2016年06月24日

いくえみ綾&くるねこ大和の「ねこしりとり」

かるた「ねこあるある」に続いて、
第2段「いくえみ綾とくるねこ大和の『ねこしりとり』」が
少し前からはじまっています。(こちら)
(以前の記事はこちらです)

ところが「しりとり」と言いながら
このお二人、「こ」から一向に進みません。

「○○○な猫」「○○○の猫」と必ず「こ」で終わるので、
どっちが先に折れるのだろうかと待っているのだけど、
「コネで入社したねこ」あたりからもうお互い、
意地を楽しんでいるとしか思えません。

「コンビニにいたねこ」→「購買意欲をそそるねこ」→
「これはねこ?」→「小腹のすくねこ」→
「困ったねこ」→「『これっぽっち?』と、直訴するねこ」→
「肥え太るねこ」→「こじらせたねこ」→
「コネで入社したねこ」→「高慢ちきなねこ」→
「コック長がねこ、工場長もねこ、国会議員秘書すらねこ」→
「コンマスが猫、コンダクターも猫、混声合唱団すら猫」、、、、


このまま永遠に「こ」が続くのか固唾をのんで見ております。


posted by えるか at 19:37| 一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月20日

チャーちゃん

先日、国立国際美術館で、
常設展の若い画家のグループ展も見た。
『世界の秘密は蜜の味』
という3枚仕立ての大きな作品があった。

メルヘンのようなのに不気味な印象で、
しばらくその場にぼうっと立っていた。
「小沢さかえ」と名前があった。
帰りにミュージアムショップをうろうろしていたら、
一冊の絵本に目がとまった。

『チャーちゃん』
表紙は白い猫の絵だ。
作は保坂和志、画が小沢さかえ、とある。
あれ?さっきの作品の作者では、、、。

青みがかったピンクの帯には
「ぼく、チャーちゃん。はっきり言って、いま死んでいます」
とあった。

「生きてたときは、走って遊んで走ってました」
死んだ猫チャーちゃんは死んでからも
走って遊んで踊っている。

チャーちゃんが死んで、泣いているパパとママが
猫なのか人間なのかはわからないが、
チャーちゃんも猫なのか猫の姿をした人間なのかも
わからないが、
死をテーマにした絵本でありながら、
実は生きる事の示唆にもとんでいると思った。

「死んでも生きても、ぼくはぼくだからね」
「パパは泣いて、泣いて、泣いて、
 あんまり泣くから踊ればいいのに、って思った」
「ぼくはこっちで踊ってます」


死への恐れは無いし死後の世界にもそんなに興味はないけれど、
どんな状況になっても今を生きよ、と私は受け取った。
疲れたことにすら気付かなかった私の心にすとんとはまった絵本。

『チャーちゃん』
保坂和志 作 小沢さかえ 画  福音館書店

posted by えるか at 20:59| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月18日

父の日

高橋真麻さんが、
父親の高橋英樹さんにむけた父の日メッセージが
新聞や電車の中吊り広告に載っている。

父の日に特別な感慨は無い。
同年代の友人で父親がまだ存命の人はいない。
昨年亡くなった私の父は長寿のほうだ。

しかし自分の父親が存命なのに、
息子たちには父親がもういない、という事実には、
いつもかなりシオシオとしたものだ。

お嫁さんのお父さんが亡くなった時、
「これでみんなお父さん居なくなっちゃったね」
と言ってしまったくらいだ。

でも息子たちが父親になっていく、
ということにしみじみとしたものを感じる。
ありがたいことだ。
posted by えるか at 19:38| 一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

森村泰昌 展

森村泰昌展
「自画像の美術史―『私』と『わたし』が出会うとき」
こちらです)

国立国際美術館(大阪)に会期あと3日とぎりぎりでやっと行けた。
ゴッホやレンブラント、フェルメール、レオナルド・ダ・ヴィンチらに
森村さんがなりきってセルフポートレイトで作品を制作している。

以前から資生堂の花椿などで、
なりきり振りを見て面白い人だなあ、、と思い、
著書『「まあ、ええがな」のこころ』を読んで
その人となりを気に入っていたのだ。

想像してたよりずっと美術展は良くて、
第10章の70分の長編映画は「ダ・ヴィンチの最後の晩餐」で、
そこでゴッホやレンブラントら画家たちがどんな事を言うか、
「私は何者であるか」
全て森村さんのなりきりで見ごたえがあった。
世界巡演すればいいのになあ。とにかくユニーク。
大阪の人なんですね。

ゴッホもよかったけどベラケラス『ラス・メーナス・侍女たち』
の部屋とフリーダ・カーロの部屋が面白かった。

社会見学で中学生?(小学生かも)たちも来ていて、
鑑賞記録の用紙を持たされて見ていたけど、
彼らの様子が面白かった。

女の子はクスクス笑いながら足早にグループでさっさと行ってしまい、
それに比べ幼い感じの男の子たちは、
「こんなん嫌やわ〜こわいわ〜今晩夢みそうや〜」
などと意外に反応していた。中には、
「ほら、この絵の中のこれはあそこに掛かってる絵と一緒やん!」
と一生懸命見ている子もいて可愛い。

私が子どもの頃は美術館なんて知らなかった。
地方で美術館自体が無かったのだ。
音楽もクラシックなんて眠いだけ、初めて行ったコンサートでは
眠気を必死でこらえたっけ。
それに比べて現代の大阪っ子の進んでいることよ。

でもこの森村泰昌展はまずその画家自身やその逸話を知っていてこその
面白さすばらしさなのでちょっと彼らには残念かなあ。
画家が抱えた人生や時代や森村さんの世界観は
ある程度年齢を抱えたほうがよくわかる。

そんなわけで、昔、全然わからなかった小説や歌詞が
しみじみわかってくる、ということにおいて、
年齢を重ねる事は悪くないと思ったのだった。

19日までとあと2日しかないけど、
よかったら行ってみてください。お勧めです。

posted by えるか at 00:22| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月16日

元気です

食べられない、という経験がなかった。
胃腸は丈夫だと思っていたのだ。
熱も出ない性分で発熱は子どもの頃の遠い思い出。

ストレス性じゃないかと言われたりしたけど、
まさか胃に来るとは思いもせんなんだ。
炎症反応が出てるので生検の結果待ち、未だ病名もない。
症状が残ってるのが胃なので、胃なのか?
胃カメラの画像は惨憺たるものだった。

20年くらい前も調子悪くあらゆる検査をしたけど
どこも悪くなくて西洋医学的には健康体。
路上で倒れて救急車で運ばれた時もストレスですねと言われた。
以来体調崩すたびにストレスでは、、と医者に言われるので
医者にはあまりいきません。

もっぱら普段は、
肘や首や腰膝の関節部分が痛くないか使えるか、
あとは気分が落ち込んでないか眠れるか、
それしか考えてない。そればっか。
整体や鍼や漢方医にはよく行きます。

もしかしたら胃は悪かったかもしれない。
何を食べても美味しくないにもかかわらず、結構な暴食ぶり。
不整脈も酷いけど脈が飛ぼうが動悸がしようが慣れっこで
それが当たり前になっていた。麻痺してるんですね。

母が倒れ父が亡くなったあたりからこの一年、
確かに胃は良くなかったと思う。
一回忌が終わった連休明けくらいからは
精神的にもかなり追いつめられていた。

平静を保つために、口に出さない考えない、
そうしているうちに貯め込んでいることに気がついてなかったか。
「自分で把握できる感情なんて氷山の一角」

どうしようもないものも海の下にいて貰うしかないのだ。
人に言っても恥をかきおまけに嫌がられるだけと知っている。
所詮人ごと、これ以上人に蜜は与えない、ひねくれてます。

でも今回、疲れていたんだな、とわかった。
実は、体が悲鳴をあげて倒れ込んでいる時、
辛かったけど普段のストレスは忘れた。どっか行った。
それは楽で、幸せなことであった。

ま、それどころじゃなかったんだけど。
頑張って無いことにしている辛いことが、
その時はほんとにどこか行ってた。脳は1つのことしか出来ないらしく、
痛みもかゆみも同時に2つは感じることは無い。
今回は関心が体にのみ行ったのだ。

若い頃は検査しても何も出なかったが
今回はどこか悪そう、私の体は老化した。
あんまり我慢するのはやめよう、なんか、もうえんやん、、と思った。

病院で私を見かけたという同じマンションの人が
駐車場で「辛そうだった」と声をかけてくれたこと、
病院の窓口に職員としてマンションの人がいたこと、
リハビリをかねて夕方駅まで歩いたら美容師さん夫婦に声をかけられ、
一緒に飲まないかと誘われた事、

自分を誰も知らない所に行きたいとこの地に来、
その結果にうちのめされたけど、
この3つは嬉しかったなあ、地獄に仏、とさえ思ったよ。

パンも紅茶も野菜や果物もご飯も何も食べられなかったけど
全然痩せなかったのは、、
生クリームたっぷりのケーキ、細うどん、脂身たっぷりの西京焼き、
が食べられたから。
残念!
posted by えるか at 21:46| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月15日

泣く

ヨシオカ〜、わたしビョウキになっちゃったよ〜。

え!どうしたの!

なんかもう訳わかんないのよ、
どうなってるのかもわかんない、うわ〜ん、、。
何の病気なんかもわかんない。
だるくてだるくて横になるしかなくて、食べられないし熱出るし、
近所の医者いったらさ〜

「こんなになって様子を見に来てくれる人、誰もいないんですか」
「いざという時はどうするんですか、
 まあ覚悟はしておられるんでしょうけど」

元気な時に言われても落ち込むことを、
座ってもいられない状態で言われてさあ、
偏屈な医者にくどくど言われて次の日も何もしてくれなくて、

それで動けるようになってから近くの病院にいったのよ。
胃カメラは麻酔使う方を希望したら検査日に車で来るなっていうから、
前の晩にタクシー予約電話したら一杯だって断られてさ、、、、

だるいし辛いし考える力も無くてさ、パニクッちゃって、
どうやって病院まで行ったらいいかわかんなくなったのよ〜
もう病院にすら行けないんだって、、、。

それで思ったんだけど、ほんとに友達いないなあ、、、って。
ここにもう12年も住んでんのに、いまだに近所に一人も出来ないんよ、、
こんなこと初めてでさ〜、
クルマ出してって頼める友達がいないのよ。
それがほんとに辛くてさ〜、、、

もう子どももいないし旦那もいないし仕事もしてないじゃん、
こうなると知らない土地ってほんと友達出来ないんよ。
ワタシほんとに誰もいないじゃんって思って、、、
辛くて辛くて、、、、、、ウワ〜ン、、、。
こんなの生活してるって言える?

動けなくっても医者にも行けないんだよ、助けてくれる人が誰もいないんよ。
もう哀しいよ〜〜、、ウエ〜ン、、、、

もう、こっち来い。こっちなら全く知らない所じゃないし、
知った人だっているじゃん、運んでやっから。

うん、引っ越す。そっち行く。
いろんな事が落ち着いたら、もうそっちに行くよ、、ヒックヒク、、。



posted by えるか at 21:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする