読んだことがあり、
関係あるのかないのかわからなかったけど、
近藤ようこさん渾身の作という作品を読みたかったのだ。
(チベット密教とは関係なかったです)

その漫画の舞台がなんと二上山だった。
(これは縁がある、行くしかなかろう)と
行き先は二上山に決めた。

二上山はあたりの山と比べると丘のような小山で、
雄岳と雌岳が馬の背で横に連なり、なんか楽勝、という感じで
当日はりきって奈良県二上山駅に降り立った。

ところがいざ登り始めると小さいだけに、
かえって平坦な所が全く無く、
ひたすら急な登りがずっと続いて、青息吐息もいいとこだった。
「下りは苦手だけど登りは大丈夫」
なんて、もう言えませんわ。ヒィ〜〜ッ!!

頂上についたものの、この急こう配をまた下って行くのかと思うと
山頂のうれしさどころか、無事に下りられるのか、
膝は大丈夫か、不安と緊張で倒れそうだった。
(ひぃひぃ言いながらなんとか無事下山)

二上山は、彼岸には雄岳と雌岳の間に太陽が沈むところから
古代から神聖な山と崇められ、死者と現世の境の山であった。
奈良時代、天武天皇崩御の際、
謀反の疑いで殺された悲劇の皇子、大津皇子(おおつのみこ)の墓が
山頂付近にある。

その墓は宮内庁管轄のわりに、
無念の死であった悲劇の皇子の墓らしく簡素な墓で、
なにやら怨念の気配が漂っていたような気がしたのは、
漫画「死者の書」の読み過ぎか。

その時、友人が、
「たしか五木寛之が二上山の本を書いていたよ」
と教えてくれたのである。
『風の王国』(1985年発行)という題名を私は知らなかった。
(次男が産まれた年でこの頃ははやり歌も何もかもすっぽり抜けている)

帰ってから早速読んでみた。
(読んでから行けばよかった)と悔やまれたが、
フィクションながら
二上山が意味深長な山であったことがよくわかった。
登場人物の一人が「二上山だけには行きたくないんだ!!」
と吐き捨てるところは(行っちゃったよ、、)と青ざめたけど。

そんなわけで前回に続き、漫画、ハイキングのお誘い、小説、と
二上山がたまたま3つ重なって面白かった。
BSの五木寛之さんの番組を見たりしてちょこっと拡がりました。
この人は歳をとっても相変わらず素敵で絵になる人だ。
(五木寛之の百寺巡礼 BS朝日 木曜夜9時)

ちなみに地元出身の人に聞くと、
小学校の初めての登山は二上山で、
そのあと生駒山、金剛山とステップアップするそうである。
小学生低学年レベルでへたった私。








posted by えるか at 17:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする