2017年05月28日

あひる

『あひる』 今村夏子 著

先日の新聞の片隅にこの作品が
第5回河合隼雄賞を受賞した、とあった。

今村夏子さんが『こちらあみ子』(「あたらしい娘」改題)で、
太宰治文学賞と三島由紀夫賞を受賞されたことは
その内容からしごく納得したけれど、
はて、河合隼雄賞?とちょっと驚いた。

しかし子どもの頃の不安感、理不尽さを表現しているこの作品に
深く共感していたので、
敬愛していた心理学者・河合隼雄さんの賞を受けたことは
意外にちゃんと選んでいるんだ、などとえらそうな事を思った。

この人の作品は社会の片隅と捉えていいであろう
弱者のただ一点の目をもって描かれている。
当の本人は自分の置かれている状況がかなりやばかったり
可哀相であることを全く認識していない。
子どもなんてその最たるものだろう。
子どもは親も境遇も選べない。その中で生きていくしかない。

この人の作品に出てくる人物は自分を人と比べる余裕もない。
読んでいくと、ちょっと危ないんじゃないか、ということが
こちらの過去の澱のような不安をかきたてる。
何か起こる、何か起こる、、、怖い。

ある日、家にやってきたあひる。
あひるを見にくる小学生たちのために父母は
おやつやジュースを用意する。
追いかけ回されだんだん元気を無くしていくあひるは
ある日いなくなる。
ところが親はまたあひるを手にいれて、、、、やがて、、、。

この人の作品は繋がっているところもあって
ぐれてしまう兄ちゃんや離れに住まわされている婆ちゃんも、
ただ主人公の一点だけの目で語られる。

こういう風に書けるんだなあ、と次回作が楽しみな人だ。


posted by えるか at 22:41| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月24日

みんな他人

そんな事を言いながらもふと思い出したことがある。

母がちょうど私くらいの歳の頃、
私が嫁に行き、弟にも嫁さんが来て、孫もそれぞれ出来た。
その頃の母は、
どうやら自分がひとりっ子で
兄弟が居ないことに随分と悲哀を感じていたようである。

そして母の友人がその娘さんと仲良く旅行したりしているのが
とても羨ましかったらしく、
恨み事を書いた長い手紙を娘の私に何度も寄こした。

自分がいかに親の言う事をよく聞いたか、
いかに自分の父親が素晴らしい人であったか、
自分がどれほど苦労したか、どれほどいい人で賢い人間であるか、
そして懐かない娘である私への恨みごとが書いてあった。

筆圧の強い便箋に書かれた何枚もの手紙を、
私は最後には読まずに捨てた。
そして、
「お母さんには仕事がありたくさんの友達がいて、
お嫁さんもいるやないの。
もう私のことは諦めて」
と電話口で言う私に母は
「みんな他人や!!」と金切り声をあげ、わ〜〜っと泣いたのである。

その時はあきれ果てため息をついただけだったけど、
今、少しだけその時の母の気持ちがわかる。

母はなんでも口に出す人で、外面は良く、
家で私と父に当たり散らす人だったけど、
そんな母を見て育った私は、家では無口に育ったけど
多分、中身は母と同じなんだろう。

そういうことを繰り返しながら、
ある時母は私をバッサリと切った。
ある日を境に父も切り、完全に弟一家にシフトした。

海外ではハワイが一番良かった、という母に
「いつか一緒に行こうよ」と何気なく言ったら
「あなたは友達が好きなんでしょう?
 友達と行けばいいじゃない!私は友達と行くわ」
とえらい剣幕で返され、
そこまで大人げない母に唖然としたものだ。

実際、何度も友人と海外旅行していたと知ったのは、
母が倒れてからだった。
父が倒れてから、再度またすり寄ってきた母に
もちろん、何を今さら、とうんざりしていたけど、
今、無い無い病に罹っているいる自分の中に母を見る。

あれほど嫌で似たくないと思っていた母と、
結局は私は同じ人間なのだろう。女王様の母は、
実際は不満で充満しつくした人であった。

自分がどれほどに嫌で出来そこないの人間であることか、と
今さらながらに気がついて茫然とする。

気をつけたい。
もう落ち込むのはやめにして、
また明日から頑張ろう。


posted by えるか at 23:28| 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

無い無い病 リターンズ

さて、
ここにきて家人が無いのが堪える。
「どないなってんねん、これ」とか
「なんやねん、あれ」とか
家庭内のくだくだを言う相手がいない。

過去のことも未来のことも、
一人だけで受け止める事に疲れてしまった自分がいる。

春からずっと不調で、朝起きてもやる気が起きず、
それはもう病的なほどで、
またまたやってきました「無い無い病」
無い無いどころか今回は「ひとりで背負う有る有る」まで、
「無い無い病 plus」に進化。
今期は重症なり。

母の友人、
私と同い年の息子さんを長男に3人の息子を持つ82歳。
私ほどではないけれど早くにご主人を亡くされたので、
どことなく共感を感じていた。

「子どもが男の子だけと分かった時、
 あ〜、将来ひとりになると覚悟したの」

「あ、私もそう思いました」

「友人も呆けちゃったり亡くなる人が増えてね。
ほんとにもうひとりになっちゃったわ。

でも私には姉と妹がいてね、
ずいぶんと慰められたものよ。」

「私にはそういう姉妹もいません。
時々、天涯孤独だと思う時あります」

そう言うと
「ほんとねえ、、、」と
その人は深く頷いてくれたのだった。

人は、息子しかいないというと
「カワイソ〜、気の毒〜」といい、
おまけに姉も妹も居ないというと
「ああ、、、、」と掛ける言葉を失うらしい。そして、、以下省略。
どうやら私はとんでもなく可哀相らしいのである。

確執のあった母親と、
その母親が呆けた事でやがて和解し、
苦しみから解き放たれる話は時にある。
(そういう本がたくさん出版されている)

しかしいきなり倒れてしまい、
意思疎通の出来ない寝たきりになった母と
どう対峙すればいいのだろう。
1つの文句も言う事もできない。

想いのたけをぶつけることは永遠に叶わない。和解もない。
(黒い感情を腹の中で練りまわし去年は倒れたっけ)
一番気の毒な形で生き残ってしまった母に、
自分の将来の姿を見、胸がはりさけそうになる。

そんなどうしようもないことが2つ3つ4つ5つ6つ(以下略)、
私には人よりずっと多いような気がするのは
私の精進が足りないせいなのか、感じ方が偏っているのか。

自分では考えてないつもり。
良いところ、明るいところを見て、
失くしたものより今あるものに感謝して、
なんでもいいように捉えよう、、、、、

んなもん出来るか〜〜〜っ!!!

そもそも私は8つ出来ても、
出来なかった後2つに落ち込むタチなのだ。
人に受けた仕打ちは忘れない執念深い性格で、
いつまでも根に持っている嫌〜な奴。

大嫌いだった中2の時の担任に通知簿に書かれたっけ、
「激しいものを持っているが、理性で抑えることは出来る」
そうそう、あんたの事大嫌いだったけど、
実は私の事よく見てたかもね。

もうね歳とって理性無くなってきたわ。
そして自分を騙す知性ももう限界よ。
明るく自分を騙している事実って、
気がつくと実はものすごく悲惨や〜ん!

とまあこの春はある日騙している自分の事実に愕然とし、
気力を無くしていったのであった。

と言いながらも前回の記事にあるように
結局は「のほほ〜〜ん」に
落ちつけようとする堂々巡りの私。
posted by えるか at 20:47| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月15日

お墨付き

先週一週間は空白の日々となった。
結局、風邪と黄砂アレルギー(症状は花粉症)を併発
していたようだ。

血が混じる大量の鼻水、くしゃみ、
症状が進んで痰がなかなか切れない咳の苦しさ、
こんなに分かり易い症状は何年ぶりであろうか。

私の花粉症は目と皮膚に現れるし、
歳を感じてからは、
寒い冬、夜は外出しない、が功をそうしてか、
分かり易い症状が出る風邪は10年以上(20年?)ひいていない。
花粉症だけどマスクしたことない。
今回も熱は出なかった。

だるい、節々が痛い、喉が痛い、
これが私の風邪の初期症状で、
たいてい葛根湯と市販の風邪薬で一晩で治った(過去形)。

ところがここ10年「だるい」という症状が延々続く事が多く、
私としては風邪の初期症状なのだけれど、
咳を出ず熱も出ない、という事で、
医者からは不定愁訴と片付けられているように思う。
(はっきりと口には出さないけど抗生物質をくれない)

あるいは喉が腫れていても熱は出ず、
ただひたすらだるさが続き、
「なにかストレス抱えているんじゃないの?」
などと言われたこともあった。
「ストレスでは、」と言われると無いわけじゃないから
言葉をひっこめるしかないのである。

そんなに私はストレスだらけなのか、心が弱いのか、
と益々ウジウジとし、
最近では漢方医にさえ「だるい」と訴えなくなった。

そんなところに今回は大手を振っての症状である。
もちろん医者は抗生物質をくれたし、
私は心おきなく病気であることを確信しヘロヘロできた。

症状の辛さだけで、普段の心の辛さがふっとんだ。
ひたすら体の辛さに意識は集中、
今回は医者のお墨付きがあるのだ。
どうだ私は病気なんだ。なんと有り難いことであろう。
人間は1つのことしか考えられない感じられない、
という事を再認識。

一年中、体の病気ならいいかも、と
ばちあたりな事を考えたけど、
チェロも弾けず森にも行けず何も出来ないのだ、と思うと、
心は病んでも動けた方が有り難いということか。

どうして気がつけば同じことばっかり考えてしまうのか、
考えない振りしてても調子が悪くなってしまうのか、
「のほほんと生きる」
という事が出来る人をうらやましく思うのである。

のほほんと生きる。
憧れであり、これからの目標である。







posted by えるか at 15:27| 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月09日

空気清浄機

突然、花粉症を発症したのは20年も前だ。
夜シーツの上に横になった途端、呼吸困難になった。
あれはびっくりした。

夫の勤めていた会社の空気清浄機なるものを早速備え付け、
生き返るようだと言った私に、花粉症のかけらもない夫は
ほんまに効くんやなあ、、、と感動していた。
身を持って効能を証明した出来た嫁であった。

それから果物アレルギーも発症し、
大好きなリンゴがある日突然食べられなくなった。
以来、柑橘類以外、果物は全部ダメ。

好きな食べ物は果物、を自認していた私には受難の日々が始まった。
やがて「一年中、抗ヒスタミン(アレルギー剤)を飲んでるよ」
という人が何人か現れ、以来、私も少量を一年中飲んでいる。

それがいい事なのか悪いことなのかわからないけれど、
確かに花粉症は楽になり、アレルゲンであるカモガヤ(イネ科雑草)
の横を通ってもマスクは要らず、イチゴは「とよなか」は食べられる、
(「あまおう」はダメ)ちょっと口腫れるけど、、。

今回、連休で次男一家が滞在、洗濯ものを油断した。
普段、自分のものは花粉が怖く、外には干さない。
しかし息子たちは花粉症でないゆえ、彼らの洗濯物を
タオルからなにから外に出したのが悪かった。

取りこんだパジャマを着た孫が横にきた途端、
ウッ、、、となった。が、
その時はまだそうとは気が付かなかったのだ、
何年もマシだったから。
彼らが帰ってから、一気にやってきて、、、、。以下省略。

昨日は連休明けで医者が混んでいるのは分かっていたが
我慢できるようなものではなく待合室は一杯で、
受付けはエラそうで感じ悪く3時間待った。

医者も疲れていたのだろう。常連でもない患者の私に
「たいしたことない」
としぶしぶ(そう見えた)抗ヒスタミンをくれた。
いやいや、そんなものは家にある。
症状は風邪に似ており、私は抗生物質が欲しく、
喉にルゴールを塗って欲しかったのだ。

だるい、頭痛い、鼻水とくしゃみが酷く、
喉がものすごく痛いのだ。
風邪かもしれん、とにかく早く治りたい。
しかし不機嫌そうな医者を前にそれをいう気力はなく、
すごすごと家に帰った。

薬局で3時間も待ったのにたしたことないと言われた、というと
気の毒そうに「黄砂アレルギーかもしれませんよ」
と薬剤師さんは言った。
そうだ、忙しすぎてニュースを見ておらず、
黄砂注意報が出ているのを知らなかったのだ。

そういうと
「娘がね、
 お母さん、黄砂注意報が出ているから洗濯物干したらだめよ、
 と言ってくれたから干さなかったの。
 ほら、私ひとり暮らしでしょう?」
と言っている人がいた。

なんだなんだ私もひとりだけど息子は私をこき使うばかりで
そんなこと言ってくれんぞ。が〜〜ん。

そして症状はどんどん酷くなりゆうべは咳で眠れなかった。
夜中の3時に薬箱をひっくりかえし、10年前に処方された咳止めを
見つけ出し、なんとかちょっとだけ寝た。

気付けば、一年中つけっぱなしの空気清浄機は
どうやらランプがついて音はしているけど機能していなかったようだ。
まんの悪い事に加湿器まで壊れた。

今日は朝から茫然としていた。
風邪なのか黄砂なのかもわからん。
とにかく壊れた空気清浄機と加湿器を買いに行きたい。
しかし空気清浄機は重い。
このだるさでとても持てそうにない。

今日は空気清浄機はあきらめて、せめて薬をゲットしたい。
再度あの医者に行って、また薬もらえなかったらどうしよう。
医者替えようか、でもどこにいっていいかもわからない。

午前中をどんよりと過ごし、
結局、また昨日の医者へ行き、
やっと抗生物質、咳止め、去痰剤、痛み止め、を貰えた。
ルゴールは塗ってくれなかった、
最近は塗らんのか?あれ一発で効くのに。

しかし貰った薬はあんまり効かない。
風邪なのか黄砂アレルギーなのかなんかわからんが今夜は眠りたい。
そして、明日こそ空気清浄機を買いに行きたい。


posted by えるか at 21:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする