2017年04月28日

望み

『望み』 雫井脩介 著 角川書店

建築デザイン家の父親と、校正者の妻、
高校一年の息子、と私立受験を控えた中3の娘。
平穏で幸せなであったはずの一家は、
ある日を境に奈落の底に突き落とされる。

怪我でサッカーをやめてしまった息子は、
ある日、顔にあざを作って帰ってくるが、
父親も母親も思春期にはありがちな事と注意を払わなかった。
ところが夏休み明け、息子は2日連続帰って来ず、
そのまま連絡は途絶える。

息子の友人が惨殺死体で発見され、
行方不明の少年が3人。
そのうち犯人と目される少年は2人。
1人は殺害されている可能性が濃厚となる。

息子は犯人側なのか。
もし犯人なら殺人者だが、生きている。
被害者なら犯罪者ではないが、死んでいる。
結果がどちらに転んでも地獄のような日々が待っている。

母親は犯罪者でもいいから生きていて欲しいと願う。
有名私立高校の受験を控えた妹は被害者であることを願う。
殺人者の妹になりたくない。
父親は自分の息子が殺人を犯しているとはどうしても思いたくない。
しかしそれは同時に息子はもう死んでいる、
ということを望むということだ。

家のまわりにはマスコミがつめかけテレビカメラに追い回され、
ネットでも情報はあっという間に拡散し、娘は学校に行けなくなる。

世間からは息子は犯罪者として扱われるようになり、
父親は取引先を失う。
建築家としての人生はひっくり返ってしまった。

やがて真相があきらかに、、、、。

しょせん作りもの、と
このところ小説に食傷気味だったけど、
途中から入り込んで一気に読んだ。

被害者の家族だけでなく、加害者の家族もまた苦しみ何もかも失う。
深い哀しみと苦しみを背負って生きていくことになる。
家族はどうするべきだったのか、どう望むべきだったのか、、、
答えのない問いに衝撃的な結末が訪れる。
そして家族はそれを抱えて生きていくことになる。

他人事でない、普通の人たちに起こりうる事として
世間である読者は問われている。


posted by えるか at 21:32| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月26日

二上山 

久しぶりに会う友人が、
金剛山か生駒山か二上山にハイキングはどう?と言う。

早速調べてみたが、
二上山が「ふたかみやま」では検索にひっからず
やっと「にじょうざん」で出てきた。(古代では「ふたかみやま」)

二上山は標高517メートルしかなく初心者むけの小山のようだ。
とはいえいくら初心者むけでも、
登山はギックリ腰あがりにはキツイかも、、と迷っていたのだが、、

ところがちょうどそのころ
「近藤ようこ」さんの漫画にハマっていて、
『死者の書』という折口信夫(おりくちしのぶ)原作の
上下巻のマンガを名前に惹かれて買っていたのだった。

民俗学者である折口信夫のことは知らないのであるが、
原作は難しくて絶対に読めないと想像出来た事と、
チベット密教の「死者の書」は読んだことがあり、
関係あるのかないのかわからなかったけど、
近藤ようこさん渾身の作という作品を読みたかったのだ。
(チベット密教とは関係なかったです)

その漫画の舞台がなんと二上山だった。
(これは縁がある、行くしかなかろう)と
行き先は二上山に決めた。

二上山はあたりの山と比べると丘のような小山で、
雄岳と雌岳が馬の背で横に連なり、なんか楽勝、という感じで
当日はりきって奈良県二上山駅に降り立った。

ところがいざ登り始めると小さいだけに、
かえって平坦な所が全く無く、
ひたすら急な登りがずっと続いて、青息吐息もいいとこだった。
「下りは苦手だけど登りは大丈夫」
なんて、もう言えませんわ。ヒィ〜〜ッ!!

頂上についたものの、この急こう配をまた下って行くのかと思うと
山頂のうれしさどころか、無事に下りられるのか、
膝は大丈夫か、不安と緊張で倒れそうだった。
(ひぃひぃ言いながらなんとか無事下山)

二上山は、彼岸には雄岳と雌岳の間に太陽が沈むところから
古代から神聖な山と崇められ、死者と現世の境の山であった。
奈良時代、天武天皇崩御の際、
謀反の疑いで殺された悲劇の皇子、大津皇子(おおつのみこ)の墓が
山頂付近にある。

その墓は宮内庁管轄のわりに、
無念の死であった悲劇の皇子の墓らしく簡素な墓で、
なにやら怨念の気配が漂っていたような気がしたのは、
漫画「死者の書」の読み過ぎか。

その時、友人が、
「たしか五木寛之が二上山の本を書いていたよ」
と教えてくれたのである。
『風の王国』(1985年発行)という題名を私は知らなかった。
(次男が産まれた年でこの頃ははやり歌も何もかもすっぽり抜けている)

帰ってから早速読んでみた。
(読んでから行けばよかった)と悔やまれたが、
フィクションながら
二上山が意味深長な山であったことがよくわかった。
登場人物の一人が「二上山だけには行きたくないんだ!!」
と吐き捨てるところは(行っちゃったよ、、)と青ざめたけど。

そんなわけで前回に続き、漫画、ハイキングのお誘い、小説、と
二上山がたまたま3つ重なって面白かった。
BSの五木寛之さんの番組を見たりしてちょこっと拡がりました。
この人は歳をとっても相変わらず素敵で絵になる人だ。
(五木寛之の百寺巡礼 BS朝日 木曜夜9時)

ちなみに地元出身の人に聞くと、
小学校の初めての登山は二上山で、
そのあと生駒山、金剛山とステップアップするそうである。
小学生低学年レベルでへたった私。








posted by えるか at 17:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月25日

マティスとルオー 山田五郎・アートトーク

「マティスとルオー 友情の手紙」(友情50年の物語) みすず書房

フランスの画家アンリ・マティスとジョルジュ・ルオー。
国立美術学校で同窓だった2人は生涯にわたり親交があり
その手紙が発見されてこのたび出版されたそうだ。
有名な芸術家たちはどのような書簡を交わしたたろうか。

「有名人も、特別な能力や才能を持った、普通の人たちである」
という言葉を最近どこかで聞いて納得していたので、
彼らも人生色々あったであろう、、と興味深く読んだ。

とはいえマティスは知っていても、
恥ずかしながらルオーをほとんど知らず、そして本を読む限りでは、
マティスはその画風よりずっと上品な穏やかそうな人であり、
ルオーは画商との裁判で随分長く苦しんだようだ、
という印象だった。

出版された本はたくさんの注釈が多く、さほど詳しくない私には
完全に読み込むことは出来なかった。

今、あべのハルカスでマティスとルオーの美術展をやっている。
見に行ってみようかな、と思っていたところに美術館のHPに
『山田五郎 マティスとルオー アートトーク 270名 
 観覧券あれば無料 当日17:30から受け付け』
とあるのを見つけた。

山田五郎といえば
『BS日テレ ぶらぶら美術・博物館(金曜夜8時)』で
その博識とおぎやはぎとの絶妙トークで、毎週楽しみに見ている人ではないか。
小柄でメガネで丸っこい顔の頭の良さそうな人、という
実は何者なのかよくわからないマルチなタレントという印象です。

山田五郎みたさにあべのハルカスまで出掛けました。
夕方の美術館はそんなに混んでいるわけでもなく、
270名なら余裕だろうとぎりぎりに会場に行ったら、
長蛇の列で私はビリっけつであった。(皆、BS見てるんだなあ、、)

山田五郎さんの話は面白かった。
マティスとルオーの先生であるモローの話だけでかなりの時間を費やしてしまったが、
それが知らないことばかりで面白くて、
さすがザルツブルグ大学で西洋美術史を学んだだけのことはあると思った。
テレビでは標準語だけれど関西弁を使っていたので、
調べたら大阪の北野高校出身だった。そうでしたか。

ほんとうに面白かったので、
もっと会場はガハハと笑ったらいいのに、、と思ったけど
まわりはクスっとだけ笑ってたのはなぜだったか私がおかしいのか。

会場の照明のせいで山田五郎さんの上まで照明が消されてしまい、
暗がりの中、肝心の彼の顔はほとんどみることは出来なかった。
しかも終わってからも不備で観客側の照明だけが点いて
山田五郎さんは相変わらず真っ暗な中で挨拶されたのは、
つくづく残念だったけど興味深い話が聴けて良かったです。

ルオーは美術学校の一番の優等生、反してマティスは入学試験に落ち、
先生のモローに聴講生として受け入れられる。
学生の中で名を残したのはマティスとルオーの2人だけで、
その2人が生涯にわたって親交があったのは、

「お互いに売れたこと、これが男の場合重要で、
 画風は重ならず客の取り合いにもならず、
 つかず離れずのいい関係だった」
と山田五郎さんは言っていました。

ルオーが展覧会用に描いたギリシャ神話の石臼をひく誰か(忘れた)の絵は、
石臼がどう考えてもそれでは回らないだろうという描き方で
回し方の配置もヘンテコで、
「ルオーは石臼を見た事がなかったんですね〜」と山田さん。

そして先生のモローが、
「こうやった描くんだよ」
と石臼を回す絵を描いていたという話は笑いました。
持ち時間1時間を少しオーバーして話してくれたけど
もっと聴きたかったわ〜。話上手いです。

今回、たまたま本を読んで美術展があって山田五郎さんが来て、
と3つ重なって行くことになったけど、
最近もうひとつ3つ重なったことがあったので、
次回それを書きたいと思います。

ルオーは亡くなった時、国葬だったそうだ。
画家の国葬ってすごいですね。

posted by えるか at 22:39| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月15日

ゴロゴロする

このところ毎朝イヤな気分で寝覚める、と言ったら、
「寝具を替えてみたら」という助言を頂いた。

そう、布団は夜の間に私の悪い気を全部吸っている。
ここへ来てから楽しい気分で眠ったことはない。
昼間はなんとか押えていても意識無意識における負の気を
私の布団は吸いに吸いまくっているのだ。
道理で重くへたってきたはずである。

考えるに、ここへ引っ越してきた時、ほとんどの物を買い替えたのに
ベッドまで手がまわらなかった。

人生の半分は眠っている。
おまけに人一倍眠ることにこだわっているというのに、
なんとも片手落ちではないか。本末転倒、灯台もと暗し(?)。

そのうち替えようと思っていたけど(壊れているわけではなし贅沢だ)
と替える機を逸していたのである。
ベッド、マット、寝具一式を替えるとなると
かなりの金額になる、、、、むむむ、、、。

しかし心機一転、がらりと替えたら気が晴れるのではないか、
負の気分は無くなるのではないか、
明るい未来が待っているのではないか。
、、でもでも、、、、

と、うじうじと迷っているうちに、今度は、
「朝起きると、羽毛布団の上でごろごろと転がり、
 空気を押し出し、睡眠中の水分などを飛ばしている」
というお話を知った。
布団は新しい空気を吸い、ふっくらとするそうである。

これだ!ゴロゴロだけなら無料ではないか。
夜の間の悪い気を追い出し、
新しい空気を入れるのだ。素晴らしい!

早速やってみたところ、
体を回転させるなど何十年もやっておらず、
吐き気とめまいの一歩手前、、。
仕方なく布団の上でバタバタと蠢いた。かなり不完全ゴロゴロ。

最近はなんとか慣れ、ゆっくりと回転。
春になったので窓も明け放ち、
新しい一日の空気を布団にも吸わせているのである。

それで滅入った気分が無くなったかというとそうでもなく、
やはり買い替えか、、、と逡巡する毎日。

posted by えるか at 21:28| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月07日

変でもよろし?

この半年以上ずっと頭にあった事。
「あなたって時々変なことを言う」

月に一度通っている漢方の先生に言われたことが
頭にひっかってそれからもやもやと考えていた。

「変なこと」
つまりそれは歪んだ事を言う、という事だろう。
(歪んでいる?)私はかなりショックを受け、
どういう所がだろう、とずっと考え続けた。

思い当たることはないでもなかったけど、
それではないかもしれない。
自分で自覚してないことだから変な事、と言われるのだ。

知人に言われただけだったら気にしなかったと思う。
(あんたこそおかしいやろ、、)
ときっと後で恨みに思うだけだったろう。

人は皆ちょっとずつ変わっている。
普通ってなんだろう。
所により場所により時代により、当たり前と普通は変わってくる。

自分の周りにいる人たちもかなり色んな人がいるなあ、
と年々よりいっそう強く思う。
親しい人を、この人はこんな考えの人だったのか、、
と仰天することも少なくない。

歳を重ねるにつれ、ますます誰ひとり、
同じ育ち、境遇、価値観の人は居ないと気付く。

自分のまわりはまだそれでも少しは似たところもあるけれど、
世間は広い。
ちょっと違う所へ行けばそこにはまた全然違う価値観を持った人たちが
ほんとうに沢山いるのだ、ということに
いまだに私は日々びっくりしたりしているのだ。

おかしな変わった人も向こうの人たちから見れば
私はなんやら訳のわからん変わった人たちのグループにいるのであろう。

しかしながら漢方の先生は沢山の人を診察し、
私なんかよりはよほど色んな世界の人たちを見ているだろう。
その先生に「時々おかしなことを言う」
と言われてかなり落ち込みました。

そのことを先日言うと、
「あら、そんな事いった?ごめんなさい〜。
 気をつけないとね〜。私も変わっているのよ〜
 あなたは素直な人なのよ〜」
と慌てていたけど、もう遅い、、。

でもまあ思うんだけど、
自分が普通である、とか、立ち位置をそれなりに把握している、
と気を遣うことは無駄である、と気がついた。
自分が何処にいるのかは、やっぱり分からない。諸行無常。

考えてみたら自分が思うより、ずっと私は世間の片隅に住んでいる。
まあまあ出来のいい子どもだったと思うけど、
人生はコケにコケて今では夫無し家族なし仕事なしの
主婦でもなく仕事人でもない、人から見たらあの人は何者なのか、
噂のひとつふたつもされていよう身の上だ。

変わっていて結構、歪みもするわ。
コケている自覚がイマイチ足りなかった。
自分でそれをちゃんと自覚して、
端っこでもうよしとしよう。

でも変な事は出来るだけ言わないように気をつけますです。

posted by えるか at 17:07| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする