2017年09月20日

さぼリーマン甘太朗

年下の友人が「今期はこれにハマってます」
とある日教えてくれたのが、
『さぼリーマン甘太朗』だ。

「尾上松也がキモ可愛くて2回見逃したのが悔しい」
とのこと。テレビ東京でやっていた(る?)らしいが
関西では、BSジャパン 火曜日 23時〜。


原作はマンガらしい。
尾上松也扮する主人公甘太朗は、
単にさぼっているのではなくて
仕事はよく出来て手早く済ませて美味しいスイーツを
食べることを無類の楽しみとしている。

これはおすすめ面白いです。
どう面白いか書く腕が無く申し訳ないが
百聞は一見にしかず、次回録画をどうぞ!

スイーツ好きでなくても充分楽しめます。
もうだいぶ終わってしまったんですが、
見逃した分はツタヤへGO!
posted by えるか at 23:15| テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月17日

野良猫を尊敬する日

歌人、穂村弘さんのエッセイ『野良猫を尊敬した日』
は今年1月に発行された。

穂村弘さんは「誰もが日常で感じているあるある」
を発掘してくれる名人だ。
彼のエッセイは多分すべて読んでいる。

3月に鷲田清一さんの『折々のことば』(朝日新聞)に
このエッセイの60余文あるうちの1文が紹介された。

選ばれた文章は、
私が一番(おおっ)と思っていた言葉ではなかったので
感銘をうける事は人それぞれ違うものだなあ、、、
と変なところを気になっていたのだ。

哲学者鷲田清一さんが選ばれた穂村さんの文章は
『めんどくさくて』だった。

穂村さんはインターネット接続が面倒くさくて出来なかったのだ。
そのため原稿を送るため、毎回マンガ喫茶まで出掛けて行き、
多い日には1日に3回も通ったという話。

「目先のちょっとした面倒臭さのハードルが越せないために
 結果的に大きな利子を払い続けることになる。
 歯医者に行かない。携帯電話の料金プランを見直さない。
 心の中でしなきゃ、しなきゃと思いながら何年も苦しむ」

あるある!私もいっぱいあるよ。しかも年々増えていく。

無線ランに接続失敗したきり繋いでない。
バックアップがわからない。USBってどうやるの?
デジカメあるのに使えない、画像取り込み怖くて出来ない。

お尻に緑色のホクロが出現している。
イボがでてきた。顔にハタケらしきものができた。
肩が痛い。膝痛い。肘痛い。首痛い。目が見えん。
年金どうしよう。
電話機名前が入れられない、ナビの操作がわからない。

こんなものはごく一部である。
ちょっと電話したり調べるだけで問題は解決するのだ。
でもぐずぐずと先延ばしにする。
そういうものが、ひとつ、ふたつ、みつよつ、、ギャ〜ッ!!
鷲田清一さんの選び方はさすがだ。

ところで、
わたしがこのエッセイでその時いちばん(そうそう!)
と共感していたのは「お金持ちを想像する」という下りだった。

「世の中にはたくさんのビルがあるが、
それらのビルには当然、持ち主がいる。
しかしながら自分にはビルを持っている友達なんて1人もいない。

持っている人たちは持っている人同士集まっているのだろう。
金持ちチームはますます増やすための事業拡大をするらしい。
貧乏チームにいる自分が金持ちチームに移籍する見込みはなさそうだ」
という話。

そのころの私は、
自分の周りには似た者同士が集まるから、
私には想像もつかない異常な人にも
やはり似た人が集まっていてその人たちから見たら
私は変な人なんだろう。
自分の周りの少々変わっている人など変わっている範疇に入らないのだ。

だから自分が普通だと思ってはいけない、ということと、
世の中には恐ろしい人が当たり前にいるのだから気をつけないといけない。
と思っていたのだった。

もうひとつ心に残った一文は
『人間のピーク』
「50メートル走は6秒5で走れた高1の時が生涯で最も速かった。
 (そして今)
 タイム以前に50メートルを走ること自体が
 できなくなるとは想像もしていなかった」

というところで、そうそう!穂村さんもですか。
(なんか走れんのでは、、、いや多分、絶対、もう無理やな、、、)
と横断歩道をよちよち歩いている自分を慰めたのである。




posted by えるか at 20:54| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月16日

バベルの塔

先週10日のNHK『ダーウィンが来た!』は
東京井の頭公園で人気があり人だかりがしている
野鳥「カイツブリ」の子育てについてだった。

観察を続ける人や写真を撮ろうと構えている人たちで
池に住むカイツブり親子はとっても人気のようだった。

カイツブりは一年中日本にいる小型で地味な茶色の鳥であるが、
親が自分の背中に雛を乗せて泳ぐ、という人間にはグッとッ来る
子育てをするので近年人気が出たらしい。

東京ではこんなに人気なのにうちの近所では
そのカイツブり親子に小学生が石を投げつけていたという
(以前の話はこちら)同じ日本でありながら、
これほどの差が出るとはどういうことか、、
と意識の差で動物には天国と地獄であるという事実にうなだれる。

今日のEテレ『地球ドラマチック』はアマゾンのジャガーの話で、
親に死なれた2匹の仔ジャガーを野生に返すまで、
の話であったけれど、ブラジルだけでなくアフリカでも
人間が野生動物の住処をどんどん侵食していき殺され、
あげく動物は絶滅危惧種に、というお定まりの話である。

日本もいまは鹿も悪者である。最近では獲ってないのに
駆除保証金だけ巻きあげるという問題まで起きている。
ツキノワグマも狩猟解禁になった。
少ないと保護され多いと駆除される。

世界中で、象牙、サイ、虎、熊を始め密猟は止まらない。
雑誌で労働に使われている象が殴り殺されている写真をみた。
南アフリカではライオンは金持ちハンティングのために殺されるために飼育されている。
これらはすべて生活のため、貧困が原因なんだろうけど、
まさに人間はすべからくバベルの塔の住人なんだろう。

私も人の事は言えないが動物の事だけでなく、
何も知らない、ということは恐ろしいことである。
見て見ぬ暮らしをしている人間は罪深い。
自分がのうのうと暮らしていることの罪深さを思う。




posted by えるか at 21:08| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月06日

秋は来ぬ

今年の夏は東日本は雨が続き気温も低かったようですが、
なんの関西は相変わらずの酷暑猛暑でありました。
エアコン嫌いなんて言っておられない、エアコン漬けの生活で
辛いのなんのって、、、。

やっと朝晩はなんとか涼しくなった、、
と喜んだのはたった2日。
マンションの大規模修繕工事が始まった。
足場が組まれ、ベランダの向こうを工事の方々が歩き回る、、

のは全然かまわない!
ユウ猫に破られてしまったカーテンで
家の中が剥き出しに丸見えになろうと、
ワタシャそんな事はあんまり気にせんとですよ。

ホコリを気にして窓を閉める、なんてこともない。
足場を伝って泥棒が入ってくる、、なんてことも
あんまり気にならん。来るときゃ来るだろ。

しかし、しか〜し!
ベランダの向こうの組まれた足場に
ユウ猫が下りようとするとですよ。

「足場を伝ってどこかへ行ってしまい、
迷子になって帰って来れん」
という恐ろしい懸念があるとですよ。

だから窓を開けて風を通すことが出来んがとですよ!
せっかく秋がきたのに相変わらずクーラー生活が続くがとですよ!
て、どこの言葉かわからんが9月の泣きごとでした。







posted by えるか at 22:47| 一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月18日

カラス屋の双眼鏡

『カラス屋の双眼鏡』 松原 始・著(ハルキ文庫)

『カラスの教科書』が文庫化もされ、
世の隠れカラスファンを喜ばせた松原先生。
(以前の記事はこちらです『カラスの教科書』)

この人はほんとうに文章が上手い。
ユーモアがあり臨場感たっぷりで、うんうん、と頷きながら
先生の冒険?を羨ましく追体験出来る。
動物好きにはたまらない。

松原先生は子どもの頃、家のまわりに田んぼやため池があり、
ムシでもカエルでも魚でもヘビでも見放題、取り放題だった。
家の中には図鑑がたくさんあり(多分全部覚えてたんだろう)、
学者になるべくしてなった人と言えようが、
なんともその能力と環境が羨ましくてたまりませぬ。

本文中のイラストも先生でお上手。
ハシブトガラスとハシボソガラスの見分けは先生でも間違えることがあるようで、
頭の毛の「ハゲハゲ」期と「フサフサ」期のイラストは笑ってしまう。

先生は学生にフン虫の説明をしながら、
「僕の後ろを右から左に小鳥の群れが移動しています。
 先頭はコゲラ、その後ろにシジュウカラとエナガが10羽くらい。
 林の切れ目んとこにいるのがヒヨドリ、さっきからキーキー鳴いてるやつ。
 ずっと遠くにキビタキがいます」
と見ないで解説し、「これくらいの芸当は見せねばならぬ」と言っている。

オオヨシキリを探して広大なヨシ原に入り、
泥にはまり川に落ちそうになり葉で手を切り、
トゲに刺され巨大毛虫に遭遇す。

研究の終わったジュウシマツのピーちゃんを
自宅に引き取り毎月の抱卵に悩み、
トカゲを膝まくらし日向ぼっこさせてやり、
屋久島の山中で迷子になり大いなる教訓を得る。

自分は科学者であると前置きしつつ、ユウレイに遭い、
爬虫類班のために2メートルもあるアオダイショウ(蛇)
を捕まえリュックにおしこみ電車で大学に戻る。

(私のうちには小さなクモがいて、
こっちを認識しているようなそぶりを見せるので、
食べ物は無いとは思うが置いてやっているのだが)、
本を読んでそれがハエトリグモであることが判明。
先生も遊び相手として「きちんとお座りした猫のようである」
と書いておられる。

『この世界には自分に見えていない、
見ていないものがいくらでもある。
 なにも遠くにいくことだけが、知らない世界を見ることではない。
 足元に目をやるだけで、この世界が決して
退屈なものではないと思えるなら、
 この世も捨てたものではないだろう』
そうですよね!!

何種類もの鳥が一斉に鳴いていても
声を聞き慣れれば「メジロ、シジュウカラ、コゲラ、エナガ、
ヤブサメ、クロツグミ、ヤマガラ、アオゲラ」とはじき出せる、とのこと。

(確かに野鳥講座の先生は聴くだけで雛の声まで言い当てるので、
実は私も最近鳴き声のCDを買って車の中で流しているけど、
これがまあ覚えられないんだなあ、、、、
さっき聴いた声をもう忘れてる、、ピーヒョロロ、、)

しかしこれが出来るようになると、
鳥のコーラスがパートごとに分かれて聴こえてしまい、
音楽として楽しめなくなるそうだ。

う〜ん、それは困った。
、、って心配ないか、出来てから言えよ、、、。



posted by えるか at 16:16| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月13日

残暑お見舞い申し上げます

寝転んで乗りきるなり。
  • 20170813234909027.jpg
posted by えるか at 21:10| 一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月07日

チリチリ眉毛

うちのユウちゃんの眉毛は先っぽのところが
火であぶられたようにチリチリとしている。

拾ってしばらくたったころ気がついた。
その時は(鍋でも覗きこんだんだろう)、
とどこにでも飛び乗る仔猫のことを心配したのだったが、
いつまでたってもユウの眉毛はチリチリのままだった。
どうやらチリチリが生えてくるらしい。

正しくは眉上毛という。
目の上の人間でいうと眉毛のところだ。
俗に言う猫のヒゲは上唇毛といい24本と決まっているそうだ。

立派なヒゲは本数も多いのだと思い込んでいた。
うちのユウちゃんのヒゲはショボショボとして
あっちへ向きこっちへ向き先は細く、短いヒゲがほとんどで、
まあなんとも貧相だ。

私は賢くて男っぷり(女っぷり)のいい猫は
皆、ヒゲが立派だ、と信じているので
(どこかに学術的に書いてないものか)
うちの猫たちのヒゲがイマイチなのは
やっぱり性格宜しくなく馬鹿なせいなのでは、、、
と、動物は飼い主に似るという定説を
情けなく思っているのだけれど。

そんなチリチリ眉毛のユウももう7年も飼っていて、
今頃になりふと(他にもこんな猫はいないものか、、)
スマホで検索してみると、、、、

ありました。
『猫 チリチリ眉毛』

「アッハッハ、そんな猫いるんですか!?」
「たまにいるみたいですけど、
 ヒゲでなく眉毛だけなら大丈夫ですよ」

いやいや、うちのユウちゃんは、
大事なヒゲも一部チリチリなんだけど、、、

読んでいくと、
「チリチリ眉の猫は必ず病気になります」
という声があって仰天したのだ。

こんなに元気そうなんだけど病気になるのか、、、
ショック。

先月ハナのウンチが硬くおしっこが多いような気がして
血液検査をしたら、
めちゃくちゃ健康体でしかもストレス指数も良好で
「可愛がってもらってるんやなあ」
と医者にほめられ、思わず

「先生、私よりよっぽど健康体ですやん」
と言ってしまい笑われた。

ユウに苛められ、暗く暮らしていると思っていたハナは
どっこい意外にストレスなく健康に暮らしていたのだ。

苛めているユウの方がストレスあるんだろか。


  • 20170807202414302.jpg

画像良くないけど左上の眉毛の先っぽわかりますか?
それにしても目つき悪〜。
ラベル:
posted by えるか at 20:18| ハナとユウ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月06日

日曜美術館 北大路魯山人×樹木希林

Eテレ『日曜美術館』(日曜9時〜)に
ゲストとして樹木希林さんが登場した。

北大路魯山人の人生を語るというもの。
魯山人と言えば食通で美意識が高く、
生涯料理にあう食器を作り続けた人、という印象。
私も皿を持っている(もちろん複製)。

北大路魯山人は京都の上鴨神社の社家の次男として生まれた。
父は他界しており里子に出されその先も転々とする。
学校にも通えず、家族の愛情を知らず、
印刷や看板業で生計をたてた。
30代で陶芸家をめざし42歳で赤坂に料亭をひらく。

樹木希林さんの言葉、
『生い立ちはすごく影響したでしょう。
 人を信用する、人に愛情を注ぐこととかね。
 結婚離婚を繰り返したのも相手にそれを期待し
 埋めようとしたのでは』

『作品は大胆でわざと抜かしたり後で付け加えたり、
 面白いですね。
 「創」って作るという意味と傷という意味がある。
 人間、破れが無いとつまらない』
 
『30代で老婆を演じたけど、まわりをみて、
 歳をとったからといって成熟するってことはない、
 人は絶対に変わらないってわかってた。
 いろんな人間がいっぱいいる。
 それを見るのが勉強です。

 私は結果的に非常識になっているだけで、
 自分では常識的であろうとしている』

樹木希林さんは司会者であるアナウンサーや井浦新の質問を、
時に、はぐらかすように答えていく。

井浦新に対しては時々(ん?)と思ったようで、
(私もそう思うけどね。言葉を選んでわかった風に自分をつくっているけど、
 この人、意外と中身はカラッポだといつも思う。
 カッコいいだけにもったいない。
 いっそ何もわからないんです、と言えばいいのに)

井浦新
 「料亭で名のある作家の器をそうとは知らず出された時、 
  あなたにわかるのか試されているようで、、、」
樹木希林
 「いや〜、、私には値打ちあるものでご飯を食べることは
 (価値を見いだすことは)
 腑に落ちるものではないです。
 30年以上たつとわかります」

魯山人は美に対して厳格で、自宅に住まわせていた
イサム・ノグチの洗濯物の干し方に激怒したり
料亭の客に門前払いをくらわしたり料理人が居つかなかったり、
最後、料亭を解雇されてしまう。
そのあとは、工房にひとりで籠り、
器を作り続けた。

『魯山人の美意識にまわりの人はついていけなかった。
 長く付き合える人は居なかったのではないか。
 嫌われているとわかっていたと思うんですよ』

「希林さんにも通じるものがありませんか」
とのアナウンサーの問いかけには、

『これでも気遣って喋ってるのよ。
 でも人が怒っている時の気持ちを見るのも好き。
 役者だからかな、嫌な奴なんです。
 
 何を言っても伝わらない人には、何を言っても伝わらない。
 ひと言言っても伝わる人には伝わるもんです。
 
 魯山人は人と関わりたいという想いはあったのでは。
 晩年どうすごしたのか、電話して聞いてみたい』

魯山人が亡くなる5年前に描いたという
「松林屏風」には二羽の小鳥が描かれている。
右上の小鳥を左下の小鳥が寂しげに見上げている。

これを京都現代美術館館長・梶川芳友さんは
「左下は魯山人自身で右上は魯山人を理解してくれる友だった」
と述べている。


「ただ1つだけみんなにわかって欲しいことは、わしの人生は、
 この世を少しでも美しいものにしたいと思いながら
 歩んだ人生だということだ」

魯山人のこの言葉に、
「最後にこの言葉を残さねばならなかったいう、
 理解してくれる人がいなかった魯山人をかわいそうだと思う」

といった井浦新に樹木希林はかみついた。
「井浦さん、あなたにはいますか?」

言葉に詰まる井浦新に
『そんなに期待しないでもらいたい!
 そんなにいるもんじゃない。
 ましてこれだけの人なのに、
 期待するほうがおかしい』

『私は持ってうまれた「ほころび」を、
 人間としてダメなところを、
 修繕しながら生きています。
 (人生とはそういうものです)
 糸で繕うように』


そして、
「樹木希林さんなら魯山人の理解者になれたのでは?」
と問うアナウンサーに、

『そんな、おこがましい、、。
 でも結婚していたら、離婚しないで別居して、
 生涯つかず離れずいたいですね。

 向こうはお払い箱でしょうが』
と煙にまいた。

来週13日夜8時〜再放送があります。






 

posted by えるか at 16:38| テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月02日

展覧会で気に入った作品を、もう一度見たい、
と言う友人に、作家の家まで一緒について行った。

定年後、
趣味が高じて工芸品を作るようになったその男性は
小柄な痩せた人だった。
駅まで迎えにきてくれ、
問わず語りに男性は自分の事を語った。

「数年前に妻が亡くなり、
でも妻の母親と伯母が一緒に住んでいるので、
帰っても家に誰も居ない、
ということはないんです」

私は車の後で(私は誰もおらんけどな、、)
と黙って聞いていた。
家に帰って誰かいる、ということが
自己紹介の始めに入る事項であることに
少なからず落ち込んだ。

男性の自宅は築年数のたった一軒家だった。
さほど手入れのされていない庭には
日よけ蓋のついたメダカの鉢があり、
ひょろひょろと伸びたミニトマトには2つ3つ実がなっていた。

2階にある踊り場には小さな炊事場が備えつけられ、
非常用持ち出し袋が隅に置いてある。
招かれた一室で男性は丁寧に冷たいお茶をいれてくれた。

4畳半ばかりのその部屋に飾られた沢山の写真、
それらはほとんどが亡き奥さんとの写真だった。
まだ若くふっくらとした夫妻の写真、
旅先で買ってきた土産の数々。

工芸品を買うべくやってきた友人と品定めをしながらも、
部屋に漂う奥さんの気配に呼吸が浅くなり汗が出た。

聞けば男性も数年前に癌になり入院していたという。
もう助からないと思い、妻のところに行くのだ、
と覚悟していたら意外にも快方に向かったそうだ。

「妻と自分の干支の置物なんです」
仏師が彫ったという未と午の木彫りを見た時、
この男性が私の夫と同い年であることを知った。

夫と違い、生き延びた目の前の男性を、
しかしこの人の時間は止まっている、と思う。
男性はこの部屋で日々奥さんと話しているのだろうか。

最後まで一緒に住んでいるという義母の気配は無く
エアコンの作動音だけがその存在を感じさせるものだった。

「世の中には色んな人がいるなあ!
 今日はすごい人に会ったなあ!
 (夫婦そろって癌になるなんて)」
とあっけらかんと感嘆する友人に
「世の中にはもっといろんな人がいるよ。
 すごくまっとうな人だったやん」

そう返しながら、
自分の声を遠く感じた。

posted by えるか at 00:09| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月23日

恐怖の一日

早朝、猫が吐く音に飛び起きた。
(またカーペットの上か?)
寝ぼけまなこのままリビングに行くと、
吐いていたのはハナだった。

ハナは申し訳なさそうにうつむいていた。
その視線の先には、この間から失くして困っていた
チェロのエンドピンのキャップが転がっていた。

あ、こんなところにあったんだ、、
と拾おうとした途端、
エンドピンキャップはスルスルとこちらに動いた。
(えっ?!!)

ゴキ○○だった。

○○と言えばウンコは書けてもこれだけは書きたくない、
私が世界中で一番恐ろしい生きものである。
小学生のころ反撃にあい、ぶ〜んと飛んできて胸にとまられて以来、
これほど怖いものは無いのである。
ムカデだって退治した私なのだ。(こちらです『ムカデ』)
部屋にワニが出たってこれほど怖くはないのだ。

遭遇したのは何年振りだろう。
ユウ猫がベランダに出るので網戸を引っ掛かれるのが嫌で、
最近は無精して窓を少し開けっぱなしにしていたのである。
災難は忘れた頃にやってくる。

以前ムカデが出たことに懲りてムカデ撃退のスプレーは買ってあるのだ。
フィルムを破ってチラリと読むと、『野外専用』と書いてある!
屋内だがこのさい贅沢は言っておられない。
えい、とスプレーするも○○はひるむ様子がない。

仕方がないのでベランダに転がっている、
十数年前に買ってもう錆びている「水性殺虫剤」という
力のなさそうなものをスプレーすると
少しは効いたのか○○は体を震わせながら
風呂場に入っていった。

そこで私は風呂場のドアをバシリと閉めた。

まだ眠い、ちょっと寝てから善後策を考えよう。
さっきのが効いて死んでくれるかもしれん。
ヨロヨロと寝室まで戻りベッドに倒れこんだものの、
もちろん眠れるわけがない。

そのまま1時間以上どよ〜んと寝転がっていたが
仕方なく起き上がりしかし○○の死体を見る勇気も無く、
先にご飯を食べてしまおうと仕度をした。

ノロノロと食べるももちろん頭の中はどうしよう、のみ。
砂をかむような食事だ。今、家の中には○○がいるのである。
なんとかせんとこの暑いのに風呂にも入れん。

しかし食べ終わっても風呂場を覗く勇気は出ず、
LINEなどして気を紛らわすもどうしようもなく、
ついに風呂場のドアをゆっくりと開けたのだ。

少しずつ隙間を開けていったが姿がない、、
天井で待ちかまえているのでは、、と上を見るも居ない。
椅子の下かシャンプーの横か風呂スリッパの中か、、、
ところがどこにも居ないのだ!ガ〜〜〜ン、、、、、、

ショックでまたドアをパタリと閉めしばし呆然。
なんだかもうどうしていいかわからなくなってきたよ。
友人に電話して泣きつくももちろん自分でやるしかない。
猫2匹はとっくに雲隠れだ。

ユニットバスの浴槽の横1cmほどの隙間に入ったか、
最悪の場合、空気口の中に入ってたりしたら、
いつまた出てくるか、入浴中に上からポトリなんて、、、、
なんせ○○が飛んできて胸にとまる、というトラウマは
決して消える事はない。

とりあえず○○専用殺虫剤を買いに行くしかないので、
ドア一枚隔てて○○のいる洗面台でビクビクと化粧をし、
汗をかきかき駅まで歩いて行った。

いつ飛び出してくるかわからないので、ノズル噴射もへっぴり腰で、
しかし出て来ず、いったいどこに潜んでいるのだろう。

やっと排水口の蓋の下で昇天しているのを見つけた時は
もう一日分の精力を使い果たしていた。

思えば動きの鈍い○○であったが、
それはハナがしばらくいたぶっていたのではないか、
と夜になってから気が付き、
ハナよ、今夜はそばに来ないでおくれ。



posted by えるか at 23:54| 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする