2016年04月23日

ハピネス☆ヒジオカ へなへな博覧会 2016

イラストレーターのハピネス☆ヒジオカさんが、
7年振りの個展
『ハピネス☆ヒジオカ へなへな博覧会2016』
(こちらです)
を開催されています。

関西で大活躍のイラストレーターさん。
ずっと以前ブログのイラスト部門のランキング表を見ていて発見しました。
(わあ、なんか面白いわ〜この人、、、、)
と心ときめいてからずっと拝見しています。

名前は知らなくても彼のイラストを見たことない人はいないと思う。
JR大阪駅構内や本イラストやフリーペーパーまで、
ラッピングバスは遠くまで走るし、
最近では大阪のNTTタウンページの表紙とか、
大阪水道局の浄水場アニメーション(大阪の小学生が見学に行く)
新大阪駅限定発売の生姜天のイラストであったり、
テレビ朝日の特別番組のキャラクター制作やその時は声の吹き替えまで。

ハピネス☆ヒジオカさんの面白いところは、
番組の打ち上げでいきなりスピーチを振られ
頭が真っ白しどろもどろになってしまった経験から、
次回に備えてクリエーターのオオニシ氏と
『ハピニシ☆ラジオ』という個人的ラジオ番組を作って
その模様をブログ内で発表、練習をしていることです。

そんなおちゃめなハピネス☆ヒジオカさんの個展は
5月8日まで。
会場の『みずたまや』さんは
キーマカレーが美味しいそうです。

posted by えるか at 14:32| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月21日

鬱屈精神科医、占いにすがる

『鬱屈精神科医、占いにすがる』 春日武彦 著

精神科医だって神経症になる。
ただ精神科医やカウンセラーの手の内を知っているので、
病院に行くのは気が進まないのだ。
医者でもない私でさえそう思うんだから
先生が思うのはあたりまえである。

先生はそのために文学があるのだろうと期待するも救いは訪れない。
そこで占いだ。
人は占いって馬鹿にするし胡散臭く思うだろうけど、
案外本質と繋がってて面白い、と私は思うんだけど、
先生はどうなんだろ。

本の内容は私の想像とは違っていて、最後の方は
なんかよく分からなくなってしまったけど、
精神科医の「企業秘密」を率直に書いておられて
そこが結構面白かった。

1 トラブルそのものへの助言は不要、解決する必要もない。
  患者が陥ってしまっている「孤独感」を癒すことが
  第一義とするのが最大のコツ

2 話に耳を傾け共感を示すだけで孤独感は相当に解消される。
  解決策でなく聴き手なのだ。

3 どんなに疑り深く屈折した人間でも聴き手がある程度熱心な
  態度を示している限り「こいつ聴いてるフリだけじゃないか」
  「本当は腹の中でせせら笑っているのでは」とは考えない。

4 返答に窮したら「困ったですねえ」と一緒に困った顔をすればよろしい。

5 患者は本音をしみじみと語る、その行為そのものに重大な意味がある。
  ・頭の中で整理をしているうちに冷静さをとりもどす
  ・やがて自ら解決法がみえてくる
  ・喋るという行為で自問自答やSNSでは得られない孤独感が払拭される。
  ・喋ったり涙を流すことで生理的快感を得る。せいせいする。
  ・自分が喋る声を自分も聴くわけで自分を客観的に眺め直す
  ・結局、聴き手は相手に心ゆくまで「独り相撲」をとらせるのだ。

とまあ以上は知ってる人は知っているカウンセリングの技法。
医者はこれに診断と投薬という技量と資格を持つ。

そういう手の内を知っている者は、人の言う事は
しょせん慰めでしかないとわかっているから始末が悪い。
そこにいくと占いは言い切ってくれるからいい。
ということなんだけど先生が救われたかというと、
そうではないらしい。

先生によると神経症は癖になるということだ。
通院することが趣味になっていると思う事があると。
苦しみつつもその病気にはまってしまう、ゆえに長引きやすい。
当人の「こだわり」や心の偏り、想像力、
ウィークポイントで症状は決まってくる。

そうかあ癖になるのか。先生は自分の性分と言っていたけど、
なるほどと大いに納得。

私の場合、何か一つ(あ、わかった)と思う事があったとしても、
それを乗り越えるとまた新たな問題が忍び寄ってくる。

考えてみれば子どもの頃から天真爛漫だったことなどない。
小学生の頃すでに「もう死にたい」と思ったことがある。
クラスの中ではそれなりに存在感はあったと思うけど
女王様タイプではなかった。そのグループにも属してなかったし、
かといっていじめようと手を出せるタイプでもなかったと思うけど
なんとなくいつも周りを外から見ている疎外感があった。
性分なんですね。

楽しかった思い出が何一つ無いことはないけれど、
あまりに楽しいと不安になり(なんかおかしい)
と思ってしまい、結果少しウツウツとしているのが一番自分らしく
安心だと思ってしまっている。

性分だと思えばまあこんなもんだというところでしょうか。
病的に落ち込んでしまった時はつらいけど、
胸の中はちょっとウツウツ、表面的には元気そう、
それが私なんだとこの本は再確認させてくれた。


posted by えるか at 17:08| 一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月16日

エドワード・ゴーリー展

伊丹市立美術館『エドワード・ゴーリーの優雅な秘密展』
行ってきた。(前回の記事はこちら『うろんな客』) ←(昨日のですが)

今日は柴田元幸さんの講演が2時からあり
12時から整理券を配布ということで、前を歩く急ぎ足の若い2人連れは、
もしや同じくゴーリー展の柴田さん講演目当てでは、、
と焦るも向こうも私が気になるらしくなかなか追い抜けない。

美術館に近づくと若い人がうじゃうじゃいて、
ロビーは長蛇の列であった。先着130名。
同年代の人たちもちらほらいてちょっと安心。

驚いたことに、並んでいる人たちの服装や持ち物が、
(あなたは私?)というくらいに私好みだ。
あの人の格好そっくりそのまましなさい、と言われても
多分普段の私と変わらない。なにやら嬉しい気持ちに。

もっとオタクっぽい人たちが集まるのか、
と思っていたけど私には好印象のファンたち。
ゴーリー好きは似ているのか、とかなりテンションが上がった。
日本初の展覧会ということで遠方からの人も多そう。

シンプルなんだけど、ひねりのある柄のTシャツを中に着ていたり、
面白いバッグを持っていたりとじろじろと周りを観察。
中には着物で帯がドクロ柄という人もいたけど、、、

あっという間に配布は終わり、惜しくも間に合わなかった人が
「先生の授業何回も受けました、と言おうと思っていたのに、
 取れなかったんです〜」と電話で誰かに嘆いていた。

実はこの展覧会は2回目、先週の始めに事前に1回来ている。
欲しいグッズが売り切れて手に入らなかったという経験を
何度もしていたので今回は先回り。案の定グッズコーナーはごった返しており、
私が買ったものはもう無くなっていた。2回来たかいがあったというものだ。

ようやく開場。
斜め後に関係者席があり、そこに座った人は、
なんと作家の小川洋子さんだった!!

小川洋子さんといえばフランスで一番人気のある日本人作家とか。
芦屋にお住まいで、いつかどこかでばったり会えないか、、、
とかすかな期待があったけど、まさかの遭遇。

隣には編集者らしき人(FMの人かも)がいたけど
ご本人は気配を消しておられました。
私がびっくりして二度見したのでこちらに気がつかれたけど、
安心してください、騒いだりしません。

で、満を持しての柴田元幸さん登場。
ゴーリーのTシャツを着ておられました。
15年前と変わらず、ますます気さくでお若いです。
読者が作って送ってくれたという「うろんな客」の
ぬいぐるみを持参。ああ、いいなあ、私も作って送りたい(無理だけど)。

予定を超過してたっぷり2時間。
昨夜訳したばかり初公開の作品や発表の予定のないものまで
朗読してくださって、また朗読が上手いんですね。
質問コーナーでも皆さん的を得たいい質問をするし。

ゴーリー画の「赤ずきん」をプロジェクターで見ながら、
柴田さんにその場で訳してもらうというおまけまで。

『AMPHIGOREY』という海外版を
「英語の読める人はこれを持っておくと全部読めて得ですよ。
 僕はイギリスで買ったけどこれを手にした頃は
 まさか自分が訳すようになるとは思わなかったなあ」と。

ああ、それ持ってます嬉しいです。でも半分も理解できません、
絵を見ているだけですスミマセン。

表紙はアルファベットとゴーリー猫が描かれている。
柴田さんは『R』のうちわを持った猫が好きなんだそうです。
私も急にRが好きに。
久々にゴーリー熱が再燃し、今度こそ辞書片手にがんばろう。

この後、全国巡回するそうです。
お近くの方はぜひ。



(家に帰ってから『赤ずきん』本を検索したけど
 ビンテージ本で高価だった。
 迷っていたらあっという間に売り切れてしまった)




posted by えるか at 21:28| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月13日

うろんな客

伊丹市立美術館で『エドワード・ゴーリー展』が開催中だ。
(『エドワード・ゴーリーの優雅な秘密展』)
近くでゴーリー展が開催されるとは感無量です。

15年前、書店でふと手に取った本『うろんな客』。
一目で惚れ込んだ私は買い求め、隅々まで読んだ。
最後のページには小さく
「この年譜は濱中利信氏のHPを参考にしました。
興味ある方は検索してみてください」
と編集部から書いてあった。

当時やっとパソコンデビューしたばかりだった。
小文字を打ちこみ恐る恐るHPなるものに入ってみたら、
なんとまあ美しいHPで、
ゴーリーの作品やコレクションが紹介されていた。
連絡先があったので感激した旨をメールしたら、
なんとも丁寧なお返事を頂いたのである。

こんな美しいHPを持っているネットの世界の、
見ず知らずの方からお返事を貰った事に驚き狂喜乱舞、
何度かメール交換をさせてもらった。

濱中さんから、江坂のクレヨンハウスで
翻訳者の柴田元幸さんがゴーリーについて講演される、
という情報を頂き、さっそく出かけた。

柴田元幸さんといえば東大教授(当時助教授)、
翻訳者としても数々のアメリカ文学を翻訳され、
村上春樹さんとも親交の深い方。
そんなエライ方がゴーリー好きとあってどんな方か興味津々。

初めて生で見た東大の先生は、
おかっぱ頭にコンフォート靴、
どうってことないショルダーバッグを抱えて、
ひょこひょこと現れた。

東大教授のイメージを簡単に崩してくれたけど、
妙に納得も出来てとにかく好印象、さすがゴーリー好き。
ゴーリーの文章は韻を踏んでいて、辞書をひいてもわからない、
それをなんとみごとに訳される。

ゴーリー熱はますます熱くなり、
その後も濱中さんのHPを毎日のようにのぞいていたのであるが、
ある時、掲示版が新設された。
閲覧者が自由に書き込んで語り合うというものである。

まだ誰も書き込んでなかったので一番乗りしようかと思ったけど、
私のような新参者ではまずかろうと様子をみたのである。

しばらくたって仰天した。
書き込む人の年齢がおそろしく若かったのだ。
中、高校生、歳がいっても20代前半。
当時私は43歳である。
あまりの場違いさにショックを受け、
返信の忙しそうな濱中さんにも申し訳なくメール交換は消滅した。

しかしゴーリー熱はその後も続き、翻訳が待てずに
原書を買い求めたりしたのであるが英語力があまりにもお粗末で、
以下省略。

柴田元幸さんの訳で出版される絵本は少しずつ増えていったけど、
私の予想に反して爆発的な人気とはならなかった。
絵本なのに絵本コーナーに並んでないのだ。

ゴーリーの細密なペン画はシニカルで不気味で残酷で
ウィットとユーモアに富んでいる。子どもはほとんど殺されて
不幸になるんだけどなんかちょっと笑ってしまう。
マニアックな若いファンに支えられているようです。
(意外なところではミュージカル『キャッツ』
 の原作の挿絵はエドワード・ゴーリー)

伊丹市立美術展では初日には
濱中さんが来館され館内を案内されたようだ。
残念ながら行けなかったけど、
今週16日には柴田元幸さんが講演されます。

このブログの右側にあるブログパーツの本棚。
25冊しか入らないので時々ひっそりと入れ替えている。
ずっと始めからあるのは『うろんな客』である。
これからもあるよ。


(現在濱中さんのHPは存在するけど
 著作権の関係からかほとんどが閉じられています。
 美しいページだったのに残念だなあ)

posted by えるか at 20:35| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月12日

若冲

東京都美術館で若冲展が開催される。

見に行きたいけど京都にも来るんじゃないか、
もし来たら悔しいし、かといって来なかったら見逃すし、
どうなんだどうなんだ、、と迷っていた。

友人によると私は早くから若冲若冲と騒いでいたそうだが、
よく考えてみると河鍋暁斎とごっちゃになっていたようで
恥ずかしい限りである。あんまり見た事ありません。

京都に来るような来ないような、未だによくわからないんだけど、
BSでは若冲の再放送などあって見ていると、
若冲の描いた蝶がギフチョウではないかと思えて(こちらです『ギフチョウ』)
なんともタイムリーなことよ、と思ったのだった。
posted by えるか at 21:10| 一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月11日

うつくしい国

今月の5日に岐阜に行った。

こんなにたくさんの満開の桜を見たのは生涯で初めてだ。
日がよかった。一生分見たような気がする。

日本にはこんなにたくさんの桜があるのか驚いた。
道中どこにもかしこにも桜が咲き誇り、
大嫌いなバス旅行なのに全く退屈しなかった。

高速道路から山が見える。
岐阜県に入ってすぐ、養老インターの少し手前だろうか、
右手に見える里山が美しかった。

薄紅色(サクラ)、白色(タムシバ)、薄黄緑色(新芽)、緑色と
朧に山が染まり、それはもう桃源郷、
行ったことないけど極楽かしらと思うほど。

これが見られたのはほんの数日だったと思う。
桜が咲いていることも気がつかなかった時代を経て、
なんとも有り難いことだ。生きていてよかった。

田んぼにおりてきている子連れの猿や、
川べりの茂みにうずくまる雉を発見したり、
こんな山奥に大型観光バスが、、、と口をあんぐり開けている
お年寄りに心の中で(すんません)と謝ったり、
北へ帰る直前の鴨もたくさんいたなあ。

一人だったんだけど隣に座った人も
ぞんざいな人でもなく詮索してくる人でもなく、
喋らないけど友好的な人で少し自分に似たものを感じ、
それは相手もそう思ったらしく降りる時には
少し名残惜しい気持ちになった。
posted by えるか at 21:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月07日

ギフチョウ

『宝塚自然の家』が、
施設の老朽化、利用頻度の低さなどを理由に
3月31日をもって閉鎖された。
2年先の再開をめどに休所扱いらしいけど、
どこが運営するかなど何も決まっていないそうだ。

宝塚西谷の森公園とごっちゃになっていたが
こちらはそのまま開園しているもよう。

ギフチョウの羽化が見られるかもと声をかけてもらったので
昆虫苦手なんだけど里山に入れるということで
何の予備知識も無いまま最終日についていった。

ギフチョウは飛んでいるのかと思ったら
網戸地に囲まれた小屋の中にいた。
もう羽化していたが網戸の目が細かくてよく見えない。
ほとんどが地べたにへたっていて元気ない。
死んでる個体も多い(卵をうみつけると数日で死んでいくそうだ)。

アゲハ蝶の原種らしい(聞きかじりであやふやです)。
日本の固有種で絶滅危惧種だそうだ。(これは本当)

小屋の中には卵を生みつける葉である
ヒメカンアオイという山野草の一枚葉が
土の上にか弱く植えられていた。

死にそう(に見える)なギフチョウと野草。
ヒメカンアオイも管理が難しく探すのも大変で
一年に一枚しか葉が増えないのでここにあるものは
一枚葉なのでまだ一年目のものらしい。
たぶん産卵のために毎年探してくるのだろう。

蜜が吸えるように菜の花がバケツに入っていた。
次の日から閉鎖されるというのに、
誰が面倒みるかも決まってないそうだ。

じゃあ外に出してやればいいんじゃないですか?
というと、
「この子(?)たちは20年くらい
 ずっとこうして飼われていて
 もう外にいる蝶とは遺伝子が変わってしまっているので
 出すわけには行かないそうです」とのこと。

じゃ、このまま死ぬの?
昆虫好きでない私もさすがに理不尽と思う。
たぶん誰かが引きつぐと思うけど、、と同行者の心もとないお返事。

帰りに覗くとハナモモか何かわからんが
沢山の花の咲いた枝がバケツに入っていた。
良かった、、と思うもつかの間、同行者の
「これは蜜が出ない品種。なんの意味も無い」
との言葉にがっくり。

せめてコバノミツバツツジ(現地に咲いていてギフチョウが蜜を吸う)
の枝でも切って入れてくれと、その人は事務所に言いに行ったけど
事務所の契約社員のおじさんは
「一切、木を切るなどしてはいけない規則なので
 私たちにはどうしようもありません」
とのことだったらしい。

彼らも新聞の記事で自分たちの解雇を知ったらしく、
実際のところチョウどころではないだろう。

私は自然団体の人間でも昆虫好きでもないけれど、
なんだかなあ、、と思ったのだった。

固有種で絶滅危惧かもしれんけど20年も小屋の中で
繁殖を繰り返させられてお上の事情で餓死?ですか、、、
遺伝子なんて変わっていくものでしょう。
分類がそんなに大事なんだろか、出してやれ、
とは素人の浅はかさ?

猫だったらキレテたね。

posted by えるか at 14:11| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする