2017年04月25日

マティスとルオー 山田五郎・アートトーク

「マティスとルオー 友情の手紙」(友情50年の物語) みすず書房

フランスの画家アンリ・マティスとジョルジュ・ルオー。
国立美術学校で同窓だった2人は生涯にわたり親交があり
その手紙が発見されてこのたび出版されたそうだ。
有名な芸術家たちはどのような書簡を交わしたたろうか。

「有名人も、特別な能力や才能を持った、普通の人たちである」
という言葉を最近どこかで聞いて納得していたので、
彼らも人生色々あったであろう、、と興味深く読んだ。

とはいえマティスは知っていても、
恥ずかしながらルオーをほとんど知らず、そして本を読む限りでは、
マティスはその画風よりずっと上品な穏やかそうな人であり、
ルオーは画商との裁判で随分長く苦しんだようだ、
という印象だった。

出版された本はたくさんの注釈が多く、さほど詳しくない私には
完全に読み込むことは出来なかった。

今、あべのハルカスでマティスとルオーの美術展をやっている。
見に行ってみようかな、と思っていたところに美術館のHPに
『山田五郎 マティスとルオー アートトーク 270名 
 観覧券あれば無料 当日17:30から受け付け』
とあるのを見つけた。

山田五郎といえば
『BS日テレ ぶらぶら美術・博物館(金曜夜8時)』で
その博識とおぎやはぎとの絶妙トークで、毎週楽しみに見ている人ではないか。
小柄でメガネで丸っこい顔の頭の良さそうな人、という
実は何者なのかよくわからないマルチなタレントという印象です。

山田五郎みたさにあべのハルカスまで出掛けました。
夕方の美術館はそんなに混んでいるわけでもなく、
270名なら余裕だろうとぎりぎりに会場に行ったら、
長蛇の列で私はビリっけつであった。(皆、BS見てるんだなあ、、)

山田五郎さんの話は面白かった。
マティスとルオーの先生であるモローの話だけでかなりの時間を費やしてしまったが、
それが知らないことばかりで面白くて、
さすがザルツブルグ大学で西洋美術史を学んだだけのことはあると思った。
テレビでは標準語だけれど関西弁を使っていたので、
調べたら大阪の北野高校出身だった。そうでしたか。

ほんとうに面白かったので、
もっと会場はガハハと笑ったらいいのに、、と思ったけど
まわりはクスっとだけ笑ってたのはなぜだったか私がおかしいのか。

会場の照明のせいで山田五郎さんの上まで照明が消されてしまい、
暗がりの中、肝心の彼の顔はほとんどみることは出来なかった。
しかも終わってからも不備で観客側の照明だけが点いて
山田五郎さんは相変わらず真っ暗な中で挨拶されたのは、
つくづく残念だったけど興味深い話が聴けて良かったです。

ルオーは美術学校の一番の優等生、反してマティスは入学試験に落ち、
先生のモローに聴講生として受け入れられる。
学生の中で名を残したのはマティスとルオーの2人だけで、
その2人が生涯にわたって親交があったのは、

「お互いに売れたこと、これが男の場合重要で、
 画風は重ならず客の取り合いにもならず、
 つかず離れずのいい関係だった」
と山田五郎さんは言っていました。

ルオーが展覧会用に描いたギリシャ神話の石臼をひく誰か(忘れた)の絵は、
石臼がどう考えてもそれでは回らないだろうという描き方で
回し方の配置もヘンテコで、
「ルオーは石臼を見た事がなかったんですね〜」と山田さん。

そして先生のモローが、
「こうやった描くんだよ」
と石臼を回す絵を描いていたという話は笑いました。
持ち時間1時間を少しオーバーして話してくれたけど
もっと聴きたかったわ〜。話上手いです。

今回、たまたま本を読んで美術展があって山田五郎さんが来て、
と3つ重なって行くことになったけど、
最近もうひとつ3つ重なったことがあったので、
次回それを書きたいと思います。

ルオーは亡くなった時、国葬だったそうだ。
画家の国葬ってすごいですね。

posted by えるか at 22:39| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする