2017年08月18日

カラス屋の双眼鏡

『カラス屋の双眼鏡』 松原 始・著(ハルキ文庫)

『カラスの教科書』が文庫化もされ、
世の隠れカラスファンを喜ばせた松原先生。
(以前の記事はこちらです『カラスの教科書』)

この人はほんとうに文章が上手い。
ユーモアがあり臨場感たっぷりで、うんうん、と頷きながら
先生の冒険?を羨ましく追体験出来る。
動物好きにはたまらない。

松原先生は子どもの頃、家のまわりに田んぼやため池があり、
ムシでもカエルでも魚でもヘビでも見放題、取り放題だった。
家の中には図鑑がたくさんあり(多分全部覚えてたんだろう)、
学者になるべくしてなった人と言えようが、
なんともその能力と環境が羨ましくてたまりませぬ。

本文中のイラストも先生でお上手。
ハシブトガラスとハシボソガラスの見分けは先生でも間違えることがあるようで、
頭の毛の「ハゲハゲ」期と「フサフサ」期のイラストは笑ってしまう。

先生は学生にフン虫の説明をしながら、
「僕の後ろを右から左に小鳥の群れが移動しています。
 先頭はコゲラ、その後ろにシジュウカラとエナガが10羽くらい。
 林の切れ目んとこにいるのがヒヨドリ、さっきからキーキー鳴いてるやつ。
 ずっと遠くにキビタキがいます」
と見ないで解説し、「これくらいの芸当は見せねばならぬ」と言っている。

オオヨシキリを探して広大なヨシ原に入り、
泥にはまり川に落ちそうになり葉で手を切り、
トゲに刺され巨大毛虫に遭遇す。

研究の終わったジュウシマツのピーちゃんを
自宅に引き取り毎月の抱卵に悩み、
トカゲを膝まくらし日向ぼっこさせてやり、
屋久島の山中で迷子になり大いなる教訓を得る。

自分は科学者であると前置きしつつ、ユウレイに遭い、
爬虫類班のために2メートルもあるアオダイショウ(蛇)
を捕まえリュックにおしこみ電車で大学に戻る。

(私のうちには小さなクモがいて、
こっちを認識しているようなそぶりを見せるので、
食べ物は無いとは思うが置いてやっているのだが)、
本を読んでそれがハエトリグモであることが判明。
先生も遊び相手として「きちんとお座りした猫のようである」
と書いておられる。

『この世界には自分に見えていない、
見ていないものがいくらでもある。
 なにも遠くにいくことだけが、知らない世界を見ることではない。
 足元に目をやるだけで、この世界が決して
退屈なものではないと思えるなら、
 この世も捨てたものではないだろう』
そうですよね!!

何種類もの鳥が一斉に鳴いていても
声を聞き慣れれば「メジロ、シジュウカラ、コゲラ、エナガ、
ヤブサメ、クロツグミ、ヤマガラ、アオゲラ」とはじき出せる、とのこと。

(確かに野鳥講座の先生は聴くだけで雛の声まで言い当てるので、
実は私も最近鳴き声のCDを買って車の中で流しているけど、
これがまあ覚えられないんだなあ、、、、
さっき聴いた声をもう忘れてる、、ピーヒョロロ、、)

しかしこれが出来るようになると、
鳥のコーラスがパートごとに分かれて聴こえてしまい、
音楽として楽しめなくなるそうだ。

う〜ん、それは困った。
、、って心配ないか、出来てから言えよ、、、。



posted by えるか at 16:16| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月13日

残暑お見舞い申し上げます

寝転んで乗りきるなり。
  • 20170813234909027.jpg
posted by えるか at 21:10| 一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月07日

チリチリ眉毛

うちのユウちゃんの眉毛は先っぽのところが
火であぶられたようにチリチリとしている。

拾ってしばらくたったころ気がついた。
その時は(鍋でも覗きこんだんだろう)、
とどこにでも飛び乗る仔猫のことを心配したのだったが、
いつまでたってもユウの眉毛はチリチリのままだった。
どうやらチリチリが生えてくるらしい。

正しくは眉上毛という。
目の上の人間でいうと眉毛のところだ。
俗に言う猫のヒゲは上唇毛といい24本と決まっているそうだ。

立派なヒゲは本数も多いのだと思い込んでいた。
うちのユウちゃんのヒゲはショボショボとして
あっちへ向きこっちへ向き先は細く、短いヒゲがほとんどで、
まあなんとも貧相だ。

私は賢くて男っぷり(女っぷり)のいい猫は
皆、ヒゲが立派だ、と信じているので
(どこかに学術的に書いてないものか)
うちの猫たちのヒゲがイマイチなのは
やっぱり性格宜しくなく馬鹿なせいなのでは、、、
と、動物は飼い主に似るという定説を
情けなく思っているのだけれど。

そんなチリチリ眉毛のユウももう7年も飼っていて、
今頃になりふと(他にもこんな猫はいないものか、、)
スマホで検索してみると、、、、

ありました。
『猫 チリチリ眉毛』

「アッハッハ、そんな猫いるんですか!?」
「たまにいるみたいですけど、
 ヒゲでなく眉毛だけなら大丈夫ですよ」

いやいや、うちのユウちゃんは、
大事なヒゲも一部チリチリなんだけど、、、

読んでいくと、
「チリチリ眉の猫は必ず病気になります」
という声があって仰天したのだ。

こんなに元気そうなんだけど病気になるのか、、、
ショック。

先月ハナのウンチが硬くおしっこが多いような気がして
血液検査をしたら、
めちゃくちゃ健康体でしかもストレス指数も良好で
「可愛がってもらってるんやなあ」
と医者にほめられ、思わず

「先生、私よりよっぽど健康体ですやん」
と言ってしまい笑われた。

ユウに苛められ、暗く暮らしていると思っていたハナは
どっこい意外にストレスなく健康に暮らしていたのだ。

苛めているユウの方がストレスあるんだろか。


  • 20170807202414302.jpg

画像良くないけど左上の眉毛の先っぽわかりますか?
それにしても目つき悪〜。
ラベル:
posted by えるか at 20:18| ハナとユウ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月06日

日曜美術館 北大路魯山人×樹木希林

Eテレ『日曜美術館』(日曜9時〜)に
ゲストとして樹木希林さんが登場した。

北大路魯山人の人生を語るというもの。
魯山人と言えば食通で美意識が高く、
生涯料理にあう食器を作り続けた人、という印象。
私も皿を持っている(もちろん複製)。

北大路魯山人は京都の上鴨神社の社家の次男として生まれた。
父は他界しており里子に出されその先も転々とする。
学校にも通えず、家族の愛情を知らず、
印刷や看板業で生計をたてた。
30代で陶芸家をめざし42歳で赤坂に料亭をひらく。

樹木希林さんの言葉、
『生い立ちはすごく影響したでしょう。
 人を信用する、人に愛情を注ぐこととかね。
 結婚離婚を繰り返したのも相手にそれを期待し
 埋めようとしたのでは』

『作品は大胆でわざと抜かしたり後で付け加えたり、
 面白いですね。
 「創」って作るという意味と傷という意味がある。
 人間、破れが無いとつまらない』
 
『30代で老婆を演じたけど、まわりをみて、
 歳をとったからといって成熟するってことはない、
 人は絶対に変わらないってわかってた。
 いろんな人間がいっぱいいる。
 それを見るのが勉強です。

 私は結果的に非常識になっているだけで、
 自分では常識的であろうとしている』

樹木希林さんは司会者であるアナウンサーや井浦新の質問を、
時に、はぐらかすように答えていく。

井浦新に対しては時々(ん?)と思ったようで、
(私もそう思うけどね。言葉を選んでわかった風に自分をつくっているけど、
 この人、意外と中身はカラッポだといつも思う。
 カッコいいだけにもったいない。
 いっそ何もわからないんです、と言えばいいのに)

井浦新
 「料亭で名のある作家の器をそうとは知らず出された時、 
  あなたにわかるのか試されているようで、、、」
樹木希林
 「いや〜、、私には値打ちあるものでご飯を食べることは
 (価値を見いだすことは)
 腑に落ちるものではないです。
 30年以上たつとわかります」

魯山人は美に対して厳格で、自宅に住まわせていた
イサム・ノグチの洗濯物の干し方に激怒したり
料亭の客に門前払いをくらわしたり料理人が居つかなかったり、
最後、料亭を解雇されてしまう。
そのあとは、工房にひとりで籠り、
器を作り続けた。

『魯山人の美意識にまわりの人はついていけなかった。
 長く付き合える人は居なかったのではないか。
 嫌われているとわかっていたと思うんですよ』

「希林さんにも通じるものがありませんか」
とのアナウンサーの問いかけには、

『これでも気遣って喋ってるのよ。
 でも人が怒っている時の気持ちを見るのも好き。
 役者だからかな、嫌な奴なんです。
 
 何を言っても伝わらない人には、何を言っても伝わらない。
 ひと言言っても伝わる人には伝わるもんです。
 
 魯山人は人と関わりたいという想いはあったのでは。
 晩年どうすごしたのか、電話して聞いてみたい』

魯山人が亡くなる5年前に描いたという
「松林屏風」には二羽の小鳥が描かれている。
右上の小鳥を左下の小鳥が寂しげに見上げている。

これを京都現代美術館館長・梶川芳友さんは
「左下は魯山人自身で右上は魯山人を理解してくれる友だった」
と述べている。


「ただ1つだけみんなにわかって欲しいことは、わしの人生は、
 この世を少しでも美しいものにしたいと思いながら
 歩んだ人生だということだ」

魯山人のこの言葉に、
「最後にこの言葉を残さねばならなかったいう、
 理解してくれる人がいなかった魯山人をかわいそうだと思う」

といった井浦新に樹木希林はかみついた。
「井浦さん、あなたにはいますか?」

言葉に詰まる井浦新に
『そんなに期待しないでもらいたい!
 そんなにいるもんじゃない。
 ましてこれだけの人なのに、
 期待するほうがおかしい』

『私は持ってうまれた「ほころび」を、
 人間としてダメなところを、
 修繕しながら生きています。
 (人生とはそういうものです)
 糸で繕うように』


そして、
「樹木希林さんなら魯山人の理解者になれたのでは?」
と問うアナウンサーに、

『そんな、おこがましい、、。
 でも結婚していたら、離婚しないで別居して、
 生涯つかず離れずいたいですね。

 向こうはお払い箱でしょうが』
と煙にまいた。

来週13日夜8時〜再放送があります。






 

posted by えるか at 16:38| テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月02日

展覧会で気に入った作品を、もう一度見たい、
と言う友人に、作家の家まで一緒について行った。

定年後、
趣味が高じて工芸品を作るようになったその男性は
小柄な痩せた人だった。
駅まで迎えにきてくれ、
問わず語りに男性は自分の事を語った。

「数年前に妻が亡くなり、
でも妻の母親と伯母が一緒に住んでいるので、
帰っても家に誰も居ない、
ということはないんです」

私は車の後で(私は誰もおらんけどな、、)
と黙って聞いていた。
家に帰って誰かいる、ということが
自己紹介の始めに入る事項であることに
少なからず落ち込んだ。

男性の自宅は築年数のたった一軒家だった。
さほど手入れのされていない庭には
日よけ蓋のついたメダカの鉢があり、
ひょろひょろと伸びたミニトマトには2つ3つ実がなっていた。

2階にある踊り場には小さな炊事場が備えつけられ、
非常用持ち出し袋が隅に置いてある。
招かれた一室で男性は丁寧に冷たいお茶をいれてくれた。

4畳半ばかりのその部屋に飾られた沢山の写真、
それらはほとんどが亡き奥さんとの写真だった。
まだ若くふっくらとした夫妻の写真、
旅先で買ってきた土産の数々。

工芸品を買うべくやってきた友人と品定めをしながらも、
部屋に漂う奥さんの気配に呼吸が浅くなり汗が出た。

聞けば男性も数年前に癌になり入院していたという。
もう助からないと思い、妻のところに行くのだ、
と覚悟していたら意外にも快方に向かったそうだ。

「妻と自分の干支の置物なんです」
仏師が彫ったという未と午の木彫りを見た時、
この男性が私の夫と同い年であることを知った。

夫と違い、生き延びた目の前の男性を、
しかしこの人の時間は止まっている、と思う。
男性はこの部屋で日々奥さんと話しているのだろうか。

最後まで一緒に住んでいるという義母の気配は無く
エアコンの作動音だけがその存在を感じさせるものだった。

「世の中には色んな人がいるなあ!
 今日はすごい人に会ったなあ!
 (夫婦そろって癌になるなんて)」
とあっけらかんと感嘆する友人に
「世の中にはもっといろんな人がいるよ。
 すごくまっとうな人だったやん」

そう返しながら、
自分の声を遠く感じた。

posted by えるか at 00:09| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする