2019年04月04日

安らかに眠るな

内田裕也さんのロックンロール葬。
祭壇は幅16メートル縦3,5メートルに1万五千本の白い花。
第一回ロックフェスティバルのために
横尾忠則がデザインしたポスターを花で再現したものらしい。
ポスターは妻の樹木希林さんが寝室の壁に飾っていたものだそう。
祭壇の真ん中に直立させた杖が印象的だった。

シンプルでゴージャスで格好いい祭壇。
こんな葬式を出して貰えるって内田裕也さんてすごい人。

娘である内田也哉子さんの謝辞が素晴らしかった。
エッセイストであるから上手いのはわかるけど、
樹木希林を母に持ち、内田裕也を父に持つという、
ものすごい環境を生きた人の文章には凄みがある。

巷ではさすが樹木希林さんの娘、と言われているけど、
さすが内田也哉子さんと言うべきであろう。

誰も傷つけず言いたいことを言い、
自分の中できちんと落とし前をつけている。

内田也哉子さんの謝辞(一部抜粋)


『父が息を引き取り、冷たくなり、棺に入れられ、熱い炎で焼かれ、
 ひからびた骨と化してもなお、
 私の心は、涙でにじむことさえ戸惑っていました。

 けれども今日、この瞬間、目の前に広がるこの光景は、
 私にとっては単なるセレモニーではありません。  
 裕也を見届けようと集まられたおひとりおひとりが持つ父との交感の真実が、
 目に見えぬ巨大な気配と化し、この会場を埋め尽くし、ほとばしっています。
 父親という概念には到底おさまりきれなかった内田裕也という人間が、
 叫び、交わり、かみつき、歓喜し、転び、沈黙し、
 また転がり続けた震動を皆さんは確かに感じとっていた。
 これ以上、お前は何が知りたいんだ。きっと、父はそう言うでしょう。

 そして自問します。私が父から教わったことは何だったのか。
 それは多分、大げさに言えば、生きとし生けるものへの畏敬の念かもしれません。
 彼は破天荒で、時に手に負えない人だったけど、ズルい奴ではなかったこと。
 地位も名誉もないけれど、どんな嵐の中でも駆けつけてくれる友だけはいる。
 これ以上、生きる上で何を望むんだ。そう聞こえています。

 2人を取り巻く周囲に、これまで多大な迷惑をかけたことを謝罪しつつ、
 今更ですが、このある種のカオスを私は受け入れることにしました。
 まるで蜃気楼のように、でも確かに存在した2人。
 私という2人の証がここに立ち、また2人の遺伝子は次の時代へと流転していく。
 この自然の摂理に包まれたカオスも、なかなかおもしろいものです。
 79年という長い間、父が本当にお世話になりました。最後は、彼らしく送りたいと思います。

 Fuckin' Yuya Uchida,
 don't rest in peace
 just Rock'nRoll!!      』

ファッキン ユウヤウチダ
ドント レスト イン ピース
ジャスト ロックンロール!!

これを葬式で言う凄さ。
格好いい。
内田也哉子さんこそロックンロールだね。


堺正章の弔辞もうまかった、というかびっくりした。
こんなにも頭のいい人だったのか。
原稿も読まずに、そらでスラスラとあんなことが言えるなんて、
芸能人恐るべし、と思いました。

posted by えるか at 21:18| 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月02日

オバファッション

町中で、ハッと気がついて愕然とした。
オバファッションになってしまってる!

サイズ無礼講、変わった形でウエストはゴム。
コートの下は何枚でも重ねられそう。
全体にゆったりとしていて一見お洒落な形、と言えなくもないけれど、
そういう格好している人はおしなべて皆オバサンだ。
ああいう格好はしたくないなあ、、、、
そう思ってた。

ストレートジーンズにパーカー、なんでもない服を素敵に着こなす、
白髪交じりのショートヘア、かわいいピアスだって違和感なく似合ってる。
時々見かけるそういうおばあさんになりたいと思ってた。

それが!
パンツが似合わなくなった。
腹が出てくるのに太ももは細くデニムが全く似合わない。
チェロやめて人前に出ることが無くなった。
出かけるといえば、ハイキング仕様、トレッキングシューズにリュックだ。
で、周りは皆そういう格好でしかも年上の方ばかり。

この前久々うめだ阪急にいって、
世の中にはこんなに若い人がいるのか、
誰もがキラキラと光って見えてとってもとってもお洒落。
私どうしちゃったの?ひとりドドメ色だよなんか変。
こんなぶかぶかパンツ穿いている人誰もない。

ガ〜〜〜〜〜ン。
いつの間に、、、、
いかん!いかんぞ、、、、

ついこの間までお洒落ねって言われてたのに、
お世辞も言われなくなると人はこうまで変わるのか。

去年の夏、ぶかぶかのゴムパンツを作ってそればかり穿いていた。
それが今風のような気がしていた。
この冬もぶかぶかパンツ穿いていた。
タイツの上に穿くと暖かくて楽だったのだ。

先日、その上に近所で買ったぶかぶかコートを着ていたら、
見事にオバサンファッションになっている自分に気がついた。
いかん!いかん、、、
が、どうすれば?
4月からは外に出て行けるように予定はつくってみたけれど、

人間に『勢い』が無くなったんだなあ、とつくづく思う。
中身が老けたのだ。お腹ばかり罰のようにふくれていくんだよね〜。

このままオバになっていくか起死回生が計れるか、
さあどっち。





posted by えるか at 20:34| ファッション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月01日

我が家のヒミツ・小説家の妻

BS3で日曜夜にやっていたドラマ『我が家のヒミツ』
原作は奥田英朗で1話完結の4話仕立て。
主演は1〜5まで佐藤仁美が四役を演じる。
最終話の「小説家の妻・前後編」がとても良かった。

夫で小説家役の岸谷五朗がいい味を出していて
この人こんなに上手かったんだ。
作者の奥田英朗さんは好きな作家で、本人に思えてきたりして。

売れない作家の妻里美(佐藤仁美)は家計を支えるために
ファミレスで深夜パートをしている。
この里美がほんとにいい人なんですね。
不平不満も持たずに懸命に家族のために働いているのです。

ところが夫の康夫が直川賞をとって一躍売れっ子作家となり
生活は一変する。
この時、里美が言った言葉が泣ける。
「私、パートやめてもいいかな?」
こんな里美だから二人の息子も本当にいい子たちなのだ。
私、おおいに反省いたしました。

里美は憧れだった大型犬を飼ったりセレブ夫婦と知り合いになり
ロハスにのめり込んだりするのですが、、、
ドラマではさらっと流れた言葉ですが、編集者の言った
「女は自分と同じ境遇の人と友達になるのです。
 夫が有名人で金持ちの人となんて友達になりませんよ。
(奥さんは友達いませんよ)」
という言葉に、(ああ、その通り!)と深く頷いたのだ。

私と似た境遇の人って全然居ないわ、、(里美とは正反対だけど)
そう改めて思うと悲しくもあり、
こんな私と今でも付き合ってくれる友人に感謝したり、
無理させてるのかなあ、と思ったり。

そんなこんなで一週間たち後編が昨日放映されたけど、
数年経ち、売れなくなり落ち目になった康夫に、
ボランティアにせいを出していた里美が
市議会議員に立候補すると言い出して、、、、。

コメディなんだけど、
「夫婦っていいねえ、、」「あなたの妻でよかった」
最後ふたりで抱き合うところは、ひねくれ者の私でさえ思わず、
うんうん、と頷いてしまった秀作でありました。

ところで新元号は『令和』となりました。
はじめは「命令の令?!」と思ったけど
万葉集からの言葉ということで、
だんだんいい元号であると思うようになりました。

高級官僚の酒宴での歌ですけどね。


 『初春の令月にして、気淑く風和ぎ、
  梅は鏡前の粉を披き、
  蘭は珮後の香を薫らす』       (なかなか読めませんね)

 (しょしゅんの れいげつにして、きよくかぜやわらぎ、
  うめは きょうぜんの ふんをひらき、
  らんは はいごの こうを かおらす)



posted by えるか at 18:46| テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月31日

浮世の画家

30日放映のNHK『浮世の画家』が素晴らしかった。
原作はカズオ・イシグロの出世作となった作品。

ちょうど読みかけたときに渡辺謙主演でドラマになると
予告があったので慌てて読んだ。
渡辺謙と分かっているので小説では謙さんの顔しか浮かばない。

慌てて寝る前に読んでいたから、というより読解力の無さで
相変わらず私にはカズオ・イシグロは難解だ。

ドラマはとっても良く出来ていて、読んでいて分からなかったことが
よく分かって、こういうときは流石HNKと思います。
ひょっとして脚色されていたのか、あるいはあくまでも忠実だったのかは、
読みこなせていないので分からないけど、かなり場面は加えてあったように思う。

「ものが焦げる匂い」という原作には無かった言葉を象徴的に使い印象的だった。
「恥を知らない卑怯者(この言葉だったか正しく覚えてない、すみません)」
という台詞も原作にはなかったと思うけどこれでよりわかりやすくなった。

ドラマのために絵も新進気鋭の画家が描き上げたそうだ。
戦争を煽る絵画は小説の中では師匠から離れた後で描かれたように
思ったけど、それは見事であった。(想像とはタッチはちょっと違ってた)

最後(テレビでは途中)に娘節子が「そんなこと言ってませんよ、何を仰ってるの」
と全てを否定した理由が私にはテレビを見てもわからなかった。

脚本がすごくよかったと思うし、
作った人たちは原作をものすごく読み込んだんだろうな、
と皆すごいんだなあ、と恐れ入りました。
久しぶりにいい作品をテレビで見たと思います。


以下HNKのサイトから(勝手に)抜粋

(演出家のことば)渡辺一貴
カズオ・イシグロさんが一貫して取り組んできたテーマの一つに「記憶」があります。
人は皆、思い出したくない失敗や秘密にしたい過去を持っている。
そして自尊心を保つためには、それらを正当化しないと生きていけない。

誰かに責任を押し付けたり、時には都合よく記憶を改ざんしたり、
記憶そのものを忘れてしまったり…。
渡辺謙さんが演じる主人公小野益次が、内面の苦悩を覆い隠し、
自己正当化を繰り返して取り繕う姿は、傍から見ると悲しく、哀れで、滑稽でさえあります。
しかしそれは現代に生きる私たち全てに当てはまる姿なのではないでしょうか。
自己弁護や責任転嫁を繰り返しながら必死に生きる
「人間の弱さ、そして愛しさ」がこの物語には凝縮されています。


私のカズオ・イシグロについての拙文はこちらです。
posted by えるか at 21:34| テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月30日

中高年ひきこもり その2

昨日の中高年ひきこもりの話の続き。
どうしてあんなに反応してしまったかというと、
自分にとって言われたくないことを言われたからだ。

人は本当の事を言われると怒る(と昔、父は言った)。
その通り。
どうでもいいことを人が何を言っていたって耳にも入ってこないし、
むしろ、(バカじゃなかろか)とすら思うものだ。
痛い所を突かれると人は怒るのだ。
それは嫌いな人は実はどこか自分と似ている、というところと通じるものがある。

昨日の朝日新聞夕刊のひきこもり記事は一面扱いだった。
私が噛みついていた
『「家にいて、自分の趣味の用事だけ外出」の専業主婦』
は今日の一面記事(やはり一面)では無かったことになっていて、
昨日のような文言は一切出てこず、
社会に出られないままそのまま歳をとってしまった人、
という扱いにシフトしていたけれど、どうなんでしょこれ。
内閣府の実際の発表がどうだったのか、他紙はどうだったのか、
そこまで確認はしていないんだけど。

去年、天声人語の文章がどうにも間違っているのでは、、、、
と気になった日があって、
なんせ『天声人語書き写しノート』まで発売している天下の朝日であるからして、
国語的な文を間違えるなんて、そんなあなた、ないはずですよね?

友人にどう思う?と尋ねてみれば、
「確かに変だけど、そんなに気になるなら朝日新聞に聞いてみれば?」
(でもそんな事どうでもええやん!というニュアンスで)
と言うので、自分でも恥ずかしいと思いながら、
「紙面へのご意見お尋ねはこちら」という電話番号に思いきってかけてみた。

そしたら誰〜も出てこなかった。
自分でもどうでもよくなってそのままになってしまったけど、
(第一その内容をもう忘れているので、こんなこと書いている私もほんとどうかと思いますハイ)
訂正記事は出なかったです。

でまあ、今いいたいことは朝日新聞に文句ではなくて、
中高年ひきこもりの話ね。
最近ムカっとくる、というか大変傷ついたことがあったのだ。

チェロ弾けなくて行き場の無くなった私は
それでもなんとかあちこちに出て行っているわけです。
平日の植物観察、なんてのもその中の一つ。

すると行く度に「仕事はしてないの?」「なにしてるの?」
としつこく聞いてくる男性がいる。(プラスもう一人いる)
「うちに草むしりのバイトがあるけどどう?」とまで言われ、
私はシルバー人材センターにでも登録しなければならぬのかと本気で悩み、
ふらふらと近所のハローワークにまで出かけてしまった。
(相当精神的にへこんでいたのです)

この前は「まだ失業中なん?」とまで行ってきた。
思わず「またですか?!」と言い返したけど、
悲しいし、なんでそんなこと言われなければならないのだろう。
とかなり日が経った今でも傷ついてもうそこに行くのはやめることにした。

その人は地元の名士というか地域活動や環境問題に熱心な人で
まあ立派な人なんだろう。
しかしこれって子どもの居ない人に「どうして子ども居ないの?」
とか独身の人に「どうして結婚しないの?」とか言うのと同じ
立派なモラハラですよね!

って一人でブチブチ傷ついている自分が情けない。
面とむかってはっきりバシッといってやりたい、、、なんて思っても、
事実っちゃあ事実なので黙して引き下がるしかない。

もうひとつ、買い物をしていると店員さんが
「今日はお仕事お休みなんですか?」
と聞いてくることだ。
そんなに私は仕事してないとあかんのか!

私は専業主婦にも見えず、リタイアした老人にも見えず、
そして有閑マダムにも見えないらしい。






posted by えるか at 18:52| 一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月29日

中高年ひきこもり

内閣府によると40〜64歳のひきこもり状態の人が
全国に61万人いるそうだ。

日本の人口は1億2千万、、、
その中のたったの61万て少なくないか?

この61万の内訳は
@ 「家にいて、自分の趣味の用事だけ外出」(24万人)
A 「家にいて、近所のコンビニなどには出かける」(27万人)
B 「家から出ない」 (9万人)

『従来は専業主婦や家事手伝いはひきこもりから除外していたが、
 今回から変更された』って、、、、

これって専業主婦は皆@に含まれるのでないの?
専業主婦ってひきこもりですか!?

実は自分のことひきこもり状態になるのでは、、、、
とこの一年ずっと思っていた。
『半年以上、家族としか話していない人はひきこもりと見なす』
らしい。

私なんか家族もいないから一日誰とも話さないことなんてざらである。
なんとか人と交わりたいと
あれこれ考えて出ようとするのだけど、それにはお金も気力もいり、
チェロが弾けなくなってその付き合いが絶たれてしまうとほんとうに
行き場がなくてこの一年辛かった。

(ひょっとして私ってひきこもり状態なんでは、、、)
そう気がついた時、
この先もずっとこれが続くのかと恐怖すら感じてしまい、
かなり追い詰められた。
(まあ春になり新年度が始まり行き場所を模索しつつあるんだけど)

でまあ、そんなわけで「中高年ひきこもり61万人」
は少なすぎる、という事と、今頃何言うとんねん!と思います。
まあ、私なんかは一応なんとか結婚はし子どもをもうけ死別はしたけれど、孫はいる、
ということで省かれるのかもしれないけれど、
主婦が入る、ということなら、私は主婦以下、ひとりぼっちの職無しですわ。

世の中は仕事していて家族あって、が大前提で動いているので、
こういう事を発信する人は、
マスコミや企業やお役所で、皆さんお仕事持っている訳で、
私のようなすみっこの存在など居ないに等しいのだろうから、
今回のこの調査は、まあまだまし、というべきなのかもしれない。

でも私みたいにちょっと怒ったりショック受けてる人
きっといっぱいいると思うんだけどね。
仕事してないと主婦はひきこもりってみなされたんだから。

仕事してないと人間じゃないですか?
そんなに仕事してるってえらいですか?
私たちだって消費してるし経済活動には貢献していると思うんだけど。


3年前の拙記事ですが脳科学者の中野信子さんの言葉を引用した文章があります。
よかったら読んでいただけたらと思います。
『時間持ち』
posted by えるか at 20:37| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月21日

橋本治さん

橋本治さんが亡くなった。びっくりした。
まだ若い、70歳。
団塊の世代だったけど、いち早く色々なこだわりを捨てて自由に生きた人であると
同窓の橋爪大三郎氏は書いている。東大在学中から目立っていたそうだ。

10ほど年下の私にはお兄さん的な世代の人。
私の世代は団塊の世代が戦ってきた跡をふらふらとついて歩いてきた。
とはいえ、私は橋本治さんの作品を読んでいない。
『桃尻娘』が出たときはもちろん読みかけたが、
なんかしっくりこなくて読めなかったのだ。良さが分からなかった。

私は流行り物がよく分からないことが多い。
でも歳を経て、ああそうか、と分かることがあって、
どうやらおおいに感受性が人より遅れているような気がする。
本も歌もそうだし、人気のスターも、
当時は何がそんなにいいのか分からなかったけど、後にすごく好きになったりして、、
(豊川悦司とか。しかし向井理や高橋一生は今もって分からん)

追悼文を読むと、私よりずっと若いお嬢さんが
「『桃尻娘』を読んで心を奪われた」と書いていたので、
歳ではないのだ、とうなだれるしかないのである。

今回、『夜』と『巡礼』を読んでみたら、えらく面白かった。
評論ほど難しくなくて、この人は天才?と思い、
今まで気がつかなかった自分の愚鈍さというか落ちこぼれ様にまた傷ついた。

「『バカにバカ』って言っても通じないこの国で」という帯の
『思いつきで世界は進む』という時評集を買ってみた。
(亡くなる少し前までの時評)

「バカ達が声を合わせて『ありのままの!』と歌っていると、
『バカのまんまでいいのかよ?』と思う」

というところではやっぱりそう思いますよね、と膝を打ったけれど、
それでも橋本治さんの文章はやはり難しい。
言っていることはほんとに正しいと思う。この人は本当に頭がいいのだな、
ということがよく分かる。分かるけどもうちょっと簡単に書いて欲しいです。

とはいえ、簡単なことを難しくこねこねと書いている人の文章は
こっちがこの人はあほではないか?と思うけど
橋本治さんについてはすぐにのみ込めないこちらを恥じ入ってしまう。
同じ時代を生きていたのに、もっとがんばって読めばよかった。

『群像4月号』に橋本治さんの絶筆論考、
「『近未来』としての平成」が載っている。
まだ続くはずだったのに、とても病床の人とは思えない。
同号に保坂和志さんも追悼文をよせられていた。
交友があったという方々がなんだかとっても羨ましい。



ブログを止めていた8ヶ月の間に私の中で大切な人が亡くなってしまった。
樹木希林さん。
佐野洋子さん亡き後は、私の目標は樹木希林さんだった。
結構ブログに書いていたので希林さんを悼むことは私にも許されることとは思うけど、
こうにも世間で希林ブームが沸き起こり、本が沢山刊行されると、
そこは違うでしょう、、と言いたくなるわ。
私は大好きだったけど、それでもやはり、
周りに対しては大変な人ではなかったか、と思います。
それをまあ、こんなに猫も杓子も、にして欲しくなかった。

私の樹木希林さんについての拙文はこちらです。

それから
『くるねこ大和』さんの、ボン兄(猫)も亡くなってしまった。
人の猫だけど、あったこともない猫だけど大好きだった。
悲しかったです。ブログ止めてた自分をうらめしく思った。
阿仁ィ、安らかに。


posted by えるか at 20:06| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月18日

一斉に配信停止

新井浩文に続きピエール瀧まで逮捕されてしまい、
好きな俳優が次々と、テンションが下がることこの上ない。

出演していた番組の一斉配信停止やら自粛やら、
いったい日本はどうなってんだ?
作品に罪はなく、嫌なら見なければいいだけのこと。
損害賠償金が何億であるとか連日テレビでけたたましいけど、
いったいあんたらそんなに正しい人たちなん?と問いたい。

「見せしめ」として騒いでいるのだろうか。
それならもっと他に叩く輩はいっぱいいるだろうに。
大騒ぎする事が違いすぎる。テレビってずれてるよね。

ついでにびっくりしたのは
『NHK大河は制作費が1本1億円』
てほんま?そんなに高いのん?
1億円も出して見せて貰わなくてもよろし。ましてや撮り直しなんて。
嘘ですよね?
posted by えるか at 19:06| 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あちらにいる鬼

『あちらにいる鬼』   井上荒野 著

井上荒野さんの著書はほとんど読んでいて好きな作家だ。
同年代でもある。
父親が作家の井上光晴であることは知っていたがそちらは読んでいない。
しかし瀬戸内寂聴がその父親の愛人であったことを私は知らなかった。

瀬戸内晴美さんが出家した時は私はまだ子どもで、
出家の理由は知らなかった。ただ自分の子どもを捨て家を出た、
ということや色々な浮世の事情で出家されたと勝手に思っていた。

ところがこの作品によると井上光晴との縁を絶ちきるために出家したとある。
驚きました。
しかも本の帯は瀬戸内寂聴本人である。

『作者の父井上光晴と、私の不倫が始まった時、作者は五歳だった。
 モデルに書かれた私が傑作だと、感激した名作!!
 作者の未来は、いっそうの輝きにみちている。百も千もおめでとう』
とある。

う〜ん、長生きするとはこういうことなのか、、、。
井上光晴と、その妻はもう亡くなっている。
残っている当事者は瀬戸内寂聴だけである。
存命中に小説になるとは、、、本の帯を書くとは。

よく売れるだろうなあ。荒野さんはさすがに上手く書かれているが、
フィクションが入っているとしても、少しだけ名前が変えられているとしても、
どうしても瀬戸内寂聴と井上光晴本人の顔がちらついてしまった。

読み終えて、参考文献として瀬戸内晴美と瀬戸内寂聴の名前が
ずらずらと出てきてさすがに息をのむ。全部が実際にあった事に思えてくる。

作中では出家すると決めたとき、捨てた娘さんから電話がかかってきたそうだ。
「私のせいですか」と問う娘に、
みはる(本中の名前)は「あなたには何の関係もない」という。
これ辛いですね。
気遣いもあっただろうが、自分のせいでなく、不倫をたちきり、
みはるが生き抜くため、という理由は娘にはよけいに辛いだろう。

しかしテレビの番組で「私が死んだら自動的に財産は全部娘に行くの」
と瀬戸内さんは言っていた。せめてもの慰め。
娘さんも養母に大切に育てられたとどこで読んだ。

作品の本筋とは関係ないところをもうひとつ。
井上光晴が作った文学学校(カルチャーセンター?)の生徒、
つまりアマチュアの文学好き主婦?の書かれ方があんまりだった。
人間として一段も二段も下でほとんど狂人?

先生を取り巻き、きゃあきゃあ言っている連中は、私も好きではないけれど、
ああやっぱりこんな風にしか思われていないのになあ、、、、
と、気をつけよう、と思った次第です。

井上荒野さんが男女の機微を書くのが上手いのは、
才能もさることながら、なるほどこういう環境があったのだ。
「作品は文章の上手い下手ではなく、
その人間の中身の面白み、何を持っているかの問題だ」
と言った文筆家の言った言葉に深く頷いたのだった。

posted by えるか at 10:56| 芸術 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月11日

みやぞん

超ポジティブ芸人のみやぞん。
私の去年の11月のノートの走り書きには
「みやぞん   今楽しい。そしたら明日も楽しい」とある。
彼の言った
「今を楽しいと思えば、明日もずっと楽しいが続きます。
今!今なんです」
という言葉がよほど心に残ったものと思われる。

子どものころから常にユウウツにつきまとわれている自分に
これでは人生ずっとユウウツで終わってしまう、
と意識改革をせねば、と焦っている私。

みやぞんをお手本に一瞬一瞬を楽しく意識を変えたら
ずっとハッピーである!と思うんだけど、
それはそれ、性分とはなんとも悩ましいものである。

でも私はみやぞんのニマっと笑う前の一瞬の真顔がとっても気になる。
常にニコっとするのはいつからみやぞんの身についたことなのだろう。
ひょっとして努力して笑ってるの?と思ってしまったりするけど。
でも見習いたい人。
「みやぞん」て紙に書いて貼っておこうか。


posted by えるか at 21:18| 思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする