2008年07月21日

ウツボカズラの夢

乃南アサ「ウツボカズラの夢」を読んだ。

読み始めて、私は気分が急激に落ち込んでいくのを感じた。

なぜか、この文章は私に負の気持ちを呼び覚ますのだ。

物事には、どんなことにも、明るい部分と闇の部分がある。
幸せそうに見えることにも、実は闇の部分が必ず潜んでいる。
悲惨な出来事にも、本当は光の射す部分もあるのだ。

心が元気な時には、明るい処に目を向けることが出来る。
しかし、心が弱った時、
闇ばかりを見つめてしまうことになってしまう。

この小説は、なぜか嫌なところに、私を連れて行くような気がした。
嫌な予感がして本を閉じた。

そして、話題作、桐野夏生「東京島」を読んだ。

こちらは無人島に漂流した32人の内、女は主人公ただ一人だけ、
女であることを武器に生き抜く、というサバイバル物語なのだけれど、
こちらは理解しやすい。

広告などでは「ものすごい女」みたいに書いてあったけど、
女ならば、程度の差こそあるにせよ、皆こうして生き残るだろう、と私は思った。
違和感、全くナシ。

でも、結局、私は「ウツボカズラの夢」を読んだ。

恐ろしかった。

母親が病死してしまった、高校を卒業したばかりの
介護疲れの女の子が主人公だ。

葬式が終わってすぐ、父親が再婚すると言いだし、
しかも24歳年下のその女はすでに妊娠しており、
弟は、ちゃっかりとその再婚相手に懐いてしまう。

こんなところには居たくない、と故郷を捨て、
それまで存在も知らなかった東京の親戚宅に転がり込む。
たった3万円だけが全財産だ。

ところが、その親戚宅は主人公が、今まで見たこともないような
お金持ちだった。

一等地に豪邸があり、夫はなぜか金まわりのいい団体職員。
妻(主人公の母の従妹)は専業主婦で習い事三昧。
高校生の娘は主人公が見たこともないようなかわいい物に囲まれている。
大学生の息子はあまり家に帰ってこない。
夫の両親と共に二世帯住宅に一緒に住んでいる。

一見、幸せそうなのに、じつはバラバラ。
夫は職場の部下と浮気をしているし、娘は誰の子かわからない子を妊娠。
息子はバイト先の女性宅に入り浸り、妻はジムで憂さ晴らし。
気難しい夫の両親とは鍵をかけあう間柄。

この主人公は「好き嫌い」を言える身分にない。

生きていくために、必死だ。
家事の大嫌いな妻のかわりに家事を申し出、アルバイトをし、
人の顔色を見て住まわせてもらっている。

この物語には、大悪人も出てこなければ、いい人も出て来ない。
いわゆる、どこにでも居る、どこにでもある話なのだ。

でも怖い。

この主人公には邪気がない。
こうしてやろう、と事を目論んだりもしていない。
無一文の自分が生きのびるために、いじらしいくらいに頑張る。

この一家は皆、自分のことしか考えていない、深く物事を考えない。
自分に疑問を感じることなど皆無な人たちだ。
だから自分たちが陥っている恐ろしい状態にも気がつかない。

主人公はこの夫とも息子とも、いつの間にか関係を持つ。
そこになんの邪気もないところが恐ろしい。

最後、夫は鹿児島に飛ばされ、妻は男に狂って出て行ってしまう。
娘は子どもを堕したあと、留学したい、と出て行く。
そして国交省に勤めるようになった息子と主人公は、
なんと結婚するのだ。

気難しい夫の両親にも、気に入られるために、
邪険にされても一生懸命尽くし、
主人公が財産も相続しそうなところで物語は終わる。

家族は家を出て行き、居候させてもらっていた主人公が
最後、すべてを手に入れることになる。

「ウツボカズラ」は食中植物だ。
自分は動かず、じっと、獲物が落ちてくるのを待っている。
虫は落ちたら最後、消化液で確実にゆっくり殺される。

主人公は、目の前にあるものを、ただ攫む、それだけなのだ。

巧みな構成のために、読み終えるまで「ウツボカズラ」の題名の意味がわからない。

出てくる人間は皆、ちょっとずつおかしい、ずれている。
そのことに誰も気付かず疑問にも思わず、
家は音もたてず、跡形もなく崩壊する。

この主人公は「化粧気もない、地味で、怯えたような子」
と結婚式場の人間に見られている、と記されている。

実際、こういう子の方が怖い。
本人も自覚していない恐ろしさ。

付き合いがないので、私のまわりにはあまり居ないけど、
実際、狙って結婚相手を決めていたり(医者、弁護士としか絶対結婚しない、とか)
そういう人はいるし、DNAを狙って周到に結婚する人はいるようだ。
たまに、そういう話を聞くから、思っているより実は多いのかもしれない。
そういう人はそういう人たちと付き合いがあるのだろう。

世の中は広いのだ。自分が普通だなんて思ってはいけない。
それどころか、自分だけがおかしいのではないか、と私はよく不安になる。

でも、この「ウツボカズラの夢」は、それとはまた違う。
でも、ほんとうは、よく有りそうな話で、
怖い。
posted by えるか at 21:31| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする